
祖父が亡くなったのは、一月の末だった。
翌年の同じ月、一周忌を済ませるために、私は一人で岡山県北部の山間にある祖父の実家へ向かった。
法事そのものは集落近くの古い寺で午前中に終わり、親族が揃って昼食をとった後、皆それぞれの場所へ帰っていった。
私だけが残ることにしていた。
理由は家の片付けだった。
祖父は晩年ひとり暮らしをしており、入院してからはほぼ手つかずのままになっていた荷物が、家の中に相当な量あった。
一週間もあれば、少なくとも手のつけられる状態にはできるだろうと思っていた。
※
祖父の家は、集落の中でも奥まったところにある。
茅葺きの屋根はいつの時代かにトタンで覆われ、縁側の床板は踏むたびに軽く沈む。
囲炉裏はまだ残っていたが、祖父が入院する前からもう使われていなかったと聞いていた。
台所の横には薪が積まれていた。
誰かが定期的に手入れしていたらしく、外側は少し湿っていたが、中の方は乾いていた。
最寄りのコンビニまで車で三十分、スーパーは四十分の場所にある。
近所に住んでいる人間は、両手で数えられるほどしかいない。
子どもの頃は毎夏来ていたが、就職してからはめっきり足が遠のき、今回は五年ぶりになっていた。
荷物を降ろして部屋の電気をつけたとき、家の中がひどく静かなことに気づいた。
人が長く住んでいない家には、独特の気配がある。
音を吸い込んだような、空気が淀んでいるような感じだった。
夜になっても外からはほとんど音がしなかった。
山の集落の夜というものは、静かというより、何かが抜け落ちたような静けさがある。
そのことを、東京で暮らすうちにすっかり忘れていた。
※
到着した翌日の夕方のことだった。
荷物の整理をしていると、玄関先に人の気配がして戸を開けると、西村さんが立っていた。
八十代の老人で、祖父と長年懇意にしていたと法事のときに紹介された方だった。
法事には体の具合が悪くて出られなかったと聞いていたが、顔だけは覚えていた。
「遠いところご苦労さんです。少しよろしいですか」
居間に通し、お茶を出した。
西村さんはしばらく、祖父のことを話した。
どこかの山で道に迷いかけた話、農機具の貸し借りのこと、晩年よく縁側で二人して酒を飲んでいたこと。
私には知らない話ばかりだった。
聞きながら、自分がここを長く離れていたことを改めて感じた。
「口下手だったけど、なんでも自分でやる人でしたよ。あの人がいなくなって、集落が静かになった気がします」
西村さんはそう言って、湯呑みを両手で持った。
それから、少しの間があった。
外が暗くなり始めた頃、帰り際に靴を履きながら、西村さんはこう言った。
「今年の火番は、あなたにお願いしたいのですが」
聞き返すと、「夜に火を絶やさないようにするだけでいい。今月の末の三日間、朝の五時まで」と言われた。
何のための火なのか、何を防ぐためのものなのかは、説明されなかった。
「詳しいことは、その日になればわかります」
そう言って西村さんは帰っていった。
私は断れなかった。
なぜ断れなかったのか、今でもうまく説明できない。
断る言葉が自然と浮かんでこなかった、というのが一番近い。
※
それから数日間は、特に変わったことはなかった。
日中は荷物の整理を続け、夜は早めに寝た。
子どもの頃に遊んだ道具や、祖父が使っていた農具がいくつも出てきた。
捨てるべきものと残すべきものを分けながら、判断に迷うものがいくつもあって、作業は思ったより進まなかった。
翌日、日中に西村さんの家の前を通りかかると、玄関になにかの束が下げてあった。
藁のようでもあり、細い枝を束ねたもののようでもあった。
集落の他の家にも、同じようなものが下げてあるのに気づいた。
誰かに聞く気にはなれなかった。
※
荷物の整理をしながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。
毎夏この集落に来るたびに、祖父は夜になると縁側で外をじっと見ていた。
何を見ているのかと聞いたことがある。
「見ているんじゃない。聞いているんだ」と言われた。
何を聞いているのかは、教えてくれなかった。
子どもだった私は、そのままそれを忘れてしまっていた。
今になって思い返すと、あの時の祖父の顔が、今の自分の顔に少し似ているような気がした。
書棚の奥から、古い手帳が出てきたのも、その頃だった。
日付と数字が書き並んであるだけで、文章はほとんどなかった。
ただ一ページだけ、「火番のこと、西村さんへ」という走り書きがあった。
その続きには、何も書かれていなかった。
手帳はそのまま棚に戻した。
読む気にはなれなかった。
一月の末が近づいた夕方、西村さんから電話があった。
「明晩から三日間です。囲炉裏に火を入れて、朝五時まで絶やさないようにしてください。外には出ないように。窓の内側から見るのは構いません」
それだけ言って、電話が切れた。
「外には出ないように」という言葉だけが、その夜、ずっと頭の中に残っていた。
理由を考えようとしたが、考えれば考えるほど、うまく結論が出なかった。
