掘り起こしてはならない石

月明かりと石の作業場

石を扱う仕事を、私は三十年続けてきた。

墓石を据え、石灯籠を組み、崩れた石段を積み直す。

石工という仕事は、はやりのものではない。

墓を建てたいという家は、年々減っていた。

それでも私が石を離れなかったのは、石だけは嘘をつかないと思っていたからだ。

石には、動かしてよいものと、動かしてはならないものがある。

そう教えてくれたのは、先代の親方だった。

親方は、口の重い人だった。

その親方が、一つだけ、繰り返し言ったことがある。

据えてよい石は、鏨を入れると、据えた者の手に馴染む。

据えてはならない石は、いくら鏨を入れても、手が滑るのだと。

若い頃の私は、その言葉の意味を、深くは考えていなかった。

これは、私がこの歳になるまで、誰にも話さなかった怖い話だ。

昭和も五十年代の半ば、私がまだ三十代だった頃のことになる。

半島の付け根に、小さな丘があった。

私の店から車で二時間ほど走った、寂れた土地だった。

漁で栄えた頃もあったと聞くが、私が行った頃には、家の半分は空き家だった。

若い者は町へ出て、残っているのは年寄りばかりだった。

海からの風がよく通る、松と笹に覆われた、なだらかな丘だった。

その丘の上に、石の宮があった。

宮といっても社殿はとうに朽ち、残るのは苔むした石の祠と、その奥の据石だけだった。

丘の入口には、火の入らない石灯籠が三基、並んでいた。

どれも傾き、笠は苔に覆われ、火袋の中は空だった。

村の者は、誰もその丘へ登らなかった。

子供の頃から丘には上るなと言い聞かされて育つのだと、後になって宿の主人から聞いた。

その丘を、崩すことになった。

海沿いを走る県道を広げるため、丘の裾を削るという話だった。

石の宮は、少しだけ場所を下ろして据え直す。

その移設の仕事が、私の勤める石材店に回ってきた。

話を持ってきたのは、役場の若い男だった。

書類を広げ、工期と手間賃を、よどみなく並べていった。

県の予算が、その年度のうちに落ちるかどうかの瀬戸際なのだと言った。

だから、盆の入りまでに、丘の宮を片付けてくれと、男は言った。

私は、盆に墓じまいのような仕事をするのを、あまり好まなかった。

だが、そんな験を担ぐ歳でもない、と自分に言い聞かせた。

親方は、その話を最後まで聞くと、しばらく黙っていた。

「あそこの石は、据わりが悪い」と、親方は言った。

私はそれを、斜面の地盤の話だと思って聞いていた。

急な斜面に据えた石は、確かに据わりが悪くなる。

親方は、それ以上は何も言わなかった。

引き受けたのは、金のためだった。

その頃、店の仕事は減っていた。

親方も、断る理由を見つけられなかったのだと思う。

若い衆の二人、KとMを連れて、私は丘に登ることになった。

Kは、腕は悪くないが、口の軽い若者だった。

Mは、無口で、力仕事に向いた体をしていた。

二人とも、丘の仕事だと聞いても、何も気にしていなかった。

町を出て、海沿いの道を二時間、車を走らせた。

潮の匂いが濃くなる頃、行く手に、こんもりとした緑の丘が見えてきた。

遠目には、なんの変哲もない丘だった。

だが近づくにつれ、その丘だけ、妙に静まっているように感じた。

鳥の声も、その一帯だけ、聞こえなかった。

車を降りると、盛りのはずの蝉の声さえ、丘には届いていなかった。

気にしていなかったのは、私も同じだった。

丘の上は、思っていたよりも静かだった。

海の音も、風の音も、なぜか丘の上までは届かなかった。

祠は、私の背丈ほどの、古い石を丁寧に組んだものだった。

その奥に、据石があった。

大人が二人がかりで、ようやく抱えられるほどの、黒い石だった。

私たちは、まず祠の石を一つずつ外していった。

祠の石には、一つひとつに、番付のような刻みが入っていた。

積んだ順に外せるよう、昔の職人が印を残していたのだ。

それだけ、崩してはならない組み方だったということでもある。

外す順を間違えると、崩れる。

私は石の面を撫でて、昔の職人の手順を指先で読んだ。

その石組みは、驚くほど慎重に、隙間なく積まれていた。

