ずぶ濡れの住人は晴れた朝に帰る
晴れた朝の7時10分、マンションの自動ドアを抜けてきた4階の三浦さんは、髪の先から雫を落とすずぶ濡れの住人だった。床は乾いていて、すれ違う誰も気に留めない。3日…
誰かに話すと信じてもらえないかもしれない、あの体験。心霊体験談を実話風に描いた短編を集めました。ゾクっとする感覚と、不思議な余韻をお楽しみください。
晴れた朝の7時10分、マンションの自動ドアを抜けてきた4階の三浦さんは、髪の先から雫を落とすずぶ濡れの住人だった。床は乾いていて、すれ違う誰も気に留めない。3日…
ほんのり怖い話を十二本厳選。古いホテルの廊下、地下の小さな扉、谷に置かれた傘など、叫ばずに読める静かな不思議を三つの章で案内します。核心は伏せたまま、読む順番の…
国道沿いのコインランドリーで、巡回スタッフの私は台帳の「引取り待ち」の欄に赤い印を押すたび、壁際の丸椅子が1脚ずつ増えていることに気づいた。誰もいない深夜、乾燥…
夕暮れの突堤に、毎週木曜の17時半だけ現れる名前のない老人がいた。灯油配達の私に、彼は決まって同じことを尋ねる。古い顧客カードを開いた夜、私は自分の家にも空白の…
空き家の庭木整理で、私は依頼書どおり木守りの柿を最後の一つまで取った。幹に掛かった古い木製の梯子、乾いた土に残る濡れた足跡、隣家の老婆の礼。夕方の写真には、梯子…
閉館後のスポーツクラブで夜間清掃を始めた私は、三番のシャワー室の排水口に、いつも同じ長さの髪が溜まっていることに気づいた。毛先は鋏で切ったように揃い、量は毎晩少…
深夜の漏水調査で聴音棒を当てると、牛鳴き横丁の地下から、牛の声が二度、長く短く返ってきた。管のない場所から届くその声に、返事をしてはいけないと金物店の老人は言っ…
測量で入った谷の圏外で、地図アプリの現在地がふたつになった。もう一つの青い丸は、七十メートル先を同じ速さで歩き、更新の表示はいつまでも十二分前のまま。ひび割れた…
病院の売店で、月末の17時40分に台へ出される代わりの湯呑みは、閉店までに熱湯が冷え、翌朝きまって割れていた。入社初日に搬入口で返事をしてしまった私は、店長が去…
引っ越して三日目から、私は玄関で「ただいま」と言うようになった。夕方7時12分、台所との境の引き戸に曇りガラスの人影が橙色に灯る。それは前の住人の帰宅なのか、そ…
夜間清掃の私に、黄色いベストの女性が湿った白い紙を手渡した。帰り道札と書かれたその紙には、私の知らない子どもの好きなものが並んでいた。受け取った夜から、搬入口の…
嫁いだ干拓地の家には、海に向いた雨戸を一枚だけ閉めない決まりがあった。義母は膳を数えるとき、私の顔を見ない。塩の皿は朝ごとに湿り、腕時計には覚えのない四千歩が残…
亡くなった祖父が夢の水族館へ連れて行く夜。証明写真に並んだ見覚えのない二人。崖でナイフを押さえた手。怖さより温かさが残る心霊ちょっと良い話を14本選び、夢・かた…
深夜三時に来る目薬の常連と呼んでいた女性が、ある夜を境に姿を消した。彼女はいつも静かで、丁寧で、同じ三品を買っていた。一ヶ月後、俺の電話が毎晩三時二分に鳴り始め…
港町の問屋町にある小さな保育園で働く僕は、去年の冬、橋詰のしるべ石の前で茶色い半纏の子から丸い金属の札を受け取った。汚れていたので、ごみ袋に落とした。翌朝、それ…
深夜2時57分から3時までの三分間は、番組表の上では何も入っていません。コミュニティFMの当直に入った私は、その三分の確認用録音にだけ低い声が入っていることに気…
去年の4月から、5歳まで暮らした旧道沿いの町が担当になった。夕方5時の音楽が折り返すと、右手の指の間だけが濡れる。玄関の右端はいつも湿っていて、そこだけ乾かない…
ロープアクセスの現場で、ロープは二本と決まっている。それなのに上で私を見ている相方だけが、代わる代わる三本目のロープを見たと言って現場を離れていった。私には一度…
地下二十二メートルの立坑の底で、巻尺の目盛りが送られるような乾いた音が日ごとに数を増していった。掘り当てた古い石組みは止め井戸と呼ばれ、水を張って何かを留めてお…
売りに出る前の空き家で寸法を測っていると、廊下の長さと各部屋の内寸が、どうしても畳一枚半ぶん合わなかった。畳の上を白く細いものが這い、私の問いかけに頷くように曲…
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