プレゼント

霧ヶ沼の人は、ものを人に渡すとき、決して「あげる」と言わない。

飴玉ひとつでも「貸しとくね」と言う。

私がそれを不思議に思わなくなったのは、あの町に越して三年目のことだった。

いま思えば、慣れてしまったのが間違いだった。

父の転勤で、私が霧ヶ沼へ移ったのは中学一年の春だ。

盆地の底に沼があって、町はその縁に沿って細長く伸びている。

冬になると沼が凍る。

凍った氷が夜中に鳴く。

ぎい、と低く、遠くで木が裂けるような音がする。

町の人はその音を「沼が数えとる」と言った。

何を数えているのかは、誰も説明しなかった。

私は本ばかり読む子どもで、友達はいなかった。

いじめられはしなかった。

勉強だけはできたので、誰も私に関わらなかった、というほうが正しい。

図書委員になったのは、休み時間に行く場所が必要だったからだ。

霧ヶ沼の冬は長い。

十一月の末に初雪が来て、四月まで根雪が残る。

沼が完全に凍るのは一月の半ばだ。

凍ると、町の人は沼を渡らなくなる。

氷が厚いから渡れるはずなのに、渡らない。

「渡ったら、数え直しになるけん」と、豆腐屋のおばさんが言った。

「数え直しって、何をですか」

「そんなん、わたしに聞かれても」

おばさんは笑って、揚げをおまけに一枚くれた。

そのときも、こう言った。

「これ、今日じゅうに食べる分だけ貸しとくね」

私の母は、その言い方を最後まで気味悪がっていた。

「ものをやるのに、いちいち期限つけんでもねえ」

母は霧ヶ沼で四年暮らして、一度もその言い方を覚えなかった。

覚えなかった母が、この話のあいだ、何ひとつ起きなかった人だ。

二年生の秋に、転校生が来た。

朋(とも)ちゃんという子で、体が弱くて、空気のいい土地で暮らすために親戚の家へ来たのだと聞いた。

色が白くて、笑うと目が細くなる子だった。

体育はほとんど見学だったから、その時間はいつも図書室にいた。

私は図書委員で、その時間は図書当番だった。

それだけの理由で、私たちはよく話すようになった。

朋ちゃんは、本を読むのが遅かった。

一冊を三週間かけて読む。

返却日を過ぎることがしょっちゅうあった。

「延長するね」

「またあ?」

「またです」

私が貸出カードに新しい期限を書き足すと、朋ちゃんは必ずそれを覗き込んだ。

「日にちが書いてあると、安心する」

「なんで」

「返す日が決まっとるから」

そのときの私は、その言葉の意味を、ただの生真面目さだと思っていた。

朋ちゃんと私は、図書室で本の話ばかりしていたわけではない。

体育の時間、ほかの生徒がグラウンドにいるあいだ、窓から沼が見えた。

その日は、沼の氷の上に、鳥が一羽降りていた。

「あの鳥、落ちんのかな」

「氷、厚いけん」

「厚いのに、なんで町の人は渡らんの」

私は答えられなかった。

朋ちゃんは、しばらく窓に額をつけて沼を見ていた。

それから、こう言った。

「わたし、この町のそういうところ、好き」

「どういうところ」

「返す日を、ちゃんと決めるところ」

その子は、返す日が決まっているものだけを信じていたのだと思う。

いま思えば、体の弱い子が、そう考えるようになった理由はいくつも想像がつく。

当時の私は、何も想像しなかった。

朋ちゃんは、町の言い方をすぐに覚えた。

消しゴムを貸すときも「貸しとくね」と言う。

私が「それ、返さんでええやつでしょ」と笑うと、真顔で首を振った。

「おばちゃんに言われたの」

「なんて」

「この町でものをあげるときは、いつまで、って言いなさいって」

「期限を決めるってこと?」

「うん。決めんかったら、沼のものになるって」

私はそのとき、はじめてその作法の理由らしきものを聞いた。

朋ちゃんの親戚のおばさんは、こう説明したのだそうだ。

期限を言わずに渡したものは、渡した人のものでも、もらった人のものでもなくなる。

持ち主のいなくなったものは、沼が預かる。

そして沼は、預かったものを、いつでも取りに来られる。

「へんな町だよね」と朋ちゃんは笑った。

「へんだね」と私も笑った。

笑ったのは、たぶんあれが最後だった。

入院した朋ちゃんを、私は一度だけ見舞った。

盆地を出て、峠を越えた先の病院だった。

バスを二本乗り継いで、片道二時間かかった。

病室は四人部屋で、朋ちゃんは窓際にいた。

思っていたより元気そうで、私は少し拍子抜けした。

「本、持ってきた」

「読むの遅いけん、二週間じゃ無理かも」

「延長したげる」

「図書委員の権限じゃ」

そう言って、その子は笑った。

笑うと目が細くなるのは、そのときも同じだった。

帰りぎわ、朋ちゃんが私を呼び止めた。

「ねえ」

「なに」

「わたし、○○ちゃんに、いっぱい借りとるよね」

私は、何のことかわからなかった。

「本のこと?」

