異世界に行った話 27選

異世界に行った話 27選

当サイトでいちばん長く読まれている入口は、異世界に行った話です。

迷い込んだ人の口調は、どれも淡々としています。叫びもなく、種明かしもありません。ただ、戻ってから静かに困っている。

その困り方が、かえって背中を冷やします。向こう側は荒れても壊れてもおらず、ただ人の気配だけが抜けている。だから帰ったあとで気づく。

ここでは公開済みの記事から二十七本を選びました。入口・夜の駅・無人の町並み・谷と海と雪・もう一人の自分・帰ってからの違和感、という六つに分けてあります。核心には触れず、読みどころだけを短く添えます。

入口は、たいてい拍子抜けするほど地味です。鉄の扉、箪笥、岩の隙間、園舎の廊下。

特別な場所ではありません。毎日そばにあるものが、ある日だけ境目として働いています。

裏世界へ続く道

グラウンドの地面に、錆びた鉄の扉が埋まっていた。小学五年生が梯子を降り、別の梯子から地上へ戻る。

同じ場所に出たはずなのに、馴染みの雑貨店だけが消えている。表札の名字だけが、元のままだ。

異世界のデパート

祖母の家の箪笥をくぐると、値札のない売り場に出られた。菓子は好きに食べていいのに、土産にすると消える。

店員が一人もいない町で、子どもだけが友達になった。地名は日本語に聞こえるのに、どこにも存在しない。

神隠しの記憶

畑のそばに積まれた岩の隙間が、五歳の秘密基地だった。這い出そうとした手に触れたのは、草ではなく砂だった。

三十年後、娘の何気ない仕草が、その日の光景と噛み合う。時間をまたいで答え合わせが起こる一本。

迷い込んだ保育園

コの字の園舎を、端から端へ歩くだけだった。何度歩いても、出発点の遊戯室の前に戻ってしまう。

気配の消えた廊下で、背の高い女の子が手を引いてくれる。園を出ていないのに、四時間が消えていた。

この型がいちばん多く集まっています。眠って、降り損ねて、知らないホームに立つ。

誰にでもある失敗が、そのまま入口になっている。だから読んでいるこちらも逃げ場がありません。

消えた駅『すたか』

寝過ごして降りたのは、時刻表も電波もない無人駅だった。次の電車を尋ねると、老婆は「じきに来る」とだけ答える。

山の斜面に提灯のような灯りが並びはじめる。子どもが落としたお守りを拾った行為が、後でかたちを変えて返ってくる。

静寂の駅にて

県内第二の都市から、たった一駅のはずだった。降り立った先は、街灯もない木造の駅舎だけの場所。

一時間待つあいだ、特急の通過音さえ一度も聞こえない。半年後に訪ねた同じ駅が、いちばん静かに怖い。

真夜中の見知らぬ駅

急行が停まるはずのない駅で、酔ったまま降りてしまう。次の電車までは、五分ほどの感覚だった。

改札の駅員が、なぜか驚いた顔で時間を訊いてくる。ロータリーの時計は、午前一時半を指していた。

夜行バスの終点

着いたはずのターミナルに、他の乗客が一人もいない。自動ドアは反応せず、スマホの時刻は三時四十七分で止まる。

奥から来た作業服の男は、面倒そうに「また出た」と言う。境界を繕う仕事だと語る口調が、妙に事務的だ。

異世界タクシー

赤羽から乗ったタクシーで、客と運転手が同時に眠ってしまう。目を覚ますと、料金メーターも無線も動かない。

コンビニの店員に場所を尋ねた二人は、答えより先に日付を疑い始める。会社に残っていない記録が、いちばん薄気味悪い。

向こう側の町は、廃墟ではありません。灯りはつき、道は整い、家は普通に建っています。

ただ人だけが抜けている。その整いぶりが、瓦礫よりも落ち着かない気持ちにさせます。

異世界に行った話の中でも、この型は音の描写が丁寧です。何も聞こえないという一行が効いてきます。

誰もいない都市

目を開けると、部屋はそのままで窓の外だけが別の町だった。家中の時計が、ばらばらの時刻を指している。

歩いても人に会えないのに、なぜか懐かしさが湧いてくる。無人の電車に乗った先で、ロングコートの男が振り返る。

存在しない昭和の町並み

怪談で盛り上がった帰り道、自転車の二人が道を失う。電柱の住所は、隣の隣の市を示していた。

西へ走れば線路に出るはずが、古い町並みがいつまでも続く。渡ろうとした橋の上で、音と灯りがまとめて消える。

未来のコンビニ

