白いスニーカーは片方だけ

太陽の光(フリー写真)

伯母の家の玄関には、白いスニーカーが置いてありました。

外へ向けて、三和土のまんなかに。

千里ちゃんのものです。

従姉妹の千里ちゃんは、十九で、事故に遭って戻りませんでした。

出雲の、斐伊川の東側にある町です。

伯母の家は、堤防から一本入った路地の奥にありました。

瓦の葺き替えをしていない、古い平屋です。

路地は、軽自動車がやっと一台通る幅しかありません。

突き当たりに、使われなくなった井戸のポンプがあります。

赤い塗料が剥げて、下の鉄が出ていました。

千里ちゃんは、小さいころ、あのポンプの柄にぶら下がって遊びました。

体重が足りず、水は一度も出ませんでした。

出ないとわかっていて、毎回ぶら下がる子でした。

夏でも、土間はひんやりとしています。

わたしは、月に一度は線香をあげに行きました。

母のかわりに行くこともありました。

母と伯母は姉妹ですが、母は途中から行かなくなりました。

行くと泣いてしまうから、というのが理由でした。

わたしは、泣かずにいられたので、代わりに通いました。

泣かずにいられたのは、実感がなかったからです。

連絡を受けたのが、松江のアパートの台所でした。

米を研いでいる途中で、そのまま最後まで研ぎ終えたのを覚えています。

行くたびに、白いスニーカーはそこにありました。

雨の日も、雪の日も、動かされていません。

そのくせ、少しずつ向きが変わっているように見えました。

つま先が、ある月は路地のほうを向いています。

次の月には、少しだけ堤防のほうへ寄っている。

五度か、十度か、それくらいの違いです。

測ったわけではありません。

ただ、三和土の砂の乾き方で、わかるのです。

靴の下だけ、砂が湿ったままになっています。

その湿った形が、月によって少しずつずれるのです。

気のせいだと思っていました。

四十九日が過ぎても、それは片付けられませんでした。

一周忌が近づいても、同じでした。

一度、伯母に訊いたことがあります。

「まだ置いとるん」

伯母は、台所から顔も上げずに言いました。

「うちの決まりだけん」

この町には、送り出す作法がありました。

亡くなった人がいちばん履いたものを、玄関に外向きに出しておく。

四十九日のあいだ、それを毎朝拭く。

拭き終わったら、川へ持っていって、片方だけ流す。

残った片方は、簞笥にしまう。

そうして、はじめて向こうへ渡るのだと言われていました。

流すのは、上流ではなく下流に向かってです。

流したあとは、振り返らずに堤防を降りる。

見送る側が振り返ると、連れ戻してしまうのだそうです。

近所では、いまも守っている家がいくつかあります。

伯母の家は、そのいちばん古い形を残していました。

「片方でも欠けとったら、道がわからんようになる」

祖母が、そう教えてくれたのを覚えています。

子どものころは、意味がわかりませんでした。

わかるようになったのは、あの夢を見てからです。

白いスニーカーの向き

千里ちゃんが戻らなくなって、半年ほど経ったころでした。

わたしは松江で働きはじめて、二年目の夏でした。

盆の前に、伯母の家へ泊まりに行きました。

泊まったのは、千里ちゃんの部屋の隣の四畳半でした。

千里ちゃんの部屋は、襖が閉めてありました。

閉めてあるだけで、鍵はかかっていません。

わたしは、開けませんでした。

襖の引き手のところだけ、埃がありませんでした。

誰かが、毎日触っているということです。

その晩、蚊取り線香の匂いのする部屋で、わたしは夢を見ました。

眠りに落ちる前、堤防のほうから水の音が聞こえていました。

斐伊川は、夏でもよく音がする川です。

夢の中は、伯母の家でした。

座敷の襖を取り払って、二間続きにしてあります。

人がたくさん来ていました。

近所の人。親戚。千里ちゃんの高校の同級生。

制服の子も、私服の子もいました。

膳は、精進のものではありませんでした。

煮しめと、赤飯と、瓶のビールが並んでいます。

祝いの席のような、賑やかさでした。

箸袋には、千里ちゃんの名前が刷ってありました。

全員ぶん、同じ名前でした。

夢の中のわたしは、それを変だと思いませんでした。

みんな、膳を前にして、談笑していました。

おかしなことに、誰も悲しそうではありません。

わたしの隣には、千里ちゃんが座っていました。

白い半袖のシャツを着て、髪をうしろで束ねていました。

生きているときと、同じです。

わたしたちは、ずっとおしゃべりをしていました。

バイト先の話。好きになった人の話。

笑うと、千里ちゃんの八重歯が見えました。

右の上の、少し外を向いた歯です。

矯正するかどうか、高校のときに悩んでいました。

結局、そのままにしていました。

