
夜勤の内科外来で、白いラベルのカルテを拾ったことがあります。
うちの病院のカルテのラベルは、色で分けられていました。
白は、一色も使われていない色です。
つまり、本来は棚に無いはずの色でした。
二年前の夏の出来事です。
私はその日、救急室の夜勤に入っていました。
深夜帯に救急車が続けて何台か入りました。
そのうちの一人が、うちのかかりつけの患者さんでした。
当直の先生から、過去の記録が要ると言われました。
電子化はまだ途中で、古い記録は紙のまま内科外来に置いてあります。
それを取りに行くのは、その日の夜勤の役目でした。
救急室と内科外来は、かなり離れています。
渡り廊下を通って、五分ほど歩きます。
夜間は、そこまでの照明が完全に落とされています。
非常灯の緑だけが、床の縁を細く照らしています。
だから懐中電灯を持って行くことになっていました。
病院勤務には慣れていました。
それでも、あの廊下だけは何年経っても好きになれません。
理由は、音です。
渡り廊下は、床が古いリノリウムで張ってあります。
靴底がこすれると、きゅ、という音が出ます。
その音が、必ず一拍遅れて戻ってきます。
反響だと分かっていても、気持ちのいいものではありません。
新人の頃、先輩に言ったことがあります。
「あそこ、音が追いかけてきませんか」
「うん。みんな言う」
それで終わりでした。
病院という場所では、そういう話は長く続きません。
私が勤めているのは、街の中心から少し離れた総合病院です。
建物は三棟あって、いちばん古い棟は昭和の終わりに建ったものでした。
内科外来は、その古い棟の一階です。
床も壁も、時代を感じさせる造りでした。
建て替えの話は何度も出ていましたが、そのたびに流れています。
理由は予算だと聞いていました。
ただ、看護師の間では別の言い方をする人もいます。
「あそこ、触らんほうがええんやって」
誰が言い出したのかは、分かりません。
その言い方を、私は冗談だと思っていました。
古い建物には、必ずそういう噂がつくものです。
階段の踊り場の話、霊安室の前の話、地下の機械室の話。
どこの病院にもあります。
ただ、内科外来の噂だけは、聞いたことがありませんでした。
いま思えば、それが不自然だったのです。
五分の暗い廊下
渡り廊下の途中に、中庭に面した窓があります。
昼は明るい場所ですが、夜は外のほうが暗いので、鏡のようになります。
自分の姿と、懐中電灯の光が映ります。
私はいつも、そこだけ足を速めていました。
その晩も、同じように歩きました。
窓に映った自分の後ろに、何もないことを一応は確かめました。
何もありませんでした。
ただ、窓の下の桟に、埃の乱れがありました。
指でなぞったような跡です。
掃除の人がやったのだろうと思いました。
ただ、桟の跡は指一本ぶんの幅でした。
雑巾で拭いた跡なら、もっと広くなります。
そして、跡は窓の外側に向かって伸びていました。
中庭側です。
あの窓は、枠に固定されていて開きません。
そのことに気づいたのは、翌朝でした。
あの晩は、気づかずに通り過ぎています。
内科外来の前に着きました。
ドアの鍵を開けて、中に入ります。
壁のスイッチを入れると、蛍光灯が順番に点いていきます。
いちばん奥の一本だけが、いつも遅れて点きます。
点くまでの二秒ほどが、毎回いやでした。
内科外来は、待合を入れるとかなり広い部屋です。
診察室が三つ、処置室が一つ。
カルテの棚は、いちばん奥の壁一面にあります。
天井近くまである、古い木の棚です。
脚立を使わないと届かない段もありました。
昼間は事務の人が二人いて、いつも紙をめくる音がしています。
夜は、その音がありません。
音が無いだけで、同じ部屋がまったく違って見えます。
棚の並びは、五十音順です。
ただ、途中で一段だけ順番が飛んでいる場所がありました。
「や」の列の途中に、指三本ぶんほどの隙間があるのです。
そこには、何も入っていません。
板の日焼けを見ると、以前は何かが入っていた跡があります。
抜いたまま補充していないのだろうと、私は思っていました。
その隙間のことを、この晩まで意識したことはありませんでした。
後日、昼の事務の人に隙間のことを聞きました。
「ああ、あそこは詰めたらいかんのです」
「なぜですか」
「さあ。前任からそう引き継いでます」
理由の分からない決まりが、この病院にはいくつもありました。
たとえば、霊安室の前の廊下では走らない。
これは分かります。
けれど、渡り廊下の窓の前では立ち止まらない、という決まりもありました。
誰に習ったわけでもないのに、みんなが守っています。
守っている理由を、誰も説明できません。
