僕が五つだった頃の話だ。
今でも、あの日の祖母の手の感触だけは、はっきりと覚えている。
※
母方の実家は、ずいぶんと田舎にあった。
山を背負った集落で、家と家のあいだは畑や用水路で隔てられていた。
その土地では、玄関に鍵をかける習慣がなかった。
日中はもちろん、夜でも、戸はたいてい開けっ放しだった。
泥棒など来たためしがない、と祖母はよく言っていた。
だから来客は、勝手に土間まで入ってきて、奥へ向かって声を張り上げるのが常だった。
「○○さーん」と、苗字を呼ぶ。
その声で、家の者が出ていく。
それが、この集落の決まりごとのようなものだった。
夏になると、僕は毎年、その家に預けられた。
両親が共働きで、長い休みのあいだ、面倒を見られなかったからだ。
祖母の家での時間は、退屈だったが、嫌いではなかった。
縁側で西瓜を食べ、用水路でザリガニを獲り、夕方には蚊取り線香の匂いがした。
祖母は無口な人で、余計なことは何も言わなかった。
ただ、夜になると、決まって玄関と勝手口に、小さな盛り塩を置いていた。
子どもの僕は、それを当たり前の習慣だと思っていた。
今思えば、あの集落には、口にされない決まりごとがいくつもあったのだと思う。
※
その日、僕は祖母と二人きりで留守番をしていた。
両親は親戚の法事に出かけていて、夕方まで帰らない予定だった。
昼を少し過ぎた頃だったと思う。
玄関のほうで、インターホンが鳴った。
この家には不釣り合いな、新しいインターホンだった。
前の年に、都会から来た叔父が取り付けていったものだ。
防犯のためだと、叔父は得意げに言っていた。
祖母は、いらないと断ったが、叔父は強引に取り付けて帰っていった。
鍵もかけない家に、押しボタンの呼び鈴だけがある。
その不釣り合いさを、僕は子どもながらに、どこか落ち着かない気持ちで眺めていた。
取り付けてから一年、そのインターホンが鳴ったことは、ほとんどなかった。
集落の人は、みな昔ながらに、土間から声を張り上げるからだ。
鍵もかけない家にインターホンなんて、と祖母は笑っていたが、押されれば鳴る。
そのインターホンが、鳴った。
※
祖母が、土間のほうへ「どうぞー」と声をかけた。
返事はない。
戸は、いつものように開いている。
入ってくれば、すぐに土間に立てるはずだった。
それなのに、誰も入ってこない。
かわりに、もう一度、インターホンが鳴った。
祖母が、また「どうぞー、開いてますよー」と声をかける。
やはり、返事はない。
そして、また鳴る。
※
何度も、何度も、インターホンだけが鳴り続けた。
押しては、待つ。
祖母が声をかけても、入ってはこない。
そして、また押す。
その繰り返しが、いやに規則正しかった。
間隔が、まるで時計のように一定だった。
押す。十秒ほど待つ。また押す。
人の苛立ちや、ためらいといったものが、その音には一切なかった。
ただ機械のように、同じ間隔で、同じ強さで、押し続けていた。
昼下がりの、蝉の声だけが満ちた家のなかに、その電子音だけが規則正しく響いた。
僕は、子ども心に、何かがおかしいと感じはじめていた。
鍵もかかっていない戸の前で、入りもせず、ただ押し続ける客などいない。
祖母の「どうぞー」の声も、だんだんと小さくなっていった。
今になって思えば、祖母はあの時点で、何かに気づいていたのだろう。
声が小さくなっていったのは、相手に聞かれまいとしていたからではないか。
だが、当時の僕は、ただ祖母の様子がいつもと違うことに、戸惑っていただけだった。
※
腹が立ったのだと思う。
祖母は、台所の窓から、玄関のほうをそっと覗いてみることにした。
台所の窓は、玄関の戸口を、斜め横から見下ろせる位置にあった。
僕も、祖母の割烹着の裾を握って、一緒に背伸びをした。
カーテンの隙間から、玄関の前が見えた。
そこに、それは、立っていた。
※
人ではなかった。
大きな顔に、手足が生えていた。
ただ、それだけのものだった。
胴体というものがなく、顔そのものが、僕の背丈ほどの大きさだった。
その顔の、左右と下から、細い手足がぶら下がるように生えていた。
そいつが、その細い手の先で、インターホンのボタンを、押していた。
押しては、戸口のほうを見る。
そして、また押す。
祖母の「どうぞー」に応えて、入ろうとしているかのようだった。
だが、その大きな顔は、戸の枠を、決してくぐれない大きさだった。
だから、それは入ってこられなかったのだ。
鍵のかかっていない、開けっ放しの戸を前にして。
それでも、押しては待ち、待っては押す。
まるで、招き入れられるのを、辛抱強く待っているかのようだった。
その大きな顔には、目も、鼻も、口もあった。
ただ、どこを見ているのか、表情からは何ひとつ読み取れなかった。
細い手が、また、ボタンに伸びた。
※
僕は、悲鳴をあげそうになった。
その瞬間、祖母の手が、僕の口を塞いだ。
驚くほど、素早い動きだった。
祖母は、僕を抱き寄せ、窓の下にしゃがみ込ませた。
