半分だけ引かれた窓
もう十五年以上前になる。
北海道の室蘭で、俺は左の手首を折った。
当時、俺は二十四で、鉄工所の下請けで働いていた。
年明けの、風の強い日だった。
資材置き場の凍った鉄板の上で足を滑らせて、とっさに手をついた。
手をつくな、と教わっていたのに、体が勝手に動いた。
その日のうちに手術になった。
入ったのは、輪西のほうにある古い病院だ。
製鉄所で働く人とその家族が、昔からかかっていた病院だった。
建物は五階建てで、廊下がやたらと長い。
俺の病室は四階だった。
入院した最初の晩に、妙なことに気づいた。
その病棟では、四階の突き当たりの窓だけ、夜になってもカーテンを半分しか引きませんでした。
ほかの窓は全部きっちり閉めるのに、そこだけは半分だ。
看護師さんが消灯の見回りをするとき、廊下の端まで行って、そこだけ手を止める。
そして、引きかけたカーテンを、また少し戻す。
戻す動作が、あまりにも慣れていた。
※
室蘭の夜は、赤い
室蘭の夜を知っている人なら分かると思う。
あの町の夜は、真っ暗にならない。
製鉄所の高炉のあたりが、いつもぼんやり赤い。
雲が低い晩は、その赤が雲の腹に映って、町全体が薄い赤になる。
病室の窓からも、それが見えた。
手術の日の夜、俺はその赤い空を見ながら眠った。
問題は、そのあとだった。
夜中の二時ごろに、麻酔が切れた。
痛いというより、左の手首から先が、別の生き物になったようだった。
脈に合わせて、腕全体がずきずき鳴る。
脂汗が出て、シーツが冷たくなった。
ナースコールは押さなかった。
押せばいいのに、なぜか押せなかった。
若かったから、我慢するのが仕事だと思っていたのだと思う。
俺は歯を食いしばって、低い声で唸っていた。
四人部屋だったが、そのときは俺ひとりだった。
そのうち、天井の照明が消えているのに、部屋の中がやけに明るいことに気づいた。
廊下の灯りではない。
窓のほうからだった。
※
入院というのは、思っていたよりも暇だった。
片手が使えないと、本のページもうまくめくれない。
テレビは、備え付けのカードを買わないと映らなかった。
俺は一日じゅう、天井の染みを見て過ごした。
四階の廊下は、朝と夜で長さが違って感じる。
朝は配膳車が来て、看護師さんの声が響いて、短く感じる。
消灯すると、同じ廊下が急に伸びる。
非常口の緑の灯りが、突き当たりのほうに小さく見えるだけになる。
その緑の灯りの手前に、あの窓がある。
二日目の晩、俺はトイレに立った。
そのとき、廊下の突き当たりのカーテンが、きっちり閉め切ってあることに気づいた。
半分ではなかった。
全部だった。
翌朝、下の階のほうが少し騒がしかった。
詳しいことは分からない。
誰も何も言わなかったし、俺も聞かなかった。
その次の晩、カーテンはまた半分に戻っていた。
俺は、それを見て、なぜか少し安心した。
意味も知らないのに、安心したのだ。
※
もうひとつ、覚えていることがある。
消灯のあと、廊下を点滴のスタンドが通る音がした。
キャスターの、ころころという小さい音だ。
あの音は、床の継ぎ目のところで必ず一度、かたんと鳴る。
だから、どのあたりを通っているかが分かる。
音は、俺の部屋の前を通って、突き当たりのほうへ行った。
そして、しばらく止まった。
戻ってくる音は、聞こえなかった。
翌朝、同じ階のじいさんに聞いてみた。
「夜中に、誰か歩いてました?」
「わしゃ、耳が遠いでな」
それで終わりだった。
じいさんは、しばらくしてから、味噌汁をすすりながら付け足した。
「まあ、ここは昔から、夜に歩く子がおるんじゃ」
俺は、その日の朝食を、あまり味わわずに食べた。
※
赤いパジャマ
気配を感じて、俺は右を向いた。
ベッドの脇に、女の子が立っていた。