夜の病院というのは、やはり不気味です。
ここでは、実際に何人もの方が最期を迎えています。
そういうことを考え始めると、止まらなくなります。
私は、今度の休みの予定をわざと声に出しながらカルテを探しました。
「土曜は美容院」
「日曜は実家」
そんな調子です。
目当てのカルテは、すぐに見つかりました。
棚の三段目、五十音順の「た」の列です。
抜き取って、小脇に抱えました。
抜いたあとの隙間に、手を入れて奥を確かめました。
これは癖です。
カルテが二冊重なって奥に落ちていることが、たまにあるのです。
その晩は、何もありませんでした。
棚の奥の板に、指が触れただけでした。
板は、思ったより冷たかったのを覚えています。
白いラベルのカルテ
帰ろうとして、ドアのところで足が止まりました。
床に、カルテが一冊落ちていたのです。
入ってきたときには、無かったはずでした。
私はドアを開けて入り、そこを踏んで歩いています。
落ちていれば、気づかないわけがありません。
私は、ドアの内側の床を懐中電灯で照らしました。
ワックスがけをしたばかりの床です。
私の靴跡が、入口から棚まで一往復ぶん残っていました。
ほかの靴跡はありません。
カルテの落ちていた場所にも、跡はありませんでした。
上から落ちたなら、角が当たった痕が残ります。
それも、ありませんでした。
そこに、初めから置いてあったような落ち方でした。
私は、少しのあいだ動けませんでした。
誰かが入ってきたのなら、鍵を開ける音がします。
このドアの鍵は古くて、かなり大きな音が出るのです。
音は、聞いていません。
それに、私はずっと棚の前で声を出していました。
土曜は美容院、日曜は実家。
そのあいだ、背後で物音がしたことは一度もありませんでした。
拾い上げました。
背のラベルを見て、少し引っかかりました。
白だったのです。
うちの内科外来のカルテは、ラベルの色でかかりつけの区分が分かるようになっていました。
青が一般、黄が長期、赤が要注意。
緑と橙も使っていました。
白は、どの区分にも割り当てられていません。
そんな色のラベルを、私は見たことがありませんでした。
ラベルそのものも、少し違いました。
ほかのカルテのラベルは、印刷された台紙にゴム印で名前を押します。
その一冊だけ、手書きでした。
万年筆の字です。
インクが古くなって、青が茶色に寄っていました。
紙の縁は、めくれて丸くなっています。
何度も出し入れされた冊子の縁の形でした。
名前の欄には、山中と書いてありました。
下の名前もありましたが、いまは書かないでおきます。
私は、その白いラベルのカルテを棚に戻そうとしました。
「や」の列を探しました。
山中という名字は、何冊もありました。
どれも青か黄のラベルです。
白いラベルのカルテが入る隙間は、どこにもありませんでした。
私は、中を開けませんでした。
職業柄、そこは線が引いてあります。
用の無い記録を開くことはしません。
いま思えば、あれは開くべきだったのかもしれません。
ただ、あの晩の私には、そんな余裕はありませんでした。
表紙の右下に、小さな数字が押してありました。
四桁です。
その数字だけは、なんとなく覚えています。
四桁の最初の二桁が、私の職員番号と同じでした。
うちの病院の職員番号は、入職した年で上二桁が決まります。
つまり、その数字は私と同じ年に入った誰かのものです。
山中という研修医のことは、そのときはまだ知りませんでした。
知らないまま、私は棚の上にそれを置きました。
私は、棚の上に置くことにしました。
置いた瞬間、電話が鳴りました。
みてよという声
内科外来の電話が、深夜に鳴ることはまずありません。
救急室からの内線なら、別の番号にかかります。
表示を見ました。
外線でも内線でもなく、表示そのものが出ていませんでした。
私は、受話器を取りました。
いま思えば、取らなければよかったのです。
「もしもし。内科外来です」
返事はありません。
雑音もありません。
音が無いというより、音が吸われている感じでした。
受話器を耳から少し離してみました。
やはり、何も聞こえません。
部屋の蛍光灯の唸りだけが、耳に戻ってきました。
その唸りが、受話器を耳に当てると消えます。
つまり、受話器の側だけが無音でした。
電話が切れているわけではありません。
切れていれば、話中音が鳴ります。
私は、いったん受話器を戻しました。
戻した瞬間に、また鳴りました。
一度目より、呼び出し音が短い気がしました。
二度目は取らずにおこうと思いました。
けれど、鳴り止みません。
三十回は数えました。
それで、取ってしまったのです。
もう一度言おうとしたときです。