まるで、中のものを外へ出すまいとするような組み方だった。

一段外すごとに、私は据えた昔の職人の気配を、指先に感じた。

その職人は、明らかに、腕の立つ者だった。

これほどの手間をかけて伏せたものを、掘り返してよいものか。

そんな迷いが、はじめて胸をよぎった。

祠の石を外し終えるのに、まる二日かかった。

一つ動かすたびに、私は白い紙に、その石の位置を写し取った。

戻すとき、寸分違わず積み直すためだ。

職人の癖として、体が勝手にそうしていた。

今思えば、その几帳面さが、後で私を助けたのかもしれない。

祠を外していくと、下から古いものが次々に現れた。

まず、据石の周りに、小さな素焼きの皿がいくつも埋められていた。

どれも伏せてあり、中には何も入っていなかった。

次に、皿の下から、細い縄が出てきた。

縄は据石を幾重にも巻いており、朽ちてなお、固く締まっていた。

縄の下からは、墨で何かを書いた、薄い木の札が出てきた。

字は滲んで読めなかったが、幾枚も、据石に貼りつくように埋まっていた。

札の下には細かな砂利が敷き詰められ、その底に、据石の裾が沈んでいた。

掘り返すたびに、封じは、より古く、より念入りになっていった。

私は一度、手を止めて、据石をまじまじと見た。

黒く、艶のない石で、どこの山から切り出したものかも分からなかった。

三十年石を見てきたが、こんな石は初めてだった。

触れると、真夏の昼だというのに、指先が冷えた。

Kは、その石には触りたくないと言って、遠巻きにしていた。

Mも、いつのまにか、据石に背を向けて作業をするようになっていた。

Kが、その縄と札を見て手を止めた。

「親方、これ、封じてあるんじゃないですか」と、Kが言った。

私も、同じことを感じていた。

だが、口には出さなかった。

その日の作業を終えて、麓の宿に戻った。

宿の主人は、私たちが丘の仕事だと知ると、箸を止めた。

「あんたら、あの丘の石を、動かすのかい」と、主人は言った。

私が頷くと、主人は困ったような顔をした。

「昔はな、あの丘に、荷を負わせる石があったと聞くよ」と、主人は言った。

村では、その石を「負い石」と呼んでいたという。

悪いこと、災いごとを、その石に負わせて、丘に封じたのだと。

いつの頃からそうなったのかは、誰も知らない。

ただ、丘には上るな、石には触るなとだけ、代々伝わっている。

主人は、それ以上は語りたがらなかった。

ただ、丘の石の話をするたびに、声を落とした。

念のため、翌朝、村の外れの寺にも寄ってみた。

年老いた住職は、古い綴じ帳を開いて、あるくだりを指さした。

そこには、丘の据石を年に一度検分すること、とだけ書かれていた。

理由も、いつからかも、記されていなかった。

住職は、丘の話になると、それきり口をつぐんだ。

帰りに、浜で網を繕っていた老人にも、丘のことを尋ねてみた。

老人は手を止めず、丘のほうを一度も見ずに、こう言った。

「あの丘のものは、負うて、伏せて、忘れるもんだ」

忘れることが、封じることなのだと、老人は言った。

掘り返すというのは、思い出させるということだ、とも。

宿では、もう一つ、気になる話を聞いた。

十数年前にも、丘を測りに来た役人がいたという。

その一行は、丘の中腹まで登ったところで、皆、体を壊して帰ったそうだ。

以来、県道の話が出るまで、誰も丘には手をつけなかった。

その朝、丘に登ると、前の晩に積み直しておいた石が、いくつか崩れていた。

獣か、と若い衆は言った。

だが、丘には獣の通った跡も、糞もなかった。

私は黙って、石をまた積み直した。

作業が進むほど、妙なことが増えていった。

夜のうちに小屋へ仕舞った鏨が、朝には湿って、赤く錆びていた。

潮風のせいだと思おうとしたが、丘の上に、潮は来ない。

水筒の茶も、丘の上に置くと、半日で濁った。

弁当の飯も、妙に早く、饐えた匂いを放った。

Mが、据石に巻尺を当てると、寸法が合わないと言い出した。

朝に計った寸法と、昼に計った寸法が、少しずつ違うのだという。

何度計り直しても、そのたびに違った。

私はそれを、Mの気の迷いだと思うことにした。

