ポラロイドに写った目

ポラロイドに写った目

ポラロイドで撮った一枚だけを、私はいまも見ていません。

神社に預けたまま、引き取らなかったからです。

撮ったのは私です。

写っていたのは、私の友人二人と、それから一組の目でした。

何年か前の、夏の終わりの夜の話です。

いま思い返しても、あの晩は何も起きていないとも言えます。

写真が一枚あって、私たちが怖がった。

それだけの話です。

ただ、そのあとで分かったことが一つだけありました。

当時、私は群馬の会社に勤めていました。

同期のAと、高校からの友人のBと、月に一度は夜に集まっていました。

集まると言っても、することはありません。

誰かの車で、山のほうへ走るだけです。

自動販売機で缶コーヒーを買って、路肩に停めて話す。

それだけの時間が、当時はいちばん気楽でした。

その年、私は部署が変わったばかりでした。

帰りが遅く、休みの日はほとんど寝ていました。

だから月に一度の夜だけが、息をつく時間だったのです。

Bは、写真部あがりの男でした。

デジタルの一眼も持っていましたが、夜はポラロイドを持ってきます。

「その場で終わるのが、ええんや」

撮って、待って、渡して終わり。

あとから直せないところが好きなのだと言っていました。

Aは、筋金入りの理系でした。

大学では光学を専攻していたそうです。

私とBは、二人とも文系です。

だからAの話は、たいてい私たちが聞く側になりました。

Aは、感情で話を進めない人でした。

怒っているときでも、順番に理由を並べます。

そのAが黙るのは、答えを持っていないときだけでした。

私は、Aのそういうところを信用していました。

だから、あの晩のAの一拍を、私はいまも覚えているのです。

Aが黙るのは、答えを持っていないときだけでした。

そのAが、廃墟の話のときに一度だけ黙りました。

あとにも先にも、その一回きりです。

その晩、Aは幽霊の話をしていました。

正確には、幽霊はいないという話です。

「物が見えるってことは、そこに光を反射する何かがあるってことや」

Aは、ハンドルを握ったままそう言いました。

「人間の目の構造上、特定の人にだけ届く反射光っていうのは、ありえん」

「霊能者にだけ見えるなら、それは光やない」

「いるとしたら、万人に見えるか、万人に見えんかのどっちかや」

私とBは、感心して聞いていました。

反論できるだけの知識が、こちらにないのです。

Bが、後部座席から言いました。

「じゃあ心霊写真は」

「見えんもんは、写らん」

Aは、即答しました。

「フィルムも結局は光を受けとるだけやからな」

光を反射する物体

その話をしている最中に、私たちは看板の前を通りました。

「診療所」とだけ書かれた、錆びた看板です。

矢印の先に、細い坂道が続いていました。

地元では、少し知られた場所でした。

三十年ほど前に廃業した、山あいの診療所です。

もとは、林業の人たちのための診療所だったと聞いています。

山の仕事が減って、患者が減って、たたんだのだそうです。

そういう場所には、たいてい話がついて回ります。

肝試しに行った、という話も、いくつも聞いていました。

私は、その手の話を半分は作り話だと思っていました。

残りの半分は、聞かなかったことにしていました。

信じないのと、確かめないのは、別のことです。

入院の設備もあった、それなりの大きさの建物でした。

Bが、思いついたように言いました。

「Aの理論なら、あそこで撮っても何も写らんわけや」

Aは、少し黙ってから答えました。

「そうやな」

いま思えば、その一拍が答えでした。

Aは、行かないとは言いませんでした。

車を路肩に寄せて、坂道のほうを見ていました。

Bは、鞄からポラロイドを出しました。

当時、写真部あがりのBは、いつも一台持ち歩いていました。

撮ってすぐ形になるのが好きなのだと言っていました。

私たちは、坂道の入口に車を停めました。

懐中電灯は、車載の一本だけです。

幽霊などいないと言われた直後でも、暗いものは暗いのです。

坂道は、思ったより長く続きました。

両側から、下草が道の真ん中まで伸びています。

足元だけを照らして歩きました。

途中で、Bが立ち止まりました。

「なんか、下りてくる感じせん」

Aは、振り返らずに答えました。

「谷やからな。冷気が下りてくるだけや」

説明がつくと、少し楽になるものです。

Aが先頭を歩き、私が最後尾になりました。

玄関の硝子戸は、下半分が割れていました。

中に入ると、消毒薬の匂いがしました。

三十年経っても、匂いは残るのだと思いました。

受付の窓口が、木の枠だけになっていました。

硝子は、はまっていません。

