火を借りてはいけない砂糖小屋

藍夜の水辺と灯る藁屋根小屋

今でも、わたしは砂糖を口にしない。

茶にも入れんし、菓子も断る。

八十を過ぎて、医者に糖の心配をされたことだけは、一度もない。

体にええですなあ、と若い先生に言われるたび、返事に困る。

これは、昭和二十八年の秋から冬にかけての話だ。

※

当時のわたしは二十九で、種屋をしていた。

種苗商、という。

春先に種と苗を担いで在を回り、秋には作をひととおり見て、翌年の注文を取る。

大阪の問屋から仕入れた袋を、柳行李と風呂敷に詰めて、汽車と徒歩で売り歩いた。

種の袋には、それぞれの匂いがある。

菜っ葉は青くさく、豆は粉っぽい。

瓜のたぐいは、袋越しにもうっすら甘い。

行李を開けるたび、その年の畑の匂いが先に立った。

いい商売だと思っていた。

家の前で子どもが寄ってくると、掌に種を一粒だけ載せてやった。

それだけで、その家の注文が取れることもあった。

種というのは、まだ何にもなっていないものだ。

何にもなっていないから、誰も警戒しない。

わたしは、その油断で食べていた。

※

その年の十月、わたしは初めて柏尾という在に入った。

四国の、吉野川の中流から山手へ二里ばかり上がった土地である。

讃岐山脈の南の裾で、川に沿って細長く畑がのびていた。

畑は、ほとんどが砂糖黍だった。

背丈がわたしの倍ほどもある黍が、風のたびに、いっせいに向きを変える。

その音が、雨に似ていた。

音の中を歩いていると、道の高さがわからなくなる。

足の裏が、地面に着いているのかどうか、心もとなくなるのだ。

柏尾の砂糖は上等だと、大阪の問屋で聞いていた。

和三盆の元になる白下糖で、藩政のころから値の落ちたことがないという。

問屋の番頭は、そこだけ声を落として言った。

「あの在は、しんどい年でも、しんどいなりに帳面が合うんじゃ」

意味はわからなかった。

上客になる、とだけ思った。

※

在に入ってすぐ、上の家を訪ねた。

柏尾でいちばん古い家で、当主はシゲさんという八十二の女だった。

背は低く、腰も曲がっていたが、目だけが妙に若い。

土間に立ったわたしを、下から上まで、値踏みするように見た。

「種屋さんな。上がりなはれ」

座敷は暗く、柱も梁も飴色に光っていた。

金持ちの家の暗さ、というものがある。

物が少なく、隅々まで拭き込まれていて、それでいて冷たい。

シゲさんは、わたしの持ってきた袋をひとつずつ手に取り、口を開けて匂いを嗅いだ。

そして、注文を取る前に、こう言った。

「うちは、畑の物を食べんのじゃ」

聞き違いかと思って、聞き返した。

「畑の物を、ですか」

「うちの畑から出たもんは、食べん。米も菜も、砂糖もな」

シゲさんは、湯呑みを持ち上げて茶を啜った。

茶にも、砂糖は入っていなかった。

「町の店で買うたもんを食う。昔からそうしとる」

わたしは、金持ちの家の変わった作法だろうと思った。

実際、そういう家はある。

産土の物を口にせん、という家は、他所でも聞いたことがあった。

だから、深くは聞かなかった。

そこが、わたしの生涯でいちばんの不注意だった。

※

商談のあと、シゲさんは久七という男を呼んだ。

五十半ばの、肩の厚い男だった。

釜前を三十年やっとる、と紹介された。

砂糖しめ場の、火の番の頭である。

畑を見せてもらえますか、と言うと、久七は黙って顎をしゃくった。

しめ小屋は、在のいちばん川寄りにあった。

茅葺きの、間口の広い低い建物で、土間に大きな釜が三つ据えてある。

牛に挽かせる搾り車が、隅で油に濡れていた。

釜の下の焚き口は、煤で真っ黒だった。

中は、甘かった。

火は入っていないのに、甘い。

