
これは、私が仕事で聞き集めた話の中で、いちばん長く人に話せなかった怖い話だ。
私は、県の郷土資料館で民俗を担当している。
三十を過ぎたあたりから、消えていく集落の聞き書きが、おもな仕事になった。
年寄りが居なくなれば、その土地の唄も、言い伝えも、一緒に消える。
だから、消える前に録っておく。
それだけの、地味な仕事だ。
平成のはじめ、まだ町と村が合併する前のことだ。
その年の秋、私は県の北の端にある山あいの集落へ、何度も通っていた。
戸数は、もう七つしか残っていなかった。
住んでいるのは、どの家も七十を越えた人ばかりだった。
集落の名は、いまもここでは伏せておく。
谷の奥にあって、舗装の切れた先を、軽自動車で三十分ほど登る。
沢に沿って細い道が続き、両側を、手入れのされていない杉の植林が覆っていた。
窓を開けると、湿った土と、杉の青い匂いが入ってきた。
谷へ入る途中に、もう人の住まなくなった家が、何軒もあった。
障子の破れた窓から、暗い土間が、ちらと見えた。
分校の跡もあった。
木でできた門が、半分朽ちて、傾いだまま立っていた。
「うちの母は、ここの分校に通ってたそうです」と、宮地さんが言った。
「そのころは、子供の声がうるさいくらいだった、と」
いまは、鳥の声しか、しなかった。
谷には、その秋、私のほかに訪ねてくる者は、ほとんど居なかった。
郵便配達も、週に二度だけだという。
携帯の電波は、当然のように届かない。
役場から、その若い職員が一人、案内についてくれた。
名を、宮地さんといった。
まだ二十代で、この春に配属されたばかりだという。
「正直、この集落の担当になるとは思いませんでした」と、彼は運転しながら笑った。
その言い方に悪気はなかったし、事実でもあった。
私が通っていたのは、土地に伝わる子守唄を記録するためだった。
古い唄ほど、節も詞も、その土地の事情を抱えている。
やさしい唄のようでいて、よく聴くと背筋が冷えるものも、少なくない。
この谷には、節だけが残って、詞の消えた唄がある、と聞いていた。
詞が消えるというのは、珍しいことではない。
ただ、わざと忘れられた詞、というものも、たまにある。
最初に聞き書きをさせてもらったのは、トヨさんという家の、ばば様だった。
集落でいちばんの年長で、もう九十に近いという話だった。
背は曲がっていたが、目だけは、こちらの奥まで覗くような目をしていた。
トヨさんは、私に番茶を淹れてくれた。
茶を啜る音だけが、しばらく縁側に響いた。
壁に、白黒の写真が一枚、古い額に入って掛かっていた。
大勢の子供が、川べりに並んで写っていた。
「みんな、もう、この谷には居らんよ」と、トヨさんは言った。
出て行ったのか、と私は尋ねた。
トヨさんは、それには答えなかった。
代わりに、私の顔を長いこと見てから、ゆっくりと口を開いた。
「あんた、唄を集めとると言うたな」
「はい」と、私は答えた。
「この谷の唄はな、よその谷では唄わん方がええ」
私が理由を尋ねると、トヨさんはそれには答えず、湯呑みに目を落とした。
縁側の向こうに、谷の奥へ続く杉の森が、黒く見えていた。
その森だけ、午後の光が当たっていないように、私には見えた。
その日は、それで終わった。
帰り際、宮地さんが妙なことを言った。
「あの森、地図だと谷の奥で行き止まりなんですけど」
「実際は、もう少し先に、何かあるみたいで」
古い字図には、森の奥に、いくつか家の印が残っているのだという。
いまは誰も住んでいない、打ち捨てられた場所らしかった。
「廃村のなかの、さらに廃村ですよ」と、宮地さんは言った。
帰りの車のなかで、私はふと、来るときより道のりが長く感じたことに気づいた。
沢の音が、行きには右から、帰りには左から聞こえる。
道は一本きりで、行きと帰りで聞こえる側が変わるのは、当たり前のことだ。
ただ、その当たり前が、なぜか、その日は落ち着かなかった。
宿に戻って、私はその夜の分のテープに、日付と場所を吹き込んだ。
いつもの、なんでもない作業だった。
※
二度目に谷へ入ったのは、それから四日後だった。
