先積みの箱は伝票にない

夕暮れの配達人と灯る街

今でも、荷台に箱を積むときは、必ず声に出して数を読み上げる。

頭の中で数えるだけでは足りない。

一つずつ荷札を指で押さえて、番号と個数を確かめる。

同僚には笑われるが、やめるつもりはない。

去年の春から今年の初夏にかけて、私は同じ依頼主の引越を三度運んだ。

そのたびに、伝票に載っていない箱が一つ、先に新しい部屋へ入っていた。

私たちはそれを先積みの箱と呼んでいる。

誰が最初にそう呼び始めたのかは、今もわからない。

私は24歳で、軽貨物の運転手をしている。

扱うのは単身者の引越ばかりだ。

1.5トンの箱車に、段ボールが十数個と、布団袋と、小さな家電。

それだけ積んで、市内を横切るか、隣の市まで走る。

大手の引越会社が受けない、安くて小さい仕事だ。

作業は基本的に一人だ。

手が足りないときは、依頼主に荷物を押さえてもらう。

だから荷物の数は、自分で数えるしかない。

荷札は会社支給の黄色いシールだ。

剥がして貼って、油性ペンで通し番号を書く。

積むときに数え、降ろすときにもう一度数える。

合わなければ、荷台の奥まで戻って探す。

点呼でも、出発前に個数を声に出して読み上げる決まりがある。

形だけの決まりだと、みんな思っている。

それだけの仕事だと、二年目までは思っていた。

去年の4月、配車係から回ってきたのが辻村さんの仕事だった。

市の西側の古いアパートから、川を渡った東側の団地へ。

距離にして六キロもない。

電話で聞いた荷物の量は、単身の中でも少ないほうだった。

当日は、指定された時間の十分前に着いた。

川沿いの道から一本入った、シャッターの多い商店街の裏手だった。

アパートは木造の二階建てで、外階段が錆びていた。

辻村さんは三十代半ばくらいの女性で、玄関の前に立って待っていた。

そばに、小学校の低学年くらいの男の子がいた。

挨拶をして、部屋に上がらせてもらった。

六畳と四畳半の二間で、家具はほとんどなかった。

テレビも本棚もない。

畳の上に、段ボールがきれいに並べてあった。

自分で詰めたのだという。

角がぴたりと揃っていて、素人の荷造りには見えなかった。

何度もやっている人の詰め方だ、と思った。

そのときは、ただ手際がいい人だと受け取った。

部屋の匂いも薄かった。

人が長く住んだ部屋には、その家の匂いが残る。

それがほとんどなかった。

運び出しを始めると、男の子が廊下の端に座って、こちらを見ていた。

邪魔にならないように、じっとしている。

おとなしい子だな、と思った。

よく見ると、荷物が一つ廊下を通るたびに、指を折っていた。

一、二、三、と数えているらしかった。

息子さんは、積み込みのあいだ、指を折って何かを数えていた。

声は出さない。

十本折り終わると、また開いて、最初から数え直していた。

部屋が空になったとき、畳の隅に跡が残っているのに気づいた。

前の部屋の畳には、四角い跡が一つだけ残っていた。

家具を置いた跡にしては、小さすぎた。

一辺が四十センチほどの、きれいな正方形だった。

そこだけ、日に焼けていない。

私は跡の上に足を置いて、大きさを測るように見た。

辻村さんは何も言わなかった。

ただ、部屋に入ってこようとはしなかった。

運び出しのあいだ、ずっと玄関の外に立っていた。

荷札は十一枚だった

荷台の戸を閉める前に、いつも通り数えた。

段ボールが八個、衣装ケースが二つ、布団袋が一つ。

荷札は十一枚だった。

伝票の個数欄にも、十一と書いた。

辻村さんと男の子は、自分たちで電車で行くと言った。

鍵は先に受け取ってあるから、先に着いて待っている、と。

私は了解して、車を出した。

団地に着いたのは、それから二十分ほど後だった。

五階建ての四号棟で、エレベーターはない。

三階の角部屋だと聞いていた。

外壁の塗り替えは済んでいるが、階段の手すりは古いままだった。

掲示板に、自治会の夏祭りの紙が貼ってあった。

階段を上がると、廊下の突き当たりで辻村さんが待っていた。

男の子は、少し離れたところで壁にもたれていた。

辻村さんが鍵を開けて、引き戸を横に引いた。

玄関の内側、右の隅に、段ボールが一つ置いてあった。

何も貼っていない、無地の箱だった。

私の会社の荷札はついていない。

そのかわり、白いラベルが一枚だけ貼ってあった。

