掘り起こしてはならない石

月明かりと石の作業場

石を扱う仕事を、私は三十年続けてきた。

墓石を据え、石灯籠を組み、崩れた石段を積み直す。

石工という仕事は、はやりのものではない。

墓を建てたいという家は、年々減っていた。

それでも私が石を離れなかったのは、石だけは嘘をつかないと思っていたからだ。

石には、動かしてよいものと、動かしてはならないものがある。

そう教えてくれたのは、先代の親方だった。

親方は、口の重い人だった。

その親方が、一つだけ、繰り返し言ったことがある。

据えてよい石は、鏨を入れると、据えた者の手に馴染む。

据えてはならない石は、いくら鏨を入れても、手が滑るのだと。

若い頃の私は、その言葉の意味を、深くは考えていなかった。

これは、私がこの歳になるまで、誰にも話さなかった怖い話だ。

昭和も五十年代の半ば、私がまだ三十代だった頃のことになる。

※

半島の付け根に、小さな丘があった。

私の店から車で二時間ほど走った、寂れた土地だった。

漁で栄えた頃もあったと聞くが、私が行った頃には、家の半分は空き家だった。

若い者は町へ出て、残っているのは年寄りばかりだった。

海からの風がよく通る、松と笹に覆われた、なだらかな丘だった。

その丘の上に、石の宮があった。

宮といっても社殿はとうに朽ち、残るのは苔むした石の祠と、その奥の据石だけだった。

丘の入口には、火の入らない石灯籠が三基、並んでいた。

どれも傾き、笠は苔に覆われ、火袋の中は空だった。

村の者は、誰もその丘へ登らなかった。

子供の頃から丘には上るなと言い聞かされて育つのだと、後になって宿の主人から聞いた。

その丘を、崩すことになった。

海沿いを走る県道を広げるため、丘の裾を削るという話だった。

石の宮は、少しだけ場所を下ろして据え直す。

その移設の仕事が、私の勤める石材店に回ってきた。

話を持ってきたのは、役場の若い男だった。

書類を広げ、工期と手間賃を、よどみなく並べていった。

県の予算が、その年度のうちに落ちるかどうかの瀬戸際なのだと言った。

だから、盆の入りまでに、丘の宮を片付けてくれと、男は言った。

私は、盆に墓じまいのような仕事をするのを、あまり好まなかった。

だが、そんな験を担ぐ歳でもない、と自分に言い聞かせた。

親方は、その話を最後まで聞くと、しばらく黙っていた。

「あそこの石は、据わりが悪い」と、親方は言った。

私はそれを、斜面の地盤の話だと思って聞いていた。

急な斜面に据えた石は、確かに据わりが悪くなる。

親方は、それ以上は何も言わなかった。

引き受けたのは、金のためだった。

その頃、店の仕事は減っていた。

親方も、断る理由を見つけられなかったのだと思う。

若い衆の二人、KとMを連れて、私は丘に登ることになった。

Kは、腕は悪くないが、口の軽い若者だった。

Mは、無口で、力仕事に向いた体をしていた。

二人とも、丘の仕事だと聞いても、何も気にしていなかった。

町を出て、海沿いの道を二時間、車を走らせた。

潮の匂いが濃くなる頃、行く手に、こんもりとした緑の丘が見えてきた。

遠目には、なんの変哲もない丘だった。

だが近づくにつれ、その丘だけ、妙に静まっているように感じた。

鳥の声も、その一帯だけ、聞こえなかった。

車を降りると、盛りのはずの蝉の声さえ、丘には届いていなかった。

気にしていなかったのは、私も同じだった。

※

丘の上は、思っていたよりも静かだった。

海の音も、風の音も、なぜか丘の上までは届かなかった。

祠は、私の背丈ほどの、古い石を丁寧に組んだものだった。

その奥に、据石があった。

大人が二人がかりで、ようやく抱えられるほどの、黒い石だった。

私たちは、まず祠の石を一つずつ外していった。

祠の石には、一つひとつに、番付のような刻みが入っていた。

積んだ順に外せるよう、昔の職人が印を残していたのだ。

それだけ、崩してはならない組み方だったということでもある。

外す順を間違えると、崩れる。

私は石の面を撫でて、昔の職人の手順を指先で読んだ。

その石組みは、驚くほど慎重に、隙間なく積まれていた。

