
それは、私が高校生だった夏の日の出来事です。
大学受験もまだ意識し始めたばかりの頃。
友人と遊んだ帰り、自宅に戻った私は、いつものように自分の部屋でベッドに寝転び、伸びをしながらくつろいでいました。
※
その瞬間です。
私は、目を閉じていた状態から、ふと目を開けました。
……何かが、おかしい。
部屋の中は変わらないのに、窓の外に広がる景色が、まるで別の世界のようだったのです。
そこには、見覚えのない住宅街が広がっていました。
それも、どこか現実味に欠ける――まるで夢の中のような、不思議な風景。
※
急いで階下に降りましたが、そこにいるはずの家族は誰一人いませんでした。
テレビをつけてみても、放送はされておらず、何色かのカラーバーが無音で映っているだけ。
夢を見ているのかと、頬を抓っても、痛みがあるばかりで何も変わりません。
※
父の趣味で家にはいくつもの時計が飾られていましたが、すべてがバラバラの時間を指しており、その針の動きもまちまちで不規則でした。
……これは、ただ事ではない。
そう思った私は、外に出て状況を確かめることにしました。
※
外に出ると、やはりそこはまったく知らない町でした。
見たことのない家々、聞いたことのない通りの名前。
そして、信じられないことに、誰一人、人がいないのです。
※
けれども、その不気味な町を歩くうちに、なぜか“懐かしさ”のような感覚が湧いてきました。
見たこともないはずの風景なのに、どこかで見たことがあるような――そんな矛盾した感情が、胸の奥からじわじわと湧き出てきたのです。
※
そしてふと、私は考え始めました。
宇宙とは何なのか。人間の存在とは何なのか。
仏教では、宇宙には始まりも終わりもなく、因果によって無限に循環するとされています。
すべての存在には理由があり、結果がある。
人間の中に宇宙があり、宇宙の中にもまた人間がある。
そんな感覚が、妙に腑に落ちていくような気がしていました。
※
歩くこと約30分。
私はようやく、大きな駅にたどり着きました。
けれど、そこにもやはり人の気配は一切なく、まるで時間が止まっているかのように、太陽の位置も動かないままでした。
胸に広がるのは、どうしようもない寂しさと不安。
泣き出したい気持ちを抱えながら、私は駅の中へと足を踏み入れました。
※
不思議なことに、駅には電車が止まっていました。
無人で、静かに扉を開けて、私の乗車を待っているように思えました。
もう、どうすれば良いか分からず、私はその電車に乗り込みました。
※
走り出した車内の窓からは、やはりあの見知らぬ景色が流れていきます。
どこかで見たような気がするのに、どこだか思い出せない。
デジャヴのような、夢のような、そんな時間が淡々と流れていきました。
※
そして、電車を降りたその時。
私は、一人の人物を目にしました。
ロングコートを着た中年の男が、ホームの向こう側に背を向けて立っていたのです。
その姿を見た瞬間、突然、耳に“キーン”という耳鳴りが走りました。
そして、男がゆっくりと振り返ったその刹那――
私の意識は、闇の中に吸い込まれるようにして消えていきました。
※
次に気づいたとき、私はベッドの上にいました。
夢だったのか……そう思って体を起こすと、目に飛び込んできたのは、再びあの“見知らぬ景色”でした。
また……戻ってきてしまったのです。
※
その後、私は同じような体験を三度繰り返しました。
誰もいない町を歩き、無人の電車に乗り、そして、必ず最後には“あの男”に出会い、意識が途絶える。
そのサイクルを、四度目の邂逅まで続けました。
※
そして、四度目の邂逅のあと――
私は、目を覚ましました。
そこは、自宅ではありませんでした。
自宅から7キロほど離れた、見覚えのある道路のど真ん中に立っていたのです。
ポケットの中の携帯を確認すると、あの時自室に戻ってから、約1時間半が経過していました。
※
後日、私が“帰ってきた”あの道を、何度か訪れてみました。
けれども、特に異変はなく、あの日のような体験が再び起こることはありませんでした。
※
今思えば、あの男は何者だったのか。
通称「時空のおっさん」と呼ばれる存在なのか、私がどこか別の層に迷い込んだのか。
顔ははっきり覚えていません。
けれど、耳鳴りとともに訪れる“意識の断絶”だけは、今も鮮明に記憶に残っています。
そして、あの誰もいない都市。
私が確かに歩いた道、乗った電車、感じた風と音――
すべてが、夢にしてはあまりにも、リアルすぎたのです。
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