一度だけ明るくなった山

一度だけ明るくなった山

祖父は、窯の口を塗り込める前に、必ず土に唾を落として、指で練った。

一度だけではない。

何度も落とす。

練った土を掌に取って、窯の口に押しつける。

私はそれを、年寄りの癖だと思っていた。

「じいちゃん、汚いが」

「汚いか」

祖父はそう言って、笑いもせずに次の土を練った。

※

母の実家は、宮崎の山の奥にあった。

杉ヶ内という集落である。

バスは麓の町までしか来ない。

そこから、沢に沿った道を一時間半ほど上がる。

道は途中で二度、川を渡る。

渡ると、空が細くなる。

家は七軒だけだった。

どの家も、斜面に石を積んで、その上に建っていた。

畑は家の上手にあって、傾いていた。

祖父の家は、炭を焼いていた。

焼畑もやっていたが、私が知っている頃には、もう蕎麦を少し作るくらいだった。

炭は、山の中に窯を築いて焼く。

石と土で伏せた、小さな家のような形の窯である。

祖父の山には、窯が三つあった。

上の窯、中の窯、川に近い下の窯。

焼くのは、たいてい中の窯だった。

※

私が手伝いに行ったのは、昭和五十四年の夏である。

大学の一年で、暇だけがあった。

父の転勤で私は町の子として育ったので、山の仕事は何も知らなかった。

駅から乗った鈍行の窓に、青い山が重なって見えた。

あの山の一枚一枚に人が入っていることが、当時の私には想像できなかった。

祖父はその年、七十四だった。

背は私より低いのに、木を担ぐと私の倍運んだ。

手のひらが、木の皮のようになっていた。

祖母のハツエさんは、朝から晩まで台所にいた。

味噌汁に、山椒の葉を一枚落とすのが癖だった。

あの匂いは、いまでも思い出せる。

※

杉ヶ内の一日は、水の音で始まった。

家の裏を、細い沢が落ちている。

その音が、朝は近く、夕方は遠く聞こえた。

祖母は、それで天気を読んでいた。

「今日は音が近いけ、降るじゃろ」

実際、たいてい降った。

風呂は五右衛門で、焚き口に石を積んでいた。

焚くのは、炭にならない端木である。

私は最初の三日、風呂を沸かすのに二時間かけた。

祖父は四十分で沸かした。

「木は、寝かせて置くもんじゃ」

立てて入れると、上だけ燃えるのだという。

寝かせて、下から空気を通す。

言われてやってみたら、一時間で沸いた。

あの山では、教わることの八割が「向き」の話だった。

木の向き、風の向き、口の向き。

理由は、たいてい付いてこない。

それでも、やってみると当たっている。

私は少しずつ、疑うのをやめていった。

疑うのをやめたことが、あの夏のいちばんの失敗だった。

※

炭焼きの手順を、覚えている限り書く。

まず、木を窯に立てる。

太いものを奥に、細いものを口の側に。

隙間があると、そこだけ早く焼ける。

だから、拳が入る隙間を残さない。

立て終わると、口を残して土で塞ぐ。

それから火をつける。

最初の煙は、白くて重い。

水が抜けている煙だという。

半日ほどで、煙が青みを帯びる。

そうなったら、口を塗り込める。

「これで、中に置いてくるんじゃ」

祖父はそう言った。

置いてくる、という言い方をした。

閉じるとも、塞ぐとも言わなかった。

※

塗り込めた口は、開けない。

それが、この家のいちばん固い決まりだった。

「見たら、どうなると」

「次の窯が焼けん」

「なんで」

祖父は答えなかった。

答えないときは、本当に答えを持っていないのだと、あとで分かった。

作法は伝わっていて、理由だけが伝わっていない。

山では、そういうことが多いらしい。

もう一つ、灰の決まりがあった。

窯出しのあとの灰は、必ず前の年の灰の上に返す。

畑に撒いてもいけない。

捨ててもいけない。

同じ場所に、上へ上へと重ねていく。

