半分だけ引かれたカーテン

半分だけ引かれた窓

もう十五年以上前になる。

北海道の室蘭で、俺は左の手首を折った。

当時、俺は二十四で、鉄工所の下請けで働いていた。

年明けの、風の強い日だった。

資材置き場の凍った鉄板の上で足を滑らせて、とっさに手をついた。

手をつくな、と教わっていたのに、体が勝手に動いた。

その日のうちに手術になった。

入ったのは、輪西のほうにある古い病院だ。

製鉄所で働く人とその家族が、昔からかかっていた病院だった。

建物は五階建てで、廊下がやたらと長い。

俺の病室は四階だった。

入院した最初の晩に、妙なことに気づいた。

その病棟では、四階の突き当たりの窓だけ、夜になってもカーテンを半分しか引きませんでした。

ほかの窓は全部きっちり閉めるのに、そこだけは半分だ。

看護師さんが消灯の見回りをするとき、廊下の端まで行って、そこだけ手を止める。

そして、引きかけたカーテンを、また少し戻す。

戻す動作が、あまりにも慣れていた。

室蘭の夜は、赤い

室蘭の夜を知っている人なら分かると思う。

あの町の夜は、真っ暗にならない。

製鉄所の高炉のあたりが、いつもぼんやり赤い。

雲が低い晩は、その赤が雲の腹に映って、町全体が薄い赤になる。

病室の窓からも、それが見えた。

手術の日の夜、俺はその赤い空を見ながら眠った。

問題は、そのあとだった。

夜中の二時ごろに、麻酔が切れた。

痛いというより、左の手首から先が、別の生き物になったようだった。

脈に合わせて、腕全体がずきずき鳴る。

脂汗が出て、シーツが冷たくなった。

ナースコールは押さなかった。

押せばいいのに、なぜか押せなかった。

若かったから、我慢するのが仕事だと思っていたのだと思う。

俺は歯を食いしばって、低い声で唸っていた。

四人部屋だったが、そのときは俺ひとりだった。

そのうち、天井の照明が消えているのに、部屋の中がやけに明るいことに気づいた。

廊下の灯りではない。

窓のほうからだった。

入院というのは、思っていたよりも暇だった。

片手が使えないと、本のページもうまくめくれない。

テレビは、備え付けのカードを買わないと映らなかった。

俺は一日じゅう、天井の染みを見て過ごした。

四階の廊下は、朝と夜で長さが違って感じる。

朝は配膳車が来て、看護師さんの声が響いて、短く感じる。

消灯すると、同じ廊下が急に伸びる。

非常口の緑の灯りが、突き当たりのほうに小さく見えるだけになる。

その緑の灯りの手前に、あの窓がある。

二日目の晩、俺はトイレに立った。

そのとき、廊下の突き当たりのカーテンが、きっちり閉め切ってあることに気づいた。

半分ではなかった。

全部だった。

翌朝、下の階のほうが少し騒がしかった。

詳しいことは分からない。

誰も何も言わなかったし、俺も聞かなかった。

その次の晩、カーテンはまた半分に戻っていた。

俺は、それを見て、なぜか少し安心した。

意味も知らないのに、安心したのだ。

もうひとつ、覚えていることがある。

消灯のあと、廊下を点滴のスタンドが通る音がした。

キャスターの、ころころという小さい音だ。

あの音は、床の継ぎ目のところで必ず一度、かたんと鳴る。

だから、どのあたりを通っているかが分かる。

音は、俺の部屋の前を通って、突き当たりのほうへ行った。

そして、しばらく止まった。

戻ってくる音は、聞こえなかった。

翌朝、同じ階のじいさんに聞いてみた。

「夜中に、誰か歩いてました?」

「わしゃ、耳が遠いでな」

それで終わりだった。

じいさんは、しばらくしてから、味噌汁をすすりながら付け足した。

「まあ、ここは昔から、夜に歩く子がおるんじゃ」

俺は、その日の朝食を、あまり味わわずに食べた。

赤いパジャマ

気配を感じて、俺は右を向いた。

ベッドの脇に、女の子が立っていた。

