消えた京都の路地

雨の路地と灯りを見つめる人

これは、私に商売を教えた老人から聞いた話だ、と長いあいだ思っていた。

思い違いである。

その家へ行ったのは、私だ。

七十を過ぎると、記憶が誰の持ち物であったのか、境目が曖昧になる。

他人の話として仕舞っておくほうが、都合のよいこともあったのだろう。

忘れないうちに、順を追って書いておく。

私の商売は、蔵書目録の編纂という。

旧家や寺の蔵に眠っている本を、一冊ずつ札に書き起こす仕事である。

書名。

丁数。

刊記。

装訂。

それから、持ち主が残した痕跡。

蔵書印、識語、書入れ、栞代わりに挟まれた押し葉。

本というものは、読まれた分だけ痕跡を溜める器である。

その器の底を掬って、一枚の札へ移す。

それだけの仕事だ。

面白いですかと訊かれると、いつも返事に困った。

面白くはない。

ただ、他人の一生が丁数で表せてしまうことに、私は最後まで慣れなかった。

私は札を右から左へ書く。

癖ではない。

教わったとおりの順である。

手が覚えている順序というものは、頭より正直だ。

頭は理屈で言い訳をするが、手は黙って同じことを繰り返す。

平成三年の六月に、西陣の北室という家から仕事が来た。

染屋を三代続けた家である。

当主は六十半ばの、声の低い男の人だった。

間口が三間半、奥行が十七間。

京の町家は、外から見るよりはるかに深い。

通り庭を抜けると走り庭があり、その突き当たりに蔵が二つ並んでいた。

本は北の蔵にあった。

おおよそ四千冊。

三月はかかると見当をつけた。

玄関で、当主は履物のことを言った。

「爪先は、内へ向けて置いとくれやす」

妙な言いつけだと思った。

ふつうは逆である。

出るときに履きやすいよう、爪先は外へ向けるものだ。

「出にくうなりませんか」

「そういう決まりでして」

当主はそれ以上は言わなかった。

私も訊かなかった。

他家の決まりを詮索しないのが、この商売の礼儀である。

沓脱には、私の靴のほかに、乾いた下駄が一足そろえてあった。

その日は朝から雨だった。

歯には泥のひとかけらもついていない。

爪先は、きちんと内へ向いていた。

奥の間に、八角の柱時計が掛かっていた。

振り子は動いていない。

針は四時十二分を指していた。

「止まってますな」

当主は時計を見上げた。

「うちに来たときからです」

いつからか、とは訊かなかった。

訊いておけばよかったと、いまでも思う。

蔵の仕事は、埃と時間の勘定である。

朝、錠を開けると、黴と膠と古い糊の匂いが一度に出てくる。

あの匂いを嗅ぐと、私はいつも少し嬉しくなった。

誰にも読まれずに百年寝ていた紙の匂いだからである。

和装本は、指の腹で扱う。

爪を立てると、そこだけ後の人に分かってしまう。

楮の紙は乾いていて、少しざらつき、めくるたびに乾いた鳥のような音を立てる。

その音のほかには、蔵の中には何もない。

外の雨音さえ、分厚い壁を通ると遠い誰かの咳のように聞こえた。

北室家の蔵書は、思ったより雑然としていた。

染料や織の技術書があり、そのあいだに俳諧の摺物が挟まり、和算の稿本まで混じっている。

商家の蔵書というのは、たいていこういうものだ。

誰かが買い、誰かが貰い、誰かが返しそびれた本の堆積である。

三日目に、この家のものでない本が一冊出た。

京の町を一筋ずつ拾った細見図の、下巻だけである。

上巻はない。

綴じは弱っていたが、丁は揃っていた。

見返しに、墨の住所書きがあった。

西陣 鍵屋図子 二番戸 岸本

筆は達者で、墨はよく利いていた。

裏に廻すと、細い字で年号らしきものが書いてあったが、そこだけ滲んで読めなかった。

京都の路地には、通りとは呼ばず図子と呼ぶものがある。

辻子とも書く。

応仁の乱ののち、焼けた町を建て直すときに、大きな町割りの内側を人が勝手に踏み分けてできた細道だという。

抜けられるものと、行き止まりのものがある。

抜けられるほうを図子、行き止まりのほうを路地と呼び分ける土地もある。

名は、たいてい家の屋号から取る。

鍵屋という屋号の家があったのなら、その前の細道が鍵屋図子と呼ばれても、少しも不自然ではない。

不自然なのは、その名がどこにも残っていないことだった。

当主に、見返しを見せた。

「鍵屋図子……聞きまへんな」

「このあたりでは、ということですか」

「このあたりにも、どこにも」

当主は本を持たなかった。

見返しを覗き込んだだけで、指は袖に入れたままだった。

私は蔵へ戻って、細見図をひらいた。

刷られた地図の、堀川より西の一角に、細い線が一本引いてある。

その脇に、鍵屋図子と刷ってあった。

本文にあるのだから、少なくとも版元は、その名を知っていたことになる。

後日、私は同じ細見図の別の刷りを三種、府立の資料館で当たった。

初刷りも、後刷りも見た。

どれにも、その線はなかった。

線がないだけでなく、その一角は、他の版では三軒の家で隙間なく埋まっていた。