壁にも、梁にも、土間にも、何十年ぶんかの蜜が染みているのだと、久七が言った。

「ここの匂いは、洗うても取れん」

わたしは、その匂いを吸い込んで、少しだけ気分が良くなった。

甘いものの匂いは、人を油断させる。

そういうふうに出来ている。

久七は、釜の縁を手のひらで撫でながら、仕事の順を教えてくれた。

黍を車で搾り、汁を桶に取る。

それを一の釜で沸かし、灰汁を掬いながら二の釜、三の釜と移していく。

最後に糖蜜を含んだまま型に流したものが白下糖で、それを町の座で研いで和三盆になる。

「焦がしたら、その一釜は捨てじゃ」

「火加減ですか」

「火は、人が見とらんと片寄る」

柱には、鉈で付けたらしい横の刻みが、上から下へびっしりと並んでいた。

背丈を測ったにしては、間が詰まりすぎている。

いちばん下の刻みだけが、まだ木肌の色をしていた。

これは何ですか、と訊いた。

久七は、刻みを指でなぞってから、手を引いた。

「勘定や」

それ以上は言わなかった。

※

その晩は、川口屋という宿に泊まった。

女将はおトヨさんといって、よく喋る人だった。

柏尾の家々の内情を、頼みもしないのに端から教えてくれる。

上の家は昔から金持ちで、しかし跡取りが続かんのだという話も、その晩に聞いた。

「養子ばっかりよ。三代続けて養子や」

「血が絶えたんですか」

「絶えたんやない。よそから入れるんが、決まりみたいになっとる」

おトヨさんは、それを不幸なことのようには言わなかった。

むしろ、当たり前の手続きのように言った。

わたしが行李から燐寸を探しあぐね、竈の熾を掻いたときだった。

おトヨさんが、急に真顔になった。

「あんた、名は」

「河内といいます」

「そうやない。火を借りるときは、名を言うてから借りるんじゃ」

「はあ」

「この在では、火を借りるときは、必ず名を言うてから借りる」

おトヨさんは、そう言って、自分で熾を掻き分けた。

「河内さんが火を借ります、言うてな」

言われたとおりに言うと、おトヨさんは満足そうに笑った。

「よそでは笑われるけどな。ここではそうする」

わたしは、山の在にはよくある験担ぎだと思った。

思ったところまでは、覚えている。

※

三夜の話を聞いたのは、その次の日の朝だ。

朝飯のとき、おトヨさんが柱の暦を見ながら独り言のように言った。

「今年の立冬は、七日じゃな」

「何かあるんですか」

「小屋に近寄らん日じゃ」

「しめ小屋にですか」

「立冬と、冬至と、節分。三つの晩だけは、誰も行かん」

「なぜです」

おトヨさんは、飯をよそう手を止めなかった。

「昔からそうじゃ」

それだけだった。

わたしは、火の用心か何かだろうと思った。

砂糖を煮る釜は、火を落とすのに骨が折れる。

夜通しの見張りを嫌って、その三日は焚かんことにしているのだと、勝手に納得した。

納得というのは、恐ろしいものだ。

わからないことに、自分で蓋をしてしまう。

蓋をした場所は、二度と気にならなくなる。

※

その秋、わたしは新しい甘蔗の苗を売り込むつもりでいた。

台湾から入った系統で、茎が太く、汁の出がいいという触れ込みだった。

だが、在の衆は動かなかった。

柏尾の黍は柏尾の黍で、二百年変えていないという。

「甘さが違うんじゃ」と、誰もが同じことを言った。

甘さが違う、というのは商売の場では反論しにくい言葉である。

それなら、煮てみせるしかない。

搾って、煮詰めて、白下にして、舐めてもらう。

甘さは、口に入れれば一遍でわかる。

わたしは久七に、しめ小屋を一晩貸してくれと頼んだ。

久七は、目を細めてわたしを見た。

「いつじゃ」

「七日の晩を考えとります」

