
不思議な話を一つだけ、と求められたなら、私は迷わず、あの鍵の話をする。
私は今年で六十四になる。
谷あいの古い温泉宿で、四十二年、仲居として勤めてきた。
宿の名は伏せるけれど、明治の創業で、谷川に沿って細長く建っている。
館内のどこにいても、水の音の絶えない宿である。
雨が降ると、その水音が一段低くなる。
屋根を打つ雨と、谷を下る水とが、別々の声で鳴るからだ。
私はその聞き分けを、勤めに入った最初の春に覚えた。
仲居の仕事は、要するに、時間に形を与えることである。
夕餉の器を下げ、布団を延べ、灯りを落とし、最後に鍵を数える。
同じことを同じ順序で繰り返すうちに、身体のほうが宿の間取りになっていく。
廊下の軋む場所も、階段の段数も、考えるより先に足が知っている。
客室は十六、湯は内湯がふたつに、露天がひとつ。
秋には谷の紅葉が障子を染め、冬には水音が細くなる。
帳場の奥に、古い鍵箱が掛かっている。
漆の剥げた木の箱で、客室の鍵が十六本、二列に並んでいる。
夜の十一時、最後の見回りを終えた者が、その数を改める。
鍵が揃ってはじめて、宿の一日は仕舞いになる。
それが、この宿の作法だった。
十六本のうち、一本だけ、決して貸し出されない鍵がある。
離れ「水明」の鍵である。
離れは渡り廊下の先、谷川の向こう岸に建っていた。
大正の頃に普請された、八畳と次の間だけの小さな棟である。
もう何十年も、客を入れていない。
中は物置になっていて、年に二度、風を通すだけだ。
離れは、中庭の端からよく見えた。
雨戸が閉てきられたまま、沓脱ぎの石だけが、いつも雨に洗われたように黒い。
渡り廊下には屋根があるけれど、欄干は古び、客を立ち入らせることはない。
川霧の深い朝には、対岸の離れが、霧の中の影絵のように浮かんだ。
私はその影を、美しいと思うより先に、礼を欠いてはならない場所だと思ってきた。
その鍵の木札だけが、ほかの札と色が違った。
一度水を吸って乾いた木の、あの黒ずんだ色をしていた。
勤めはじめて間もない頃、年嵩の仲居に教えられた決まりがある。
「雨の晩はね、離れの鍵を数に入れなくていいの」
理由を訊ねると、その人は笑って、襟元を直しただけだった。
「そういう決まりなの。あんたも、じきにわかる」
あの決まりを誰が定めたのか、知る者はいなかった。
ただ、仲居頭から仲居頭へ、襷のように渡されてきただけである。
女将は代替わりして三代目になるが、その上に、隠居した大女将がいる。
若い私は、古い宿によくある縁起担ぎの類だと思った。
それにしては、妙に手順の細かい縁起担ぎだとも思った。
事実、雨の晩に鍵箱の前へ立つと、私はたびたび数をまちがえた。
十六本あるはずの鍵が、どうしても十五本にしか数えられない晩があった。
数え直すと、十六本ある。
若さとは、そういうものを疲れのせいにしておける能力のことだ。
私も長く、そうしてきた。
※
異変、と呼べるほどのものではなかった。
はじめは、札の向きだった。
雨の翌朝、離れの札だけが、裏を向いて掛かっていることがあった。
鍵箱に触れるのは、帳場の者と、仲居頭の私だけである。
誰に訊いても、知らないと言った。
古い箱だから、釘が緩んでいるのだろうと思うことにした。
次は、湿りだった。
長雨の続いた秋の晩、見回りの指先が、離れの札に触れた。
木札が、冷たく湿っていた。
隣の札は乾いている。
その隣も、乾いている。
離れの札だけが、たった今、雨の中から戻ったばかりのように濡れていた。
鼻に寄せると、かすかに川の匂いがした。
私は札を布巾で拭い、そのことを誰にも言わなかった。
言葉にすれば、それが形を持ってしまう気がしたのである。
五年ほど前の秋には、泊まりのお客様にこう訊かれもした。
「向こうの離れは、貸切のお部屋なんですか」
「昨夜、灯りがついておりましたでしょう」
私は、物置の点検でございます、と頭を下げた。
その前夜が雨であったことは、口にしなかった。
猫が橋を渡るのだろう、と言う者もあった。
猫は、下駄を履かない。
三年前の梅雨、後輩の美鈴がこんなことを言いだした。
「夜中に、渡り廊下で下駄の音がしませんか」
「するはずがないでしょう。あちらは締め切りですよ」
「でも、カラン、コロンって。ゆっくり、向こう岸へ渡っていくんです」
「川の石が鳴るの。増水のときには、よくあること」