昼を過ぎると、丘の上だけ、日が翳るようになった。

海の上は晴れているのに、丘の上にだけ、薄い靄がかかる。

その靄の中では、互いの声が、遠く聞こえた。

すぐ隣にいるKの声が、丘の向こうから響くように聞こえるのだ。

昼飯のあと、松の根方で少しまどろむと、決まって同じ夢を見た。

暗い場所に、伏せた素焼きの皿が三つ、並んでいる夢だった。

目を覚ますたびに、口の中が、井戸水のように冷えていた。

私たちは、日ごとに口数が減っていった。

据石を掘り起こしたのは、四日目のことだった。

石は、思いのほか深く埋まっていた。

掘るほどに、据石の下から、黒い水が滲み出てきた。

潮の匂いではない、井戸の底のような、冷たい匂いがした。

私たちは、その水を避けながら、石を吊り上げた。

据石が地を離れた瞬間、丘の靄が、すっと晴れた。

止まっていた海の音が、いっせいに戻ってきた。

私は、これで終わった、と思った。

その晩、宿で、私は夢を見た。

夢の中に、あの三基の石灯籠が立っていた。

一基目の火袋に、青い火が灯っていた。

ほかの二基は、暗いままだった。

目が覚めると、外はまだ暗かった。

隣の布団で、KとMも目を開けていた。

二人とも、同じ夢を見た、と言った。

次の晩は、二基目に青い火が灯った。

その朝は、いつもより冷え込んでいた。

布団から出ると、畳の上に、うっすらと湿った足跡があった。

私の足より、ひとまわり小さい足跡だった。

宿には、私とKとMのほかに、泊まり客はいなかった。

その翌朝、Kが宿の急な階段を踏み外した。

足を折り、Kは町の病院へ運ばれていった。

Kは、階段のどこで足を踏み外したのか、覚えていないと言った。

ただ、降りる前に、背中を軽く押されたような気がした、とだけ話した。

その日の夜、三基目に火が灯った。

そして朝が来る前に、Mが宿から姿を消していた。

宿の玄関の戸は、内から心張り棒が掛かったままだった。

戸を開けずに、Mがどこから出たのか、誰にも分からなかった。

私は一人、丘に登った。

据石を元へ戻さねばならないと、なぜか、そう思った。

丘の上は、また靄に沈んでいた。

祠のあった場所に、黒い水が溜まっていた。

それは、私たちが掘った穴よりも、ずっと大きく広がっていた。

水面が、ゆっくりと盛り上がった。

こぽり、と水の底で泡の潰れる音がした。

水の底から、黒い腕のようなものが、二本、伸びてきた。

それは水を掻くように、ゆっくりと縁へ手を掛けた。

指の数は、人よりも、いくつか多かった。

見ているうちに、腕は二本から、いつのまにか四本になっていた。

水の面に、油のような輪が、いくつも広がった。

耳が痛くなるほどの静けさの中で、私の鼓動だけが、やけに大きかった。

それは人の形に似て、人ではなかった。

私はそれまで、幽霊というものを信じていなかった。

だがそれは、幽霊などという、なまやさしいものではなかった。

もっと古く、もっと重い、負わされ続けた何かだった。

頭のようなものが、水面から持ち上がりかけた。

私は動けなかった。

逃げようとしても、足が、地面に据えられたように動かない。

そのとき、背中に、ずしりと重いものが乗るのを感じた。

掘り起こした据石と、同じ重さだった。

肩に、縄の食い込むような痛みが走った。

振り返らずとも、分かった。

私はいつのまにか、あの負い石を、背に負わされていた。

そのとき、背後から、澄んだ声がした。

「そこの石屋さん、それ以上は動いてはいけないよ」

振り返ると、白い着物の少年が立っていた。

少年の後ろに、年老いた女が静かに付き添っていた。

女は、この土地の「守り役」の家の者だと名乗った。

女の話は、長かった。

この土地には、遠い昔から、人の暮らしに障る何かがいたのだという。

神でも、霊でもない、名の伝わらない何かだと。

村はそれを、追い払うことも、鎮めることもできなかった。

できたのは、ただ一つ、負わせて、伏せておくことだけだった。

災いを、石に負わせる。

そうして丘に伏せ、決して掘り返さぬよう、上に祠を組む。

祠の石組みが念入りだったのは、そのためだった。

