干潟を渡る人影

夕暮れの潮間帯

これは、去年の夏に私が体験した話だ。

四十を過ぎて、会社の夏季休暇をまとめて取ったのは、これが初めてだった。

普段は、東京の会社で営業の事務をしている。

残業ばかりの毎日で、まとまった休みなど、長いこと取っていなかった。

だから、叔母の家の片づけは、いい気分転換になるとさえ思っていた。

叔母は、春に亡くなった。

九州の、有明に近い海べりの小さな町に、ひとりで暮らしていた。

叔母には子がなく、家の片づけを姪の私が引き受けることになった。

叔母とは、子どもの頃に何度か泊まったきりだ。

それでも、あの広い干潟の匂いだけは、はっきり覚えていた。

泥と、潮と、少し甘いような土の匂いだった。

電車とバスを乗り継いで、半日がかりの道のりだった。

町に近づくにつれて、車窓から、だんだんと人の姿が消えていった。

終点でバスを降りたのは、私ひとりだけだった。

家に着いたのは、夕方の四時を回った頃だった。

鍵を開けると、ひんやりとした畳の匂いがした。

半年も人のいなかった家とは思えないほど、中はきれいに片づいていた。

叔母は、最期まで几帳面な人だったらしい。

仏壇には、まだ新しい位牌が置かれていた。

私は線香をあげて、しばらく手を合わせた。

線香の煙が、風もないのに、すっと横へ流れた。

荷物を置いていると、隣の家から、八十は越えていそうなお婆さんが出てきた。

叔母とは長い付き合いだったらしく、私に丁寧に頭を下げてくれた。

ひとしきり世間話をして、帰りぎわに、お婆さんはこう言った。

「潮が引いとる間は、浜には降りんさんな」

私は、潟は足を取られて危ないという意味だと思った。

そうですね、気をつけます、と笑って答えた。

お婆さんは、笑わなかった。

ただ、もう一度、降りんさんな、とだけ繰り返した。

その日の夕飯を済ませて、私は縁側に出た。

家のすぐ裏手が、もう干潟だった。

潮が引いて、見渡すかぎりの泥が、夕焼けの色を映していた。

日が沈むにつれて、泥の面が、ゆっくりと藍色に変わっていく。

潮の引いた潟は、一見すると、ただの広い地面のようだった。

けれど近くで見れば、足首まで沈む、やわらかい泥なのだ。

子どもの頃、叔母に手を引かれて、その縁を歩いた記憶がある。

あのとき叔母は、決して泥の上には、踏み込ませなかった。

風がやむと、潟はしんと静まりかえった。

その藍色の中に、ぽつんと、人影がひとつあった。

ずいぶん沖の方だった。

腰をかがめて、何かを拾っているように見えた。

貝でも採っているのだろう、と私は思った。

けれど、よく見ていると、その人は沖の方へ、少しずつ歩いていた。

潮の満ちてくる、その方へ、だ。

私は、声をかけようかと迷った。

満ちはじめたら、あの距離では、とても岸まで戻れない。

でも、その人に、急ぐ様子はなかった。

やがて辺りが暗くなって、影は見えなくなった。

波の音だけが、少しずつ大きくなっていった。

私はなぜか、その夜はなかなか寝つけなかった。

翌朝、隣のお婆さんに、それとなく聞いてみた。

夕べ、沖の方で貝を採っている人がいましたね、と。

お婆さんは、しばらく黙っていた。

それから、この辺りでは、もう何十年も誰も潟には降りない、と言った。

潟が深くなって、入れば抜けられんようになったから、と。

昔は何人も、あそこで戻れんようになった。

だから、降りんさんな、と言うたとやろ。

では、ゆうべのあの人は、何だったのか。

私が聞き返す前に、お婆さんは家に入ってしまった。

その日は、なんとなく、潟を見ないようにして過ごした。

それでも、夜になると、私はまた縁側に出てしまった。

見ないでおこう、と思ったのに、目が離せなかった。

藍色の泥の上に、今度は人影が二つあった。

昨日と同じ場所に、ひとつ。

そこから少し離れて、もうひとつ。

二つとも、腰をかがめ、沖へ向かって歩いていた。

同じ歩幅で、同じ速さで。

まるで、満ちてくる潮を、迎えに行くようだった。