まるで、中のものを外へ出すまいとするような組み方だった。

一段外すごとに、私は据えた昔の職人の気配を、指先に感じた。

その職人は、明らかに、腕の立つ者だった。

これほどの手間をかけて伏せたものを、掘り返してよいものか。

そんな迷いが、はじめて胸をよぎった。

祠の石を外し終えるのに、まる二日かかった。

一つ動かすたびに、私は白い紙に、その石の位置を写し取った。

戻すとき、寸分違わず積み直すためだ。

職人の癖として、体が勝手にそうしていた。

今思えば、その几帳面さが、後で私を助けたのかもしれない。

祠を外していくと、下から古いものが次々に現れた。

まず、据石の周りに、小さな素焼きの皿がいくつも埋められていた。

どれも伏せてあり、中には何も入っていなかった。

次に、皿の下から、細い縄が出てきた。

縄は据石を幾重にも巻いており、朽ちてなお、固く締まっていた。

縄の下からは、墨で何かを書いた、薄い木の札が出てきた。

字は滲んで読めなかったが、幾枚も、据石に貼りつくように埋まっていた。

札の下には細かな砂利が敷き詰められ、その底に、据石の裾が沈んでいた。

掘り返すたびに、封じは、より古く、より念入りになっていった。

私は一度、手を止めて、据石をまじまじと見た。

黒く、艶のない石で、どこの山から切り出したものかも分からなかった。

三十年石を見てきたが、こんな石は初めてだった。

触れると、真夏の昼だというのに、指先が冷えた。

Kは、その石には触りたくないと言って、遠巻きにしていた。

Mも、いつのまにか、据石に背を向けて作業をするようになっていた。

Kが、その縄と札を見て手を止めた。

「親方、これ、封じてあるんじゃないですか」と、Kが言った。

私も、同じことを感じていた。

だが、口には出さなかった。

その日の作業を終えて、麓の宿に戻った。

宿の主人は、私たちが丘の仕事だと知ると、箸を止めた。

「あんたら、あの丘の石を、動かすのかい」と、主人は言った。

私が頷くと、主人は困ったような顔をした。

「昔はな、あの丘に、荷を負わせる石があったと聞くよ」と、主人は言った。

村では、その石を「負い石」と呼んでいたという。

悪いこと、災いごとを、その石に負わせて、丘に封じたのだと。

いつの頃からそうなったのかは、誰も知らない。

ただ、丘には上るな、石には触るなとだけ、代々伝わっている。

主人は、それ以上は語りたがらなかった。

ただ、丘の石の話をするたびに、声を落とした。

念のため、翌朝、村の外れの寺にも寄ってみた。

年老いた住職は、古い綴じ帳を開いて、あるくだりを指さした。

そこには、丘の据石を年に一度検分すること、とだけ書かれていた。

理由も、いつからかも、記されていなかった。

住職は、丘の話になると、それきり口をつぐんだ。

帰りに、浜で網を繕っていた老人にも、丘のことを尋ねてみた。

老人は手を止めず、丘のほうを一度も見ずに、こう言った。

「あの丘のものは、負うて、伏せて、忘れるもんだ」

忘れることが、封じることなのだと、老人は言った。

掘り返すというのは、思い出させるということだ、とも。

宿では、もう一つ、気になる話を聞いた。

十数年前にも、丘を測りに来た役人がいたという。

その一行は、丘の中腹まで登ったところで、皆、体を壊して帰ったそうだ。

以来、県道の話が出るまで、誰も丘には手をつけなかった。

その朝、丘に登ると、前の晩に積み直しておいた石が、いくつか崩れていた。

獣か、と若い衆は言った。

だが、丘には獣の通った跡も、糞もなかった。

私は黙って、石をまた積み直した。

作業が進むほど、妙なことが増えていった。

夜のうちに小屋へ仕舞った鏨が、朝には湿って、赤く錆びていた。

潮風のせいだと思おうとしたが、丘の上に、潮は来ない。

水筒の茶も、丘の上に置くと、半日で濁った。

弁当の飯も、妙に早く、饐えた匂いを放った。

Mが、据石に巻尺を当てると、寸法が合わないと言い出した。

朝に計った寸法と、昼に計った寸法が、少しずつ違うのだという。

何度計り直しても、そのたびに違った。

私はそれを、Mの気の迷いだと思うことにした。

