
これは、紀伊半島の南で瀬渡し船をやっている船頭から聞いた話だ、ということにしておきたい。
そうしておかないと、私自身の話になってしまう。
磯釣りを始めて、十七年になる。
四十代の半ば、勤めは運送会社の配車係である。
週に一度、金曜の仕事を上がってから車を南へ走らせる。
目当ては、外海へ突き出した独立磯だ。
陸から歩いては行けない。
瀬渡し船に乗るほかに、上がる手立てがない。
港を出るのは、いつも午前三時と決まっている。
待合の小屋には、決まった匂いがある。
灯油と、乾いた海藻と、機械油。
蛍光灯が一本だけ点いていて、その下で客が仕掛けを結ぶ。
指先が冷えて、糸の先がなかなか通らない。
船頭は七十を越した人で、名を田並さんという。
背は低いが、腕だけが妙に太い。
船頭は、船を出す前に必ず、乗る者の名字を一人ずつ声に出して読み上げる。
名簿に鉛筆で書かせ、それを声に出して確かめるのだ。
「川瀬さん」
「はい」
私が返事をすると、田並さんは鉛筆の尻で名簿を一度叩く。
それが、乗ってよいという合図になる。
この港では、返事をしない者は乗せない。
理由を訊いたことはない。
訊くものではない、という空気がある。
私の道具は、十七年ものだ。
竿も、リールも、クーラーボックスも、買い替えていない。
クーラーボックスの蓋の右隅には、去年こしらえた煙草の焦げが残っている。
磯で仮眠したとき、置いたまま忘れた一本が転がって焦がした。
直径にして一センチほど、楕円に黒い。
消そうとして擦り、かえって広げた。
そういう傷は、道具の名札のようなものだ。
去年の秋、いつもの金曜に港へ入った。
十月の末で、風は北。
波は一メートル、うねりだけが残っていた。
待合には、私を入れて六人いた。
常連の顔が二人、見ない顔が三人。
常連のひとりは岡野さんという、七十近い人だ。
この磯へ四十年通っていると聞いている。
見ない顔のうち一人は、若い男だった。
装備は真新しく、磯靴だけが古い。
借り物だろう、と思った。
若い男は落ち着かない様子で、待合の壁の海図をずっと見ていた。
「兄さん、三ツ石は初めてか」
岡野さんが声を掛けた。
「はい。名前だけ、聞いてました」
「あれはな、もとは四ツ石やった」
岡野さんは、湯呑みを置いて指を四本立てた。
「沖側にもう一枚あってな、それが崩れて沈んだ」
「いつ頃ですか」
「わしの親父の代や。台風の年やと聞いとる」
それで名が三ツ石に変わった、と岡野さんは言った。
沈んだ一枚は、いまも水面下二尋ほどのところに座っているらしい。
「潮が大きう引く年は、背中が見える」
「見えると、どうなるんですか」
若い男が訊いた。
岡野さんは答えず、湯呑みを持ち上げた。
代わりに、こう言った。
「三ツ石の迎えはな、二度来るんや」
それきり、その話は終わった。
帰り際に、岡野さんが壁の海図を指した。
「この港は、もとは渡し場やったんや」
「渡し、ですか」
「四ツ石まで、綱を張って小舟を手繰っとった」
沖の岩で海藻を刈り、干して肥やしにしていたという。
岩に鉄の環を打ち、そこへ綱を通していた。
「石が沈んでからは、綱も切れたままや」
私はそのとき、年寄りの言い回しだと思って聞いていた。
名簿を回すのは、いつも来た順である。
私は四番目に受け取った。
鉛筆を舐めて、川瀬、と書く。
書いてから、頁を戻す癖がある。
前の週に誰が上がったか、どの磯が空いていたかを見るためだ。
名簿の前の頁に、私の名字が、私の字で書いてあった。
日付は、二週間前の金曜。
その週、私は東北へ配車の応援に出ていた。
港へは来ていない。
来ていないのに、癖のある「瀬」の跳ねまで、私の書き方だった。
「田並さん」
「なんぞ」
「これ、俺の字なんですけど」
田並さんは名簿を覗き込んで、鼻から息を出した。
「よう似た字を書く人は、おるでな」
それだけだった。
消しゴムを出したが、止められた。
「書いたものは、消さんとってください」
声は静かで、押しは強かった。
私は鉛筆を置いた。
岡野さんが、こちらを見ていた。
目が合うと、すぐに逸らされた。
※
船は三時ちょうどに舫いを解いた。
港内は凪いでいて、灯りが水に長く伸びていた。
防波堤を抜けると、船首が急に持ち上がる。
冷たい飛沫が、首筋から背中へ入った。
口に入った水は、思ったより苦い。
二十分ほどで、目当ての磯が黒く現れる。
三つに割れた岩礁だ。
