
これは、去年の夏に私が体験した話だ。
四十を過ぎて、会社の夏季休暇をまとめて取ったのは、これが初めてだった。
普段は、東京の会社で営業の事務をしている。
残業ばかりの毎日で、まとまった休みなど、長いこと取っていなかった。
だから、叔母の家の片づけは、いい気分転換になるとさえ思っていた。
叔母は、春に亡くなった。
九州の、有明に近い海べりの小さな町に、ひとりで暮らしていた。
叔母には子がなく、家の片づけを姪の私が引き受けることになった。
叔母とは、子どもの頃に何度か泊まったきりだ。
それでも、あの広い干潟の匂いだけは、はっきり覚えていた。
泥と、潮と、少し甘いような土の匂いだった。
電車とバスを乗り継いで、半日がかりの道のりだった。
町に近づくにつれて、車窓から、だんだんと人の姿が消えていった。
終点でバスを降りたのは、私ひとりだけだった。
※
家に着いたのは、夕方の四時を回った頃だった。
鍵を開けると、ひんやりとした畳の匂いがした。
半年も人のいなかった家とは思えないほど、中はきれいに片づいていた。
叔母は、最期まで几帳面な人だったらしい。
仏壇には、まだ新しい位牌が置かれていた。
私は線香をあげて、しばらく手を合わせた。
線香の煙が、風もないのに、すっと横へ流れた。
荷物を置いていると、隣の家から、八十は越えていそうなお婆さんが出てきた。
叔母とは長い付き合いだったらしく、私に丁寧に頭を下げてくれた。
ひとしきり世間話をして、帰りぎわに、お婆さんはこう言った。
「潮が引いとる間は、浜には降りんさんな」
私は、潟は足を取られて危ないという意味だと思った。
そうですね、気をつけます、と笑って答えた。
お婆さんは、笑わなかった。
ただ、もう一度、降りんさんな、とだけ繰り返した。
※
その日の夕飯を済ませて、私は縁側に出た。
家のすぐ裏手が、もう干潟だった。
潮が引いて、見渡すかぎりの泥が、夕焼けの色を映していた。
日が沈むにつれて、泥の面が、ゆっくりと藍色に変わっていく。
潮の引いた潟は、一見すると、ただの広い地面のようだった。
けれど近くで見れば、足首まで沈む、やわらかい泥なのだ。
子どもの頃、叔母に手を引かれて、その縁を歩いた記憶がある。
あのとき叔母は、決して泥の上には、踏み込ませなかった。
風がやむと、潟はしんと静まりかえった。
その藍色の中に、ぽつんと、人影がひとつあった。
ずいぶん沖の方だった。
腰をかがめて、何かを拾っているように見えた。
貝でも採っているのだろう、と私は思った。
けれど、よく見ていると、その人は沖の方へ、少しずつ歩いていた。
潮の満ちてくる、その方へ、だ。
私は、声をかけようかと迷った。
満ちはじめたら、あの距離では、とても岸まで戻れない。
でも、その人に、急ぐ様子はなかった。
やがて辺りが暗くなって、影は見えなくなった。
波の音だけが、少しずつ大きくなっていった。
私はなぜか、その夜はなかなか寝つけなかった。
※
翌朝、隣のお婆さんに、それとなく聞いてみた。
夕べ、沖の方で貝を採っている人がいましたね、と。
お婆さんは、しばらく黙っていた。
それから、この辺りでは、もう何十年も誰も潟には降りない、と言った。
潟が深くなって、入れば抜けられんようになったから、と。
昔は何人も、あそこで戻れんようになった。
だから、降りんさんな、と言うたとやろ。
では、ゆうべのあの人は、何だったのか。
私が聞き返す前に、お婆さんは家に入ってしまった。
その日は、なんとなく、潟を見ないようにして過ごした。
※
それでも、夜になると、私はまた縁側に出てしまった。
見ないでおこう、と思ったのに、目が離せなかった。
藍色の泥の上に、今度は人影が二つあった。
昨日と同じ場所に、ひとつ。
そこから少し離れて、もうひとつ。
二つとも、腰をかがめ、沖へ向かって歩いていた。
同じ歩幅で、同じ速さで。
