雨の日だけ挟まる赤い洗濯ばさみ
静岡・牧之原の茶の集落では、留守番の日に雨が降ると必ず呼び鈴が鳴り、苗字を呼ぶ声だけが聞こえました。二十年後にずぶ濡れのおばさんが姿を見せた理由と、郵便受けに挟…
静岡・牧之原の茶の集落では、留守番の日に雨が降ると必ず呼び鈴が鳴り、苗字を呼ぶ声だけが聞こえました。二十年後にずぶ濡れのおばさんが姿を見せた理由と、郵便受けに挟…
北海道・室蘭の古い病院で左手首を手術した夜、赤いパジャマの女の子が痛む腕を撫でてくれました。けれど、その病院の小児科は三年前になくなっています。四階の突き当たり…
小学二年の九月、留守番の家で泣いていた私のもとへ、一度も来たことのない叔父が二人だけ訪ねてきました。その日、二人は町役場から一歩も出ていなかったといいます。福岡…
小学五年生の初冬、スクールバスの停留所で動かなくなった子犬を見つけました。校庭の土はどこも固く、掘れたのは体育館の脇だけでした。その日の夕方、同じ模様の子犬が畑…
石川・七尾の一本杉通りの福引所には、パイプ椅子が一脚だけ開いたまま置いてあります。木の箱に手を入れた孫の耳元で「それだっ」と怒鳴った祖父の声と、六等の日本酒の裏…
大晦日の深夜、街道筋の古い家の二階の壁に、白い衣の女がヤモリのように貼り付いていました。真下で聞こえたのは「お前で終わりだ」という声。玄関の柱の木札が一枚しかな…
柵も看板もない森に、白い紙の帯だけが渡してあります。不良も肝試しの連中も近づかないのに、その紙はいつも新しい。行き場をなくした中学生がそこをくぐった翌週、町の全…
山あいの村で祟りの噂が立ち、寄り合いで生贄という言葉が出ました。その数日後、庄屋の娘が布団に温もりを残したまま消えます。雨戸は閉まり、山にしかない木の葉が一枚だ…
小学四年の夏、共働きの家で留守番をしていると、知らないお爺さんが居間に座って、勝手に麦茶を飲んでいました。帰ったあとに残るのは、卓袱台の水の輪がひとつだけです。…
十年近く前、深夜の幹線道路を歩いて帰った夜のことです。バス停ごとの電話ボックスで、受話器はいつも電話機の上に置かれていました。かすかな香水の匂いと、返却口に戻っ…
母が勤めていた会計事務所では、窓の下の雪だけが毎朝きれいに踏み固められていました。誰がやっているのか、所員の誰も知りません。山へ入ったきり戻らなかったおじいさん…
隣の家の門柱には、庇の下だけ雨のかからない場所があり、そこに青いチョークの丸が三つ残っていました。その子がいなくなった翌年から、丸は毎年ひとつずつ増えました。十…
宮上荘では、清掃のカートを廊下の曲がり角の内側に停める決まりでした。理由は誰も言いません。深夜の三階で角が一つ足りなくなり、異世界に迷い込んだのかと思った私に、…
新潟の雪深い集落には、隣り合う家の押入れの奥に板戸を切っておく決まりがありました。戸は二度叩き、返事があってから開ける。誕生日の写真に写り込んだ青白い女の顔を拝…
帰り道にある新築の家。二階のベランダで家族全員が別々の方向を向いて体育座りをしていました。屋根に小石を投げた瞬間、六人と犬がいっせいに正座に変わる。門柱にシーサ…
田んぼの真ん中にある水神様の祠は、子どもが近づいてはいけない場所でした。夏の晩に幼馴染と入り込むと、空の色が変わり、生い茂っていたはずの草が一本もなくなっていた…
夜勤で内科外来へ紙の記録を取りに行くと、入ったときには無かったはずの白いラベルのカルテが床に落ちていました。うちの病院で白はどの区分にも使われていない色です。棚…
島根の山あいの奥垣内では、神社の鳥居の前だけは遊んではいけないと決まっていました。だるまさんがころんだの三回目、振り返ると列のいちばん後ろにいた子が消えている。…
古い民宿の共同便所で、真夜中に閉じ込められました。戸の向こうで誰かがぼそぼそと呟き、これは聞いてはいけないと直感しました。廊下の三枚の板だけが張り替えられていて…
小樽の坂の途中の細い路地で、背の高い女の人に道を訊かれました。その人が口にしたのは、当時私が住んでいたアパートの住所でした。部屋番号まで合っていたのです。知りま…