火を借りてはいけない砂糖小屋

藍夜の水辺と灯る藁屋根小屋

今でも、わたしは砂糖を口にしない。

茶にも入れんし、菓子も断る。

八十を過ぎて、医者に糖の心配をされたことだけは、一度もない。

体にええですなあ、と若い先生に言われるたび、返事に困る。

これは、昭和二十八年の秋から冬にかけての話だ。

当時のわたしは二十九で、種屋をしていた。

種苗商、という。

春先に種と苗を担いで在を回り、秋には作をひととおり見て、翌年の注文を取る。

大阪の問屋から仕入れた袋を、柳行李と風呂敷に詰めて、汽車と徒歩で売り歩いた。

種の袋には、それぞれの匂いがある。

菜っ葉は青くさく、豆は粉っぽい。

瓜のたぐいは、袋越しにもうっすら甘い。

行李を開けるたび、その年の畑の匂いが先に立った。

いい商売だと思っていた。

家の前で子どもが寄ってくると、掌に種を一粒だけ載せてやった。

それだけで、その家の注文が取れることもあった。

種というのは、まだ何にもなっていないものだ。

何にもなっていないから、誰も警戒しない。

わたしは、その油断で食べていた。

その年の十月、わたしは初めて柏尾という在に入った。

四国の、吉野川の中流から山手へ二里ばかり上がった土地である。

讃岐山脈の南の裾で、川に沿って細長く畑がのびていた。

畑は、ほとんどが砂糖黍だった。

背丈がわたしの倍ほどもある黍が、風のたびに、いっせいに向きを変える。

その音が、雨に似ていた。

音の中を歩いていると、道の高さがわからなくなる。

足の裏が、地面に着いているのかどうか、心もとなくなるのだ。

柏尾の砂糖は上等だと、大阪の問屋で聞いていた。

和三盆の元になる白下糖で、藩政のころから値の落ちたことがないという。

問屋の番頭は、そこだけ声を落として言った。

「あの在は、しんどい年でも、しんどいなりに帳面が合うんじゃ」

意味はわからなかった。

上客になる、とだけ思った。

在に入ってすぐ、上の家を訪ねた。

柏尾でいちばん古い家で、当主はシゲさんという八十二の女だった。

背は低く、腰も曲がっていたが、目だけが妙に若い。

土間に立ったわたしを、下から上まで、値踏みするように見た。

「種屋さんな。上がりなはれ」

座敷は暗く、柱も梁も飴色に光っていた。

金持ちの家の暗さ、というものがある。

物が少なく、隅々まで拭き込まれていて、それでいて冷たい。

シゲさんは、わたしの持ってきた袋をひとつずつ手に取り、口を開けて匂いを嗅いだ。

そして、注文を取る前に、こう言った。

「うちは、畑の物を食べんのじゃ」

聞き違いかと思って、聞き返した。

「畑の物を、ですか」

「うちの畑から出たもんは、食べん。米も菜も、砂糖もな」

シゲさんは、湯呑みを持ち上げて茶を啜った。

茶にも、砂糖は入っていなかった。

「町の店で買うたもんを食う。昔からそうしとる」

わたしは、金持ちの家の変わった作法だろうと思った。

実際、そういう家はある。

産土の物を口にせん、という家は、他所でも聞いたことがあった。

だから、深くは聞かなかった。

そこが、わたしの生涯でいちばんの不注意だった。

商談のあと、シゲさんは久七という男を呼んだ。

五十半ばの、肩の厚い男だった。

釜前を三十年やっとる、と紹介された。

砂糖しめ場の、火の番の頭である。

畑を見せてもらえますか、と言うと、久七は黙って顎をしゃくった。

しめ小屋は、在のいちばん川寄りにあった。

茅葺きの、間口の広い低い建物で、土間に大きな釜が三つ据えてある。

牛に挽かせる搾り車が、隅で油に濡れていた。

釜の下の焚き口は、煤で真っ黒だった。

中は、甘かった。

火は入っていないのに、甘い。