潮は、いつのまにか、少しずつ満ちはじめていた。

影たちの足元を、黒い水が、静かに囲もうとしていた。

それでも、二つの影は、一度も振り返らなかった。

潟の方からは、何の音も聞こえてこなかった。

あれだけ離れているのに、二つの影は、はっきりと見えた。

そして、足音ひとつ、立てなかった。

私は、雨戸を閉めて、その晩は早くに布団に入った。

夜中に、誰かが畳をすり足で歩くような音で、何度か目が覚めた。

気のせいだ、と自分に言い聞かせた。

古い家は、よく軋むものだ。

三日目の夜には、人影は三つに増えていた。

私は、一日にひとりずつ、誰かが新しく加わっているのだと気づいた。

そして、増えていく影は、どれも少しずつ、こちらに近づいているように見えた。

いちばん新しい、手前の影が、いちばん岸に近かった。

私は、もうこの家を、早く出たいとだけ思った。

その日、片づけの途中で、押し入れから古いアルバムが出てきた。

叔母が若い頃の、白黒の写真ばかりだった。

アルバムの紙は、湿気で、ぱりぱりと小さな音を立てた。

その中の一枚に、この家の裏の干潟が写っていた。

そして、干潟の人影が、沖の方に、いくつも写り込んでいた。

どれも、腰をかがめて、沖を向いていた。

私は、写真の中の影の数を、思わず指で数えていた。

全部で、七つあった。

写真の裏には、叔母の几帳面な字で、短く書いてあった。

「迎えに来てくれる人たち」と。

私は、そのアルバムを、見なかったことにして、押し入れに戻した。

その夜は、なぜか、自分の足の裏を、何度も確かめてしまった。

片づけの最後の日、隣のお婆さんが、線香をあげに来てくれた。

帰りぎわに、私は思いきって、叔母の最期のことを聞いた。

病気か何かで、亡くなったのですか、と。

お婆さんは、目を伏せて、ぽつりと言った。

叔母も、最後はあの干潟へ歩いて行ったきりだった。

潮が引いとる夕方に、ふらりと出て行って、それきり戻らんかった、と。

葬式は、棺に何も入れずに出したのだ、とも言った。

叔母は、ひとりでこの家に、長く暮らしていた。

晩年は、町の人とも、あまり話さなくなっていたらしい。

ただ、夕方になると、いつも縁側に座って、潟を眺めていたという。

この家を出てから、叔母がどんな思いで潟を見ていたのか、私には分かる気がした。

お婆さんは、それを何度も、見かけたのだそうだ。

私は、何も言えなかった。

お婆さんは、帰りぎわに、もう一度だけ言った。

あんたは、潟の方を見んほうがよかった、と。

その夜が、私がこの家で過ごす、最後の夜だった。

縁側に出るのが、怖かった。

それでも、出てしまった。

干潟の上には、人影が四つ、並んでいた。

三つは、いつものように沖を向いて、腰をかがめていた。

けれど、いちばん手前のひとつだけが、違っていた。

まっすぐに立って、こちらを、私の方を向いていた。

顔は、暗くて見えなかった。

その影は、昨日よりも、ずっと家に近かった。

雨戸の隙間から、私はもう一度だけ、外をうかがった。

手前の影は、さっきより、また少し近づいているように見えた。

足元から岸まで、もう何歩もないように見えた。

風が、ぴたりとやんでいた。

潟も、空も、何もかもが、息をひそめているようだった。

私は、雨戸を閉めて、朝まで電気を点けたままにした。

翌朝、私は始発のバスで、その町を出た。

潟は、見なかった。

家は、そのまま人に頼んで、処分してもらった。

二度と、あの町には行っていない。

あの晩のことは、いまだに誰にも、うまく話せずにいる。

ただ、ひとつだけ、今でも気にかかっていることがある。

あの最後の晩、手前に立っていた影は、四つ目だった。

私があの家に泊まったのは、ちょうど四晩だった。

一日にひとりずつ、増えていったのだとしたら。

あの四つ目の影は、いったい、いつから、そこにいたのだろう。

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