橋に置いていく

秋の渓谷と吊り橋

これは、いまから三年前の秋に、仕事で取材に行った先で起きた話です。

記憶違いや時間の前後があるかもしれません。

当時、私は二十六歳で、県内に本社のある地方紙の文化欄を担当していました。

町の暮らしや古い建物の取材が多く、写真は自分で撮ることもあれば、フリーのカメラマンを呼ぶこともありました。

その日は、長く付き合いのあった遠野さんという四十代の男性カメラマンと、二人で県北の山あいに向かいました。

取材対象は、昭和の初めに架けられた木造の古い吊り橋でした。

翌春に解体されることが決まっていて、最後の姿を写真に残しておきたいという、文化欄らしい企画でした。

町の中心からは車で四十分ほど、舗装の途切れた林道を登っていった先に、その橋はありました。

橋の手前には、もう何年も使われていない小さな駐車スペースがあり、そこに車を停めました。

橋自体は、思っていたよりずっと長く、谷の上に細く渡されていました。

足元の板は黒く湿り、欄干のロープには、苔のような緑がうっすらとついていました。

遠野さんは無口な人で、現場に着いて機材を下ろしているあいだだけ口数が増えるのを、私はずっと面白く思っていました。

その日も、三脚を組みながら、橋の歴史について少しだけ話してくれました。

戦前に山向こうの集落へ薬や日用品を運ぶために架けられたこと、戦後に一度補修されたこと、平成の半ばから通行止めになっていること。

私はそれをメモに取りながら、ファインダーを覗いて全景を一度確認しました。

そのとき、橋の中ほどに、人影のようなものが一瞬だけ見えた気がしました。

顔を上げて肉眼で見直すと、橋の上には誰もいません。

逆光のいたずらだと自分に言い聞かせて、ファインダーから目を離しました。

遠野さんは、橋の上にも出てカットを増やしたいと言いました。

私たちは安全のために、ロープに付いていた古い手すりを軽く確かめて、ゆっくりと橋に入りました。

板はきしみましたが、思ったほど大きくは揺れませんでした。

真ん中まで進んだとき、遠野さんが足を止めました。

カメラを下ろし、谷を見下ろしたまま、しばらく動きません。

「どうしました」と私が声をかけると、彼は少し遅れて振り向き、「いや、なんでもない」と短く答えました。

そのときの表情は、私の知っている遠野さんの顔ではありませんでした。

笑っているわけでも、怖がっているわけでもなく、ただ、ひとつ呼吸が抜け落ちたような顔でした。

すぐに彼はいつもの調子に戻り、何枚かシャッターを切ってから、橋を渡り切ってまた戻ってきました。

戻ってきた遠野さんの肩には、小さな葉が一枚だけ乗っていました。

橋のまわりに葉を落とすような木は、見える範囲には一本もありませんでした。

私はそれを取ってあげようとしてやめ、結局そのままにしておきました。

撮影は予定よりも少し早く終わり、私たちは機材をしまって、車に戻りました。

後部座席にカメラバッグを置いたとき、隣に畳んでおいた私のブランケットが、少しだけずれて落ちかかっているのに気づきました。

朝に置いたままで、誰も触っていないはずでした。

遠野さんが先に運転席に座り、私は助手席に乗り込みました。

エンジンは一度でかかりました。

けれど、彼はギアを入れたまま、しばらくフロントガラスの先を見つめて動きませんでした。

「遠野さん、出ましょうか」と促しても、返事がありません。

横顔を見ると、口元が小さく震えていました。

「坂下さん」と、ようやく彼が口を開きました。

「なんですか」

「俺たちさ、付き合い長いよな」

「ええ、もう五年くらいになりますね」

「そっか。五年か」

彼はそう言ったきり、また少し黙り込みました。

エンジンの音だけが、ずっと低く車内を満たしていました。

「坂下さん、こういうこと聞くの、変だと思わないで聞いてくれる」

「はい」

「俺の足元、見てくれないか」

その言葉の意味が、すぐには頭に入ってきませんでした。

