終深驛の通用口
中国地方の山あいの無人駅。終列車を待つ間、駅舎裏の小さな保線通用口を覗いてしまった。這って入った先には、昭和十九年十一月の旧字駅舎が広がっていた。異世界に迷い込…
中国地方の山あいの無人駅。終列車を待つ間、駅舎裏の小さな保線通用口を覗いてしまった。這って入った先には、昭和十九年十一月の旧字駅舎が広がっていた。異世界に迷い込…
解体予定の古い吊り橋を取材した日のこと。同行のカメラマンが車に戻ってから様子がおかしくなり、彼は私に足元を見てくれと言った。…
盆地の独身寮に転勤してきた同僚は、窓から煙突が見えると言って四週間ごとに部屋を替えていました。彼の郷里に残る煉瓦の煙突と、その根元に縦に彫られていた名前の列。二…
下関の坂の駄菓子屋の二階から、古い笑い袋が出てきました。中の機械には電池が一本も入っていないのに、階段の下から低い笑い声が聞こえてきたのです。必ず笑い返さねばな…
会津の谷を走る夜の列車で目を覚ますと、駅名標のない板だけのホームに停まっていました。翌朝、定期券には、この線のどこにも存在しない形の鋏の痕がもう一つだけ増えてい…
大隅の谷の社に、いつ行っても待っている坊主頭の子がいました。別れぎわは必ず「またね」で、たった一度だけ「さいなら」と言われた。十三年後に見た神社庁の名簿には、常…
昭和五十四年の秋、人形の町の川沿いで、乳母車を数珠つなぎに引く男とすれ違いました。布の下にあったのは、雛壇には決して飾られない顔。拾ったものに名をつけてはいけな…
四万八千円の白いクーペは、売れるたびに十日ほどで店へ戻ってきました。走行距離は戻るたび減り、助手席のベルトだけが人ひとりぶん伸びている。前の持ち主は全員、土砂に…
毎年六月の平日の午後にだけ、部屋の固定電話が鳴っていました。受話器から聞こえるのは「ママ?」という一言だけです。四年目に私が返してしまったたった一つの質問が、い…
一歳半の息子が携帯を触った昼、見知らぬ差出人から一行だけ届きました。あなたはだあれ。送信の記録はどこにもなく、受信の時刻は息子が触る二十五分前でした。佐渡の海辺…
四国山地の集落に残る農村舞台に、支柱も鉄の釘も使わない十三段の箱階段がありました。材木の記録も大工の名も帳面にありません。手間賃を受け取らなかった職人に名を訊い…
熊野灘に面した集落の蔵に、夕方だけ湿る白い球が置かれていました。表面に浮かぶ入り江は日ごとに増え、地籍の控えには消えたはずの字名が一行だけ残っています。決して濡…
十七で入った山陰の温泉宿には、十九年も離れに逗留する客がいました。障子は開けない、開いていたら閉めずに下がる、顔を見たらその日のうちに宿を出る。この三つの決まり…
駅のホームで起きた出来事から、娘の目だけは守ったはずだった。なのに娘は言った——「上からだと、ぜんぶ見えたもん」。古い木の跨線橋に伝わる「振り返ってはいけない」…
峠の一軒だけの洋食店。名物は三日火を入れるコンソメ。ある晩、湯気の消えた店で、見知らぬウェイターが告げた——「シェフは、煮詰まっております」。四日後の新聞記事で…
家賃が相場の半分だった、元仕立物屋の古い借家。北側の四畳半で眠る私の壁の中から、毎晩、何かを数える声がした。慣れてはいけないと祖母に言われた矢先、枕の中から現れ…
大学写真部の夏合宿で泊まった、外房の網元屋敷の古い民宿。深夜、寝落ちした部員の枕元に、濡れた髪の女が正座していた。誰も動けないまま夜が明け、東京に戻って集合写真…
その夏だけ、弟が淡々と変なことを言い出しました。上半身だけ起き上がる姉、床から半分出ている人、服の下に座る軍人。房総の古い借家にあった、一畳だけ床の高さが違う窪…
四つの秋と十七の秋、私は妹を別々の場所で同時に見ました。丹波の谷にある祖父の家の、母屋と土蔵。数の増える踏み石、電気の来ていない蔵に点いた灯り、日付だけが五十年…
六月の夕暮れ、蛙の声が消えた道で、頭に包帯を巻いた子供が一輪車で坂を下ってきた。両手には、生きた白いニワトリ。影はあるのに、音がしない。坂の上は行き止まりで、そ…