家出をした六歳が、更地に建つ見慣れない店を見つける。赤と緑の看板が灯り、中に人の姿はない。

十数年後、同じ場所で肉まんを食べながら答え合わせをする。怖さより、縁の不思議さが残る一本。

見知らぬ街で目覚めた日

風邪の寒気をこらえ、電車で目を閉じたところで記憶が途切れる。気づくと夕方で、服も髪の色も自分のものではない。

ラーメン屋で聞いた現在地は、乗った路線から遠く離れていた。ケータイのアドレス帳が、一文字の名前で埋まっている。

境目は、人里から少し離れた場所にも開いています。

谷の霧、凪の海、雪の無人駅。どれも静かで、美しくさえあります。

花の終わらない谷の異世界

蜂を追って分水嶺を越えた養蜂家が、菜の花と藤と蕎麦が同時に咲く谷に出る。

季節がそろいすぎた景色の静けさが、いちばん落ち着かない。

霧の谷でくぐった鉄の輪

ダムに沈む谷の底、朽ちた坑道の奥に、赤茶けた鉄の輪が縦に据えられている。

霧のいちばん濃い晩に肝だめしでくぐった先で、名前の感触が変わる。

凪の刻に入れ替わる谷道

測量の杭を打ちに谷へ向かった技師が、凪の刻に道を一本間違える。

着いたのは、言葉も文字も少しだけずれた土地だった。

異世界の港と消えた潮

遠洋漁船の見張りに立つ夜、凪の霧の中で気づくと浜辺にいる。

潮を力に栄えた並行世界が黙っている理由が、静かに明かされる。

薬売りが迷い込む異世界の村

峠の脇道に立ちこめた紫の靄に誘われ、地図にない盆地の村へ入る。

松明を掲げて入り者を探す村人と、季節外れに穂を垂れる棚田が印象に残る。

雪夜の終列車、親方の駅

雪深い山あいの無人駅で、最終の汽車を逃した若い建築職人が待っている。

時刻表にない列車の前に立っていたのは、いないはずの親方だった。

公図にだけ残る裏の町

区画整理の測量中、公図にだけ残る十三番目の区画に気づく。

日が暮れる境の時刻に北のはずれの角を曲がると、表とそっくりの町がある。

行った先で出会うのが、知らない誰かとは限りません。

同じ服を着て、同じ缶を買い、同じ場所に立つもう一人がいます。

異世界の私と並んだ深夜のレジ

夜勤明けに寄るコンビニで、同じ服装の人がいつも十分前に同じ缶を二本買って消えている。

異世界に住むもう一人の私と、同じ街で暮らしていたと知る。

並行世界の自分が立つ卒業写真

神保町の古書店に、旧友の遺品の革表紙のアルバムが届く。

自分が立っているはずの位置に、見知らぬ誰かが写っている。

異世界に続いた閉架書庫

県立図書館の閉架書庫で本の差し替えをしていると、空気の匂いが急に消える。

天窓の光が夜の青に変わり、館内から人の気配が抜けていく。

異世界に行った話の本当の怖さは、たいてい帰還後に置かれています。

無事に戻ったはずなのに、こちら側の目盛りが少しずれている。そして誰も、そのずれに気づいてくれません。

似た世界

通勤電車の車内から、人が消えていた。駅名の漢字が読めず、覚えようとしても頭に残らない。

ホームで会った紳士風の男の一言のあと、語り手は職場の鏡の前に立っている。平穏だが、元の世界ではないという。

ずれた世界

団地の共用の手洗い場に、モンペ姿の見知らぬ女がいた。挨拶をしても、目を合わせようとしない。

開けっ放しのはずの玄関から、物音がひとつも聞こえてこない。「もどれ」という一言だけが、はっきり残る。

時間が消えた坂道

「すごい場所がある」と友人が指差したのは、芝生が枯れた一角だった。立ち尽くしただけで、十三時が十八時になっている。

その夜、布団の中であることに気づく。車道のすぐ横なのに、あの場所には音がまったくなかった。

三度目の異世界

森の奥の村へ行けるのは、暮らしが行き詰まった時期に限られていた。九歳、二十三歳、三十六歳の三度。

三度目に出会った少女の素性が分かる場面で、話の骨格がひっくり返る。帰りたくない側から書かれた、めずらしい一本。

迷ったら、駅の話から読むのがおすすめです。乗り過ごしという身近な失敗が、そのまま案内役になります。

読み終えたあと、終電でうとうとするのが少し怖くなるかもしれません。

帰り道でいつもの角を曲がる前に、一度だけ立ち止まってしまう。そういう後味の残る話を集めました。

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