※
最初の夜。
囲炉裏に火を入れたのは夜の十時頃だった。
台所の横に積まれていた松の薪を使った。乾いた薪で、よく燃えた。
青い炎が少し上がってから、やがて赤く安定した火になった。
囲炉裏の前に薪をもう一本入れ、茶を一杯飲んだ。特に何かをするでもなく、ただそこにいた。
一人で囲炉裏の前に座っていると、家の外が静かすぎることに気づいた。
風の音もなく、獣の鳴き声もなく、木が揺れる気配すらなかった。
完全に静止しているような夜だった。
薪がはぜる音だけが、ときどき大きく響いた。
火を見ていると、時間の感覚が少しずつ溶けていくような気がした。
気がつくと、日付が変わっていた。
そのとき、何気なく縁側の方を見ると、障子の向こうに光があるような気がした。
立ち上がり、障子を細く開けて外を見ると、向かいの家の窓に灯りがついていた。
集落の中で見える家は、全部で六軒ある。
その全部の窓に、灯りがついていた。
こんな夜中に。
全員が起きている。
窓の向こうに人影は見えなかった。
ただ、どの窓も、同じ明るさで光っていた。
障子を閉め、囲炉裏の前に戻った。
※
午前二時を回った頃だった。
縁側の障子をもう一度、少しだけ開けて外を覗いた。
月明かりがあって、思ったよりも明るかった。
田んぼの畦道が、白く浮かんでいた。
その畦道を、何かが歩いていた。
人のような形をしていた。
ただ、高さが変だった。
立っているとすれば、二メートルは超えているような大きさだった。
それが、音もなく、ゆっくりと歩いていた。
私は動けなかった。
走るでもなく、ふらつくでもなく、ただ一定の速さで歩いていた。
山の暗がりの方へ向かっていた。
一分も経たないうちに、その形は山の中へ消えた。
しばらくの間、私はその場から動けなかった。
畦道には何も残っていなかった。
障子を閉め、囲炉裏の前に戻った。
火はまだ燃えていた。
集落の家の窓は、まだ全部明るかった。
私はそのまま、薪を足しながら、朝まで囲炉裏の前に座り続けた。
子どもの頃、祖父が縁側で外を見ていた理由が、ようやくわかったような気がした。
※
朝の五時になると、集落の家の灯りが一斉に消えた。
消えるのは、ほぼ同時だった。
示し合わせたような消え方だった。
囲炉裏の火はまだ燃えていたが、私は火を落とし、布団に入った。
眠れるだろうかと思ったが、すぐに眠れた。
何かが夢に出たかどうかは、覚えていない。
※
二日目の夜も、同じだった。
日付が変わると、集落の家の窓は一斉に明るくなった。
昨日と同じタイミングで、昨日と同じ明るさで。
午前二時頃、縁側から外を見ると、今度は二つの形が畦道を歩いていた。
どちらも昨日と同じような大きさで、少し間を空けて、並んで歩いていた。
一列ではなく、二つ並んで。
最初は同じ速さで歩いていたが、しばらくして後ろの方がわずかに遅くなったように見えた。
それでも、どちらも山の暗がりに消えた。
私はそのまま、朝の五時まで囲炉裏の前に座っていた。
五時になると、六軒の灯りが一斉に消えた。
昨日と、全く同じだった。
※
三日目の夜は、縁側の方を向かないようにした。
囲炉裏の前に座ったまま、外の様子を確認しなかった。
なぜそうしたのかは、自分でもよくわからない。
ただ、その夜は見ない方がいいような気がした。
午前二時頃、畦道の方から何かが動いているような気配だけは感じた。
どのくらいの数があったのかは、わからなかった。
縁側には近づかなかった。
その夜だけ、薪をいつもより多く使った。
朝の五時になったとき、外の灯りが消えるのを気配で感じた。
家の中が、少し静かになったような感じがした。
正確には、何かが離れていったような感じだったかもしれない。
※
三日目の朝、西村さんが来た。
「ご苦労さんでした」
縁側でそう言われ、私は「あれは何だったんですか」と聞いた。
西村さんはしばらく黙っていた。
「火があれば、集落には入りません。それだけです」
「入れないんですか。それとも、入らないんですか」
そう尋ねると、西村さんは少し考えるような間を置いてから言った。
「入らないんでしょうね」
どちらともとれる言い方だった。
それ以上は、何も答えてくれなかった。
西村さんは山の方を少し見て、それから縁側の方へ向き直った。
帰り際、靴を履き終えた西村さんが振り返って言った。
「火番は引き継ぎですから。来年もよろしくお願いします」
私は返事ができなかった。
※
帰路に着く前、縁側に立って集落を一度見渡した。
どの家も、普段と変わらない朝の静けさだった。
帰りの車の中で、ふと気づいたことがあった。
あの畦道を通ったものが、三日間で合計六つだったような気がした。
集落にある家の数と、同じだけ。
今も、あれが何だったのかはわからない。
翌年の一月、西村さんから封書が届いた。
「今年もお願いします」とだけ書かれていた。
差出人の住所はあったが、電話番号は書かれていなかった。
私はその封書を、まだ封を開けていない状態で、祖父の家に置いてきた。