祖父の家の灰の山は、私の腰より高かった。

※

山に入って三日目に、私はあの場所を見た。

中の窯から、尾根を回って十分ほど上がったところである。

急に、木がなくなる。

そこだけ、丸く開けていた。

広さは、教室ひとつ分くらいだった。

草は生えている。

背の低い、細い草だけである。

木は、一本もない。

周りは杉と椎の林で、日も水もある。

それなのに、その丸のなかにだけ木がなかった。

「明り場じゃ」

あとから来た祖父が、そう呼んだ。

「あかりば」

「あすこは、昔いっぺん、山が明るうなったところと」

それだけ言って、祖父は先に歩いた。

※

最初の違和感は、音だった。

窯に火が入って二日目の夜である。

私は祖父と交代で、窯の番をしていた。

番小屋は、窯から十歩ほど離れたところにある。

焼けている窯からは、音がする。

木が割れる音だ。

ぱん、ぱん、と間をおいて鳴る。

あの夜、それとは違う音が混じった。

乾いていて、高い。

石と石を軽く打ち合わせるような音だった。

三度鳴って、止まった。

翌朝、祖父に言った。

祖父は、煙の色を見ながら答えた。

「石が入っとったんじゃろ」

木を立てるときに、石が紛れることはあるらしい。

筋は通っていた。

ただ、窯出しのとき、石は出てこなかった。

石は出なかったが、窯の壁に傷が一つあった。

内側の、口から見て左の壁である。

上から下へ、細く抜けた傷だった。

石が当たってできる傷は、点になる。

あれは、線だった。

祖父はそれを見て、指で撫でて、何も言わなかった。

次の日、その傷の上に土を塗っていた。

塗るとき、やはり唾を落としていた。

※

次は、匂いだった。

夕立のあとである。

山は、雨が上がると匂いが立つ。

土と、葉と、樹皮の匂いだ。

その日は、そこに焦げた匂いが混じった。

炭の匂いではない。

木が焦げた匂いとも違う。

石を焼いた匂いだった。

風呂の焚き口の石が、熱くなったときの匂いに近い。

匂いは、明り場の方から来ていた。

私は登ってみた。

丸の中に入ると、匂いは消えた。

外に出ると、また匂った。

それを祖母に言うと、山椒の葉を刻む手を止めた。

「あすこの匂いは、雨のあとだけと」

知っていたのだ。

「じいちゃんは、あの匂いのする日は山に入らんかった」

入らないという決まりは、聞いていなかった。

それを訊いたら、祖母はこう言った。

「決まりにすると、破る者が出る」

「じゃけ、言わんとよ」

この家には、口に出さない決まりがいくつもあった。

私は、そのうちのいくつを破ったのだろうと、いまでも思う。

※

四日目に、私は明り場の土を掘った。

祖父には言わなかった。

言えば止められると思った。

鍬を入れると、五寸ほどで硬いものに当たった。

岩ではない。

平らに広がっていた。

鍬の先で削ると、黒い層が出た。

厚さは、指の関節ひとつ分くらいである。

艶があって、割れ口が貝殻のように光った。

硝子に似ていた。

拾ってみたら、軽い。

見た目の重さの半分もなかった。

鍬では割れないのに、指で押すと、端がぼろりと崩れた。

崩れたところが、白い粉になった。

粉は、指の腹で伸ばすと油のように光った。

水で流しても、しばらく指に残った。

匂いはない。

味は、確かめなかった。

確かめようとして、口の近くまで持っていったのは覚えている。

風が来て、やめた。

あの風は、林のほうからではなく、丸の中から吹いた。

草が、内から外へ倒れた。

それだけのことだが、私は鍬を置いて下りた。

※

その晩、祖母がこう言った。

「あすこ、掘ったろう」

手を見たのだそうだ。

白い粉が、爪の際に入っていた。

「掘ってはいかんとは、誰も言わん」

「言わんけど、掘った者は、その年に何かある」