細い字で「一」と書いてある。

先に運び込んだ分ですか、と私は聞いた。

辻村さんは、それはうちのです、と答えた。

それ以上は何も言わなかった。

前の入居者の置き土産か、不動産屋が置いた備品だろうと思った。

そう思うことにした、のほうが近いかもしれない。

私は荷物を運び入れて、部屋の奥に並べた。

八畳の和室と、狭い台所。

押し入れの襖は、新しいものに替えてあった。

荷物を置く場所を聞くたびに、辻村さんは廊下から指で示した。

右の壁、押し入れの前、台所の入口。

最後まで、部屋の中には上がってこなかった。

男の子は先に入って、窓のそばに座った。

しばらくして、その子が口を開いた。

「この部屋、前は誰が住んでたんですか」

「さあ。おじさんは知らないな」

「じゃあ、あの箱は誰の」

「お母さんのだって、さっき聞いたよ」

「ちがうよ」

男の子はそれだけ言って、また窓のほうを向いた。

私は荷物の向きを直しながら、返事を探していた。

見つからないうちに、作業が終わった。

作業が終わって、伝票の控えを切った。

十一個、破損なし。

判子をもらって、階段を降りた。

車に乗る前に、なんとなく三階を見上げた。

角部屋の窓は、まだカーテンがついていなかった。

窓の内側に、男の子が立ってこちらを見ていた。

手を振ると、振り返してくれた。

その手は、指を二本だけ立てていた。

帰り道、荷台から音がした。

段ボールの角が床をこすっている音だった。

荷台は空のはずだった。

信号で停まったときに、もう一度聞こえた。

一定の間隔で、規則正しく鳴る。

荷崩れの音ではない。

荷崩れなら、もっと不規則で、鈍い。

コンビニの駐車場に入れて、後ろの戸を上げた。

荷台には何もなかった。

ラッシングベルトが一本、床に転がっているだけだった。

床の板目に、細い擦り跡が一筋ついていた。

指でなぞると、まだ新しかった。

先積みの箱の底

二度目の依頼は、その年の7月に入った。

配車係から、指名だと言われた。

前に運んでもらった人が、同じ人でお願いしたいと言っている、と。

単身引越で指名が入るのは珍しい。

悪い気はしなかった。

現場の住所を見て、三か月前に運び込んだ団地だと気づいた。

当日、四号棟の三階に上がると、玄関が開け放してあった。

中は空に近かった。

八畳に、段ボールが六個。

布団袋と、小さな冷蔵庫。

四月に運び込んだときより、明らかに減っていた。

男の子の姿はなかった。

聞くと、しばらく実家に預けている、という答えが返ってきた。

それ以上は聞かなかった。

冷蔵庫を出すために、中身を確かめさせてもらった。

麦茶のボトルが一本あるだけだった。

三か月住んだ部屋には見えない。

畳の真ん中に、四角い跡があった。

四月に前の部屋で見たのと、同じ大きさだった。

一辺が四十センチほどの正方形。

たった三か月で、畳がそこだけ色を変えるものだろうか。

そう考えかけて、やめた。

考えると、続きが出てくる気がした。

玄関の内側の隅に、あの箱があった。

無地の段ボールに、白いラベル。

細い字で「一」。

四月に見たときと同じものだ、と一目でわかった。

今度は、これも運びますかと聞いた。

辻村さんは、自分で持っていきます、と答えた。

声は落ち着いていた。

落ち着きすぎている、と感じた。

「重いなら、台車に載せますよ」

「いえ。私が持ちます」

「決まりか何かですか」

「そういうものなんです」

「うちの荷札、貼っておきましょうか」

「やめてください」

断り方が、はっきりしすぎていた。

運び出しの途中で、その箱に手が触れた。

底が湿っていた。

持ち上げたわけではない。

指の腹が当たっただけだ。

その部分だけ、段ボールが水を吸って柔らかくなっていた。

部屋のどこも濡れていない。

前の日から雨も降っていなかった。

手を引いて、ズボンで拭いた。

拭いたあとも、しばらく冷たさが残っていた。

二度目の行き先は、市の南のワンルームだった。

アパートの二階で、今度は私が先に着いた。

鍵は辻村さんが持っている。

だから部屋には入れない。

荷台の戸を開けて、順番を組み替えながら待った。

十分ほどして、辻村さんがタクシーで着いた。

手に、あの箱を抱えていた。

膝に載せて運んできたらしい。

鍵を開けて、彼女が先に入った。

私は台車を廊下に置いて、そのあとから荷物を運んだ。