在の衆の寄合が六日にあって、その翌朝に白下を配れば話が早いと踏んだのだ。

久七は、それから長いこと黙っていた。

「あんた、七日が何の日か知っとるか」

「立冬でしょう」

「知っとるんか」

「小屋に近寄らん日やと、宿で聞きました」

すると久七は、はじめて笑った。

笑ったのに、目は笑っていなかった。

「ほな、好きにしなはれ」

そう言って、鍵も渡さずに背中を向けた。

しめ小屋には、そもそも錠が付いていなかった。

※

十一月七日。

その日は朝から風がなく、川面に霧が薄く残っていた。

夕方までに、わたしは黍を一荷分けてもらい、搾り車を回して汁を取った。

牛は借りられなかったので、自分で棒を押して回した。

一人でやるものではない。

半刻もすると肩が焼けて、手のひらの皮が剥けた。

汁が桶に二杯たまったころには、日が落ちていた。

釜に火を入れたのは、六時をいくらか回ったあたりだと思う。

焚き口に薪を組み、藁を差して、燐寸を擦った。

火が起きたとき、わたしは何も言わなかった。

名を言え、と教えられたのを忘れていたわけではない。

面倒だったのだ。

おトヨさんは、ここにいない。

それだけの理由だった。

汁は、煮ると匂いが変わる。

はじめは青くさく、途中から蜜になり、最後に焦げの手前で丸くなる。

その匂いが、屋根の抜き穴から煙になって出ていくのが、外からもわかったはずだ。

甘い煙というのは、思うより遠くまで届く。

風の無い晩は、なおさら遠くへ行く。

※

夜の九時を回ったころだったと思う。

薪が崩れて、火が片寄った。

釜の底が焦げると、その一釜は駄目になる。

わたしは杓子を置いて、焚き口の前へ屈んだ。

屈む前に、火は直っていた。

薪が組み直され、熾が均されて、青い炎が釜の底を平らに舐めている。

わたしは、久七が来てくれたのだと思った。

「久七さん、助かります」

戸口のほうに声をかけた。

返事はなかった。

振り向くと、戸は閉まっていた。

閉めた覚えは、あった。

外は真っ暗で、黍を刈った畑に、何ひとつ動くものはなかった。

わたしは、また杓子を持った。

持ってしまえば、手のほうが先に仕事に戻る。

※

それから朝までのことを、わたしはうまく思い出せない。

釜を三度返し、灰汁を掬い、白下を型に流したはずだ。

実際、型は満ちていた。

手は、たしかに動いていた。

だが、その間ずっと、誰かと喋っていたような気がしてならない。

喋った中身は、ひとつも残っていない。

残っているのは、相槌の感覚だけだ。

話を聞いて、うなずいた、あの首の疲れだけが翌日まであった。

気がつくと、戸の隙間が白かった。

火は落ちていた。

落とした覚えは、なかった。

※

朝、宿へ戻ると、おトヨさんが土間の真ん中に立っていた。

わたしを見て、何も言わずに、二歩下がった。

「どうしました」

「あんた、匂う」

自分の袖を嗅いだ。

砂糖を煮た匂いがするのは当たり前だと思った。

だが、袖から立つのは、それではなかった。

甘いことは甘い。

甘いのに、古い。

壺の底に何年も置いた蜜が、黴びかけたような匂いだった。

湯を使い、着替えても、匂いは取れなかった。

三日たっても取れなかった。

七日目に、匂いが着物からではなく、わたしの息から出ていることに気がついた。

口を閉じていると、鼻の奥が甘い。

自分の息の匂いというのは、普通は嗅げないものである。

※

九日の昼、わたしはしめ小屋へ道具を返しに行った。

釜は洗ってあった。

洗ったのは自分だと思っていたが、洗い方が自分のやり方ではなかった。

釜の内側を覗き込んで、それに気がついた。

縁の内側に、指の跡がある。

蜜が乾いてこびりついた、細い指の跡だった。

場所が悪い。

