先積みの箱は伝票にない
去年の4月から今年の6月まで、私は同じ依頼主の単身引越を三度運んだ。そのたびに、伝票に載っていない無地の段ボールが一つ、鍵を開ける前から新しい部屋の玄関に置かれ…
去年の4月から今年の6月まで、私は同じ依頼主の単身引越を三度運んだ。そのたびに、伝票に載っていない無地の段ボールが一つ、鍵を開ける前から新しい部屋の玄関に置かれ…
去年の4月から、5歳まで暮らした旧道沿いの町が担当になった。夕方5時の音楽が折り返すと、右手の指の間だけが濡れる。玄関の右端はいつも湿っていて、そこだけ乾かない…
ロープアクセスの現場で、ロープは二本と決まっている。それなのに上で私を見ている相方だけが、代わる代わる三本目のロープを見たと言って現場を離れていった。私には一度…
向渡へ渡る短い橋が架け替えになり、看板屋の私は親柱の写しを引き受けた。石の欠けまで写せたのに、根元のもやい輪だけが新しい柱に付かなかった。工房に預かった輪には、…
乗り過ごした夜の駅、人の気配だけが抜けた町並み、帰ってからの違和感。当サイトの異世界に行った話から十七本を選び、核心には触れずに読みどころだけを短く添えました。…
湾岸の物流倉庫の四階、E通路の突き当たりに、床を四角く抜いて据えられた丸い石がある。動かせなかったのだと先輩は言い、その前では決して口をきかなかった。ある晩、私…
県境の湯の町の小さなラジオ局で、同僚が録ってきた音に、彼が言った覚えのない一言が入っていた。町の人は誰も驚かず、財布から薄い紙を出して見せる。ヨマセ様に代わりに…
売りに出る前の空き家で寸法を測っていると、廊下の長さと各部屋の内寸が、どうしても畳一枚半ぶん合わなかった。畳の上を白く細いものが這い、私の問いかけに頷くように曲…
二百年続いた変化朝顔の選抜を代行した夏の怖い話。平成八年、遠州の旧家では毎年数百株を蒔き、一株だけを残して残りを畑の隅の捨て地に返していた。抜くときは一声かける…
埼玉北部の分譲地に建つ空き家の錠を、私は錠前技師として二日がかりで十一箇所すべて交換した。前の持ち主は施設へ移るとき、鍵を一本だけ持って行ったという。作業を終え…
昭和四十二年、越中の常願寺川で堤を下げる工事があり、私は曳き家の職人として蓑輪という在の十一戸を建ったまま動かした。更地には畳の目が乾いたまま残り、曳いた先の家…
昭和二十八年の秋、種屋のわたしは四国の在で砂糖しめ小屋を一晩借り、立冬の夜に一人で釜を焚いた。この在では火を借りるとき必ず名を言う。その教えを忘れた晩から、甘い…
平成四年の雪深い城下町。郵便配達の私は軒の途切れた「あき」で雪の中に立つ女に懐炉をひとつ手渡した。雁木の下で知らぬ人に物を渡してはならない。町の古い決まりを破っ…
駅の地下二階にある遺失物取扱所を舞台にした怖い話。どの駅からも届いていない番号札のない鼠色の包みに、彫られた名前が毎日入れ替わる真鍮の札が入っていた。規定どおり…
平成五年、大学図書館の地下二階の資料保存室で、私は県北の旧家から寄贈された古い蔵書を繕っていた。虫が食って欠けた文字は、規定どおり推定で墨で補う。やがて誰にも貸…
昭和三十三年の秋、巡回映写技師の私は干拓が完工したばかりの有明の集落で野外映写会を開いた。癖で客の頭を数えると、村の人数より三つ多い。潮入れをやめた土地で、幕の…
岬の御堂に置き残された朱の封じ甕をめぐる長編の怖い話。黒い着物の老人が唱えた裏返しの言葉、甕を開けようとした二人の目の異変、そして書き換えられた事故の記憶。移し…
昭和五十七年の秋、川霧の立つ山あいの町で市史を編んでいた私は、丘の祠に納められた木札を写真に撮ってしまった。その晩から、灰色のコートを着た名取りの女が借家の戸や…
先輩から聞いた禁忌を寮の湯小屋で試した夜、それは来た。お祓いでも離れず、三年にわたり憑かれ続けた男の実話風の怖い話。偽の拝み屋の末路、老師が最後に遺した手紙の警…
廃業を控えた活版印刷の老舗をひと月取材した、ライターの私が体験した不思議な話。誰も触れていないのに、夜ごと組まれていく挨拶状の活字。湯呑みはいつも一つ余分。そし…