奥の棚に、紙の束が積んだままでした。

待合の長椅子が、一脚だけ壁ぎわに残っていました。

座面の布が破れて、中の詰め物が出ています。

その長椅子だけ、埃が薄いように見えました。

私は、それを口に出しませんでした。

床には、診察券が散らばっていました。

拾い上げると、名前と生年月日が読めます。

私は、それを元の場所に戻しました。

廊下の突き当たりが、病室でした。

四人部屋です。

ベッドの枠だけが、二つ残っていました。

窓には、色のあせたカーテンが半分だけ掛かっていました。

枠の一つは、頭のほうを壁につけてありました。

もう一つは、部屋の真ん中に斜めに置かれていました。

運び出す途中でやめたような置き方です。

Aが、その枠を軽く押しました。

車輪が、思いのほか静かに回りました。

その病室の入口の壁に、木の札が並んでいました。

手のひらほどの、薄い板です。

釘に引っかけて、横一列に掛けてありました。

ほとんどが、裏返しになっていました。

私は、入院患者の名札だろうと思いました。

Bが、そのうちの一枚を指ではじきました。

くるりと回って、また裏を向きました。

ポラロイドの一枚

「ここで撮ろか」

Bが言いました。

撮る役は、私になりました。

万が一写ったときに、自分が入っていたくなかったからです。

Aは、それを聞いて笑いました。

「信じてへんのに、写りたないんか」

「信じてへんけど、怖いんや」

それが、私の正直なところでした。

AとBが、ベッドの枠の前に並びました。

私は、三歩下がってレンズを構えました。

ファインダーの中は、ほとんど真っ暗です。

フラッシュが焚かれて、一瞬だけ部屋の奥まで見えました。

その一瞬に何が見えたのかを、私は覚えていません。

覚えていないというより、思い出したくないのだと思います。

二枚目を撮るとき、Bが「もうちょい寄って」と言いました。

寄ったのは、私のほうです。

一歩だけ前に出ました。

三枚目は、また三歩下がって撮りました。

理由はありません。

そのほうが、部屋が入ると思っただけです。

三枚撮りました。

操作の続きが分からないので、カメラはBに返しました。

写真が形になるまで、しばらくかかります。

私たちは、車に戻ってから見ることにしました。

坂を下りる足は、行きより速くなりました。

誰も、後ろを振り返りませんでした。

車に乗って、ドアを閉めたときの音が大きく聞こえました。

Aは、エンジンをかけたまま室内灯をつけました。

一枚目は、ぶれていました。

二枚目は、フラッシュが強すぎて白く飛んでいました。

三枚目を見て、Bの手が止まりました。

私は、横からのぞき込みました。

AとBの周りに、白い丸がいくつも浮いていました。

埃ではありません。

あの部屋で、埃は舞っていませんでした。

それは、私が三歩下がったときに確かめています。

全体に、薄いもやがかかっていました。

そして、二人の顔と顔のあいだに、目がありました。

一組の、人の目です。

まぶたの上に、深い皺がありました。

年寄りの目でした。

顔はありません。

目だけが、そこにありました。

Aが、写真を私の手から取りました。

そして、しばらく黙って見ていました。

「これ、こっち見とるな」

Aが言ったのは、それだけです。

私は、その意味がすぐには分かりませんでした。

写っている二人ではなく、レンズのほうを見ているのです。

つまり、私のいた場所です。

Bは、写真を膝に置いて、しばらく動きませんでした。

それから、小さな声で言いました。

「これ、俺のカメラで撮ったんやんな」

当たり前のことを、確かめるように言うのです。

Aは、何も答えませんでした。

理屈で説明しようとしなかったのは、あの晩が初めてでした。

神社の板の間

その夜、私たちはいちばん近い神社へ行きました。

Aが、自分から「行こう」と言いました。

理屈の合わない話を最後まで嫌うのがAです。

そのAが、真っ先に車を出したのです。

着いたのは、深夜の二時でした。

社務所の灯りが、まだついていました。

戸を叩いて、事情を話しました。

神主さんは、三十代くらいの人でした。

写真を一度だけ見て、すぐ裏返しました。

「今夜は、ここにいなさい」

それだけ言って、板の間に布団を敷いてくれました。

板の間は、蚊取り線香の匂いがしました。

神主さんは、写真を紙に包んで、社務所の奥へ持っていきました。

戻ってきたとき、手を洗っていました。

三人とも、明け方まで眠れませんでした。

Bは、ずっと天井を見ていました。

Aは、途中で一度だけ言いました。

「理屈が合わんな」

怒っているような声でした。

外が白んでくると、鳥の声がしました。