部屋の隅に、箱が置いてあった。

辻村さんが持ってきたものだ。

そのはずだった。

運び終わってから、もう一度玄関を見た。

たたきの右側に、もう一つ、同じ箱があった。

無地の段ボール。

白いラベル。

細い字で「一」。

私が運んだ十個の荷物に、そんな箱はない。

振り返ると、辻村さんはこちらを見ていなかった。

窓の外の、もっと遠いところを見ていた。

前の担当が辞めた理由

会社に戻って、配車の記録を調べた。

個人情報なので、本当はよくない。

それでも調べた。

辻村さんの名前は、うちの会社の記録に五回出てきた。

二年のあいだに五回。

最初の三回は、私ではない運転手が担当していた。

矢代さん、という名前だった。

四十代の人で、私が入る前から長く走っていた人らしい。

矢代さんは、去年の1月に辞めていた。

配車係に聞くと、急だったと言われた。

朝、電話が一本あって、それきりだったという。

連絡先はもう使われていない。

会社の誰も、今どこにいるか知らない。

辞める前の一か月くらい、様子がおかしかった。

その話を、倉庫の先輩から聞いた。

矢代さんは、荷台の数が合わないと言い続けていたそうだ。

積んだ数と、降ろした数が合わない。

多いほうに合わない。

そう言って、点呼のたびに荷台を開けて確かめていたらしい。

先輩は、先積みの箱だろ、と言って笑った。

冗談のつもりだったのだと思う。

そういう話は、どこの営業所にもある。

積んだ覚えのない荷物が一つだけ増えている、という話だ。

私が黙っていると、先輩は話題を変えた。

疲れていたんだろう、とだけ付け足した。

単身の仕事は一人作業で、数を見てくれる相棒がいない。

だから数字が信じられなくなるんだ、と。

私は相づちを打った。

自分も同じことを言われるのだろうな、と思いながら。

その日の夜、伝票の控えの束を持ち帰って、机の上に広げた。

四月の辻村さんの分を探した。

個数欄は十一。

間違いない。

ただ、品名欄の下のほうに、一行だけ追加されていた。

細い字で「一」。

私の字だった。

書いた記憶はまったくない。

油性ペンの太さも、力の入れ方も、自分のものだった。

控えは複写式で、上の原本は会社に出してある。

翌日、原本を確認した。

原本の品名欄には、その一行がなかった。

複写された側にだけ、後から増えていたことになる。

翌週、四号棟の管理人に会いに行った。

忘れ物を届けに来た、という嘘を使った。

管理人は六十代くらいの男性で、話し好きだった。

三階の角部屋のことを聞くと、すぐに思い出してくれた。

あの部屋は、この二年で四回入れ替わっている、と。

みんな短くて、長くて半年。

出ていくときは、みんな急だった。

荷物をほとんど置いていく人もいた。

置いていった荷物はどうするんですか、と聞いた。

管理人は、業者に頼んで出してもらうと答えた。

それから、少し声を落とした。

ただ、一つだけ残るんだ、と言った。

何度出しても、次の人が入るころには、玄関の内側に戻っている。

無地の段ボールで、白い紙が貼ってある。

自分は中を見たことがない、とも言った。

見るのは、持ち主だけでいい、と。

「捨てたことはないんですか」

「あるよ。三回くらいはね」

「それで」

「戻ってる。次の人が入る前の日には、もう玄関にある」

「部屋の鍵は」

「かかってるよ。私しか持ってない」

管理人は、そこで話を切った。

持ち主というのは誰ですか、と私は聞いた。

管理人は、伝票に名前を書いた人だろう、と答えた。

そんなことは、私は一度も話していなかった。

ドラレコの十二分

三度目の依頼は、今年の6月に入った。

また指名だった。

行き先は市外で、車で一時間半かかる海沿いの町だった。

その時点で、私は断ることもできた。

断らなかった理由を、今もうまく説明できない。

数が合わないままにしておくのが嫌だった、というのがいちばん近い。

出発の前の週、会社でドライブレコーダーの映像を整理する当番が回ってきた。

古いデータを消して、事故のあった日の分だけ残す作業だ。

事務所の奥の、窓のない部屋でやる。

自分の車の分を流していて、二度目の引越の日で手が止まった。

七月の、市の南のアパートに着いた日。

到着時刻は、記録では十四時二分だった。

その十二分前の映像に、同じアパートの前が映っていた。

