勘の鋭い姉

姉妹

一年前から一人暮らしを始めて以来、不眠症に悩まされていた。

眠りが浅く、何度も夜中に目が覚める。
夢の中でも、誰かが部屋の中を歩く気配を感じていた。

そんなある日、姉が遊びに来た。

「へぇ……ここに住んでるんだ。そうか、そうか、なるほどね」

姉は部屋をぐるりと見回し、そう言って帰っていった。

霊だの何だのを口にするような人ではない。
ただ、この人の“勘”だけは昔から異常に鋭かった。

じゃんけんで一度も勝てなかったし、誰かが来るとか、親戚が亡くなるとか、嫌になるほどよく当たる。

一度、通勤中の電車で電話がかかってきたことがあった。

『今すぐ降りて。話したいことがあるの』

言われるままに降りたが、話の内容は他愛もない雑談だった。
正直、苛立ちを感じた。

けれど、その直後――降りた先の駅から数駅先で、大きな事故が起きていた。

姉に理由を聞いても、「別に」としか言わない。
そんな人だ。

だからこそ、あの日の「なるほどね」という言葉が、心に引っかかっていた。

数日後、姉から小包が届いた。

中には、一体の人形が入っていた。
淡いピンク色のドレスを着た、古風な顔立ちの人形だった。

電話をかけて「これ何?」と尋ねると、姉は言った。

『とりあえず枕元に置いて寝てみて』

理由は言わない。
気味が悪かったが、何となく従うことにした。

その夜――驚くほど深く眠れた。

久しぶりに朝まで一度も目を覚まさなかった。

翌朝、姉に電話をした。

「すごくよく眠れた。あの人形、何?」

『そう。よかったね。それはもう、あげるよ』

それだけ言って、電話は切れた。

それ以来、枕元にその人形を置くのが習慣になった。

毎日見ているうちに、なぜか愛着が湧いてきた。
服を買って着せ替えたり、ブラシで髪を整えたり。

他の人形を見ても何も感じない。
でも、この子だけは不思議なほど可愛い。

姉は何も言わないけれど、やはり何か“理由”があるような気がしていた。

後日談 ― 1 ―

連休中、姉が遊びに来た。

「これ、お土産」

差し出されたのは、小さなピンクの靴。

驚いた。

実はその少し前、初めて自分で縫ったピンクのワンピースを人形に着せていたのだ。
可愛くできたけれど、靴だけ合うものが見つからず、諦めていたところだった。

姉にそのことは一言も話していない。

さらに姉は、隣の部屋から聞こえる家族の騒がしい声に耳を傾け、ぽつりと呟いた。

「もうすぐ引っ越すよ、ここ」

そして連休の最終日、隣の家族は突然いなくなった。
夜逃げだったらしい。

相変わらず、姉の“勘”はよくわからない。

後日談 ― 2 ―

姉からもらった人形は、今でも枕元にいる。

お正月、私は初めて自分で人形用の着物を縫った。
出来映えが嬉しくて、人形を連れて帰省した。

姉はそれを見るなり、「はい、これ」と言って小さな包みを渡した。

中には、ちりめんの草履が入っていた。

――草履。

私は着物を作ったことを一言も話していなかったのに。

「なんでわかったの?」と聞いても、姉は笑ってお茶をすするだけだった。

後日談 ― 3 ―

ある日、姉から電話がかかってきた。

『鞄の中にあるぬいぐるみ、出して』

思い当たる節がなく、首をかしげながら探すと、
友人からもらったぬいぐるみストラップが見つかった。

『それ、こっちで処分するから送って』

理由も言わず、姉は電話を切った。

私はその通りにした。
姉がそう言うときは、必ず“何か”があるから。

それから数日後、彼氏の浮気が発覚した。

相手は――そのストラップをくれた友人だった。

怒りと絶望でしばらく泣いた。
でも同時に、姉があの時“何を見たのか”が気になって仕方なかった。

姉は今も多くを語らない。
けれど、私が眠れるようになった夜から、
確かに何かが変わった気がする。

あの人形の微笑みは、今日もどこか、姉の面影に似ている。

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