昼を過ぎると、丘の上だけ、日が翳るようになった。

海の上は晴れているのに、丘の上にだけ、薄い靄がかかる。

その靄の中では、互いの声が、遠く聞こえた。

すぐ隣にいるKの声が、丘の向こうから響くように聞こえるのだ。

昼飯のあと、松の根方で少しまどろむと、決まって同じ夢を見た。

暗い場所に、伏せた素焼きの皿が三つ、並んでいる夢だった。

目を覚ますたびに、口の中が、井戸水のように冷えていた。

私たちは、日ごとに口数が減っていった。

※

据石を掘り起こしたのは、四日目のことだった。

石は、思いのほか深く埋まっていた。

掘るほどに、据石の下から、黒い水が滲み出てきた。

潮の匂いではない、井戸の底のような、冷たい匂いがした。

私たちは、その水を避けながら、石を吊り上げた。

据石が地を離れた瞬間、丘の靄が、すっと晴れた。

止まっていた海の音が、いっせいに戻ってきた。

私は、これで終わった、と思った。

その晩、宿で、私は夢を見た。

夢の中に、あの三基の石灯籠が立っていた。

一基目の火袋に、青い火が灯っていた。

ほかの二基は、暗いままだった。

目が覚めると、外はまだ暗かった。

隣の布団で、KとMも目を開けていた。

二人とも、同じ夢を見た、と言った。

次の晩は、二基目に青い火が灯った。

その朝は、いつもより冷え込んでいた。

布団から出ると、畳の上に、うっすらと湿った足跡があった。

私の足より、ひとまわり小さい足跡だった。

宿には、私とKとMのほかに、泊まり客はいなかった。

その翌朝、Kが宿の急な階段を踏み外した。

足を折り、Kは町の病院へ運ばれていった。

Kは、階段のどこで足を踏み外したのか、覚えていないと言った。

ただ、降りる前に、背中を軽く押されたような気がした、とだけ話した。

その日の夜、三基目に火が灯った。

そして朝が来る前に、Mが宿から姿を消していた。

宿の玄関の戸は、内から心張り棒が掛かったままだった。

戸を開けずに、Mがどこから出たのか、誰にも分からなかった。

私は一人、丘に登った。

据石を元へ戻さねばならないと、なぜか、そう思った。

丘の上は、また靄に沈んでいた。

祠のあった場所に、黒い水が溜まっていた。

それは、私たちが掘った穴よりも、ずっと大きく広がっていた。

水面が、ゆっくりと盛り上がった。

こぽり、と水の底で泡の潰れる音がした。

水の底から、黒い腕のようなものが、二本、伸びてきた。

それは水を掻くように、ゆっくりと縁へ手を掛けた。

指の数は、人よりも、いくつか多かった。

見ているうちに、腕は二本から、いつのまにか四本になっていた。

水の面に、油のような輪が、いくつも広がった。

耳が痛くなるほどの静けさの中で、私の鼓動だけが、やけに大きかった。

それは人の形に似て、人ではなかった。

私はそれまで、幽霊というものを信じていなかった。

だがそれは、幽霊などという、なまやさしいものではなかった。

もっと古く、もっと重い、負わされ続けた何かだった。

頭のようなものが、水面から持ち上がりかけた。

私は動けなかった。

逃げようとしても、足が、地面に据えられたように動かない。

そのとき、背中に、ずしりと重いものが乗るのを感じた。

掘り起こした据石と、同じ重さだった。

肩に、縄の食い込むような痛みが走った。

振り返らずとも、分かった。

私はいつのまにか、あの負い石を、背に負わされていた。

※

そのとき、背後から、澄んだ声がした。

「そこの石屋さん、それ以上は動いてはいけないよ」

振り返ると、白い着物の少年が立っていた。

少年の後ろに、年老いた女が静かに付き添っていた。

女は、この土地の「守り役」の家の者だと名乗った。

女の話は、長かった。

この土地には、遠い昔から、人の暮らしに障る何かがいたのだという。

神でも、霊でもない、名の伝わらない何かだと。

村はそれを、追い払うことも、鎮めることもできなかった。

できたのは、ただ一つ、負わせて、伏せておくことだけだった。

災いを、石に負わせる。

そうして丘に伏せ、決して掘り返さぬよう、上に祠を組む。

祠の石組みが念入りだったのは、そのためだった。