釜の内側の、縁から三寸ばかり下がったところである。

外から手を入れて、そこに指をかけることはできる。

だが、その付き方は、内側から縁を掴んだ形だった。

掴んで、体を持ち上げようとした形である。

指は、四本しか付いていなかった。

わたしは、水を汲んでそれを洗った。

洗ったが、こすったところだけ、木肌のように色が抜けた。

※

その帰り道で、隣家のミツという子に会った。

九つの女の子で、種を一粒やった相手である。

ミツは道の真ん中に立って、わたしを見上げた。

「おっちゃん、あの晩、誰と煮とったん」

「一人じゃ」

「うそ」

ミツは、指で小屋のほうを差した。

「二人が笑うとった」

「聞き違いじゃ」

「ずっと笑うとった。夜中まで」

わたしは、笑った覚えがなかった。

一晩じゅう、笑うようなことは、何ひとつなかった。

「どっちの声が大きかった」

われながら、妙なことを訊いたと思う。

ミツは、少し考えてから言った。

「おっちゃんのほうが、あとから笑うとった」

それから、急に泣きそうな顔になった。

「おっちゃん、ごめん」

何を謝られたのかは、今もわからない。

ミツは、そのまま走って行った。

※

十日の朝、わたしは宿の帳面を見せてもらった。

注文を控えた自分の受注簿と、日付が一日合わなかった。

受注簿では、柏尾の三軒を回ったのが八日になっている。

宿帳では、八日の欄が空白で、わたしは九日の朝に戻ったことになっていた。

おトヨさんは、首を傾げた。

「あんた、七日の晩に出て、九日の朝に戻ってきたが」

「一晩です」

「二晩じゃ」

「一晩しか、焚いとりません」

「わしは、二晩ぶん米を炊いた」

炊いた米の数を間違える女将ではなかった。

汽車の切符も見た。

帰りに買っておいた切符の日付が、わたしの記憶より一日先に進んでいた。

一日、どこかに落ちていた。

落とした場所には、心当たりがあった。

※

十一日、宗玄寺を訪ねた。

住職は七十を越えた痩せた人で、庫裏の縁で豆を選っていた。

柏尾の砂糖のことを訊くと、はじめは商売の話だと思ったらしい。

「値のことなら、上の家に訊きなされ」

「そうではのうて、なぜ値が落ちんのかを」

住職は、しばらくわたしの顔を見ていた。

それから、奥の戸棚から古い綴りを出してきた。

「砂糖方帳という」

藩に納めた砂糖の量を、年ごとに書き付けた帳面の写しだった。

紙は茶色く、墨は薄い。

住職は、ある年のところで指を止めた。

天保の飢饉の年である。

「この年、阿波じゅうの在が、納めを半分に減らしとる」

「柏尾は」

「減らしとらん」

数字は、前の年と同じだった。

その次の年も、また同じだった。

「畑は、同じように枯れたはずじゃ」

「では、どこから出したんです」

住職は、帳面を閉じた。

「その年、柏尾から人が減った」

「病ですか」

「過去帳には、名が載っとらん」

載っていない、というのがどういうことか、わたしにはわからなかった。

「無縁ということですか」

「無縁なら、無縁として載る」

住職は、それ以上は説明しなかった。

茶も出さなかった。

帰り際に、こう言っただけだ。

「柏尾は、甘いもんを差し上げる在じゃ」

「差し上げる、とは」

「三つの晩に、煙をな」

「誰にです」

住職は、庭の南を見た。

南には、黍を刈ったあとの畑と、その先に川があるだけだった。

「膳を出すときに、いちいち客の名を呼ぶ家はない」

そう言って、豆を選る手に戻った。

※

その足で、わたしは久七を訪ねた。

久七は、自分の家の縁側で、藁を打っていた。

「七日の晩、小屋に来ましたか」

久七は、槌を止めなかった。

「行っとらん」

「火を直してくれたでしょう」