石を動かすということは、負っていた荷を、下ろすということだった。

負い石は、それを負って、抑えるための石だった。

守り役の家は、その負い石を、代々見守ってきた。

年に一度、据石を検分し、封じが緩んでいないかを確かめる。

寺の綴じ帳にあった一行は、そのことだったのだ。

だが、見守るだけでは、掘り返してしまった封じは戻せない。

戻すには、土地の神の力がいるのだと、女は言った。

神を鎮めるのは、人の力ではない。

社とは、神を招くための、いわば器にすぎないのだと女は言った。

器に神が降りて、はじめて、その場に力が宿る。

手入れをやめた無人の社は、器だけが、ぽつんと残った状態になる。

だから、おかしなものが、そこへ寄り集まってくるのだという。

あの丘の宮も、長く手入れをされず、器だけになっていた。

そこへ、封じの石まで掘り返したのだから、たまらない。

守り役の家では、十の歳を迎えた子の一人に、神を降ろす。

神を宿した子は「依坐」と呼ばれ、次の代へ渡すまで、神を身に置く。

神を宿している間、その子の周りには、悪いものは寄れないのだそうだ。

この少年が、いまの依坐なのだと、女は言った。

神を次の代へ渡すときには、また新たに、神を降ろす儀式を行うのだそうだ。

その儀式のあいだだけ、丘の封じは、いっそう固く鎮まるのだと。

だから、代替わりの時期は、あらかじめ決めていないのだと女は言った。

確かに渡せると見極めるまで、当代が神を身に置き続ける。

少年は、私が丘で肝を冷やしたことなど、まるで意に介していなかった。

今どきの、どこにでもいそうな子どもに見えた。

少年が、私の肩に、そっと手を置いた。

背中の重みが、嘘のように消えた。

「もう、憑いていないよ」と、少年は言った。

気づくと、丘の水溜まりは、跡形もなく乾いていた。

Kの怪我も、Mの行方も、それから数日で片がついた。

Mは、隣の集落の外れで、ぼんやり座っているところを見つかった。

本人は、どうやってそこまで歩いたのか、何も覚えていなかった。

ただ、三つ並んだ皿の夢を、毎晩見ていたとだけ言った。

二人とも、あの少年に肩を叩いてもらうと、憑き物が落ちたように戻った。

据石は、掘り出したときと同じ向きに、丁寧に戻した。

写し取った紙のとおりに、祠の石を、一つずつ積み直していった。

祠の石も、皿も、縄も、私が指先で読んだ手順のとおりに戻した。

最後の一石を据えたとき、丘の上に、ようやく風の音が戻った。

松が、さやさやと鳴った。

それは、その丘で初めて聞く、まともな風の音だった。

県道は、結局、丘を避けて海側へ曲げられた。

役場の若い男は、なぜ計画が変わったのか、最後まで腑に落ちない様子だった。

私は、何も説明しなかった。

説明したところで、誰も信じはしないだろう。

そして、信じさせてしまうことのほうが、私には恐ろしかった。

丘を下りるとき、私はもう一度、石灯籠の三基を見上げた。

火は、どれにも入っていなかった。

ただ、三つの火袋の底に、少しだけ、黒い水が溜まっていた。

親方が言った「据わりが悪い」の意味を、私はそのとき、ようやく理解した。

据わりが悪かったのは、石ではなかった。

あの丘が負っていたものが、据わりを、悪くしていたのだ。

それから何年も、私はこの仕事を続けた。

だが、あの据石のような石には、二度と出会わなかった。

先代の親方に、あの石のことを話したことはない。

親方は、きっと、何かを知っていたのだと思う。

据わりが悪い、とだけ言って、あとは黙っていたのだから。

負い石が、いったい何を負っていたのか。

守り役の女も、それだけは知らないと言った。

ただ、あれは人でも、獣でもない、と。

負い石が負っていたのは、村がずっと忘れていたかった何か、とだけ、私は思っている。

それが何であったかは、今も、誰も知らない。

石屋の語る怖い話だと、笑ってくれて構わない。

だが今も、あの丘は県道の内側に、静かに残っている。

そして私は二度と、あの丘には登っていない。

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