タグ: 実話

黒い背広と赤茶けた背広

小学二年の九月、留守番の家で泣いていた私のもとへ、一度も来たことのない叔父が二人だけ訪ねてきました。その日、二人は町役場から一歩も出ていなかったといいます。福岡…

体育館の脇で会った子犬

小学五年生の初冬、スクールバスの停留所で動かなくなった子犬を見つけました。校庭の土はどこも固く、掘れたのは体育館の脇だけでした。その日の夕方、同じ模様の子犬が畑…

ポラロイドに写った目

幽霊はいない、とAは言いました。光を反射する物体がなければ何も見えないからです。その理屈を確かめに、廃業した山あいの診療所へ入り、ポラロイドで三枚だけ撮りました…

佐々間のおばちゃん

共働きの両親に代わって俺の世話をしてくれた『佐々間のおばちゃん』。ある日、寝たきりのはずの婆ちゃんが俺を二階に隠し、おばちゃんは日が暮れるまで三度うちを訪ねて来…

深夜の掲示板に来た人

二〇〇二年の冬、金沢の下宿から繋いだ深夜の掲示板に、二〇四五年から来たと名乗る人がいました。その人が書くのは、駅前の時計が三分遅れるといった小さなことばかりです…

お化け煙突

盆地の独身寮に転勤してきた同僚は、窓から煙突が見えると言って四週間ごとに部屋を替えていました。彼の郷里に残る煉瓦の煙突と、その根元に縦に彫られていた名前の列。二…

笑い袋

下関の坂の駄菓子屋の二階から、古い笑い袋が出てきました。中の機械には電池が一本も入っていないのに、階段の下から低い笑い声が聞こえてきたのです。必ず笑い返さねばな…

存在しない駅

会津の谷を走る夜の列車で目を覚ますと、駅名標のない板だけのホームに停まっていました。翌朝、定期券には、この線のどこにも存在しない形の鋏の痕がもう一つだけ増えてい…

二階の電気を点けた人

秦野の丘の分譲地で、私はあの家の二階の電気を一度も点けませんでした。八月の蒸し暑い夜、階下で玄関の鍵が回る音がします。忍び足で階段をのぼってくる気配から、私は屋…

降りなければ

紀伊の山奥の集落へ向かう昼のバス。子どもがぐずったので途中の停留所で降り、定食屋に入った十分後、テレビはそのバスの事故を報じました。妻がこぼした一言の本当の意味…

ベビーカー

昭和五十四年の秋、人形の町の川沿いで、乳母車を数珠つなぎに引く男とすれ違いました。布の下にあったのは、雛壇には決して飾られない顔。拾ったものに名をつけてはいけな…

白いクーペと埋まった道

四万八千円の白いクーペは、売れるたびに十日ほどで店へ戻ってきました。走行距離は戻るたび減り、助手席のベルトだけが人ひとりぶん伸びている。前の持ち主は全員、土砂に…

本当に生きてる子どもなの?

毎年六月の平日の午後にだけ、部屋の固定電話が鳴っていました。受話器から聞こえるのは「ママ?」という一言だけです。四年目に私が返してしまったたった一つの質問が、い…