十歳くらいだったと思う。
赤いパジャマを着ていた。
子ども用の、上下が分かれたやつだ。
襟のところに、白い縁取りがついていた。
髪は短くて、耳が出ていた。
俺は、驚かなかった。
いま思えばそれがいちばん不思議なのだが、そのときは、当たり前のようにそこにいると思った。
痛みで頭が回っていなかったのかもしれない。
女の子は、俺の左腕のあたりをじっと見ていた。
それから、頭の中に声がした。
『痛いの?』
耳で聞いたのではない。
頭の内側で、直接そう聞こえた。
俺は「うん」と答えた。
声に出したかどうかも、はっきりしない。
すると、また聞こえた。
『だいじょうぶ、だいじょうぶ』
女の子は、ギプスの上から、俺の左手を撫ではじめた。
手のひら全体で、肘のほうから指先のほうへ、ゆっくりと何度も。
撫でる、というより、雪を払うような手つきだった。
触られている感触はなかった。
それなのに、腕の熱が引いていくのが分かった。
脈に合わせて鳴っていた痛みが、少しずつ、間隔をあけていく。
俺は、いつのまにか眠っていた。
※
翌朝、目が覚めたとき、痛みはほとんどなかった。
看護師さんが体温を測りに来て、痛み止めはいらないかと聞いてきた。
俺は、いらないと答えた。
そのとき、なぜか自然に、心の中で『ありがとう』と言った。
誰にとも決めずに言った。
その日から退院まで、左手はほとんど痛まなかった。
担当の先生が「若いな」と笑っていた。
※
三年前に、なくなっていた
気になって、俺は看護師さんに聞いてみた。
夜勤明けの、佐野さんという年配の人だった。
「この病院、子どもの入院ってあります?」
「四階に?」
「ええ、夜中に女の子を見た気がして」
佐野さんは、体温計を持ったまま、しばらく黙った。
それから、こう言った。
「小児科は、三年前になくなったのよ」
常勤の先生がいなくなって、病棟ごと閉めたのだという。
いまの四階は、整形外科と、あと内科の一部だ。
子どもは、どこにもいない。
俺は、そのとき初めてぞくりとした。
怖いというのとは違う。
背中の産毛が立つような、あの感じだ。
佐野さんは、体温計を受け取ってから、廊下のほうを見て言った。
「あなた、突き当たりの窓、気にしてたでしょう」
見られていたらしい。
俺はうなずいた。
「あれ、なんで半分なんですか」
佐野さんは、答えなかった。
代わりに「今夜、消灯のあとに来なさい」と言った。
※
高炉の脇から見える灯り
その晩、俺は点滴のスタンドを引きずって廊下の端まで行った。
佐野さんは、突き当たりの窓の前に立っていた。
カーテンは、いつものように半分だけ引いてあった。
「外、見てごらんなさい」
窓の下は駐車場で、その先が広い道路だ。
さらに向こうに、製鉄所の敷地が広がっている。
夜勤の人が出入りする通用門のあたりに、細い街灯が並んでいる。
「あそこからね、この窓が見えるの」
佐野さんは、そう言った。
半分だけ引いた窓は、外から見ると、細長い灯りになって見えるのでした。
全部閉めれば、ただの暗い壁になる。
全部開ければ、ほかの窓と区別がつかない。
半分だけだと、そこだけ縦に細い光の帯ができる。
「昔ね、この階が小児科だったころ」
佐野さんの声は、いつもより低かった。
「夜勤明けのお父さんたちが、門を出るときに、必ずここを見上げたの」
製鉄所は三交代だ。
夜勤の親は、子どもが入院していても、面会時間には来られない。
だから、門を出るときに、四階の窓を見る。
細い光の帯が見えれば、今夜も変わりない。
それだけの合図だった。
「よくない知らせのある晩は、全部引くの」
俺は、何も言えなかった。
あの窓は、閉めるための決まりではなく、見せるための決まりでした。
※
佐野さんは、その晩、もうひとつ話をしてくれた。