「ううん」

その子は、それ以上言わなかった。

私は「返さんでええよ」と言って、病室を出た。

いま思えば、あれが最初の間違いだった。

返さんでええ、というのは、この町では言ってはいけない言葉だった。

三年生の冬、朋ちゃんは学校へ来なくなった。

入院したと聞いた。

年が明けて、二月のはじめに、担任が朝の会でそのことを話した。

眠るように、静かだったそうだ。

私は泣かなかった。

泣けなかった、というほうが近い。

数日後、朋ちゃんの親戚のおばさんが学校へ来て、私を呼んだ。

「あの子が、あんたに」

ノートを一冊、渡された。

図書室でよく使っていた、うすい水色のノートだった。

おばさんは、それを渡すとき、はっきりこう言った。

「これは、あんたにあげます」

おばさんが帰ったあと、私は職員室の前の廊下で、その一言をもう一度思い返した。

これは、あんたにあげます。

霧ヶ沼の人は、そういう言い方をしない。

おばさんは、この町で生まれてこの町で育った人だった。

言い間違えるはずがない。

だから、あれは間違いではなかった。

期限を言わずに渡すと決めていたのだ。

おばさんが自分で決めたのか、朋ちゃんに頼まれていたのか。

私は結局、それを聞かないままになった。

おばさんは、その春に町を出て行った。

私はそのとき、何も思わなかった。

いまでも、あの一言が全部だったと思っている。

ノートの最後のページに、朋ちゃんの字があった。

細くて、少し右上がりの字だった。

長い文章ではない。

読書のメモが十数ページ続いたあと、最後に三行だけ。

わたしの運と、のこりのぶんを、ぜんぶ○○ちゃんにあげます。

いっぱい使ってね。

ありがとう。

○○のところには、私の名前が書いてあった。

日付は、なかった。

期限も、書いていなかった。

私はそのページを何度も読んで、それからノートを閉じた。

閉じるとき、私は口の中で何も言わなかった。

この町の作法では、貰いものにはその場で「いつまで」と口に出す。

私は、言わなかった。

言えばよかったのだ。

あの子の親戚のおばさんについて、ひとつだけ後から知ったことがある。

おばさんは、朋ちゃんが来る前の年に、自分の子どもを町の外へ出していた。

進学のためだと聞いた。

出すとき、沼の岸の杭に紐を結んで、その先に子どもの履いていた靴の片方を結んだのだそうだ。

「いつまで」と口に出すためではない。

結んでおけば、いつか取りに戻る理由になるからだと、豆腐屋のおばさんが教えてくれた。

この町の人は、そうやって、いろいろなものを預けたり、預かったりして暮らしている。

私はそれを、風変わりな習慣として眺めていた。

眺めていられるのは、預けたことも預かったこともない人間だけだ。

それからの私は、少しだけ運がよくなった。

宝くじが当たるような話ではない。

本当に、ささやかなことだ。

バス停に着くと、必ず一分以内にバスが来る。

傘を持たずに出た日は降らない。

試験に出るところが、前の晩に読んだページと重なる。

最初の一年は、うれしかった。

二年目に、少し様子が変わった。

私がバスに間に合った日、次のバス停で急いでいた人が乗り遅れる。

私が席替えでいい席になると、隣の子が黒板の見えない席になる。

体育館の上から金具が落ちてきた日、私は前の日から風邪で休んでいた。

金具は、私の場所に落ちたのだそうだ。

誰も怪我はしなかった。

誰も怪我をしなかったことに、私は妙な引っかかりを覚えた。

私の幸運は、誰かの不運と釣り合っているように見えた。

釣り合わせている何かが、そこにいるように思えた。

幸運の質が変わりはじめた頃のことを、もう少し書いておく。

二年目の夏、私は学校のくじ引きで旅行券を当てた。

くじを引く直前、後ろに並んでいた子が「先に引いていいよ」と言った。

その子は私の一つ後ろで、はずれを引いた。

三年目の春、私は自転車のブレーキが利かなくなって、坂の途中で止まれなくなった。

止まれないまま、交差点に入った。

そこへ来るはずの車が、その日に限って、二つ手前の信号で止まっていた。

運転していたのは、同じ学年の子のお父さんだった。

あとで聞いたら、その日、車の調子が急に悪くなったのだという。

私は無事だった。

無事だったことを、家では言わなかった。

言えば、母がその車の話をするに決まっていたからだ。

私の幸運のうしろには、いつも誰かの小さな不都合がある。

それを口に出した瞬間、何かがはっきりしてしまう気がした。

高校を出るとき、私は一度だけ図書室に寄った。

司書の先生は、私が中学の頃から同じ人だった。

朋ちゃんが最後に借りた本の話をした。

先生は書庫から、古い貸出カードの束を出してきた。

朋ちゃんのカードは、まだ残っていた。

最後の行の返却欄が、空白のままだった。