沖向きの一枚を本場、内向きの二枚を裏と小裏という。
満潮では、小裏は膝まで沈む。
この日、私は本場に上がった。
若い男は小裏に降ろされた。
残りの四人は、別の磯へ運ばれていった。
船を離すとき、田並さんが舵輪の横から身を乗り出した。
「川瀬さん」
「はい」
「上がりは四時半、汽笛で知らせます」
「わかりました」
「一度目の汽笛では、けっして立たんといてください」
私は、意味がわからないまま頷いた。
田並さんは、それきり何も言わずに船を回した。
エンジンの音が遠ざかると、あとは波の音だけになる。
磯の夜は、思うより静かではない。
岩の下で水が鳴る。
空気が抜ける音、含み笑いに似た音。
十七年聞いても、慣れない。
本場の沖寄りの角に、錆びた鉄の環が埋まっている。
十七年、そこにあるのを知っていた。
何のためのものか、この日まで考えたことがなかった。
環は、沖を向いていた。
竿を出したのは、四時前だった。
電気ウキの緑が、うねりに乗って上下する。
一投目から、餌だけが取られた。
二投目も同じ。
三投目で、ウキが横に走った。
上がってきたのは、四十センチほどのグレだった。
手応えは良く、幸先が良いと思った。
クーラーボックスに納めるとき、蓋の焦げに指が触れた。
冷たい。
それだけのことが、なぜか気に残った。
五時を回って、東の空がわずかに白んだ。
小裏の若い男の灯りが見えた。
竿先のケミホタルが、規則正しく振れている。
振れ方が、規則正しすぎた。
人が竿を持てば、必ずどこかで崩れる。
あの振れ方は、風で揺れているものの動きだった。
声を掛けようとして、やめた。
磯では、無用に人を呼ばない。
集中を切らせるのは、無作法である。
六時前、鳥が鳴いた。
沖にいた船が一隻、ゆっくり南へ抜けていく。
そのころには、小裏の灯りは消えていた。
仮眠に入ったのだろう、と考えた。
昼までは、何も起きなかった。
よく釣れ、よく風が凪いだ。
グレが五枚と、イサギが三枚。
十七年で、上から数えたほうが早い日だった。
弁当を使いながら、岡野さんの言葉を思い出した。
迎えは二度来る。
言われたときは、船が遅れることの言い訳だと思っていた。
※
異変は、午後に入ってから始まった。
一時ごろ、潮が変わった。
本場の足元で、水の色が茶に濁った。
濁りは沖からではなく、岩の下から湧いていた。
湧いた水は、生ぬるかった。
十月末の外海で、湯のような水が出る道理がない。
手を入れて、すぐ引いた。
匂いがあった。
潮ではなく、待合の小屋の匂いだった。
灯油と、乾いた海藻と、機械油。
四十メートル沖の岩の下から、小屋の匂いがしていた。
私は道具をまとめ始めた。
二時、小裏を見た。
若い男が立っていた。
朝と同じ場所、同じ向き。
竿は出していない。
こちらを向いているのに、顔の造作が見えない。
距離は四十メートルほどしかない。
見えないはずがなかった。
「おーい」
声を掛けた。
男は、手を挙げた。
挙げたのは、左手だった。
朝、船を降りるとき、彼は右手で舷を押していた。
左利きが右で押すことはある。
逆は、あまりない。
それだけの違いが、腹の底に落ちた。
三時、潮が引き始めた。
引くにしたがって、小裏と本場のあいだに岩の背が現れた。
潮位表では、この日の干潮は午前十一時である。
午後にもう一度引く暦は、どこにもない。
現れた岩の背は、乾いていた。
波を被った跡がない。
渡れる、と身体が判断した。
渡ってはいけない、と別のところが止めた。
男は、まだ手を挙げていた。
私は座って、道具の紐を結び直した。
手を動かしていないと、足が動きそうだった。
背中の汗が、風で急に冷えた。
三時半、岩の背が長く伸びた。
小裏の向こう、沖側の水面にも黒いものが出ていた。
平らで、長い。
四ツ目の石の背だと、すぐにわかった。
崩れて沈んだはずの一枚が、そこにあった。
岩の背には、赤い筋が一本、まっすぐ通っていた。
錆だった。
本場の環から、四ツ目の石まで。
切れた綱の道が、そのまま残っていた。
潮が大きう引く年は、背中が見える。
岡野さんの言葉が、順序どおりに戻ってきた。
四時、風が落ちた。
波の音まで落ちた。
磯で音が消えるのは、良くない。
耳の奥で、自分の脈だけが鳴っていた。
四時五分、小裏の男が動いた。
立ったまま、岩の背のほうへ一歩下がった。
下がったのに、こちらへ近づいて見えた。
