
いつも通りの仕事だった。
機材車の荷台にケーブルの束を積み、電池の残りを確かめ、テープの本数を数える。
支度に不足はなかった。
昭和六十三年の、八月の話である。
当時の私は二十五で、県のローカル局で音声をやっていた。
音声といっても、局のなかでは一番下の、機材を担いで現場へ行く係にすぎない。
その夏、うちの局は深夜枠に三十分の特番を持っていた。
県内に残る「出る」と言われる場所へ行き、そこで拾えたものをそのまま流す、という企画である。
私の役目は、拾うことだけだった。
何が拾えるかは、私の管轄ではない。
目的地は、県境に近い山の奥にある、鵜久森という古い鉱山の跡だった。
大正の末から昭和二十年代まで、マンガンを掘っていた場所だと聞いた。
掘っていたのは山で、人が寝起きしていたのは、その麓に建てられた飯場である。
番組が使いたがったのは、山ではなく、飯場のほうだった。
鉄筋の二階建てで、屋根はとうに落ちている。
だが地下だけが、妙にしっかり残っているのだという。
地下は雨の日に坑夫が寝起きした待機所で、鉱山が閉じたあとは、集落の集会所として使われていたらしい。
噂は二通りあった。
ひとつは、地下で火が出て、そのとき十人ばかりが出てこなかった、というもの。
もうひとつは、建物の裏手の崖を、戻らなかった坑夫が昇ってくる、というものである。
どちらも、局の資料には出典がなかった。
出典がないというのは、テレビにとっては都合がよい。
現場に着いたのは、日が落ちきってからだった。
山道は舗装が途中で切れ、そこから先は轍だけが残っていた。
機材車は入れないので、麓に停め、ケーブルと録音機を担いで登った。
ディレクターの飯塚さんと、ADの奈良くんと、私の三人である。
飯場は、思っていたより大きかった。
窓枠だけが残った壁が、夜のなかで一枚の板のように立っていた。
蔓が壁を這い、その蔓が風で動く音が、遠くから聞こえていた。
飯塚さんは建物をひと回りしてから、地下への入口の前で止まった。
「地下は撮らんでええ」
そう言った。
台本には、地下から始める、と書いてあった。
私が台本を指すと、飯塚さんは指を口の前に立てて、それきり何も言わなかった。
妙だとは思ったが、上の判断は上の判断である。
撮影そのものは、一時間ほどで終わった。
奈良くんが懐中電灯で壁を照らし、飯塚さんが「何かいますね」と言い、それを私が録る。
何もいなかったが、そういう番組だった。
撤収の段になって、飯塚さんが私に言った。
「無音がほしい」
誰もいない飯場の、ただの三十分がほしい、ということだった。
音を編集で足すより、本物の静けさの上に足したほうが、それらしくなるのだという。
「泊まれとは言わん。三十分だけや」
三十分で済むはずがないことは、その場の全員が分かっていた。
テープは片面が三十分で、回しっぱなしにするには、三十分ごとに裏返しに行かなければならない。
そして飯塚さんは、夜明けまでの分を欲しがっていた。
特別手当は三万だと言われた。
私は受け取ってから承知した。
後で払うと言われて払われた例を、私はまだ見たことがなかったからである。
「朝六時に迎えに来る」
飯塚さんと奈良くんは、そう言って山を降りていった。
私は録音機を地下の入口の脇に据え、レベルを合わせた。
録音機のレベルメーターは、無音のとき、針が左端で止まっている。
その針を見ているのが、私の仕事のほとんどだった。
私は、この手の現場を怖いと思ったことがない。
幽霊より、野犬や、崩れかけた床のほうが確実に危ないと考えていたからだ。
実際、この仕事で私が注意していたのは、足元と、湿気と、電池の残量である。
その三つを守っていれば、たいていの晩は何事もなく終わる。
時刻は十一時を回っていた。
山の夜は、思っていたより音がある。
虫の声、遠い沢の水、風が蔓を撫でる音。
針は、そのたびに小さく持ち上がった。
※
最初の一本を裏返しに行ったのは、十一時半である。
録音機は地下の入口の、階段を降りたところに置いてあった。
私は懐中電灯で足元を照らしながら、階段を降りた。
段は十三あった。