まるで、満ちてくる潮を、迎えに行くようだった。
潮は、いつのまにか、少しずつ満ちはじめていた。
影たちの足元を、黒い水が、静かに囲もうとしていた。
それでも、二つの影は、一度も振り返らなかった。
潟の方からは、何の音も聞こえてこなかった。
あれだけ離れているのに、二つの影は、はっきりと見えた。
そして、足音ひとつ、立てなかった。
私は、雨戸を閉めて、その晩は早くに布団に入った。
夜中に、誰かが畳をすり足で歩くような音で、何度か目が覚めた。
気のせいだ、と自分に言い聞かせた。
古い家は、よく軋むものだ。
※
三日目の夜には、人影は三つに増えていた。
私は、一日にひとりずつ、誰かが新しく加わっているのだと気づいた。
そして、増えていく影は、どれも少しずつ、こちらに近づいているように見えた。
いちばん新しい、手前の影が、いちばん岸に近かった。
私は、もうこの家を、早く出たいとだけ思った。
その日、片づけの途中で、押し入れから古いアルバムが出てきた。
叔母が若い頃の、白黒の写真ばかりだった。
アルバムの紙は、湿気で、ぱりぱりと小さな音を立てた。
その中の一枚に、この家の裏の干潟が写っていた。
そして、干潟の人影が、沖の方に、いくつも写り込んでいた。
どれも、腰をかがめて、沖を向いていた。
私は、写真の中の影の数を、思わず指で数えていた。
全部で、七つあった。
写真の裏には、叔母の几帳面な字で、短く書いてあった。
「迎えに来てくれる人たち」と。
私は、そのアルバムを、見なかったことにして、押し入れに戻した。
その夜は、なぜか、自分の足の裏を、何度も確かめてしまった。
※
片づけの最後の日、隣のお婆さんが、線香をあげに来てくれた。
帰りぎわに、私は思いきって、叔母の最期のことを聞いた。
病気か何かで、亡くなったのですか、と。
お婆さんは、目を伏せて、ぽつりと言った。
叔母も、最後はあの干潟へ歩いて行ったきりだった。
潮が引いとる夕方に、ふらりと出て行って、それきり戻らんかった、と。
葬式は、棺に何も入れずに出したのだ、とも言った。
叔母は、ひとりでこの家に、長く暮らしていた。
晩年は、町の人とも、あまり話さなくなっていたらしい。
ただ、夕方になると、いつも縁側に座って、潟を眺めていたという。
この家を出てから、叔母がどんな思いで潟を見ていたのか、私には分かる気がした。
お婆さんは、それを何度も、見かけたのだそうだ。
私は、何も言えなかった。
お婆さんは、帰りぎわに、もう一度だけ言った。
あんたは、潟の方を見んほうがよかった、と。
※
その夜が、私がこの家で過ごす、最後の夜だった。
縁側に出るのが、怖かった。
それでも、出てしまった。
干潟の上には、人影が四つ、並んでいた。
三つは、いつものように沖を向いて、腰をかがめていた。
けれど、いちばん手前のひとつだけが、違っていた。
まっすぐに立って、こちらを、私の方を向いていた。
顔は、暗くて見えなかった。
その影は、昨日よりも、ずっと家に近かった。
雨戸の隙間から、私はもう一度だけ、外をうかがった。
手前の影は、さっきより、また少し近づいているように見えた。
足元から岸まで、もう何歩もないように見えた。
風が、ぴたりとやんでいた。
潟も、空も、何もかもが、息をひそめているようだった。
私は、雨戸を閉めて、朝まで電気を点けたままにした。
翌朝、私は始発のバスで、その町を出た。
潟は、見なかった。
※
家は、そのまま人に頼んで、処分してもらった。
二度と、あの町には行っていない。
あの晩のことは、いまだに誰にも、うまく話せずにいる。
ただ、ひとつだけ、今でも気にかかっていることがある。
あの最後の晩、手前に立っていた影は、四つ目だった。
私があの家に泊まったのは、ちょうど四晩だった。
一日にひとりずつ、増えていったのだとしたら。
あの四つ目の影は、いったい、いつから、そこにいたのだろう。