十歳くらいだったと思う。

赤いパジャマを着ていた。

子ども用の、上下が分かれたやつだ。

襟のところに、白い縁取りがついていた。

髪は短くて、耳が出ていた。

俺は、驚かなかった。

いま思えばそれがいちばん不思議なのだが、そのときは、当たり前のようにそこにいると思った。

痛みで頭が回っていなかったのかもしれない。

女の子は、俺の左腕のあたりをじっと見ていた。

それから、頭の中に声がした。

『痛いの?』

耳で聞いたのではない。

頭の内側で、直接そう聞こえた。

俺は「うん」と答えた。

声に出したかどうかも、はっきりしない。

すると、また聞こえた。

『だいじょうぶ、だいじょうぶ』

女の子は、ギプスの上から、俺の左手を撫ではじめた。

手のひら全体で、肘のほうから指先のほうへ、ゆっくりと何度も。

撫でる、というより、雪を払うような手つきだった。

触られている感触はなかった。

それなのに、腕の熱が引いていくのが分かった。

脈に合わせて鳴っていた痛みが、少しずつ、間隔をあけていく。

俺は、いつのまにか眠っていた。

翌朝、目が覚めたとき、痛みはほとんどなかった。

看護師さんが体温を測りに来て、痛み止めはいらないかと聞いてきた。

俺は、いらないと答えた。

そのとき、なぜか自然に、心の中で『ありがとう』と言った。

誰にとも決めずに言った。

その日から退院まで、左手はほとんど痛まなかった。

担当の先生が「若いな」と笑っていた。

三年前に、なくなっていた

気になって、俺は看護師さんに聞いてみた。

夜勤明けの、佐野さんという年配の人だった。

「この病院、子どもの入院ってあります?」

「四階に?」

「ええ、夜中に女の子を見た気がして」

佐野さんは、体温計を持ったまま、しばらく黙った。

それから、こう言った。

「小児科は、三年前になくなったのよ」

常勤の先生がいなくなって、病棟ごと閉めたのだという。

いまの四階は、整形外科と、あと内科の一部だ。

子どもは、どこにもいない。

俺は、そのとき初めてぞくりとした。

怖いというのとは違う。

背中の産毛が立つような、あの感じだ。

佐野さんは、体温計を受け取ってから、廊下のほうを見て言った。

「あなた、突き当たりの窓、気にしてたでしょう」

見られていたらしい。

俺はうなずいた。

「あれ、なんで半分なんですか」

佐野さんは、答えなかった。

代わりに「今夜、消灯のあとに来なさい」と言った。

高炉の脇から見える灯り

その晩、俺は点滴のスタンドを引きずって廊下の端まで行った。

佐野さんは、突き当たりの窓の前に立っていた。

カーテンは、いつものように半分だけ引いてあった。

「外、見てごらんなさい」

窓の下は駐車場で、その先が広い道路だ。

さらに向こうに、製鉄所の敷地が広がっている。

夜勤の人が出入りする通用門のあたりに、細い街灯が並んでいる。

「あそこからね、この窓が見えるの」

佐野さんは、そう言った。

半分だけ引いた窓は、外から見ると、細長い灯りになって見えるのでした。

全部閉めれば、ただの暗い壁になる。

全部開ければ、ほかの窓と区別がつかない。

半分だけだと、そこだけ縦に細い光の帯ができる。

「昔ね、この階が小児科だったころ」

佐野さんの声は、いつもより低かった。

「夜勤明けのお父さんたちが、門を出るときに、必ずここを見上げたの」

製鉄所は三交代だ。

夜勤の親は、子どもが入院していても、面会時間には来られない。

だから、門を出るときに、四階の窓を見る。

細い光の帯が見えれば、今夜も変わりない。

それだけの合図だった。

「よくない知らせのある晩は、全部引くの」

俺は、何も言えなかった。

あの窓は、閉めるための決まりではなく、見せるための決まりでした。

佐野さんは、その晩、もうひとつ話をしてくれた。