数えたのは、暗くて足元が見えなかったからで、それ以上の理由はない。
地下は思ったより広くなかった。
壁は一面が黒く焦げていて、噂の半分は本当だったのだと分かった。
隅に、風呂の浴槽のようなコンクリートの枡がある。
選鉱の水を溜めた跡だろう、と思った。
テープを裏返し、階段を上がった。
上がった段も、十三だった。
そのときは、当たり前のことだと思っていた。
二本目を裏返しに行ったのは、零時過ぎである。
針が、動いていた。
虫が鳴きやんでいた。
沢の音もない。
風もない。
それなのに、針がゆっくりと持ち上がっては、戻っていた。
息の長さくらいの間隔だった。
私はヘッドホンを耳に当てた。
何も聞こえない。
針だけが動いていた。
機械の不調だろう、と思うことにした。
思うことにした、というのは、そう思わないと仕事にならないからである。
三本目のとき、影に気がついた。
地下の壁際に、人の高さのものが立っている。
懐中電灯を向けると、それは崩れたロッカーだった。
私は自分の想像力に少し呆れて、階段を上がった。
上がってから、数え間違いに気がついた。
十四あった。
私はもう一度降りて、また上がった。
十三だった。
数え間違えたのだろう、と思った。
一時を過ぎたころ、下から声がした。
「安田さん」
奈良くんの声だった。
安田というのは、私の名字である。
麓まで車で四十分かかる。
忘れ物でも取りに戻ったのだろうと思った。
私は反射的に「はい」と返事をした。
その返事は、思っていたよりずっと長く、地下のなかで響いた。
誰も上がってこなかった。
私は階段の上から懐中電灯を向けた。
光の届く範囲に、誰もいない。
「奈良くん」と呼んでも、返ってこなかった。
私はそこで初めて、少しだけ、面倒なことになったかもしれないと思った。
怖い、ではなく、面倒だ、と思ったのを覚えている。
四本目を裏返しに降りたとき、壁際にまた影があった。
今度はロッカーではなかった。
光を当てても、輪郭がぼやけたままだった。
高さは人ほどで、頭の上に、丸いものが乗っている。
ヘルメットだ、と分かった。
私は光を当てたまま、しばらく見ていた。
向こうは動かない。
顔は判らない。
判らないのに、こちらを見ているのは、なぜか判った。
光を右へ動かすと、その隣にもう一つあった。
さらに右へ動かすと、また一つあった。
壁際に、いくつも並んでいた。
増えている、というより、最初から並んでいて、私の光が届いていなかっただけのように思えた。
数えようとして、やめた。
数え終わらない気がしたからである。
私はテープを裏返し、階段を上がった。
段は数えなかった。
明け方まで、私は入口の外に座っていた。
三十分ごとに降り、裏返し、上がる。
そのたびに、壁際のものは増えても減ってもいなかった。
こちらへ来ることもなかった。
二時半のとき、コンクリートの枡のなかに水が溜まっているのに気がついた。
三日ほど雨は降っていない。
指を入れると、冷たかった。
四時のとき、枡は乾いていた。
私はそれを、誰にも報告していない。
報告する項目が、報告書のどこにもなかったからである。
五時を過ぎると、空が白んだ。
明るくなってから降りてみると、地下の壁際には、崩れたロッカーが三つあるだけだった。
※
迎えは六時に来なかった。
来たのは八時半で、飯塚さんも奈良くんも、寝ていたと言った。
大方の予想通りだったので、私は何も言わなかった。
車に乗ってから、私は自分の右手が、下から握られているのに気がついた。
膝の上には、巻き取ったケーブルの束が乗っている。
その束のなかに、手を入れて休めていた。
束の内側から、何かが私の指を握っていた。
握るというより、爪を立てて食い込ませてくる感触だった。
前の席には飯塚さんと奈良くん、隣には誰もいない。
私は騒がなかった。
山道は片側が崖で、カーブの見通しはよくない。
声を上げれば、まず車が寄る。
寄れば落ちる。
だから私は、束の上に上着をかけて、痛みが引くまで窓の外を見ていた。
舗装が始まったあたりで、感触はなくなった。