トヨさんは、前より少しだけ、口を開いてくれた。
谷の奥の森には、昔「霧降り」という名がついていたという。
森のなかだけ霧が降りて、出ると晴れている。
「不思議でも何でもない。山の谷というのは、そういうものじゃ」と、トヨさんは言った。
だが、その言い方には、何かを避けて通るような響きがあった。
私が霧降りの森のことをもっと聞こうとすると、トヨさんは話を切り上げた。
「年寄りの戯言じゃ。あんたの集めとる唄とは、関わりない」
そう言いながら、トヨさんの手は、数珠を握りなおしていた。
同じ日、私は別の家でも聞き書きをした。
隣の、サトさんという家の老人だった。
サトさんは、子供の頃の話をしてくれた。
「わしらが子供の時分はな、霧降りの森で遊ぶのは、固く止められとった」
理由を尋ねると、しばらく黙ってから、「あそこには、還された子らが居る」と言った。
還された、という言葉の意味を、私はそのとき取り違えた。
神社か寺に納められた、奉納された、という程度に思ったのだ。
「子供が、何人か、戻らんようになった年もあったと聞く」と、サトさんは続けた。
「霧に呼ばれた、と年寄りは言うとった」
サトさんは、最後に、声を落としてこう言った。
「霧の濃い晩に、表で泣き声が聞こえても、出てはならん」
「あれは、人の子の声に、よう似とるからな」
私は、それを土地によくある神隠しの言い伝えだと、手帳に書きとめた。
三軒目に訪ねたのは、カネさんという、独り暮らしの老人だった。
私が霧降りの森のことを口にしたとたん、カネさんの顔つきが変わった。
「その話は、せん」と、それだけ言って、奥へ引っ込んでしまった。
戸の閉まる音が、やけに大きく響いた。
その帰り、集落の入口の道ばたに、古い地蔵が並んでいるのに気づいた。
苔むして、顔ももう分からない、小さな石仏だった。
数えてみると、ちょうど五体あった。
森の奥に残るという、家の数と同じだった。
偶然だ、と私は思った。
別の日に数えなおしても、地蔵は、やはり五体だった。
三度目に谷へ入る前に、宮地さんが、役場の資料室で古い綴りを探してくれた。
戦前の、戸口調べの写しだった。
谷の奥の小集落には、かつて五戸が記されていた。
どの家も、生まれた子の数にくらべて、育った子の数が、不自然に少なかった。
生まれてすぐ、台帳から消えている名が、いくつもあった。
「飢饉の年は、どこもこうですよ」と宮地さんは言ったが、その声は乾いていた。
「うちの婆さんも、昔の谷の話だけは、したがらなくて」
彼は写しを閉じて、それきり、その話には触れなかった。
それから、唄のことだ。
トヨさんが、ついに節を口ずさんでくれた。
詞のない、ほう、ほう、という、息だけの子守唄だった。
聴いているうちに、私は妙な感覚に襲われた。
その節は、子をあやすための、ゆったりとしたものではなかった。
急いた、せかすような、何かを呼ぶための節のように、聞こえたのだ。
「これは、何の唄なんですか」と私が尋ねると、トヨさんはこう言った。
「霧の子守、というのよ。霧の濃い晩に、唄うものでな」
それ以上は、教えてくれなかった。
録音したテープを、その夜、宿で聴き返した。
トヨさんの息づかいの後ろに、もう一つ、細い音が入っていた。
巻き戻して、何度も聴いた。
それは、赤ん坊の、息の継ぎ方によく似ていた。
縁側で録ったはずだった。
そこに、赤ん坊などいなかった。
翌朝、トヨさんに、テープのことを話そうとして、やめた。
なぜか、話してはいけない気が、したのだ。
その晩、私は宿で、おかしな夢を見た。
霧のなかで、誰かが、私の名を、赤ん坊の声で呼んでいる夢だった。
目が覚めると、窓の外が、白かった。
また、霧降りの晩だった。
宿の主人に聞くと、「霧降りの晩じゃね」と、なんでもないように言われた。
「あの森が霧を吐く晩は、犬も山の方へは行かんよ」と、主人は笑った。
笑っていたが、目は笑っていなかった。
翌朝、入口の地蔵に、誰かが新しい前掛けを掛けていた。
色は褪せていたが、布のほつれは、まだ新しかった。
