タグ: 不思議な話

ベビーカー

昭和五十四年の秋、人形の町の川沿いで、乳母車を数珠つなぎに引く男とすれ違いました。布の下にあったのは、雛壇には決して飾られない顔。拾ったものに名をつけてはいけな…

世界の縮図

平成五年、山梨の小さな町。深夜の空白の枠に、名前のない番組が映った。画面の中の公園は、なぜか私の町とそっくりで、消灯の順番まで同じだった。最終週、動かないはずの…

白いクーペと埋まった道

四万八千円の白いクーペは、売れるたびに十日ほどで店へ戻ってきました。走行距離は戻るたび減り、助手席のベルトだけが人ひとりぶん伸びている。前の持ち主は全員、土砂に…

手に訊け

図面を見ずに時計を直してしまう祖父は、締める順序だけを帳面に書き残しませんでした。順は手に訊け、というその一行の本当の意味を知ったとき、盛岡の塔時計をめぐる四十…

銘のない竿

琵琶湖のほとりの古い秤屋には、秤は必ず二本で一組という決まりがありました。控え帳は百年ぶん一本だけ多く、梁の奥には目盛りのない竿が掛かっています。対岸にあったと…

一度だけ明るくなった山

宮崎の山奥の集落で炭を焼く祖父は、窯の口を塗る土に必ず唾を落としました。木が一本も生えない丸い場所、鍬が入らないのに指では崩れる黒い層、叩くと鐘のように鳴るのに…

壺、三

但馬の鉱山の旧坑から出た、用途の分からない素焼きの壺。夜だけ振れる電位計、毎週坑口に落ちている金色の板、そして日報といつも一つだけ合わない人数。台帳に残した三と…

拵えた者

昭和五十八年の秋、八溝の山あいの集落で、数の合わない彫刻石が見つかりました。誰も見ていない日にだけ増え、絵はしだいに新しくなり、やがて建ったばかりの建物が現れま…

繋ぎ目

紀伊の山あいの集落では家の戸をみな同じ形に作り、閉めるたびに数える習わしがありました。中学二年の朝、私は開けたはずの引き戸から玄関へ出てしまい、怖くなって一度閉…

インターホン

鍵をかけない田舎の家で、機械のように規則正しく鳴り続けるインターホン。祖母とそっと覗いた玄関の先に立っていたものとは何だったのか。招かれぬかぎり入れない来客の正…

プレゼント

霧ヶ沼の人は、ものを渡すとき決して「あげる」と言いません。期限を言わない贈り物は沼のものになるからです。図書室で仲良くなったあの子が遺した三行のノートを、私は期…

本当に生きてる子どもなの?

毎年六月の平日の午後にだけ、部屋の固定電話が鳴っていました。受話器から聞こえるのは「ママ?」という一言だけです。四年目に私が返してしまったたった一つの質問が、い…

聖ヨゼフの階段

四国山地の集落に残る農村舞台に、支柱も鉄の釘も使わない十三段の箱階段がありました。材木の記録も大工の名も帳面にありません。手間賃を受け取らなかった職人に名を訊い…

聖徳太子の地球儀

熊野灘に面した集落の蔵に、夕方だけ湿る白い球が置かれていました。表面に浮かぶ入り江は日ごとに増え、地籍の控えには消えたはずの字名が一行だけ残っています。決して濡…

置いていった音

丹波の谷の朝は、鳴るはずのない六時の鐘で始まった。鐘楼の鐘は昭和19年に供出されたのに、先代住職が空を撞くと谷いっぱいに音が響く。霜の丸い融け跡、受領印のない台…

仮面の男

十七で入った山陰の温泉宿には、十九年も離れに逗留する客がいました。障子は開けない、開いていたら閉めずに下がる、顔を見たらその日のうちに宿を出る。この三つの決まり…

カスパー・ハウザー

昭和四十年、山あいの製材の町の終点のバス停に、素性の知れない色白の若者が現れました。暗がりで目が利き、どの階段でも必ず十三段目で止まる人でした。カスパー・ハウザ…

代わりの木

津軽のりんご園には、枯れた木の代わりを決めておく習わしがあります。祖父が三十年、南のはずれの一本だけ袋を掛けなかった理由と、新しいはずの剪定鋏の柄に残る二つの握…

継ぎ帳

祖父の四十九日を終え、私は開けてはならぬと言われた蔵を片づけに戻りました。奥にあった古い帳面には、村に起きた出来事が、なぜか先に書かれていたのです。開いた者が次…