壁にも、梁にも、土間にも、何十年ぶんかの蜜が染みているのだと、久七が言った。

「ここの匂いは、洗うても取れん」

わたしは、その匂いを吸い込んで、少しだけ気分が良くなった。

甘いものの匂いは、人を油断させる。

そういうふうに出来ている。

久七は、釜の縁を手のひらで撫でながら、仕事の順を教えてくれた。

黍を車で搾り、汁を桶に取る。

それを一の釜で沸かし、灰汁を掬いながら二の釜、三の釜と移していく。

最後に糖蜜を含んだまま型に流したものが白下糖で、それを町の座で研いで和三盆になる。

「焦がしたら、その一釜は捨てじゃ」

「火加減ですか」

「火は、人が見とらんと片寄る」

柱には、鉈で付けたらしい横の刻みが、上から下へびっしりと並んでいた。

背丈を測ったにしては、間が詰まりすぎている。

いちばん下の刻みだけが、まだ木肌の色をしていた。

これは何ですか、と訊いた。

久七は、刻みを指でなぞってから、手を引いた。

「勘定や」

それ以上は言わなかった。

その晩は、川口屋という宿に泊まった。

女将はおトヨさんといって、よく喋る人だった。

柏尾の家々の内情を、頼みもしないのに端から教えてくれる。

上の家は昔から金持ちで、しかし跡取りが続かんのだという話も、その晩に聞いた。

「養子ばっかりよ。三代続けて養子や」

「血が絶えたんですか」

「絶えたんやない。よそから入れるんが、決まりみたいになっとる」

おトヨさんは、それを不幸なことのようには言わなかった。

むしろ、当たり前の手続きのように言った。

わたしが行李から燐寸を探しあぐね、竈の熾を掻いたときだった。

おトヨさんが、急に真顔になった。

「あんた、名は」

「河内といいます」

「そうやない。火を借りるときは、名を言うてから借りるんじゃ」

「はあ」

「この在では、火を借りるときは、必ず名を言うてから借りる」

おトヨさんは、そう言って、自分で熾を掻き分けた。

「河内さんが火を借ります、言うてな」

言われたとおりに言うと、おトヨさんは満足そうに笑った。

「よそでは笑われるけどな。ここではそうする」

わたしは、山の在にはよくある験担ぎだと思った。

思ったところまでは、覚えている。

三夜の話を聞いたのは、その次の日の朝だ。

朝飯のとき、おトヨさんが柱の暦を見ながら独り言のように言った。

「今年の立冬は、七日じゃな」

「何かあるんですか」

「小屋に近寄らん日じゃ」

「しめ小屋にですか」

「立冬と、冬至と、節分。三つの晩だけは、誰も行かん」

「なぜです」

おトヨさんは、飯をよそう手を止めなかった。

「昔からそうじゃ」

それだけだった。

わたしは、火の用心か何かだろうと思った。

砂糖を煮る釜は、火を落とすのに骨が折れる。

夜通しの見張りを嫌って、その三日は焚かんことにしているのだと、勝手に納得した。

納得というのは、恐ろしいものだ。

わからないことに、自分で蓋をしてしまう。

蓋をした場所は、二度と気にならなくなる。

その秋、わたしは新しい甘蔗の苗を売り込むつもりでいた。

台湾から入った系統で、茎が太く、汁の出がいいという触れ込みだった。

だが、在の衆は動かなかった。

柏尾の黍は柏尾の黍で、二百年変えていないという。

「甘さが違うんじゃ」と、誰もが同じことを言った。

甘さが違う、というのは商売の場では反論しにくい言葉である。

それなら、煮てみせるしかない。

搾って、煮詰めて、白下にして、舐めてもらう。

甘さは、口に入れれば一遍でわかる。

わたしは久七に、しめ小屋を一晩貸してくれと頼んだ。

久七は、目を細めてわたしを見た。

「いつじゃ」

「七日の晩を考えとります」