誰が掛けたのかと宿の主人に聞くと、「トヨさんらじゃろ」と言った。
「あの婆さんらは、いまも、欠かさんからね」
何を欠かさないのか、主人は言わなかった。
※
三度目に谷へ入った日のことを、私はいまも、うまく語れない。
その日は、朝から、よく晴れていた。
聞き書きを終えた帰り、宮地さんが「少しだけ、見てみませんか」と言った。
字図に残る、森の奥の集落のことだった。
私のなかにも、見ておきたい気持ちがあった。
記録するのが仕事だ、と自分に言い聞かせた。
杉林のなかの細い道を、沢の音を頼りに登った。
道は、思っていたよりも、はっきりと残っていた。
誰かが、いまも通っているような踏み跡だった。
踏み跡をたどるうち、道の脇に、小さな石が積まれているのに気づいた。
賽の河原のような、子供の背丈ほどの石積みが、いくつもあった。
誰が積んだのか、考えないようにした。
しばらく行くと、空気が、ふいに、ひやりと湿った。
顔に、細かいものが触れた。
霧だった。
霧の匂いは、雨というより、土と、乳のような匂いだった。
振り返ると、いま来たばかりの道の方は、まだ明るかった。
私たちのいる場所にだけ、霧が降りていた。
「ほんとだ」と、宮地さんが小さく言った。
声が、すぐ近くなのに、遠くから聞こえるようだった。
霧は、進むほどに、濃くなった。
二歩先の宮地さんの背中が、白く溶けて見えた。
足音だけが、やけにはっきりと、湿った土を踏んだ。
やがて木立が切れて、五つの家の跡が、寄り添うように残っていた。
屋根は落ち、黒くなった柱だけが立っていた。
道ばたの地蔵と、同じ数だ、と私は思った。
家の跡のあいだに、小さな草履が、片方だけ落ちていた。
新しくはなかったが、朽ちてもいなかった。
誰のものか、考えるのを、やめた。
どの家の軒先にも、古い縄が下がっていた。
風もないのに、その縄が、かすかに揺れていた。
おぶい紐の、なれの果てのように見えた。
私は、そのうちの一本に手を伸ばして、すぐに引っ込めた。
縄の長さが、どれも、妙に短かった。
縄の長さは、どれも、赤ん坊をおぶうには少しだけ足りなかった。
そのとき、霧の奥で、声がした。
「ほぎゃ、ほぎゃ」と、火のついたような泣き声だった。
宮地さんが、固まった。
声は、いちばん奥の家の、間口のあたりから聞こえた。
暮れかけた霧のなかに、人の形が、うっすらと見えてきた。
背を丸めて、何かをおぶい、揺すっているようだった。
どんなに目を凝らしても、影にしか見えなかった。
人と霧の、ちょうど境い目にいるもののようだった。
影は、こちらに、気づいていないようだった。
ただ、ひたすら、揺すっていた。
その揺すり方が、おかしかった。
泣き声が激しくなるほど、影は、強く、速く、揺すった。
あやすのではなく、その声を、止めようとしているように見えた。
私は、トヨさんの唄の節を思い出した。
ほう、ほう、という、あの息。
あれは、この揺すりに、ちょうど合わせるための節だった。
霧の子守、という言葉の意味が、そこで分かった気がした。
「帰りましょう」と、私は宮地さんの袖を引いた。
来た道へ、足を向けた。
そのとき、背中の方――集落のさらに奥から、また泣き声がした。
今度のは、近かった。
宮地さんが、そちらへ、ふらりと一歩、踏み出した。
「こっちです」と、彼は来た道と反対の方を指した。
「違う」と、私は言った。
「来た道はこっち。さっきまで、沢の音が右から聞こえてた」
だが、耳を澄ますと、沢の音は、もう、どちらからも聞こえなかった。
泣き声だけが、霧のなかで、私たちを呼んでいた。
二つの声が、前と後ろから、かわるがわる呼んだ。
宮地さんの顔から、血の気が引いていた。
彼の足が、声の方へ、また動こうとした。
私は、彼の手を、力いっぱい握った。
「泣き声の方へは、行かない」
「耳を塞いで。私の背中だけ、見てて」
私たちは、泣き声に背を向けて、霧のなかを歩いた。
一歩ごとに、声が、すぐ後ろまで追ってくるようだった。
足元しか見えず、ただ、下りになる方へ、下りになる方へと歩いた。
やがて、頬に触れる湿りが、ふっと消えた。