その声を聞いて、私はようやく体の力が抜けました。

朝になって、お祓いをしていただきました。

御守もいただきました。

そのあと、神主さんが話をしてくれました。

「前後の分からんようになって、そのまま息を引き取る方がおられます」

「そういう方は、自分がもう帰れんことに気づいておられん」

「だから、生きている人と話をしたがるんです」

「あの目は、あの建物で長く過ごされた方でしょう」

白いもやのことも聞いたはずですが、答えは覚えていません。

私は、病室の札のことを聞きました。

裏返しになっていた、あの木の札です。

神主さんは、少し考えてから言いました。

「あれは、名札ですね」

「あの診療所は、うちの氏子さんが開いておられた」

「札を裏返すのは、その人がもう戻らないと決まったときだけでした」

裏返っていれば、その人はもう部屋にいません。

表を向いていれば、まだ入院中という扱いです。

廃業のときに、全部裏返して閉めたはずだ、とも言われました。

「先代が、そう聞いております」

神主さんは、そこで言葉を切りました。

「札が残っているとは、思いませんでした」

あの札は、名前を書いた面が表です。

裏は、何も書かれていない板のままでした。

だから、裏返っている札はただの板に見えます。

私が見たとき、壁はほとんど板の列でした。

私は、その場でBに聞きました。

Bが指ではじいた札は、どちらを向いていたのか。

Bは、はっきり覚えていました。

表を向いたままの札は、あの病室に一枚だけ残っていました。

Bがはじいたのは、その一枚です。

回って、また裏を向いた、と私は思っていました。

Bは、逆だったと言いました。

裏を向いていたものが、表になったのだ、と。

私たちの記憶は、そこだけ食い違っています。

Aに聞くと、そもそも札を見ていないと言いました。

三人で同じ部屋にいて、一人だけ見ていないのです。

そのことのほうが、私には引っかかりました。

神主さんは、名前を教えてくれませんでした。

聞いてはいけない気がして、それ以上は尋ねませんでした。

写真は、丁寧に供養すると言われました。

Bは、カメラごと預けて帰りました。

名前を呼ばれるまで気づかない人の話を、私はその後いくつか聞きました。

赤外線とリモコン

それから、特に何も起きていません。

体調を崩した者もいませんし、変な音を聞いたこともありません。

拍子抜けするほど、静かなものでした。

変わったのは、Aの持論だけです。

「幽霊は、万人に見えるか見えんかの、〇か一かしかない」

「そこは変わらん」

「けど、機械が捉えられる光の幅は、人間の目と違う」

「テレビのリモコンの赤外線かて、デジカメには映るやろ」

「なら、人間に見えんもんが写る余地はある」

Aは、そう言い直しました。

幽霊を認めたわけではない、といまでも言い張ります。

ただ、いつか構成物質を突き止めてやる、と息巻いています。

その言い方が、以前より少しだけ真剣になりました。

Aはいま、光学機器のメーカーで働いています。

検査用のカメラを設計する部署だそうです。

去年、Aから連絡がありました。

赤外線の入るカメラを持って、あの診療所へ行きたいと言うのです。

私は断りました。

理由をうまく説明できませんでした。

Bも、断ったそうです。

Bは、あれからポラロイドを買い直していません。

写真そのものは、いまも仕事で撮っています。

ただ、その場で形になるものは撮らないそうです。

「あとから直せるほうがええようになった」

去年の電話で、Bはそう言いました。

若いころと、逆のことを言っています。

その代わりに、私は一人であの神社へ寄りました。

神主さんは、代替わりしていました。

先代は、五年前に退かれたそうです。

私は、預かり物のことを尋ねました。

台帳を出してきてくれました。

あの年の欄に、確かに一行ありました。

「即席写真機 一台」と書かれていました。

ほかの行には、すべて日付が入っていました。

供養して納めた日が、几帳面に書かれています。

処分の日付を書く欄は、空白のままでした。

「見つからないんです」

新しい神主さんは、そう言いました。

「蔵は、何度も整理しているんですが」

建物のほうに残っているものの話は、この土地にもいくつかあります。

私は、礼を言って帰りました。

ポラロイドは、いまも私の手元にありません。

見ていないのに、あの目のことは細かく思い出せます。

まぶたの皺の向きまで、はっきりと。

三歩下がった場所に立っていたのは、私です。

あの目が見ていたのが誰なのかは、考えないことにしています。

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