在の衆の寄合が六日にあって、その翌朝に白下を配れば話が早いと踏んだのだ。

久七は、それから長いこと黙っていた。

「あんた、七日が何の日か知っとるか」

「立冬でしょう」

「知っとるんか」

「小屋に近寄らん日やと、宿で聞きました」

すると久七は、はじめて笑った。

笑ったのに、目は笑っていなかった。

「ほな、好きにしなはれ」

そう言って、鍵も渡さずに背中を向けた。

しめ小屋には、そもそも錠が付いていなかった。

十一月七日。

その日は朝から風がなく、川面に霧が薄く残っていた。

夕方までに、わたしは黍を一荷分けてもらい、搾り車を回して汁を取った。

牛は借りられなかったので、自分で棒を押して回した。

一人でやるものではない。

半刻もすると肩が焼けて、手のひらの皮が剥けた。

汁が桶に二杯たまったころには、日が落ちていた。

釜に火を入れたのは、六時をいくらか回ったあたりだと思う。

焚き口に薪を組み、藁を差して、燐寸を擦った。

火が起きたとき、わたしは何も言わなかった。

名を言え、と教えられたのを忘れていたわけではない。

面倒だったのだ。

おトヨさんは、ここにいない。

それだけの理由だった。

汁は、煮ると匂いが変わる。

はじめは青くさく、途中から蜜になり、最後に焦げの手前で丸くなる。

その匂いが、屋根の抜き穴から煙になって出ていくのが、外からもわかったはずだ。

甘い煙というのは、思うより遠くまで届く。

風の無い晩は、なおさら遠くへ行く。

夜の九時を回ったころだったと思う。

薪が崩れて、火が片寄った。

釜の底が焦げると、その一釜は駄目になる。

わたしは杓子を置いて、焚き口の前へ屈んだ。

屈む前に、火は直っていた。

薪が組み直され、熾が均されて、青い炎が釜の底を平らに舐めている。

わたしは、久七が来てくれたのだと思った。

「久七さん、助かります」

戸口のほうに声をかけた。

返事はなかった。

振り向くと、戸は閉まっていた。

閉めた覚えは、あった。

外は真っ暗で、黍を刈った畑に、何ひとつ動くものはなかった。

わたしは、また杓子を持った。

持ってしまえば、手のほうが先に仕事に戻る。

それから朝までのことを、わたしはうまく思い出せない。

釜を三度返し、灰汁を掬い、白下を型に流したはずだ。

実際、型は満ちていた。

手は、たしかに動いていた。

だが、その間ずっと、誰かと喋っていたような気がしてならない。

喋った中身は、ひとつも残っていない。

残っているのは、相槌の感覚だけだ。

話を聞いて、うなずいた、あの首の疲れだけが翌日まであった。

気がつくと、戸の隙間が白かった。

火は落ちていた。

落とした覚えは、なかった。

朝、宿へ戻ると、おトヨさんが土間の真ん中に立っていた。

わたしを見て、何も言わずに、二歩下がった。

「どうしました」

「あんた、匂う」

自分の袖を嗅いだ。

砂糖を煮た匂いがするのは当たり前だと思った。

だが、袖から立つのは、それではなかった。

甘いことは甘い。

甘いのに、古い。

壺の底に何年も置いた蜜が、黴びかけたような匂いだった。

湯を使い、着替えても、匂いは取れなかった。

三日たっても取れなかった。

七日目に、匂いが着物からではなく、わたしの息から出ていることに気がついた。

口を閉じていると、鼻の奥が甘い。

自分の息の匂いというのは、普通は嗅げないものである。

九日の昼、わたしはしめ小屋へ道具を返しに行った。

釜は洗ってあった。

洗ったのは自分だと思っていたが、洗い方が自分のやり方ではなかった。

釜の内側を覗き込んで、それに気がついた。

縁の内側に、指の跡がある。

蜜が乾いてこびりついた、細い指の跡だった。

場所が悪い。