石を動かすということは、負っていた荷を、下ろすということだった。

負い石は、それを負って、抑えるための石だった。

守り役の家は、その負い石を、代々見守ってきた。

年に一度、据石を検分し、封じが緩んでいないかを確かめる。

寺の綴じ帳にあった一行は、そのことだったのだ。

だが、見守るだけでは、掘り返してしまった封じは戻せない。

戻すには、土地の神の力がいるのだと、女は言った。

神を鎮めるのは、人の力ではない。

社とは、神を招くための、いわば器にすぎないのだと女は言った。

器に神が降りて、はじめて、その場に力が宿る。

手入れをやめた無人の社は、器だけが、ぽつんと残った状態になる。

だから、おかしなものが、そこへ寄り集まってくるのだという。

あの丘の宮も、長く手入れをされず、器だけになっていた。

そこへ、封じの石まで掘り返したのだから、たまらない。

守り役の家では、十の歳を迎えた子の一人に、神を降ろす。

神を宿した子は「依坐」と呼ばれ、次の代へ渡すまで、神を身に置く。

神を宿している間、その子の周りには、悪いものは寄れないのだそうだ。

この少年が、いまの依坐なのだと、女は言った。

神を次の代へ渡すときには、また新たに、神を降ろす儀式を行うのだそうだ。

その儀式のあいだだけ、丘の封じは、いっそう固く鎮まるのだと。

だから、代替わりの時期は、あらかじめ決めていないのだと女は言った。

確かに渡せると見極めるまで、当代が神を身に置き続ける。

少年は、私が丘で肝を冷やしたことなど、まるで意に介していなかった。

今どきの、どこにでもいそうな子どもに見えた。

少年が、私の肩に、そっと手を置いた。

背中の重みが、嘘のように消えた。

「もう、憑いていないよ」と、少年は言った。

気づくと、丘の水溜まりは、跡形もなく乾いていた。

Kの怪我も、Mの行方も、それから数日で片がついた。

Mは、隣の集落の外れで、ぼんやり座っているところを見つかった。

本人は、どうやってそこまで歩いたのか、何も覚えていなかった。

ただ、三つ並んだ皿の夢を、毎晩見ていたとだけ言った。

二人とも、あの少年に肩を叩いてもらうと、憑き物が落ちたように戻った。

据石は、掘り出したときと同じ向きに、丁寧に戻した。

写し取った紙のとおりに、祠の石を、一つずつ積み直していった。

祠の石も、皿も、縄も、私が指先で読んだ手順のとおりに戻した。

最後の一石を据えたとき、丘の上に、ようやく風の音が戻った。

松が、さやさやと鳴った。

それは、その丘で初めて聞く、まともな風の音だった。

県道は、結局、丘を避けて海側へ曲げられた。

役場の若い男は、なぜ計画が変わったのか、最後まで腑に落ちない様子だった。

私は、何も説明しなかった。

説明したところで、誰も信じはしないだろう。

そして、信じさせてしまうことのほうが、私には恐ろしかった。

丘を下りるとき、私はもう一度、石灯籠の三基を見上げた。

火は、どれにも入っていなかった。

ただ、三つの火袋の底に、少しだけ、黒い水が溜まっていた。

親方が言った「据わりが悪い」の意味を、私はそのとき、ようやく理解した。

据わりが悪かったのは、石ではなかった。

あの丘が負っていたものが、据わりを、悪くしていたのだ。

それから何年も、私はこの仕事を続けた。

だが、あの据石のような石には、二度と出会わなかった。

先代の親方に、あの石のことを話したことはない。

親方は、きっと、何かを知っていたのだと思う。

据わりが悪い、とだけ言って、あとは黙っていたのだから。

負い石が、いったい何を負っていたのか。

守り役の女も、それだけは知らないと言った。

ただ、あれは人でも、獣でもない、と。

負い石が負っていたのは、村がずっと忘れていたかった何か、とだけ、私は思っている。

それが何であったかは、今も、誰も知らない。

石屋の語る怖い話だと、笑ってくれて構わない。

だが今も、あの丘は県道の内側に、静かに残っている。

そして私は二度と、あの丘には登っていない。

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