図子の入る余地がない。

私の手元の一冊だけが、そこに道を一本余分に持っていた。

刷り間違いというものは、字では起きる。

けれど版木に、ありもしない道を一本彫り足す職人はいない。

町を歩いて訊いてまわった。

この商売は、蔵に籠もっているようでいて、案外足を使う。

いちばんよく知っているのは、たいてい豆腐屋か、風呂屋か、髪結いである。

角の豆腐屋に、八十を越えた老女がいた。

「鍵屋さんの図子な」

手を止めずに、そう言った。

私は水槽の縁に手をついた。

「ご存じですか」

「昔はありました」

「いつごろまで、あったんでしょう」

「さあ。うちが嫁に来たときには、もう」

老女はそこで口をつぐんだ。

豆腐を掬う手だけが動いていた。

「もう、何でしょう」

「入らんように、なってました」

無くなった、とは言わなかった。

入らんようになった、と言った。

私はその違いを、家に帰ってから何度も反芻した。

無い道と、入れない道は、ちがう。

前者は消えたのであり、後者はまだそこにある。

二軒隣の酒屋の主人にも訊いた。

こちらは七十をいくつか越えた男の人で、町内のことなら何でも知っているという評判だった。

「鍵屋図子?」

「はい」

「そんな名は、聞いたことおへん」

断り方に、迷いがなかった。

知らない人の顔ではあった。

ただ、話を切り上げるのが、ほんの少し早かった。

市の図書館で、明治二十五年の地籍図を出してもらった。

堀川以西のその一角は、やはり三軒の家で埋まっている。

岸本という名も、鍵屋という屋号も、地番の索引にはなかった。

戦後の住宅地図も見た。

同じである。

記録の側から見るかぎり、その道も、その家も、はじめから無い。

異変が二つ目になったのは、その週の終わりだった。

私は仕事のあいだ、近くの旅館に一部屋借りて寝泊まりしていた。

夜、その日書いた札を数えるのが習慣である。

一日に書ける札は、調子がよくて八十枚。

その日は七十四枚書いた。

数えると、束は七十五枚あった。

一枚多い。

数え違いかと思って、三度数えた。

七十五枚だった。

一枚ずつ繰って、覚えのないものを抜いた。

その一枚だけ、左から右へ書かれていた。

筆跡は、私のものだった。

癖のある「巻」の字も、少し右へ流れる横棒も、私の手のものである。

書名の欄には、あの細見図の名が入っていた。

丁数も、装訂も、私が調べたとおりに正確だった。

ただ、所蔵者の欄が、北室ではなかった。

岸本、とあった。

私はその札を、しばらく畳の上に置いたままにしていた。

拾い上げるのが、なんとなく厭だった。

その晩は、雨の音がよく聞こえた。

旅館の樋が壊れていて、庇の端から一定の間隔で水が落ちる。

数えているうちに眠った。

眠る前、最後に思ったのは、数の合わないことではなかった。

順序が逆だったことである。

私の手は、右から左へしか動かないはずだった。

翌朝、当主が蔵まで上がってきた。

そういうことは、それまで一度もなかった。

「昨日から、考えてまして」

「何をです」

「祖父が、本を一冊、預かったままやと言うてました」

私は札を置いた。

「返しに行かはらへんかったんですか」

「行けなんだそうです」

「道が分からんように、なってしもうたと」

当主は、蔵の梁のあたりを見ていた。

「祖父は、雨の日に一遍だけ入れたと言うてました」

「入れた、というのは」

「入り口が、開いてたと」

そこで話は終わった。

当主は蔵を出ていき、その日はもう顔を見せなかった。

私は仕事を続けた。

手は動いた。

頭のほうが、ずっと同じところを回っていた。

六月の末は、京都がいちばん重たい季節である。

雨が降っても気温が下がらない。

町全体が濡れた布を被ったようになる。

その日も朝から降っていた。

夕方に蔵を閉め、いつもの筋を旅館へ向かって歩いた。

三週間、毎日通った道である。

右手はずっと、北室家の裏に続く長い土塀だった。

その塀の途中に、細い口が開いていた。

幅は二尺ほど。

大人が肩を斜めにして、ようやく入れる。

私は立ち止まった。

驚きはしなかった。

そこにあるのが当たり前のような顔をして、口は開いていた。

奥のほうに、明かりが見えた。

橙色の、ずいぶん低い位置の明かりである。

電灯の色ではなかった。

私は傘を畳んだ。

畳まなければ入れない幅だったからである。

いま思えば、そこで引き返す理由はいくらでもあった。

私は引き返さなかった。

札の一枚を、返しに行くつもりだったのだと思う。

鞄には、細見図が入っていた。

数歩入ったところで、背中が軽くなった。

雨が、当たらなくなっていた。

見上げると、空はある。

細い帯のような空に、雨脚がはっきり見える。

降っている。

降っているのに、当たらない。

地面も乾いていた。

足の裏に、埃の感触があった。

三週間ずっと湿っていた町の中で、そこだけが乾いていた。