夢の中でも、そのままでした。

その場にいる全員が、千里ちゃんはもういない人だと知っていました。

知っていて、それでも普通に話している。

夢というのは、そういうものなのかもしれません。

似たような夢の話を、以前どこかで読んだことがあります(夢の水族館で)。

わたしも、そのことを不思議に思いませんでした。

ただ一つだけ、気になることがありました。

千里ちゃんが、一度も立ち上がらないのです。

誰かが呼んでも、座ったままで返事をします。

膳の物にも、手をつけません。

コップのビールも、減っていません。

誰も、そのことを指摘しませんでした。

座敷の端の、いちばん襖に近い席です。

生きているときの千里ちゃんは、いつも真ん中に座る子でした。

箸は、置いたままでした。

宴のいちばん端の席

そろそろお開きという頃合いになりました。

外は、もう暗くなっていました。

庭のほうで、蛙が鳴きはじめていました。

座敷の電灯が、一度だけ小さく揺れました。

千里ちゃんが、すっと立ち上がりました。

「わたし、もう帰るね」

その一言で、座敷の空気が変わりました。

ここは千里ちゃんの家なのに、帰るとはどういうことだろう。

わたしは、そう思いました。

思いながら、口には出せませんでした。

口に出してはいけない、とわかっていたのです。

夢の中では、そういうことが、はっきりわかります。

伯母は、台所の戸口に立っていました。

行かないで、とは言いませんでした。

涙をこらえて、こう言いました。

「行ってらっしゃい」

みんなが、玄関へ見送りに出ました。

誰も泣いていません。

泣いてはいけない、という約束があるようでした。

みんな、口もとだけで笑っていました。

目は、誰も笑っていません。

同級生の一人が、膝の上でずっと拳を握っていました。

その子とは、通夜の日にも会っています。

同じ握り方をしていました。

千里ちゃんが、三和土に降りました。

そこで、動きが止まりました。

「わたしの靴がないの」

振り返って、そう言いました。

「どこ」

伯母が、慌てて三和土にしゃがみました。

下駄箱を開け、簞笥の下を探し、縁側のほうまで見に行きました。

「ちょっと待ちない。すぐ出るけん」

伯母は、何度もそう言いました。

言いながら、手だけが早く動いていました。

誰も手伝おうとしませんでした。

手伝ってはいけない、という空気がありました。

それを見ているあいだ、わたしは声が出ませんでした。

やっと出てきた白いスニーカーは、汚れていました。

泥のような、茶色いシミが、甲のところに広がっています。

洗っても落ちなかった、という種類の汚れ方でした。

布の目の奥まで、色が入っている汚れです。

靴紐の白いところにも、点々と散っていました。

千里ちゃんは、それを履きました。

紐を結ぶとき、少し手間取っていました。

指がうまく動かないようでした。

二度ほど結び直して、やっと立ち上がりました。

立ち上がるとき、伯母のほうを見ませんでした。

見なかったのは、たぶん、わざとです。

そして、悲しそうな顔で振り向きました。

「ねえ、わたし、どこへ帰ればいいの」

誰も答えませんでした。

伯母だけが、泣きながら外へ出ました。

そして、空を指しました。

「あっちだよ」

千里ちゃんは、空を見上げました。

それから、小さくうなずいて、路地の暗いほうへ歩いていきました。

足音は、しませんでした。

路地の砂利は、歩けば必ず音がします。

わたしは、それを知っていました。

斐伊川の土のいろ

朝、目が覚めると、もう九時を回っていました。

わたしは、その夢のことを母に電話で話しました。

母は、しばらく黙っていました。

それから、伯母に伝えてみると言いました。

夢の話をするのは、この家では珍しいことではありません。

祖母の代から、夢で知らせが来ると言われていました。

その日の夕方に、折り返しの電話がありました。

母の声は、少しかすれていました。

伯母が、こう言ったそうです。

事故のあと、どんなに探しても、靴が片方だけ見つからなかった。

警察にも頼んで、川下のほうまで探してもらった。

それでも、出てこなかった。

事故の場所は、堤防沿いの県道でした。

夕方の、車の多い時間だったそうです。

わたしは、その道を通るたびに速度を落とします。

落としても、何も変わらないとわかっていても、そうします。

現場には、いまも花が置かれることがあります。

誰が置いているのかは、聞いていません。

「あの子の夢の中でも、履かせてやれてよかった」

伯母は、そう言って電話を切ったということでした。

わたしは、受話器を置いてから、しばらく動けませんでした。

夢の中で見た、あの茶色いシミを思い出したからです。