「返ってこんかった本があるんですか」

「本は、ちゃんとおばさんが返しに来られた」

「じゃあ、なんで空白なんですか」

先生は少し黙ってから、こう言った。

「霧ヶ沼ではね、期限を書かん貸出は、昔から禁じられとるんよ」

「学校の決まりですか」

「町の決まり」

先生は束を書庫に戻しながら、続けた。

「期限のない貸出は、返却の日も書かんことになっとる」

「書いたら、どうなるんですか」

「終わってしまうけん」

司書の先生には、もうひとつ聞いた。

「先生は、この町の人ですか」

「わたしは隣の郡から嫁に来たんよ」

「じゃあ、この決まりも、来てから覚えたんですか」

先生は、書庫の扉に手をかけたまま、少し考えてから答えた。

「覚えたというよりね」

「はい」

「守っとかんと、落ち着かんようになるんよ」

その言い方に、私はぞっとした。

怖いことを言われたからではない。

私自身が、その頃にはもう、同じようになっていたからだ。

誰かに何かを渡すとき、私は必ず「いつまで」と口に出していた。

町を出て何年経っても、それだけは抜けなかった。

その言い方が、私にはよくわからなかった。

終わってしまうのが、なぜいけないのか。

いまはわかる。

終わらせないでおけば、まだ貸したままでいられる。

返してもらう日を、こちらから決められる。

二十代の終わりに、一度だけ霧ヶ沼へ行った。

実家はもうない。

沼の周りの道だけが、記憶のとおりだった。

冬ではなかったので、氷は張っていなかった。

水面は、思っていたよりずっと黒かった。

岸に、木の杭が等間隔で並んでいた。

数えると、十七本あった。

何のための杭かはわからない。

ただ、その一本一本に、細い紐が結ばれていた。

紐の先には何もついていなかった。

結んだ人が、何かを結びつけて、あとで持って帰ったのだと思う。

私はそのとき、自分の鞄の中にノートが入っていることを思い出した。

持ってきたつもりはなかった。

入れた記憶もなかった。

私は鞄を開けずに、そのまま駅へ戻った。

私は町を出て、就職して、結婚した。

霧ヶ沼のことは、年に何度も思い出さなくなった。

思い出すのは、冬の夜に、遠くで木が裂けるような音を聞いたときくらいだ。

そういう日には、ノートを出して最後のページを読んだ。

読んで、閉じて、また引き出しに戻す。

三十四のとき、子どもが生まれた。

予定日より二週間早い、二月のはじめだった。

分娩が長引いて、生まれたのは明け方だった。

病室に移されて、私は眠りかけていた。

横のコットで、赤ん坊が小さく息をしていた。

そのとき、耳のすぐそばで、声がした。

細くて、少し高くて、笑うと目が細くなる子の声だった。

「返してもらうね」

私は目を開けた。

部屋には、赤ん坊と私しかいなかった。

その日が何月何日だったのか、私はカレンダーで確かめた。

二月の、朋ちゃんが最後に登校した日と同じ日だった。

私はそのとき、はじめて全部を思い出した。

この町では、貰いものにはその場で期限を言う。

期限を言わない貰いものは、いつ取りに来られても文句が言えない。

「返してもらうね」と、あの子は言った。

私は一度も、いつまで、と言っていなかった。

子どもが生まれた年の冬、私は久しぶりに氷の鳴る音を聞いた。

住んでいるのは盆地ではない。

近くに沼も湖もない、平らな住宅地だ。

それでも、夜中に、遠くで木が裂けるような音がした。

私は起き上がって、しばらく窓の外を見ていた。

音は、二度した。

二度めのあと、コットの赤ん坊が短く笑った。

目は閉じたままだった。

子どもは、健康に育っている。

言葉も遅くなかったし、よく笑う。

ただ、時々、私の顔をじっと見る。

目を合わせて笑いかけても、笑い返さない。

私の顔を見ているのではないような気がすることがある。

私の、少し後ろのあたりを見ている。

去年、その子が四歳になったとき、公園で見知らぬ子から風船をもらった。

私が何か言うより先に、その子ははっきりこう言った。

「あしたまで、かりとくね」

私は、その言葉をどこでも教えていない。

霧ヶ沼には、一度も連れて行っていない。

あれから、私は運のいい日が減った。

バスは行ってしまうし、傘は忘れた日に限って降る。

それでいいと思っている。

返すものは、返さなければいけない。

ただ、ひとつだけわからないことがある。

朋ちゃんがくれたのは、運と、のこりのぶん、の二つだった。

運は、返ったのだと思う。

もう一つのほうを、あの子がいつ取りに来るのか、私は知らない。

ノートの最後のページには、いまも日付が入っていない。

私は、これからも書かないでおくつもりだ。

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