釜の内側の、縁から三寸ばかり下がったところである。

外から手を入れて、そこに指をかけることはできる。

だが、その付き方は、内側から縁を掴んだ形だった。

掴んで、体を持ち上げようとした形である。

指は、四本しか付いていなかった。

わたしは、水を汲んでそれを洗った。

洗ったが、こすったところだけ、木肌のように色が抜けた。

その帰り道で、隣家のミツという子に会った。

九つの女の子で、種を一粒やった相手である。

ミツは道の真ん中に立って、わたしを見上げた。

「おっちゃん、あの晩、誰と煮とったん」

「一人じゃ」

「うそ」

ミツは、指で小屋のほうを差した。

「二人が笑うとった」

「聞き違いじゃ」

「ずっと笑うとった。夜中まで」

わたしは、笑った覚えがなかった。

一晩じゅう、笑うようなことは、何ひとつなかった。

「どっちの声が大きかった」

われながら、妙なことを訊いたと思う。

ミツは、少し考えてから言った。

「おっちゃんのほうが、あとから笑うとった」

それから、急に泣きそうな顔になった。

「おっちゃん、ごめん」

何を謝られたのかは、今もわからない。

ミツは、そのまま走って行った。

十日の朝、わたしは宿の帳面を見せてもらった。

注文を控えた自分の受注簿と、日付が一日合わなかった。

受注簿では、柏尾の三軒を回ったのが八日になっている。

宿帳では、八日の欄が空白で、わたしは九日の朝に戻ったことになっていた。

おトヨさんは、首を傾げた。

「あんた、七日の晩に出て、九日の朝に戻ってきたが」

「一晩です」

「二晩じゃ」

「一晩しか、焚いとりません」

「わしは、二晩ぶん米を炊いた」

炊いた米の数を間違える女将ではなかった。

汽車の切符も見た。

帰りに買っておいた切符の日付が、わたしの記憶より一日先に進んでいた。

一日、どこかに落ちていた。

落とした場所には、心当たりがあった。

十一日、宗玄寺を訪ねた。

住職は七十を越えた痩せた人で、庫裏の縁で豆を選っていた。

柏尾の砂糖のことを訊くと、はじめは商売の話だと思ったらしい。

「値のことなら、上の家に訊きなされ」

「そうではのうて、なぜ値が落ちんのかを」

住職は、しばらくわたしの顔を見ていた。

それから、奥の戸棚から古い綴りを出してきた。

「砂糖方帳という」

藩に納めた砂糖の量を、年ごとに書き付けた帳面の写しだった。

紙は茶色く、墨は薄い。

住職は、ある年のところで指を止めた。

天保の飢饉の年である。

「この年、阿波じゅうの在が、納めを半分に減らしとる」

「柏尾は」

「減らしとらん」

数字は、前の年と同じだった。

その次の年も、また同じだった。

「畑は、同じように枯れたはずじゃ」

「では、どこから出したんです」

住職は、帳面を閉じた。

「その年、柏尾から人が減った」

「病ですか」

「過去帳には、名が載っとらん」

載っていない、というのがどういうことか、わたしにはわからなかった。

「無縁ということですか」

「無縁なら、無縁として載る」

住職は、それ以上は説明しなかった。

茶も出さなかった。

帰り際に、こう言っただけだ。

「柏尾は、甘いもんを差し上げる在じゃ」

「差し上げる、とは」

「三つの晩に、煙をな」

「誰にです」

住職は、庭の南を見た。

南には、黍を刈ったあとの畑と、その先に川があるだけだった。

「膳を出すときに、いちいち客の名を呼ぶ家はない」

そう言って、豆を選る手に戻った。

その足で、わたしは久七を訪ねた。

久七は、自分の家の縁側で、藁を打っていた。

「七日の晩、小屋に来ましたか」

久七は、槌を止めなかった。

「行っとらん」