美鈴は得心のいかない顔のまま、それでも頷いた。
私は自分の声が、思いのほか硬かったことを覚えている。
嘘をつくときの、あの声だった。
実のところ、私も聞いたことがあったのだ。
雨の晩にだけ、規則正しく橋板を踏んでいく、低い音を。
玄関に揃えてある宿の下駄の音ではない。
もっと重い、昔の塗り下駄の音だった。
夜番の竹井さんに、それとなく訊ねたことがある。
竹井さんは七十を過ぎた老人で、先代の時分からこの宿にいる。
「離れはね、昭和二十二年の秋から、閉めたままです」
「何があったんです」
「大水ですよ」
竹井さんは、湯呑を両の掌で包むようにして言った。
「九月の長雨で谷川が出ましてね、離れにお客様がお一人、残っておられた」
「画家の先生でした。毎年、雨の谷を描きにお見えになる方で」
「先生はね、雨の晩になると、若旦那を離れへ呼ばれたそうです」
「絵筆を置いて、茶をふたつ淹れさせて、川の音を聴く会をなさった」
「若旦那も、それは楽しみにしておられたと聞きます」
「あの晩も、若旦那が、清一郎さんといいますが、提灯を持って渡り廊下を渡られた」
「お二人とも、それきりです」
夜が明けると、橋は中ほどから落ちていたという。
提灯だけが、ずっと下流の岩の間で見つかった。
「鍵もね、流れたんです」
「鍵も」
「ええ。離れの鍵は若旦那の帯にあった。ひと月して、下流の漁の網に掛かりました」
「木札があんなに黒いのは、そのせいですよ」
網に掛かった鍵を、先代は捨てさせなかったという。
乾かして、元の釘に戻させた。
帰る場所のないものを拵えるな、というのが先代の口癖だったそうだ。
橋を架け直したのも、同じ年のことである。
「それからですよ、雨の晩の決まりができたのは」
私はその話を、長いあいだ、美談として聞いていた。
美談のままにしておけば、夜の見回りは平穏だからである。
私は帳場を振り返った。
鍵箱の中で、その札ひとつが、夜より暗い色をしていた。
※
今年の春、私は退職を願い出た。
膝が階段に勝てなくなったのと、甥の家に部屋ができたのが理由である。
最後の九月は、よく雨が降った。
あの晩も、夕方から本降りだった。
十一時、私はいつものとおり、帳場で鍵を改めた。
十五本。
幾度数え直しても、十五本だった。
離れの掛け釘だけが、空いている。
釘の下の漆に、点々と、水の滴った跡があった。
雨の晩は、数に入れなくていい。
四十年あまり、私はその決まりに従ってきた。
従うことで、見ずに済ませてきた。
けれどその晩は、これが最後の九月だという思いのほうが、決まりよりも重かった。
行ってどうする、という分別は、むろんあった。
けれど四十二年、私はこの宿の夜を預かってきた。
預かったものの中身を知らないまま辞めるのは、勤めに対して不実に思われた。
私は傘を持たず、帳場の懐中電灯だけを持った。
渡り廊下には、雨が斜めに吹き込んでいた。
雨は廊下の屋根を、指で数えるような音で打っていた。
懐中電灯の輪が、濡れた橋板の上で揺れた。
橋板が、足の裏で低く鳴った。
谷の水音は昼間より近く、底のほうで唸っていた。
欄干の向こうは闇ばかりで、水音だけが厚みを増していった。
廊下の半ば、欄干の朽ちたあたりで、私は気づいた。
離れの障子に、灯がともっている。
電気の色ではない。
もっと低い、揺れる、あたたかい色の灯だった。
私は懐中電灯を消した。
灯りに対して、灯りで向き合うのは、無作法に思われたからである。
沓脱ぎの石の上に、塗り下駄が一足、きちんと揃えてあった。
鼻緒まで、雨に濡れて光っていた。
障子の内から、声がした。
低い、男の人の笑い声だった。
それに応える、もうひとつの声があった。
「先生、今宵は川の音が、ようございますでしょう」
若い男の声だった。
けれど、その抑揚を私は知っていた。
大女将が電話口で使う、あの丁寧な抑揚と同じだった。
足が、止まったきり動かなくなった。
喉の奥が乾いて、唾を呑む音だけが耳の内で大きく鳴った。
障子の桟の、指一本ほどの隙間から、内が見えた。
青々とした畳。
真新しい白布の床の間。
行灯のそばに、開いた画帖が置かれていた。
部屋の隅に、見覚えのない衣桁が立っていた。
盆の上に、湯呑がふたつ。
そして、こちらに背を向けて、絣の着物の人が座っていた。
結い上げた髪と、襟足の白さだけが見えた。