何があるのかは、教えてくれなかった。

祖父は、その話のあいだ、一度も顔を上げなかった。

味噌汁を飲み終わって、器を置いてから、こう言った。

「明日、那須さんに聞いてこい」

※

那須さんは、集落でいちばん年上の人だった。

九十を越えていたと思う。

耳は遠いのに、目はよく見えていた。

縁側で、竹の皮を剝いていた。

私が黒い層のことを言うと、那須さんは手を止めた。

「あれは、鍬が入らんくせに、指では崩れるじゃろ」

そうです、と答えた。

那須さんは、剝いた竹の皮を三枚、重ねて置いた。

「あんた、いくつになると」

十九です、と答えた。

「わしがあれを掘ったんは、十七のときじゃ」

「爺さんに、ひどう叱られた」

何と言われましたか、と訊いた。

那須さんは、笑わずにこう言った。

「掘るんはええ。埋め戻せ、と言われた」

私は、埋め戻していなかった。

その日のうちに山へ上がって、鍬で土を戻した。

戻したあとの土は、周りより少し高くなった。

翌朝行くと、平らになっていた。

「わしの祖父さんも、同じことを言うとった」

那須さんは、竹の皮を膝に置いた。

「あすこは、いっぺんだけ、夜が昼になったところと」

いつの話ですか、と私は訊いた。

「分からん」

「わしの祖父さんの、祖父さんも、もう分からんと言うとった」

※

それから、那須さんは唾のことを話した。

私が祖父の癖を笑ったことを、どこかで聞いていたらしい。

「あんた、あれを汚いと言うたろう」

はい、と答えた。

「唾を混ぜるんは、こっちの人間が塗ったという印じゃ」

「誰が塗ったか分からん口は、内から開く」

内から、と私は繰り返した。

那須さんは、それには答えずに竹に戻った。

戻りながら、もう一つ言った。

「明り場の縁の木で焼いた炭はな、火が付かん」

「叩くと、ええ音がするんじゃ。鐘みたいな」

「じゃが、火が付かん」

それは本当だった。

あとで私は、それを自分の手で確かめる。

※

八月の終わりに、二つ目の窯を焼くことになった。

中の窯ではなく、上の窯である。

上の窯は、明り場のすぐ下にあった。

祖父が腰を痛めていたので、木を立てるのは私と、叔父の隆志さんがやった。

隆志さんは町で働いていて、盆に帰ってきたついでに手伝っていた。

火を入れたのは、朝の五時である。

煙が青くなったのは、夕方の四時過ぎだった。

口を塗る段になって、隆志さんが時間を気にした。

最終のバスに乗るという。

「おい、早う塗れ」

私は土を練った。

急いでいた。

水を汲みに沢へ下りるのが面倒で、腰の水筒の水を使った。

唾は、落とさなかった。

落とさなかったことに、そのときは何も感じなかった。

塗り終わって、掌で押さえて、平らにした。

隆志さんは、それを見て「上手いもんじゃ」と言った。

※

窯出しは、六日後だった。

私はもう帰る日が近かったので、それを見て帰るつもりでいた。

祖父と二人で、上の窯へ上がった。

口を崩したとき、祖父の手が止まった。

中の木が、炭になっていなかった。

焼けてもいない。

生木の色のまま、立っていた。

六日、火が入っていたのに、木が焼けていなかった。

かわりに、窯の底に、黒い層があった。

艶があって、割れ口が貝殻のように光っていた。

明り場の土から出たものと、同じだった。

※

祖父は、しばらく何も言わなかった。

それから、崩した口の土を拾い上げた。

私が押さえて平らにした、あの面である。

表には、私の掌の跡が残っていた。

裏を返して、祖父は私に見せた。

親指の跡が、一つあった。

私のものではない。

私は、裏側を押していない。

その指の跡は、内側から押されたものだった。

※

祖父は、その土を持って山を下りた。

灰の山のところへ行って、いちばん上に置いた。