麓の自販機の前で車を停めたとき、私は上着をどけて手を見た。
指の付け根に、四つ、三日月の形の傷がついていた。
私は爪を短く切る癖がある。
局に戻ってから、飯塚さんにだけ手を見せた。
飯塚さんの顔から、色が抜けた。
「なんでその場で言わんかった」
「言うたら車が寄るでしょう」
「あ……そうか」
「奈良くんには言わんといてください。あの子、引きずるので」
「分かっとる。俺にも言うな」
「いや、誰かには言いたいですよ」
そういうやり取りをした。
※
午後、私は編集用のブースで、録ったテープを頭から聞き直していた。
六本ある。
一本目は、虫の声だった。
二本目は、無音だった。
針だけが、時々持ち上がっていた。
三本目の途中で、私は手を止めた。
テープのなかに、私の声が入っていた。
「はい」
一時過ぎに、私が返事をしたときのものである。
だが、その前に、奈良くんの声は入っていなかった。
呼ばれていないのに、私は返事をしていた。
私はもう一度、その三十秒を聞いた。
無音、私の「はい」、また無音。
テープに入っていたのは、地下でひとことも喋らなかったはずの、私の返事だけだった。
それから、四本目を入れた。
四本目は、裏返した覚えのない面まで、最後まで回りきっていた。
私が入れたのは、片面三十分のテープである。
巻き取り側には、六十分ぶんが巻かれていた。
ブースの明かりを落として、ラックにテープを戻そうとした。
扉を開けると、なかに顔があった。
三十代の後半くらいの、男の顔だった。
じっとこちらを見ている。
私も見た。
しばらくそうしていた。
「どうせ何を言うても、黙ってはるんでしょう」
そう言って、扉を閉めた。
開け直す気にはならなかった。
ブースから出ようとすると、隅に人が立っていた。
作業着に、丸いヘルメットだった。
背中を向けている。
「編集の人ですか」と声をかけた。
振り向かなかった。
「幽霊ですか。足ありますけど」
振り向かなかった。
私は近づいて、その腕を掴んだ。
掴んだ感触は、濡れた粘土のようだった。
中身がしっかり詰まっていて、それでいて温度がない。
相手は少し腕を振って、私の手を外した。
そして、こちらへ顔だけを向けた。
目は小さく、片方が少し外を向いていた。
睨んでいるようでもあり、そうでないようでもあった。
怒っている顔ではない。
どちらかといえば、悲しい顔だった。
何をしていいのか分からない人の顔だ、と私は思った。
「もう録りませんから」
そう言うと、彼はとぼとぼと歩いて、扉から出て行った。
※
夕方、局の廊下で、奈良くんが叫び出した。
私は別のフロアにいたので、飯塚さんの内線で知った。
『頼む、来てくれ』
受話器の向こうで、叫び声がずっと続いていた。
廊下に着くと、奈良くんは床に座り込み、壁に背を預けて叫んでいた。
飯塚さんが肩を押さえ、経理の女性が水の入った紙コップを持って立っていた。
目は開いていたが、こちらを見ていなかった。
私は奈良くんの肩を掴んで、名前を呼んだ。
届かなかった。
口の端が泡立っていた。
たまりかねて、私は大きな声で「黙れ」と言った。
奈良くんは叫ぶのをやめ、私の腕にしがみついてきた。
「離れんといてください」
それだけを、何度も言った。
三十分ほど、私はそうしていた。
落ち着いてから、飯塚さんと廊下の端で話した。
「お前、地下で何かしたんちゃうんか」
「何もしてません。裏返しに行っただけです」
「返事したやろ」
私は黙った。
呼ばれたと思って、返事をした。
呼ばれてはいなかった。
ということは、あの「はい」は、誰にも向いていない。
いや、と私は思い直した。
誰にも向いていない返事は、誰が受け取ってもよい。
私は奈良くんの名前で呼ばれ、奈良くんの代わりに返事をした。
順番が入れ替わったのだ、と思った。
その夜、私は資料室で鵜久森鉱山の綴りを引いた。
出てきたのは、閉山のときの写真が数枚と、町史の抜き刷りが一枚だけである。
写真の一枚に、地下の入口の前に並んだ坑夫たちが写っていた。
全員がヘルメットをかぶり、こちらを向いていた。
印刷が粗く、顔は誰ひとり判らなかった。