顔を上げると、見覚えのある杉林だった。
空は、まだ夕焼けの色を、わずかに残していた。
振り返っても、もう、霧はどこにもなかった。
二人とも、しばらく、声が出なかった。
※
谷を下りてから、宮地さんは、ひとことも話さなかった。
別れ際に一度だけ、「あの声、録れてましたかね」と聞いた。
私は、そのとき、テープを回していなかった。
いつも肌身離さず持っていた録音機を、その日に限って、車に置いてきていた。
後日、トヨさんに、森で見たことを話すべきか、ずいぶん迷った。
結局、私は、ぜんぶ話した。
トヨさんは、長いこと黙ってから、静かに言った。
「あんた、あの軒の縄に、情を移したろう」
私は、思わず頷いた。
「還された、と聞いたとき、可哀想にと、思うたろう」
「だがな、浮かばれんのは、母親の方じゃない」
トヨさんは、湯呑みを、そっと置いた。
「貧しい谷じゃった。授かった子を、みな育てることは、できなんだ」
「だから、神さまにお返しする、という習わしが、あったのよ」
「事故ということに、して、な」
私は、息を呑んだ。
戸口調べで消えていた、いくつもの名前が、頭をよぎった。
「還された子らは、向こうへ渡りきれずに、まだ、あの霧のなかに居る」
「呼んでおるのは、その子らじゃ」
「母を、あやす真似をして、呼び戻そうとしてな」
「あの泣き声の方へ行っとったら、あんたら、もう、戻れんかったよ」
「では、あの森の母親は」と、私は尋ねた。
トヨさんは、ゆっくりと、首を振った。
「母親も、とうに向こうへ渡った」
「残っておるのは、呼ばれた子らの、声だけよ」
「声だけが、いまも、母を探しておる」
私は、軒の縄の、足りない長さのことを、また思い出した。
「あの地蔵はな」と、トヨさんは続けた。
「森へ呼ばれた子らが、これ以上、里へ下りてこんようにと、立てたものよ」
「五体あるのは、奥の家の数と、同じでな」
「ひとつでも欠ければ、ひとつ、里に下りてくる」
そう言って、トヨさんは、しばらく目を閉じた。
私は、道で数えた地蔵のことを、思い出した。
「わしらは、月に一度、あの地蔵に手を合わせる」
「前掛けを替え、霧の濃い晩には、表に出んようにと、声を掛け合うてな」
「この谷の唄を、よその谷で唄うな、と言うたろう」
「あれは、呼ぶ節じゃ。土地を離れて唄えば、ついてくる」
「だから、詞は、わざと忘れることにしたのよ」
「節だけなら、まだ、呼びきれんからな」
「伝え継ぐのは、わしら年寄りの女の、役目でな」
「産むことを知る女が、口を閉ざして、守るものじゃ」
「男は、見ざる言わざる聞かざるで、ええんじゃ」
「あんたが録った唄も、ほんとうは、人に聴かせるものではない」
私は、宿で聴いた、あの細い音のことを思い、ぞくりとした。
私は、その日のうちに、谷を下りた。
車のバックミラーに、入口の地蔵が、小さく並んで見えた。
五体、ちゃんと、揃っていた。
私は、なぜか、それに、少しだけ安堵した。
この谷の怖い話を、私はいまも、館の台帳には載せていない。
集めた唄のテープも、棚のいちばん奥に、しまったままだ。
一度だけ聴き返したとき、あの赤ん坊の息のような音は、もう入っていなかった。
消えたのか、初めから無かったのか、それは分からない。
宮地さんは、その年の冬に役場を辞め、谷を離れたと、後から聞いた。
別れの挨拶も、なかった。
ただ一度だけ、彼から、葉書が届いた。
「夜中に、子守唄が聞こえる気がします」と、それだけ書いてあった。
消印は、ここから、ずいぶん遠い土地のものだった。
私は、返事を書かなかった。
書けば、こちらの土地の名を、書いてしまう気がしたのだ。
時代が大きく変わるとき、忘れられていく習わしが、最後にひとつ、灯をともすことがあるのだと、私は思う。
あの谷も、いまはもう、地図から消えているだろう。
あの谷の唄を、私はもう、思い出せない。
思い出そうとしても、節の途中で、いつも分からなくなる。
それで、いいのだと思う。
ただ、夕暮れに霧の出る日には、ほう、ほう、という息だけが、耳の奥で、かすかに鳴る。