「火を直してくれたでしょう」

「行っとらん」

「わたしは礼を言いました」

「わしは、隣村の寄合におった」

それは、本当だった。

あとで確かめると、その晩の寄合には十人が出ていて、久七は最後まで座敷にいたという。

帰りは夜が明けてからで、峠を越えるのに二時間かかっている。

十人が、同じことを言った。

役場の書記まで同じことを言った。

それでも、わたしは食い下がった。

「では、あれは誰です」

久七は、はじめて槌を置いた。

そして、わたしの顔ではなく、わたしの後ろを見た。

「訊きなさんな」

「訊きます」

「訊いたら、こっちを向くけんの」

その日は、それで終わった。

十二月に入っても、わたしは柏尾を離れなかった。

理由は、自分でもよくわからない。

注文は、もう取り終えていた。

それでも、川口屋に居続けた。

おトヨさんは、途中から宿賃を半分しか取らなくなった。

「あんた、痩せたな」

毎朝そう言われた。

鏡を見ると、たしかに頬がこけていた。

腹は減るのに、飯が甘く感じられて食えなかった。

白い飯が、砂糖水を吸ったように甘い。

沢庵も甘い。

味噌汁まで甘い。

医者にかかろうかと思ったが、町までは半日かかる。

半日、柏尾を離れるのが、なぜか嫌だった。

十二月二十二日。

冬至である。

その晩、わたしは宿の二階の窓から、しめ小屋のほうを見ていた。

見るつもりはなかった。

雨戸を閉めようとして、手が止まったのだ。

小屋の抜き穴から、煙が上がっていた。

細い、白い煙だった。

その晩は北から風が吹いていて、川端の柳がいっせいに南へ倒れていた。

煙は、北へ流れていた。

風上へ、まっすぐに。

曲がりもせず、乱れもせず、糸を引くように北へ入っていく。

わたしは、下駄も履かずに宿を出た。

畑の間の道は、黍を刈ったあとで見通しがよかった。

刈り株を踏むと、足の裏が痛い。

痛みだけが、確かなものだった。

小屋の戸は、細く開いていた。

中は、明るかった。

釜のひとつに火が入っていて、湯気が天井を這っている。

土間の真ん中に、久七が座っていた。

一人だった。

胡座を組んで、釜の火をじっと見ている。

わたしが入っても、顔を上げなかった。

「久七さん」

「来なはんなと、言うたはずじゃ」

「言われてません」

「言うたはずじゃ」

久七は、火から目を離さずに言った。

「あんた、七日の晩に、名を言うたか」

「言うとりません」

「そうじゃろ」

久七は、そこでやっと、わたしを見た。

「あの晩わしは、あんたの名を言うて、火を借りた」

意味がわからなかった。

わからないのに、膝が抜けた。

土間に手をついた。

その手の下も、甘かった。

「隣村におったでしょう」

「おった」

「では、どうやって」

「名を言えばええ」

久七は、そう言って、また火に目を戻した。

「火は、名で借りるもんじゃ。誰の名でもええ」

「わたしの名で、あなたが借りた」

「そうじゃ」

「そうすると、どうなるんです」

久七は、しばらく黙っていた。

「膳は一人前しか出ん」

「膳」

「七日の晩、あの小屋におった者が、膳じゃ」

わたしは、自分の指を見た。

釜の内側の、四本しかない指の跡を思い出した。

「わたしが、膳だったんですか」

「あんたの名で借りた火の前におったのは、わしということになる」

「なりません」

「なるんじゃ。名で決まる」

「わたしはそこにおりました」

「おっただけじゃ」

久七は、そう言って、少し笑った。

「おるだけの者は、勘定に入らん」

わたしは、柱を見た。

鉈の刻みが、上から下へ並んでいる。

十月に見たときと、違っていた。

いちばん下の刻みは、もう黒くなっていた。