ミサキちゃんのお父さんのことだ。

製鉄所の門を出るとき、その人は必ず立ち止まって、病院のほうを見上げた。

そして、帽子を脱いで、頭の上で一度だけ横に振ったのだそうだ。

「見えるわけないでしょう、あんな遠くから」

佐野さんは、そう言って少し笑った。

「でも、あの子は見えてるって言うのよ」

「見えてた、ってことですか」

「さあね。見えるって言い張るの」

ある晩、佐野さんは試しに、時計を持って窓の前に立ったという。

ミサキちゃんが「いま、お父さん出た」と言った時刻を控えた。

あとで確かめると、交代の時刻とぴったり合っていた。

「一分も違わないの」

そのあと、佐野さんは黙ってしまった。

俺も何も言えなかった。

窓の外では、高炉のあたりの赤がゆっくり明滅していた。

あの明滅の間隔を、この町の人間は体で覚えている。

時計がなくても、赤の変わり方で、だいたいの時刻が分かるのだ。

ミサキちゃんも、それを覚えていたのかもしれない。

あるいは、もっと別のもので分かっていたのかもしれない。

俺は、後者のほうだと思っている。

ミサキちゃんのこと

佐野さんは、そのあとひとつだけ、名前を教えてくれた。

ミサキちゃんという子がいたのだそうだ。

小児科がまだあったころ、いちばん長く入院していた子だ。

お父さんは製鉄所の夜勤で、お母さんは市場で働いていた。

だから昼も夜も、そばに誰かがいるという日は少なかった。

その子は、消灯のあと、必ず廊下の突き当たりまで歩いていったという。

点滴を引きずって、窓の下から外を見る。

お父さんが門を出る時間を、覚えていたらしい。

見えるはずもない距離だ。

それでも毎晩、そこに立っていた。

「カーテンを半分にしたのは、あの子なのよ」

看護師が全部引いてしまうと、ミサキちゃんは自分で開けた。

全部開けると、まぶしくてほかの子が眠れない。

だから、半分。

子どもが自分で見つけた、ちょうどいい引き加減だった。

それが、いつのまにか病棟の決まりになった。

ミサキちゃんは、その病棟から家に帰ることはなかった。

佐野さんは、そのことをそういう言い方でしか言わなかった。

俺も、それ以上は聞かなかった。

ただ、ひとつだけ聞いた。

「その子、赤いパジャマ着てましたか」

佐野さんは、窓のほうを向いたまま答えた。

「お母さんが、市場で買ってきたの」

白い襟のついた、上下の分かれたやつだったという。

洗い替えを一枚しか持っていなかったから、いつも同じ赤いパジャマだった。

「あの子、痛がってる子のところに行くの」

「行く、って」

「自分の点滴引っぱって、隣の部屋まで行って、手を撫でるのよ」

『だいじょうぶ、だいじょうぶ』

それが、口癖だったそうだ。

お母さんが、あの子にそう言っていたからだと、佐野さんは言った。

退院してから何年かして、俺は市立の図書館で古い広報を見たことがある。

あの病院の小児科が閉まった年の号だ。

閉科のお知らせが、隅のほうに小さく載っていた。

写真も一枚あった。

病棟のプレイルームで撮ったものらしく、子どもが六人ほど写っていた。

白黒の、粗い印刷だ。

誰が誰かは分からない。

ただ、いちばん端に立っている子だけ、パジャマの色が濃く出ていた。

白黒だから、赤も黒っぽく写る。

襟のところだけが白かった。

俺はその写真を、しばらく見ていた。

コピーは取らなかった。

取ってはいけない気がしたからだ。

その号には、閉科にあたっての看護師さんの短い文章も載っていた。

名前は伏せてあったが、文の終わりに、こう書いてあった。

「この病棟の決まりごとは、いくつか残していきます」

どの決まりのことかは、書いていなかった。

もうひとつ、退院間際に妙なことがあった。

ある晩、俺は突き当たりの窓の前で、若い看護師さんとすれ違った。

まだ二十代に見える人だった。