目の錯覚だと、三度言い聞かせた。
四度目は、言えなかった。
四時十五分、沖にエンジンの音が立った。
田並さんの船だと思った。
白い船体が、うねりの向こうに上がった。
汽笛が鳴った。
短く、二声。
私は立ち上がりかけて、朝の言葉を思い出した。
一度目の汽笛では、立つな。
腰を下ろした。
膝が、自分のものでないように震えていた。
船は、本場には寄らなかった。
小裏の側へ回り込んでいった。
岩陰に入って、船体が見えなくなった。
五分ほどして、また出てきた。
甲板に、人が立っていた。
若い男の背格好だった。
船は、そのまま沖へ出ていった。
私を、置いて。
声を出したと思うが、覚えていない。
波の音が戻ってきたのは、そのあとだった。
携帯を出したが、圏外の表示すら出なかった。
画面の時計は、四時十五分で止まっていた。
腕時計の針は、動いていた。
どちらを信じればいいのか、わからなかった。
信じるほうの時間に、迎えが来るのだと思った。
※
二度目の汽笛は、四時三十分ちょうどに鳴った。
長く、一声。
田並さんの船が、本場の足元に着けた。
舳先を岩に当て、機関を利かせて押している。
「川瀬さん、荷物」
私は道具を放り上げた。
自分の身体も投げるようにして乗った。
甲板に、誰もいなかった。
「さっきの船は、なんですか」
田並さんは、答えなかった。
舵輪を回し、小裏へ舳先を向けた。
小裏の岩の上に、荷物が一つ残っていた。
白いクーラーボックスだった。
「あれ、あの若い人のでしょう」
「そうやろな」
「積まんのですか」
船頭は、その荷物を船に積まなかった。
舳先を回して、そのまま沖へ出た。
私は船尾から見ていた。
一度目の汽笛のあとに残されたクーラーボックスは、水を一滴も被っていなかった。
波は、その岩の背を絶えず洗っている。
洗われている場所に置かれていて、乾いている。
そこまで見て、蓋が目に入った。
残されたクーラーボックスの蓋の右隅にも、同じ形の焦げがあった。
楕円で、擦って広げた跡まで同じだった。
私は、自分の足元を見た。
私のクーラーボックスは、そこにあった。
蓋の右隅の焦げも、そこにあった。
どちらが先にあったのか、考えないようにした。
※
港に戻るまで、田並さんは口をきかなかった。
舫いを取り、道具を降ろし、名簿を出す。
帰りの船でも船頭は名字を読み上げ、私の名字だけが二度読まれた。
一度目は返事をした。
二度目は、しなかった。
田並さんは、鉛筆の尻で名簿を一度叩いた。
それで終わりだった。
名簿を返すとき、前の頁をもう一度見た。
二週間前の、川瀬、の行。
前の頁のその行だけ、下船の欄に判が押されていなかった。
「田並さん」
「なんぞ」
「この判、押し忘れとちがいますか」
「押せる人だけ、押しますんで」
意味を訊かなかった。
訊けば答えたのかもしれない。
訊いてはいけない気がした。
待合を出るとき、田並さんが言った。
「川瀬さん、道具、そろそろ替えなはれ」
「まだ使えますよ」
「よう似た道具は、おりますでな」
人に使う言葉で、道具のことを言った。
「田並さん、あの子は」
「上がっとりますよ」
上がった、とだけ言った。
どこへ、とは言わなかった。
私は返事をしなかった。
帰りの車の中で、ずっと同じことを考えていた。
あの日、六人が港を出た。
帰りの船に乗ったのは、私を入れて五人だった。
若い男は、一度目の汽笛の船に乗った。
では、あの船は誰の船だったのか。
田並さんの船は一隻きりで、あの港に他の瀬渡し船はない。
翌週、岡野さんに電話で訊いてみた。
「四ツ目の石が出た日は、迎えが一遍多いんや」
「多い分は、誰が乗るんですか」
「乗せてもらえる者が乗る」
それ以上は言わなかった。
船頭の口から聞く海の怖い話は、たいてい説明の付かんところで終わる。
この話も、そこで終わる。
三ツ石には、それから行っていない。
あの環が何を繋ぐためのものか、今もわからない。
綱は切れたままだと、岡野さんは言った。
切れていても、道は残るらしい。
道具も替えていない。
クーラーボックスの蓋の右隅の焦げは、まだ消していない。
消そうとして擦れば、広がることを知っているからだ。
ただ、ひとつだけ変わったことがある。
名前を呼ばれたとき、返事をする前に、周りを見るようになった。
自分より先に返事をする声が、ないかどうか。
今のところ、聞こえたことはない。
今のところ、である。