両側は、腰の高さまで石を積み、その上を土で塗った塀である。

手を触れると、雨の日とは思えないほど温かかった。

人肌よりわずかに低いくらいの温さだった。

私はその手を、あとで何度も着物で拭った。

十間ほど進むと、右手に格子戸があった。

柱に木の表札が打ってある。

岸本。

その隣に、小さく二番戸と彫ってあった。

戸は、少し開いていた。

沓脱に、私の靴が乾いたまま置かれていた。

爪先は、内へ向いていた。

自分の足を見た。

私は靴を履いていた。

濡れた、いつもの靴である。

沓脱のほうは、乾いていた。

底の減り方まで同じだった。

「どうぞ」

奥から声がした。

女の声である。

年寄りとも、若いとも取れなかった。

抑揚が、この土地の言葉より少しだけ丸い。

私は上がらなかった。

三和土に立ったまま、奥を見た。

畳の間に、低い机がひとつ。

その上に、札の束が積んであった。

私の使っている札と、同じ大きさ、同じ紙。

私は近寄って、数えた。

二百二十枚あった。

一枚ずつ、繰った。

書名。丁数。刊記。装訂。

北室家の蔵書の、まだ手をつけていない棚の分である。

その札の束は、私がこれから三日かけて書くはずのものだった。

すべて、左から右へ書かれていた。

紙は乾いていた。

墨は、まだ湿っていた。

指で触れると、腹にわずかに黒が移った。

「お返しに、来てくれはったんですか」

声は、机の向こうの襖のあたりから聞こえた。

襖は閉まっていた。

「返しに来ました」

「長かったですなあ」

「八十年ほどになりますか」

「そんなに」

声は、そこで少しだけ笑った。

「うちは、三日ほどのつもりでおりました」

私は鞄から細見図を出して、机に置いた。

置いた指が、札の束に触れた。

湿った墨が、また少しついた。

顔を上げると、正面の柱に、八角の柱時計が掛かっていた。

北室家のものと、同じ形である。

針は四時十二分だった。

「その時計、止まってますね」

「動いてます」

「動いてませんよ」

「あんたはんの側では、そう見えますやろ」

襖は開かなかった。

影も差さなかった。

私はもう一度、札の束を見た。

いちばん上の一枚に、書きかけの行があった。

途中で筆が止まっている。

止まっているのは、私が今日、蔵で手を止めたところと同じ場所だった。

「そろそろ、閉まりますえ」

声は、静かにそう言った。

怒ってはいなかった。

親切ですらあった。

私は礼を言って、外へ出た。

傘は、畳んだまま歩いた。

雨は、やはり当たらなかった。

塀の温さも、そのままだった。

十間ほどで、筋に出た。

出たとたん、背中に雨が当たった。

肩から、一気に重くなった。

振り返った。

塀は、隙間なく続いていた。

継ぎ目もない。

石の積み方も、土の塗り方も、途切れていない。

その場にしばらく立っていた。

手のひらで、塀を端から端まで撫でていった記憶がある。

冷たかった。

雨のとおりの冷たさだった。

翌日も、その次の日も、同じ道を通った。

口は開いていなかった。

雨の日を選んで、時刻も同じにして通った。

開かなかった。

三年ほど、京都へ来るたびにその筋を歩いた。

そのうち、探していることのほうが厭になった。

北室家の目録は、七月の終わりに仕上がった。

札は、全部で二千八百枚。

そのうち二百二十枚を、私は書いた覚えがない。

けれど筆跡は、まぎれもなく私のものだった。

右から左へ書かれていた。

順序が、戻っていた。

戻っている、ということの意味を、私は長く考えないようにしてきた。

細見図は、目録には載せなかった。

載せる場所がなかったからである。

あの家の本ではないし、私の本でもない。

当主には、返す先が見つかったとだけ伝えた。

当主は、それ以上は何も訊かなかった。

訊かないことに、慣れている人だった。

北室の家は、平成の終わりに取り壊された。

更地になる前に、当主の息子さんから電話があった。

「時計だけ、もろてくれはりませんか」

「なぜ、私に」

「父が、あんたはんにと言い置いてまして」

「理由は、伺ってますか」

「いえ。ただ、動かんままで置いといてほしいと」

八角の柱時計は、いま私の仕事場に掛かっている。

直そうとしたことはない。

今も、針は四時十二分を指している。

手元に、札を一枚だけ残してある。

左から右へ書かれた、あの一枚である。

所蔵者の欄に、岸本とある。

返却の欄は、空けたままにしてある。

私はこの商売を、もう長くしていない。

やめた理由を訊かれたら、目が悪くなったからと答えることにしている。

本当は、そうではない。

札を書きはじめるときに、指が迷うようになったからだ。

右から書くのか、左から書くのか。

手が覚えているはずの順序が、思い出せない。

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