それから、上の窯には二度と火を入れなかった。

帰る日の朝、祖父は私に一つだけ言った。

「唾を落とさんかったな」

はい、と答えた。

「わしも、いっぺんやった」

それだけだった。

何年ですか、とは訊けなかった。

※

訊かなくても、あとで分かった。

祖父の家には、炭の出荷を書いた帳面が残っていた。

何俵出したかを、年ごとに縦に書いてある。

その帳面の一年だけ、俵の数の横に「不出来」と書いてあった。

昭和二十七年である。

祖父が二十七の年ではない。

祖父が、父から山を継いだ翌年だった。

那須さんに、その年のことを訊いた。

那須さんは、少し考えてから言った。

「あの年か」

「あの年は、明り場に、木が一本生えたと」

秋に芽が出て、冬に枯れたのだそうだ。

それから二十七年、一本も生えていない。

私は、そのあと一つだけ計算をした。

祖父が唾を落とさなかった年に、明り場に木が生えた。

生えて、その冬に枯れた。

私が唾を落とさなかった年には、木は生えていない。

代わりに、窯の底に層ができた。

生えるか、層ができるか。

どちらかなのだと思う。

どちらのほうがましなのかは、分からない。

祖父に訊けばよかったと、いまになって思う。

※

私は明り場の縁の木で、炭を焼いてみたことがある。

帰る前の日、小さな窯で少しだけ焼いた。

できた炭は、黒くて、軽くて、きれいだった。

叩くと、澄んだ音がした。

那須さんの言ったとおり、鐘のような音だった。

火鉢に入れて、火をつけた。

つかなかった。

三十分やって、つかなかった。

炭は、冷たいままだった。

あれを、私はいまも一本だけ持っている。

机の抽斗に入れてある。

十年に一度くらい、叩いてみる。

叩く前に、いつも少し迷う。

音が変わっていたら、と思うからだ。

変わっていなかったことに、毎回、安心する。

安心してから、なぜ安心したのかが分からなくなる。

音は、変わらない。

※

後年、私は雑誌で、遠い昔に一度だけ地上が明るくなったことがあるという説を読んだ。

証拠として挙げられていたのは、溶けて固まった砂の層だった。

学者はまともに取り合っていない、とも書いてあった。

私は、その記事を切って取っておいた。

取っておいたが、誰にも見せていない。

見せて、山の話をする気にならないのだ。

あの丸い場所に立ったことがある人間には、説はいらない。

立てば、分かる。

あそこは、木が生えたくないのではない。

生えることを、まだ許されていない。

※

祖父は、私が二十五の年に山を下りた。

最後の窯を焼いた日、口を塗る土に唾を落としているのを、私は見ていた。

何度も落としていた。

あの人の年になっても、まだ足りないと思っていたのだと思う。

いま、私は五十を過ぎた。

山は隆志さんの子が持っている。

炭は、もう焼いていない。

それでも、私は年に一度、あの山へ帰る。

中の窯の口を、塗り直すためである。

焼いていない窯だが、口が崩れると、風が通る。

風が通るのは、よくないと聞いている。

塗るときは、必ず唾を落とす。

何度も落とす。

汚いか、と自分に訊く癖がついた。

※

明り場は、いまも丸く開いている。

去年の冬、雪の翌朝に上がってみた。

周りの林には、霜が降りていた。

丸の中だけ、降りていなかった。

手を土につけると、温かった。

体温よりは低い。

それでも、二月の土の温度ではない。

私は手を離して、帰ってきた。

帰りの車の中で、掌の匂いを嗅いだ。

焦げた石の匂いがした。

雨は、降っていなかった。

掘るのは、もうやめている。

あの層の下に何があるのかは、知らないままでいたい。

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