足元、と私は繰り返してから、運転席の下のほうに視線を落としました。

遠野さんのスニーカーは、いつもと同じように、ペダルの上に乗っていました。

けれど、その靴の内側、くるぶしのあたりに、白い指が四本、しっかりと巻きついていました。

細い指でした。

骨ばっていて、爪のあたりだけが妙に黄色く見えました。

指は彼の足首を握りしめ、ペダルから離れないように引きとめているように見えました。

私は声を出すことができませんでした。

運転席の下から、誰かの腕が伸びていることになります。

けれど、そんな空間はそこにありません。

遠野さんは、私の顔色だけで察したようでした。

「やっぱり、見えるよな」と、ほとんど息だけの声で言いました。

「橋の途中から、ずっと、ついてきてる」

そこから先の記憶は、少し飛んでいます。

気がつくと、私は車のドアを開けて、林道を走って降りていました。

後ろは振り返りませんでした。

遠野さんが何か叫んだ気もしますが、それも、本当に声だったのか、自分の中で鳴っていた音だったのか、いまでも分かりません。

国道との合流地点まで、たぶん十五分か二十分は走り続けたと思います。

息が切れて、道路脇のガードレールに手をついて止まりました。

そこでようやく、自分が遠野さんを車に置いてきたことに気がつきました。

携帯はバッグの中で、バッグは助手席の足元にありました。

結局、通りかかった軽トラックの運転手に頼んで、町の駐在所まで乗せてもらいました。

駐在さんに事情を話すと、最初は私の様子を心配して、しばらく休んでから話を聞こうと言ってくれました。

けれど私は、とにかく早く橋まで戻ってほしいと頼みました。

パトカーで一緒に駐車スペースまで戻ったとき、私たちの車は、停めた場所にそのまま残っていました。

運転席のドアは、半分ほど開いたままでした。

中に遠野さんの姿はありませんでした。

シートにも、足元にも、白い指のあとは何もありませんでした。

駐在さんは「橋から落ちたのかもしれませんね」と言って、谷の下を覗き込みに行きました。

けれど、谷底にはやはり何もなく、後から来た応援の警察官たちが、川沿いを下まで降りても、彼の姿は見つかりませんでした。

遠野さんが見つかったのは、その夜になってからです。

場所は、橋の真ん中あたりでした。

谷に落ちたのではなく、橋の上の手すりの古いロープに、腰から胸のあたりがきつく絡まった状態で、彼は宙吊りになっていました。

警察が私に説明したところによると、ロープの絡まり方は、自分でほどけたり結んだりできるようなものではなかったそうです。

体に大きな外傷はなく、死因はその場では分からないと言われました。

橋の上には、彼の靴跡もカメラ機材も残っていませんでした。

のちに彼の事務所からカメラ機材一式が無事に返却されたと聞きましたが、それがどの段階で誰の手で運ばれたものなのかは、私には知らされませんでした。

取材記事は、結局、出ませんでした。

編集長は、橋の写真を一枚だけ、別の特集の片隅に小さく載せました。

遠野さんの名前はクレジットに入りませんでした。

橋の解体は、その後、いつのまにか延期になりました。

町に問い合わせても、来年度に再検討、という同じ答えが返ってくるだけです。

三年経ったいまも、あの橋はまだ谷の上にかかったままだと、最近、別の取材で近くを通った同僚から聞きました。

私はそのあと、職場の机で原稿を書いている夜に、ときどき足元の感触に手が伸びそうになります。

椅子の下には、もちろん何もありません。

けれど、もしあの日、私が車のドアを開けるよりも先に、遠野さんが私の足元を見てくれと言っていたら、私は同じように見たのだろうかと、いまでも考えてしまいます。

あのとき彼が、白い指の話を私にした本当の理由が、見せたかったからなのか、私を置いていかせたかったからなのか、どちらだったのかは、私にはもう分かりません。

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