私はまだ、そこにいないはずだった。

画面の隅に、白い箱車が停まっていた。

うちの会社の車だ。

ナンバーまでは読めない。

だが、後ろの戸が開いていた。

荷台は空だった。

そして、運転席の横に、作業着の男が立っていた。

背中しか映っていない。

体つきは、私に似ていた。

男は荷台の奥へ手を伸ばして、何かを持ち上げた。

両手で抱える大きさだった。

映像はそこで切れて、次のファイルは十四時二分から始まっていた。

十二分ぶんが、まるごとない。

私は同じ場所を三回見直して、当番を交代してもらった。

六月の当日、私は約束の時間より早く現場に着いた。

海沿いの町は、風が強かった。

古い二階建ての、道路に面した部屋だった。

鍵は辻村さんが持っている。

部屋には入れない。

それでも、郵便受けの隙間から中が見えることに気づいた。

しゃがんで、蓋を押し上げた。

細い横長の視界の先に、玄関のたたきが見えた。

その右の隅に、無地の段ボールが一つ置いてあった。

白いラベルが、こちらを向いていた。

先積みの箱は、鍵を開ける前から、そこにあった。

私は蓋から手を離して、車に戻った。

しばらく、ハンドルを握ったまま座っていた。

辻村さんが着いたのは、それから二十分後だった。

男の子は一緒だった。

背が伸びていた。

私を見て、小さく頭を下げた。

それから、指を折り始めた。

荷物はまだ一つも運んでいない。

なのに、一本、折った。

運び出しは静かに進んだ。

辻村さんは、前の二回よりも口数が少なかった。

最後の荷物を積んだあと、彼女は伝票を見て、それから私を見た。

そして、お願いですから、と言った。

品名のところに、何も足さないでください、と。

私は、意味がわからないまま、控えに目を落とした。

個数欄は十二。

品名欄の下に、細い字で「一」と書いてあった。

ペンは、私の右手に握られていた。

数えない荷物

海沿いの町の部屋に荷物を入れて、私はその日のうちに戻った。

辻村さんは玄関の外に立ったまま、最後まで中へは入らなかった。

男の子は、階段の下で待っていた。

帰りぎわ、その子が私の顔を見て、指を開いてみせた。

何本折っていたのかを、見せてくれたのだと思う。

荷物の数より、一本多かった。

あの子が折っていた指は、いつも荷物の数より一本多かった。

そのときになって、四月からの三度を、順番に思い出した。

それきり、辻村さんからの依頼は来ていない。

電話番号は使われていない。

海沿いの町の住所に会社から送った請求書は、あて所に尋ねあたらずで戻ってきた。

配車係は、よくあることだと言った。

単身の客は、だいたいそうやって消えていく、と。

私はうなずいて、その封筒を自分の机にしまった。

七月の終わりの夜、仕事から帰って、自分のアパートの鍵を開けた。

一人暮らしのワンルームで、五年住んでいる。

明かりをつける前に、足がたたきの先で止まった。

玄関の内側、右の隅に、段ボールが一つ置いてあった。

無地の箱。

白いラベル。

細い字で「一」。

そして、その下に、会社の黄色い荷札が一枚貼ってあった。

荷札に書いてあったのは、私の名前だった。

住所も、私の字だった。

持ち上げると、軽かった。

底は湿っていた。

その箱を廊下に出して、翌朝、可燃ごみに出した。

夕方に帰ると、玄関の内側の、同じ場所に戻っていた。

今度は、その下に跡がついていた。

私の部屋の床にも、同じ大きさの四角い跡がついていた。

翌週、会社の倉庫で荷札の在庫を数えた。

一束が百枚で、封は切っていない。

数えると、九十九枚しかなかった。

それから二か月、私はその箱を動かしていない。

中も見ていない。

管理人の言葉を、そのまま守っているだけだ。

仕事は続けている。

ただ、単身の引越で荷札を書くときは、必ず声に出して数える。

品名欄には、何も足さない。

足さなければ、宛先は決まらない。

そう思うことにしている。

先積みの箱は、今も玄関の右の隅にある。

夜中に目が覚めることがある。

部屋の中は静かだ。

玄関の向こうで、段ボールの角が床をこする音がした。

一定の間隔で、規則正しく鳴っている。

私は数えない。

数えたら、増えている気がするからだ。

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