抜き刷りには、昭和二十二年の秋に、地下の待機所で火が出たとあった。
何人が出てこなかったかは、書かれていない。
書かれていたのは、そのあと、飯場の裏の崖の下に石を積んだ、ということだけである。
私は、あの晩に崖を見ていないことを思い出した。
翌日、局の食堂で、掃除の梅木さんに聞いた。
梅木さんは、あのあたりの生まれだと言っていた人である。
「鵜久森の飯場、行かはったん」
「行きました」
「地下は」
「降りました」
梅木さんは、味噌汁の椀を置いて、しばらく黙った。
「あそこはな、呼ぶんよ」
「呼ぶ、ですか」
「知っとる人の声で呼ぶんよ。返事したらあかん」
誰に聞いたのかと訊くと、母から聞いた、と言った。
その母は、飯場の炊事場で働いていたそうである。
※
私はその夜、一人で車を出した。
山道は、自分で運転してみると、思っていたよりずっと際どかった。
一度曲がるところを間違えて、戻った。
飯場に着いてから、懐中電灯を忘れたことに気がついた。
車のライトを建物へ向けて、その光のなかを歩いた。
「すみませんでした」
外から、少し大きな声で言った。
何も返ってこない。
「三十分だけのつもりやったんです」
「もう録りませんから」
誰もいないところに向かって、そう言った。
自分が何をしているのか、よく分からなかった。
それでも、地下へ降りた。
段は数えなかった。
降りた先には、気配だけがあった。
前の晩より、ずっとはっきりしていた。
「奈良くんは関係ないんです」
「返事したんは私です」
そう言って、少し待った。
何も起きなかった。
十分ほど待つと、気配は薄くなった。
最後に「出るんやったら、私のところだけにしてください」と言って、地下を出た。
外に出てから、私は建物の裏手へ回った。
前の晩に一度も見ていない場所である。
車のライトは届かないので、ボンネットに腰を預けて、目が慣れるのを待った。
崖は、思っていたほど高くなかった。
人の背丈の三つ分ほどで、上のほうは草に覆われている。
その下に、石が積んであった。
抜き刷りに書いてあったとおりだった。
積み方は雑で、形も大きさもばらばらの石が、ただ重ねてあるだけである。
それでも、四十年ぶんの草が、そこだけを避けて生えていた。
誰かが刈りに来ている、ということだ。
私は手を合わせるということをしない人間だが、そのときは合わせた。
合わせてから、崖を見上げた。
上には何もいなかった。
昇ってくるという話のほうは、噂だったのだろうと思った。
あるいは、昇りきったあとだったのかもしれない。
山を降りる途中で、肩を掴まれた。
最初は置くだけで、それから爪が入ってきた。
私は速度を落として走った。
痛みが強くなり、それでもやめないので、道の広いところに車を寄せて停めた。
「謝ったでしょう」
そう言って、後ろを振り向いた。
後部座席に、女の人が座っていた。
ひどく険しい顔で、私の肩へ手を伸ばしていた。
心のなかでは、まいったな、と思っていた。
顔には出さずに、「何ですか」と言った。
爪の力が緩んだ。
やがて、触れられている感触もなくなった。
「本当にすみません。もう行きませんから」
「私、前を向きますんで、その間にどこかへ行ってください」
そう言って、前を向いた。
しばらく走ってから、ミラーを見た。
後部座席には誰もいなかった。
代わりに、道の左手の斜面に、灯りが並んでいた。
手に提げるかたちの、古い灯りだった。
顔は判らない。
判らないのに、全員がこちらを見ているのは、判った。
数は、前の晩の壁際より、ずっと多かった。
私は速度を落としたまま、山を降りた。
奈良くんが叫んだのは、それが最後である。
番組は放送された。
飯塚さんは、私の録った無音の上に、風の音を足していた。
視聴率は悪くなかったと聞いている。
私は翌年に局を辞め、今は音とは関係のない仕事をしている。
あのときのテープは、一本だけ手元にある。
三本目である。
今でも、たまに再生してみることがある。
無音のはずのその面を回すと、針だけが、時々ゆっくりと持ち上がる。
私は「はい」とは言わないことにしている。