ミサキちゃんのお父さんのことだ。
製鉄所の門を出るとき、その人は必ず立ち止まって、病院のほうを見上げた。
そして、帽子を脱いで、頭の上で一度だけ横に振ったのだそうだ。
「見えるわけないでしょう、あんな遠くから」
佐野さんは、そう言って少し笑った。
「でも、あの子は見えてるって言うのよ」
「見えてた、ってことですか」
「さあね。見えるって言い張るの」
ある晩、佐野さんは試しに、時計を持って窓の前に立ったという。
ミサキちゃんが「いま、お父さん出た」と言った時刻を控えた。
あとで確かめると、交代の時刻とぴったり合っていた。
「一分も違わないの」
そのあと、佐野さんは黙ってしまった。
俺も何も言えなかった。
窓の外では、高炉のあたりの赤がゆっくり明滅していた。
あの明滅の間隔を、この町の人間は体で覚えている。
時計がなくても、赤の変わり方で、だいたいの時刻が分かるのだ。
ミサキちゃんも、それを覚えていたのかもしれない。
あるいは、もっと別のもので分かっていたのかもしれない。
俺は、後者のほうだと思っている。
※
ミサキちゃんのこと
佐野さんは、そのあとひとつだけ、名前を教えてくれた。
ミサキちゃんという子がいたのだそうだ。
小児科がまだあったころ、いちばん長く入院していた子だ。
お父さんは製鉄所の夜勤で、お母さんは市場で働いていた。
だから昼も夜も、そばに誰かがいるという日は少なかった。
その子は、消灯のあと、必ず廊下の突き当たりまで歩いていったという。
点滴を引きずって、窓の下から外を見る。
お父さんが門を出る時間を、覚えていたらしい。
見えるはずもない距離だ。
それでも毎晩、そこに立っていた。
「カーテンを半分にしたのは、あの子なのよ」
看護師が全部引いてしまうと、ミサキちゃんは自分で開けた。
全部開けると、まぶしくてほかの子が眠れない。
だから、半分。
子どもが自分で見つけた、ちょうどいい引き加減だった。
それが、いつのまにか病棟の決まりになった。
※
ミサキちゃんは、その病棟から家に帰ることはなかった。
佐野さんは、そのことをそういう言い方でしか言わなかった。
俺も、それ以上は聞かなかった。
ただ、ひとつだけ聞いた。
「その子、赤いパジャマ着てましたか」
佐野さんは、窓のほうを向いたまま答えた。
「お母さんが、市場で買ってきたの」
白い襟のついた、上下の分かれたやつだったという。
洗い替えを一枚しか持っていなかったから、いつも同じ赤いパジャマだった。
「あの子、痛がってる子のところに行くの」
「行く、って」
「自分の点滴引っぱって、隣の部屋まで行って、手を撫でるのよ」
『だいじょうぶ、だいじょうぶ』
それが、口癖だったそうだ。
お母さんが、あの子にそう言っていたからだと、佐野さんは言った。
※
退院してから何年かして、俺は市立の図書館で古い広報を見たことがある。
あの病院の小児科が閉まった年の号だ。
閉科のお知らせが、隅のほうに小さく載っていた。
写真も一枚あった。
病棟のプレイルームで撮ったものらしく、子どもが六人ほど写っていた。
白黒の、粗い印刷だ。
誰が誰かは分からない。
ただ、いちばん端に立っている子だけ、パジャマの色が濃く出ていた。
白黒だから、赤も黒っぽく写る。
襟のところだけが白かった。
俺はその写真を、しばらく見ていた。
コピーは取らなかった。
取ってはいけない気がしたからだ。
その号には、閉科にあたっての看護師さんの短い文章も載っていた。
名前は伏せてあったが、文の終わりに、こう書いてあった。
「この病棟の決まりごとは、いくつか残していきます」
どの決まりのことかは、書いていなかった。
※
もうひとつ、退院間際に妙なことがあった。
ある晩、俺は突き当たりの窓の前で、若い看護師さんとすれ違った。