その人は、カーテンを全部引こうとして、途中で手を止めた。

そして、半分まで戻した。

俺は思わず声をかけた。

「それ、なんで半分なんですか」

その人は、少し困った顔をした。

「決まりなんです」

「理由は」

「教わってないんです」

正直な人だった。

先輩がそうしているから、自分もそうしている。

それだけだと言った。

俺は、そのとき初めて、この話の本当の芯に触れた気がした。

怖い話というのは、たいてい、理由が分からないから怖い。

けれどこの決まりは、理由が分からないまま、人を守り続けている。

意味を知らない人が引き継いだほうが、かえって長く続くのかもしれない。

理由を知っていると、いつか「もう必要ない」と判断してしまうからだ。

その若い看護師さんは、去り際にひとこと言った。

「でも、私も一回だけ、見たことあります」

「何をですか」

「夜中に、廊下の端で、窓の外を見てる子」

「声、かけました?」

「かけられなかったです」

「なんで」

「うしろ姿が、待ってる人の背中だったから」

俺は、その言い方をいまでも覚えている。

待っている人の背中というものが、確かにこの世にはある。

駅のホームでも、病院の廊下でも、見れば分かる。

あれは、声をかけてはいけない背中だ。

かけたら、待つのをやめてしまうかもしれないからだ。

俺の左手を撫でたあの子は、たぶん、待つついでに来たのだと思う。

お父さんが門を出るまでの時間は、子どもには長い。

その長い時間に、痛がっている人の声が聞こえたら、行くだろう。

行って、自分がしてもらったことをするだろう。

肘のほうから、指先のほうへ、雪を払うように。

俺があの晩ナースコールを押さなかったのは、たぶん間違いだった。

看護師さんに言えば、痛み止めが出た。

それで済んだ話だ。

押さなかったから、あの子が来た。

そう考えると、あの晩の我慢も、まったくの無駄ではなかったことになる。

それから

俺は三週間で退院した。

手首は、いまでも寒い日に少し疼く。

それだけで、あとは何ともない。

退院の日、佐野さんに礼を言った。

佐野さんは「うちの子じゃないけどね」と笑った。

誰のことを言ったのかは、聞かなかった。

それから十五年以上、俺は室蘭を通るたびに、あの病院の四階を見上げる癖がついた。

いつ見ても、突き当たりの窓は半分だけ引いてある。

去年、病院が建て替えになった。

古い建物は取り壊されて、少し場所を移して新しい病棟が建った。

小児科は、いまも無い。

俺はこの春、その新しい病棟の前を車で通った。

夜だった。

四階の突き当たりの窓だけ、カーテンが半分だけ引いてあった。

新しい建物だ。

佐野さんも、もう定年で辞めている。

誰が決めたのか、誰が引き継いだのか、俺には分からない。

これは怖い話ではないと思う。

おんぶしてあげるよと言った子の話を読んだとき、俺は自分の夜のことを思い出した。

ああいう子は、どうも、痛がっている人のところに行くらしい。

そして、自分がしてもらったことを、そのままやる。

おじいさんの足音の話のように、あとに残るのは、たいてい音か、灯りか、決まりごとだ。

あの窓の引き加減は、まだ残っている。

理由を知っている人がいなくなっても残っている。

ということは、あの子は、まだ廊下の端まで歩いているのかもしれない。

俺はそう思うことにしている。

いまでも、寒い日に手首が疼くと、俺は左手を右手で撫でる。

肘のほうから、指先のほうへ。

雪を払うような手つきで、ゆっくり何度も。

そのたびに、自分の口が勝手に動いていることに気づく。

だいじょうぶ、だいじょうぶ。

怖い話・不思議な体験・都市伝説まとめ|ミステリー

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