「行っとらん」

「わたしは礼を言いました」

「わしは、隣村の寄合におった」

それは、本当だった。

あとで確かめると、その晩の寄合には十人が出ていて、久七は最後まで座敷にいたという。

帰りは夜が明けてからで、峠を越えるのに二時間かかっている。

十人が、同じことを言った。

役場の書記まで同じことを言った。

それでも、わたしは食い下がった。

「では、あれは誰です」

久七は、はじめて槌を置いた。

そして、わたしの顔ではなく、わたしの後ろを見た。

「訊きなさんな」

「訊きます」

「訊いたら、こっちを向くけんの」

その日は、それで終わった。

※

十二月に入っても、わたしは柏尾を離れなかった。

理由は、自分でもよくわからない。

注文は、もう取り終えていた。

それでも、川口屋に居続けた。

おトヨさんは、途中から宿賃を半分しか取らなくなった。

「あんた、痩せたな」

毎朝そう言われた。

鏡を見ると、たしかに頬がこけていた。

腹は減るのに、飯が甘く感じられて食えなかった。

白い飯が、砂糖水を吸ったように甘い。

沢庵も甘い。

味噌汁まで甘い。

医者にかかろうかと思ったが、町までは半日かかる。

半日、柏尾を離れるのが、なぜか嫌だった。

※

十二月二十二日。

冬至である。

その晩、わたしは宿の二階の窓から、しめ小屋のほうを見ていた。

見るつもりはなかった。

雨戸を閉めようとして、手が止まったのだ。

小屋の抜き穴から、煙が上がっていた。

細い、白い煙だった。

その晩は北から風が吹いていて、川端の柳がいっせいに南へ倒れていた。

煙は、北へ流れていた。

風上へ、まっすぐに。

曲がりもせず、乱れもせず、糸を引くように北へ入っていく。

わたしは、下駄も履かずに宿を出た。

※

畑の間の道は、黍を刈ったあとで見通しがよかった。

刈り株を踏むと、足の裏が痛い。

痛みだけが、確かなものだった。

小屋の戸は、細く開いていた。

中は、明るかった。

釜のひとつに火が入っていて、湯気が天井を這っている。

土間の真ん中に、久七が座っていた。

一人だった。

胡座を組んで、釜の火をじっと見ている。

わたしが入っても、顔を上げなかった。

「久七さん」

「来なはんなと、言うたはずじゃ」

「言われてません」

「言うたはずじゃ」

久七は、火から目を離さずに言った。

「あんた、七日の晩に、名を言うたか」

「言うとりません」

「そうじゃろ」

久七は、そこでやっと、わたしを見た。

「あの晩わしは、あんたの名を言うて、火を借りた」

意味がわからなかった。

わからないのに、膝が抜けた。

土間に手をついた。

その手の下も、甘かった。

「隣村におったでしょう」

「おった」

「では、どうやって」

「名を言えばええ」

久七は、そう言って、また火に目を戻した。

「火は、名で借りるもんじゃ。誰の名でもええ」

「わたしの名で、あなたが借りた」

「そうじゃ」

「そうすると、どうなるんです」

久七は、しばらく黙っていた。

「膳は一人前しか出ん」

「膳」

「七日の晩、あの小屋におった者が、膳じゃ」

わたしは、自分の指を見た。

釜の内側の、四本しかない指の跡を思い出した。

「わたしが、膳だったんですか」

「あんたの名で借りた火の前におったのは、わしということになる」

「なりません」

「なるんじゃ。名で決まる」

「わたしはそこにおりました」

「おっただけじゃ」

久七は、そう言って、少し笑った。

「おるだけの者は、勘定に入らん」

※

わたしは、柱を見た。

鉈の刻みが、上から下へ並んでいる。

十月に見たときと、違っていた。

いちばん下の刻みは、もう黒くなっていた。