顔は、見えなかった。
見てはならないと、頭よりも先に身体が決めた。
四十年の作法が、怖れより先に、私の膝を折らせた。
私は廊下に手をついて、深く頭を下げていた。
灯の入ったお部屋には、頭を下げる。
それしか、私の身体は知らないのである。
どれほどそうしていたのか。
雨音の向こうで、障子の灯が、ふっと低くなった。
「——お戻りですか」
男の声が、確かにそう言った。
私に向けられたのか、部屋の内の誰かに向けられたのか、今もわからない。
私は頭を下げたまま、後ずさりに橋を戻った。
帳場へ着くと、鍵箱の釘に、あの鍵が掛かっていた。
木札から漆の上へ、水がひとすじ垂れていた。
帳場の柱時計は、零時を過ぎていた。
あの橋の往復に、一時間かかったことになる。
数分の、つもりだった。
時計と私と、どちらが正しいのかは、考えないことにした。
濡れた札を、拭こうとして、やめた。
それは、拭いてはならない水に思われた。
※
翌朝は、嘘のように晴れた。
私は竹井さんに頼んで、離れの風通しに付き合ってもらった。
鍵は乾いていた。
錠は、素直に開いた。
中は、ただの物置だった。
朝の離れは、夜の影ひとつ残さず、ただ古かった。
埃をかぶった衝立、巻いた茣蓙、古い火鉢。
畳は日に焼けて、縁は擦り切れていた。
障子は破れたまま、誰の手も入っていない。
黴と、古い藺草の匂いがした。
行灯など、どこにもなかった。
ただ、床の間の前に、盆がひとつ出ていた。
埃の積もった盆の上に、湯呑の跡だけが二つ、新しく残っていた。
竹井さんはそれを見て、何も言わなかった。
雑巾を取ってくる、と言って、先に戻ってしまった。
戻りぎわ、竹井さんは沓脱ぎの石を、長いこと見ていた。
石は、乾いていた。
昨夜あの上で光っていた下駄の濡れは、どこにもなかった。
私は盆を片づけなかった。
片づけるのは、私の役目ではないように思われたからである。
帰りの渡り廊下で、欄干の木口に手を置いた。
この橋は大水のあと、一度だけ架け直されている。
落ちた橋を、それでも渡って帰る人のために架け直したのだと、その朝はじめて思い至った。
※
大女将は、今年で九十二になる。
帳場の奥の小部屋で、昼間は古い帳面の整理をして過ごしている。
退職の挨拶に伺った日、私は思い切って、あの晩のことを話した。
大女将は、驚かなかった。
老眼鏡を外し、しばらく谷のほうへ顔を向けていた。
大女将は、大水の年、十三だったという。
兄の提灯が橋を渡っていくのを、帳場の前から見ていたそうだ。
それが、彼女の覚えている兄の、いちばん新しい姿である。
「兄はね、宿の人間なんですよ」
「お客様を置いて、自分だけ引き揚げるはずがないの」
「先生はね、兄の淹れるお茶を褒めてくださる、たった一人のお客様だったの」
「だから兄は、雨が好きになったんですよ」
「先生は雨の谷をお描きになる方だったから、雨の晩は、いまでも谷がいちばん良いのね」
「だから雨の晩だけ、鍵が要るんですよ」
それだけ言うと、老眼鏡を掛け直して、帳面に戻った。
不思議な話を、あの人はまるで宿帳の続きのように話した。
その横顔は、悲しんでいる人のものではなかった。
宿を預かる人の顔だった。
勤めというものは、からだより長く続くことがあるらしい。
私はあの晩から、それを怖いものとは思わなくなっていた。
怖いと思うかわりに、鍵箱の前を通るとき、少しだけ歩みを緩めるようになった。
私の最後の出勤は、十月の半ばだった。
十日あまり晴れの続いた、乾いた秋だった。
十一時、最後の見回りを終えて、私は鍵箱の前に立った。
十六本。
すべて、揃っていた。
札を確かめて、手が止まった。
離れの木札が、濡れていた。
外は、十日も晴れが続いていた。
私は札を拭かずに、鍵箱の蓋をそっと閉めた。
翌朝、美鈴に引き継ぎの帳面を渡した。
末尾に、一行だけ書き足しておいた。
「雨の晩、離れの鍵が濡れていても、拭かないこと」
美鈴はその一行を読んで、何も訊かなかった。
訊かない、ということの出来る子である。
この宿は、これからも大丈夫だろう。
あの鍵が何のために濡れて戻るのか、本当のところは今もわからない。
ただ、晴れの晩に一度だけ濡れていた、その理由なら、考えないことにしている。
考えてしまえば、あれがお見送りだったような気がして、勿体ないからである。