その下に、新しい刻みが一本、木肌の色で入っていた。

久七は、わたしの視線を追わなかった。

追わなくても、わかっていたのだろう。

「あんたはもう、名を返してもろた」

「返してもろた、とは」

「もう匂わんじゃろ」

言われて、自分の袖を嗅いだ。

匂わなかった。

息にも、何も残っていなかった。

いつ消えたのか、まったく気がつかなかった。

消えたことに気づかせないのが、いちばん質の悪いやり方だと思う。

「二度と来なさんな」

久七は、それだけ言った。

わたしは、何か言おうとして、言葉が出なかった。

出ないまま、後ずさりで小屋を出た。

戸を閉めるとき、中から声が聞こえた。

久七の声ではなかった。

とても丁寧な、女のような声だった。

「おかわりを」

わたしは、戸を閉めた。

翌朝の一番で、柏尾を出た。

おトヨさんは、宿賃を受け取らなかった。

「あんたは、もうええ」

それだけ言って、奥へ引っ込んだ。

汽車に乗るまで、誰にも会わなかった。

黍を刈ったあとの畑は、ただの土だった。

上の家の門も閉まっていた。

シゲさんが見送りに出るような人でないことは、わかっていた。

それでも、閉まった門を見たときに、はっきりと、追い出されたのだと思った。

柏尾には、それから二度と行かなかった。

だが、話だけは耳に入ってきた。

久七は、その後三十年、釜前を続けたそうだ。

三十年のあいだ、立冬と冬至と節分の晩は、必ず一人で小屋に入った。

在の者は、誰もその晩に外へ出なかった。

久七が在から居なくなったのは、昭和五十八年だと聞いた。

どこへ行ったのかは、誰も言わなかった。

四国を出た、とだけ言う者もあった。

上の家の墓所に、名の無い石が一つ増えた、と言う者もあった。

どちらが本当かは、確かめていない。

確かめる気になれなかった、というのが正しい。

平成に入って、一度だけ柏尾へ行った。

六十を越えて、商売も畳んだあとだった。

在は、思ったより変わっていなかった。

砂糖黍の畑は減って、蜜柑と桑に変わっていた。

川口屋はもう無く、おトヨさんも、シゲさんも、とうに向こうへ渡っていた。

道で会った年寄りに、しめ小屋のことを訊いた。

「しめ小屋」

「砂糖を煮とった、川寄りの茅葺きの」

年寄りは、笑った。

「そんなもん、この在には無い」

別の家でも訊いた。

「昔からそんな小屋は無い」

郵便局でも訊いた。

局員は若い男で、親切に地図を出して見せてくれた。

川寄りには、何も無かった。

それでも、わたしは歩いた。

道は覚えていた。

足の裏が、刈り株の痛みを覚えていた。

小屋は、あった。

茅は落ちて、梁が半分傾いでいた。

釜は三つとも、土に埋まりかけていた。

中は、まだ甘かった。

四十年たっても、匂いは取れていなかった。

柱を探した。

すぐに見つかった。

刻みは、上から下へ並んでいた。

いちばん下の刻みは、黒かった。

その下に、新しい刻みが一本、木肌の色で入っていた。

わたしは、それを長いこと見ていた。

指では触らなかった。

帰りの汽車の中で、ひとつだけ考えたことがある。

あの晩わたしと喋っていた者は、わたしの相槌を、承知と受け取ったのではないか。

何を承知したのかは、思い出せない。

思い出せないものは、断ることもできない。

今年で、あれから七十三年になる。

砂糖は、いまだに口にしない。

甘いものの匂いを嗅ぐと、膝から力が抜ける。

それでも、たいていの日は何ごともない。

今朝、誰も火を使うていない台所が、甘かった。

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