その下に、新しい刻みが一本、木肌の色で入っていた。

久七は、わたしの視線を追わなかった。

追わなくても、わかっていたのだろう。

「あんたはもう、名を返してもろた」

「返してもろた、とは」

「もう匂わんじゃろ」

言われて、自分の袖を嗅いだ。

匂わなかった。

息にも、何も残っていなかった。

いつ消えたのか、まったく気がつかなかった。

消えたことに気づかせないのが、いちばん質の悪いやり方だと思う。

「二度と来なさんな」

久七は、それだけ言った。

わたしは、何か言おうとして、言葉が出なかった。

出ないまま、後ずさりで小屋を出た。

戸を閉めるとき、中から声が聞こえた。

久七の声ではなかった。

とても丁寧な、女のような声だった。

「おかわりを」

わたしは、戸を閉めた。

※

翌朝の一番で、柏尾を出た。

おトヨさんは、宿賃を受け取らなかった。

「あんたは、もうええ」

それだけ言って、奥へ引っ込んだ。

汽車に乗るまで、誰にも会わなかった。

黍を刈ったあとの畑は、ただの土だった。

上の家の門も閉まっていた。

シゲさんが見送りに出るような人でないことは、わかっていた。

それでも、閉まった門を見たときに、はっきりと、追い出されたのだと思った。

※

柏尾には、それから二度と行かなかった。

だが、話だけは耳に入ってきた。

久七は、その後三十年、釜前を続けたそうだ。

三十年のあいだ、立冬と冬至と節分の晩は、必ず一人で小屋に入った。

在の者は、誰もその晩に外へ出なかった。

久七が在から居なくなったのは、昭和五十八年だと聞いた。

どこへ行ったのかは、誰も言わなかった。

四国を出た、とだけ言う者もあった。

上の家の墓所に、名の無い石が一つ増えた、と言う者もあった。

どちらが本当かは、確かめていない。

確かめる気になれなかった、というのが正しい。

※

平成に入って、一度だけ柏尾へ行った。

六十を越えて、商売も畳んだあとだった。

在は、思ったより変わっていなかった。

砂糖黍の畑は減って、蜜柑と桑に変わっていた。

川口屋はもう無く、おトヨさんも、シゲさんも、とうに向こうへ渡っていた。

道で会った年寄りに、しめ小屋のことを訊いた。

「しめ小屋」

「砂糖を煮とった、川寄りの茅葺きの」

年寄りは、笑った。

「そんなもん、この在には無い」

別の家でも訊いた。

「昔からそんな小屋は無い」

郵便局でも訊いた。

局員は若い男で、親切に地図を出して見せてくれた。

川寄りには、何も無かった。

それでも、わたしは歩いた。

道は覚えていた。

足の裏が、刈り株の痛みを覚えていた。

※

小屋は、あった。

茅は落ちて、梁が半分傾いでいた。

釜は三つとも、土に埋まりかけていた。

中は、まだ甘かった。

四十年たっても、匂いは取れていなかった。

柱を探した。

すぐに見つかった。

刻みは、上から下へ並んでいた。

いちばん下の刻みは、黒かった。

その下に、新しい刻みが一本、木肌の色で入っていた。

わたしは、それを長いこと見ていた。

指では触らなかった。

帰りの汽車の中で、ひとつだけ考えたことがある。

あの晩わたしと喋っていた者は、わたしの相槌を、承知と受け取ったのではないか。

何を承知したのかは、思い出せない。

思い出せないものは、断ることもできない。

※

今年で、あれから七十三年になる。

砂糖は、いまだに口にしない。

甘いものの匂いを嗅ぐと、膝から力が抜ける。

それでも、たいていの日は何ごともない。

今朝、誰も火を使うていない台所が、甘かった。

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