そして、声を殺したまま、人差し指を自分の唇に当てた。
居留守を使う、ということだと、僕にも分かった。
僕らは、台所の床にうずくまって、息を潜めた。
インターホンは、その後も、しばらく鳴り続けた。
※
どれくらい、そうしていただろう。
やがて、インターホンの音が、ぴたりと止んだ。
それきり、二度と鳴らなかった。
しばらくして、祖母がそろそろと立ち上がり、窓の外をうかがった。
玄関の前には、もう、何もいなかった。
戸は、相変わらず開けっ放しのままだった。
祖母は、深く息を吐いて、ようやく僕の口から手を離した。
※
それから祖母は、無言で立ち上がり、台所の戸棚から塩の壺を取り出した。
そして、玄関の土間に、いつもの夜よりもずっと多くの塩を盛った。
勝手口にも、縁側にも、家じゅうの出入り口に、白い小さな山を置いていった。
その手つきは、いつもの習慣とは、まるで違っていた。
急いでいて、それでいて、ひとつひとつが丁寧だった。
僕は、祖母の後ろをついて回りながら、何も訊けなかった。
訊いてはいけない、と、子どもながらに感じていた。
その日の夕方、両親が帰ってくるまで、祖母は一度も玄関のほうを見なかった。
両親が帰ってきたのは、日が暮れてからだった。
車の音が聞こえると、祖母はようやく立ち上がって、玄関へ迎えに出た。
いつもと変わらない、穏やかな声だった。
母が「留守番、いい子にしてた?」と訊くと、祖母は「ええ、何も」とだけ答えた。
その「何も」を聞いたとき、僕は背中がすっと冷たくなった。
あったことを、祖母は最初から、なかったことにするつもりなのだと分かった。
その夜、僕は祖母の布団に潜り込んで眠った。
祖母は何も言わず、ただ僕の背中を、ゆっくりと撫で続けてくれた。
※
その夜、両親が帰ってきても、祖母はあのことを何も話さなかった。
僕が話そうとすると、祖母は静かに首を横に振った。
「言うな」とは言わなかった。
ただ、首を振っただけだった。
あれが何だったのか、なぜ入ってこられなかったのか、祖母は最後まで説明しなかった。
鍵もかけない家に、入ってこられないものがいる。
そのことだけが、子どもの僕には、ひどく不気味に思えた。
※
その夏が終わる前に、あのインターホンは、いつのまにか外されていた。
叔父が取り付けたものを、祖母が誰かに頼んで、外させたのだと後で聞いた。
理由は、誰も教えてくれなかった。
ただ、玄関の柱には、ボタンのあった跡だけが、四角く色を変えて残っていた。
祖母は、それきり二度と、インターホンの話をしなかった。
集落の年寄りのあいだには、昔から、ひとつの言い伝えがあったらしい。
戸を開けておけば、人ではないものは、招かれぬかぎり入ってこられない。
だが、呼び鈴を押させてはならない。
押させて、応えてしまえば、それは「招かれた」ことになる――と。
叔父が取り付けた呼び鈴は、その禁を、知らずに破る道具だったのかもしれない。
これは、ずっと後になって、別の親戚から聞いた話だ。
本当かどうかは、分からない。
※
数年前、その家を取り壊すことになり、僕は久しぶりに集落を訪れた。
玄関の柱には、まだ、あの四角い跡がうっすらと残っていた。
指でなぞってみると、その部分だけ、妙にひんやりとしていた。
戸は、もう、固く閉ざされていた。
取り壊しの日、僕は最後にもう一度、台所の窓のそばに立ってみた。
あの日、祖母と背伸びをして覗いた、あの窓だ。
カーテンはとうになく、ガラスは曇り、外の光だけが鈍く差し込んでいた。
玄関の戸口を、斜め横から見下ろす角度は、あの頃のままだった。
そこに、もう何も立っていないことを確かめて、僕は静かに窓から離れた。
帰り際、玄関の柱の四角い跡に、僕はそっと盛り塩をひとつ置いてきた。
祖母がそうしていたように。
理由は、自分でもうまく説明できない。
ただ、そうしておきたかったのだ。
あの細い手の震えを、僕はまだ、忘れられずにいる。
鍵をかけない家で育った祖母が、あの日だけ、何を恐れていたのか。
その答えだけは、もう、誰にも訊けない。
鍵をかける習慣がなかったはずの、あの家の戸が、だ。
誰が、いつ、鍵を取り付けたのかは、ついに分からなかった。
※
祖母は、もう何年も前に亡くなった。
あのことについて、結局、一度もまともに話す機会はなかった。
今となっては、あれが何だったのか、確かめるすべもない。
ただ、ひとつだけ、忘れられないことがある。
僕の口を塞いだまま、祖母の手は、ずっと震えていた。
あの細い、皺だらけの手が、震えていたのだ。
だから、たぶん、あれは見間違いなどではなかったのだと思う。
祖母は、あれが何なのかを、知っていたのかもしれない。
知っていて、何も語らずに、ただ僕の口を塞いだ。
あのとき悲鳴をあげていたら、どうなっていたのか。
応えてしまえば招いたことになる、というあの言い伝えが本当なら――。
想像すると、今でも、背中のあたりがひやりとする。
祖母の震える手は、たぶん、それを防いでくれていたのだ。