まだ二十代に見える人だった。
その人は、カーテンを全部引こうとして、途中で手を止めた。
そして、半分まで戻した。
俺は思わず声をかけた。
「それ、なんで半分なんですか」
その人は、少し困った顔をした。
「決まりなんです」
「理由は」
「教わってないんです」
正直な人だった。
先輩がそうしているから、自分もそうしている。
それだけだと言った。
俺は、そのとき初めて、この話の本当の芯に触れた気がした。
怖い話というのは、たいてい、理由が分からないから怖い。
けれどこの決まりは、理由が分からないまま、人を守り続けている。
意味を知らない人が引き継いだほうが、かえって長く続くのかもしれない。
理由を知っていると、いつか「もう必要ない」と判断してしまうからだ。
※
その若い看護師さんは、去り際にひとこと言った。
「でも、私も一回だけ、見たことあります」
「何をですか」
「夜中に、廊下の端で、窓の外を見てる子」
「声、かけました?」
「かけられなかったです」
「なんで」
「うしろ姿が、待ってる人の背中だったから」
俺は、その言い方をいまでも覚えている。
待っている人の背中というものが、確かにこの世にはある。
駅のホームでも、病院の廊下でも、見れば分かる。
あれは、声をかけてはいけない背中だ。
かけたら、待つのをやめてしまうかもしれないからだ。
※
俺の左手を撫でたあの子は、たぶん、待つついでに来たのだと思う。
お父さんが門を出るまでの時間は、子どもには長い。
その長い時間に、痛がっている人の声が聞こえたら、行くだろう。
行って、自分がしてもらったことをするだろう。
肘のほうから、指先のほうへ、雪を払うように。
俺があの晩ナースコールを押さなかったのは、たぶん間違いだった。
看護師さんに言えば、痛み止めが出た。
それで済んだ話だ。
押さなかったから、あの子が来た。
そう考えると、あの晩の我慢も、まったくの無駄ではなかったことになる。
※
それから
俺は三週間で退院した。
手首は、いまでも寒い日に少し疼く。
それだけで、あとは何ともない。
退院の日、佐野さんに礼を言った。
佐野さんは「うちの子じゃないけどね」と笑った。
誰のことを言ったのかは、聞かなかった。
それから十五年以上、俺は室蘭を通るたびに、あの病院の四階を見上げる癖がついた。
いつ見ても、突き当たりの窓は半分だけ引いてある。
去年、病院が建て替えになった。
古い建物は取り壊されて、少し場所を移して新しい病棟が建った。
小児科は、いまも無い。
俺はこの春、その新しい病棟の前を車で通った。
夜だった。
四階の突き当たりの窓だけ、カーテンが半分だけ引いてあった。
新しい建物だ。
佐野さんも、もう定年で辞めている。
誰が決めたのか、誰が引き継いだのか、俺には分からない。
※
これは怖い話ではないと思う。
おんぶしてあげるよと言った子の話を読んだとき、俺は自分の夜のことを思い出した。
ああいう子は、どうも、痛がっている人のところに行くらしい。
そして、自分がしてもらったことを、そのままやる。
おじいさんの足音の話のように、あとに残るのは、たいてい音か、灯りか、決まりごとだ。
あの窓の引き加減は、まだ残っている。
理由を知っている人がいなくなっても残っている。
ということは、あの子は、まだ廊下の端まで歩いているのかもしれない。
俺はそう思うことにしている。
いまでも、寒い日に手首が疼くと、俺は左手を右手で撫でる。
肘のほうから、指先のほうへ。
雪を払うような手つきで、ゆっくり何度も。
そのたびに、自分の口が勝手に動いていることに気づく。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。