斐伊川の土は、鉄分が多くて、赤茶色をしています。

洗っても、白い布からは落ちません。

運動会の前になると、母がよく困っていました。

漂白剤でも、うっすら残るのです。

子どものころ、川原で転んで、靴を駄目にしたことがありました。

あのときの色と、同じでした。

夢の中のわたしは、その色を見て、何も思いませんでした。

夢というのは、見ているあいだは何も疑えません。

疑えるようになるのは、いつも、終わってからです。

目が覚めてから、思い出して、背中が冷えました。

わたしは、夢の中で、見たこともないはずの汚れ方を見ていたのです。

それから数日、わたしはよく眠れませんでした。

夜中に目が覚めると、玄関のほうから小さな音がします。

何かを拭いているような、布の擦れる音です。

起きて見に行くと、何もありません。

音は、決まって三十秒ほどで止みます。

止んだあと、廊下の空気だけが重くなります。

何度目かに、わたしは電気を点けずに座って待ちました。

音は、その晩は鳴りませんでした。

自分の部屋の玄関なのに、土間の匂いがする気がしました。

玄関の三和土の跡

盆が明けてから、わたしはもう一度、伯母の家へ行きました。

確かめたいことがあったからです。

玄関の三和土に、白いスニーカーはありました。

わたしは、しゃがんで、それをよく見ました。

そこにあったのは、右の片方だけでした。

半年のあいだ、わたしはそれを一足だと思い込んでいました。

外から差す光で、影が二つに見えていたのです。

三和土は、西向きに開いた玄関でした。

夕方になると、影が長く伸びます。

わたしは、その影のほうを靴だと思って見ていたのです。

三和土には、拭いた跡が輪になって残っていました。

毎朝、同じ場所を拭いていた跡です。

履物が揃えられている、というだけの話が怖いこともあります(綺麗に揃えられる靴)。

「片方が出てこんかったけん」

伯母は、上がり框に腰を下ろして言いました。

「流せんかった」

作法では、四十九日のあいだ拭いて、片方を川へ流します。

流せなければ、送り出したことになりません。

伯母は、そのことを誰よりもよく知っていました。

祖母から教わったのは、伯母のほうが先だからです。

「揃うまでは、うちに戻ってきてええ、いうことにしとった」

伯母は、そう言って、少し笑いました。

笑った顔のほうが、泣いているように見えました。

わたしは、何も言えませんでした。

作法を破っている、と責めることはできません。

同じことを、わたしの母もしただろうと思いました。

作法は、送り出すためのものです。

送り出したくない人には、使いようがありません。

わたしは、夢の話をもう一度しました。

千里ちゃんが、どこへ帰ればいいのと訊いたこと。

伯母が空を指したこと。

伯母は、黙って聞いていました。

聞き終えると、立ち上がって、簞笥の引き出しを開けました。

中には、片方のスニーカーが、和紙に包んで入っていました。

汚れた、左のほうでした。

甲のところに、赤茶色のシミが広がっています。

「川下で見つかったんは、こっちのほうでな」

見つかったのは、事故の一週間後だったそうです。

堤防の下の、葦の茂ったところに引っかかっていたと聞きました。

警察から連絡が来たとき、伯母は一人で取りに行きました。

誰にも言わずに、そのまま簞笥にしまったのです。

母も、その日まで知りませんでした。

「言うたら、流せ言われるけん」

伯母は、そう言いました。

言われる前に、自分で決めていたのです。

伯母は、それを流さずに、簞笥にしまいました。

そして、無事だった右のほうを、玄関に出し続けました。

あの玄関に置いてあったのは、はじめから右の片方だけでした。

揃わないかぎり、道はわからない。

そう教えられて育った人が、わざと揃えずにいたのです。

その秋の彼岸に、伯母は右の片方を川へ流しました。

わたしも、堤防の上で見ていました。

白いものが、流れの速いところへ入って、すぐに見えなくなりました。

思ったより、沈むのが早いものでした。

伯母は、言われたとおり、振り返らずに堤防を降りました。

伯母は、手を合わせませんでした。

ただ、見送るように立っていました。

帰りに、玄関の三和土を見ました。

輪の跡だけが、うっすら残っていました。

それから、千里ちゃんの夢は、一度も見ていません。

音のする夜も、なくなりました。

見なくなったことを、わたしは寂しく思っています。

ただ、あの夜、伯母が空を指したことだけは、正しかったのだと思います。

いまでも、赤茶色の土を見ると、あの甲のシミを思い出します。

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