「……みてよ……」
囁くような声でした。
男とも女とも判断がつきません。
若い声だった気はします。
「……みてよ……」
二度目を聞いて、私は受話器を置きました。
置いてから、手が震え始めました。
懐中電灯と、目当てのカルテだけを持って、部屋を出ました。
電気は消しませんでした。
鍵もかけませんでした。
渡り廊下を走りました。
靴の音が、一拍遅れて追いかけてきます。
走ると、その遅れが大きくなりました。
途中で、一度だけ足がもつれました。
手をついた壁が、妙に生ぬるかったのを覚えています。
夏でしたから、そういうこともあるのでしょう。
窓のところは、見ないで走りました。
救急室に戻ると、先輩が処置台を片づけていました。
私の顔を見て、手を止めました。
「どないしたん」
私は、あったことを全部話しました。
話しているうちに、自分の声が上ずっているのが分かりました。
先輩が話した山中さん
先輩は、途中から表情を変えました。
最後まで聞くと、椅子に座りました。
「そのカルテ、名前は」
「山中さんです」
先輩は、しばらく黙っていました。
「白のラベルって、言うたな」
「はい」
「白は職員用や」
「職員用」
「うちの職員が受診したときは、白を貼る決まりやった。もう十年以上前の話やけど」
「じゃあ、あのカルテは」
「職員のもんや。患者さんのやない」
先輩は、そこで一度立ち上がって水を飲みました。
それから、昔の話をしてくれました。
数年前まで、この病院に山中という研修医がいたそうです。
真面目で、当直を代わってくれることの多い人だったといいます。
その人が、ある晩の当直中にいなくなりました。
「いなくなった、というのは」
「文字どおりや。夜中に、病院の中で」
当直のポケットベルは、医局の机の上で鳴り続けていたそうです。
誰も取らないので、看護師が見に行きました。
机の上には、飲みかけの缶が置いてありました。
まだ冷たかったといいます。
つまり、いなくなってから間もない時間でした。
院内の放送を何度もかけたそうです。
応答はありませんでした。
翌日から、警察も入って院内をひととおり調べたそうです。
天井裏も、機械室も、屋上も見たといいます。
手がかりは出ませんでした。
「不思議なんはな」と先輩は言いました。
「内科外来のドア、朝には鍵がかかっとったんよ」
「中から、ですか」
「鍵は外からしか掛からん。当直の鍵束は、医局の机の上にあった」
誰が掛けたのかは、いまも分からないそうです。
私は、その晩に自分が鍵を掛けなかったことを思い出しました。
電気も点けたままでした。
翌朝、日勤の人に謝ろうと思って声をかけました。
「すみません、昨日、内科外来の鍵を」
「え、掛かってましたよ」
「掛かって」
「電気も消えてました」
私は、それ以上何も言えませんでした。
鍵束は、私が救急室に持ち帰っていました。
朝の申し送りのときに、机の上に出したままです。
誰も触っていません。
その日の日勤の人は、合鍵で開けたと言いました。
合鍵は、事務室にあります。
事務室が開くのは、八時半です。
日勤が内科外来に入るのは、八時です。
三十分の差を、私はいまも計算し直すことがあります。
持ち物は、医局に置いたままでした。
白衣も、鞄も、車の鍵もです。
防犯カメラには、渡り廊下を内科外来のほうへ歩いていく姿が残っていました。
戻ってくる姿は、映っていませんでした。
内科外来には、出入り口が一つしかありません。
「その先は」
「分からん。いまも分からん」
先輩は、湯呑みを持ったまま言いました。
「あの人な、自分の記録を見せてくれ言うて、事務と揉めとったらしいわ」
「自分のカルテを」
「そう。職員のカルテは、本人にはすぐ出さん決まりやった」
「なんでですか」
「知らん。昔の決まりや」
先輩は、それから声を落としました。
「あんたが拾うたの、これで三人目や」
「三人目」
「わたしも拾うた。十年前にな」
「同じカルテをですか」
「白いラベルの、山中さんのや」
「そのとき、電話は」
「鳴った」
先輩は、そこで話を打ち切りました。
「もう一人は誰ですか」
「それは言わんでええ」
別の棚の名簿
翌朝、私は事務の人に頼んで、職員用の記録の保管場所を教えてもらいました。
別棟の書庫でした。
内科外来の棚ではありません。
そもそも、あの部屋には置かないことになっていたのです。
書庫の名簿には、山中という名前がありました。
横に、赤い線が一本引いてあります。
意味を聞くと、事務の人は「退職扱い」と答えました。
「いなくなった方も、そうなるんですか」
「一定の期間が過ぎると、そうなります」
私は、四桁の数字のことを聞きました。
表紙の右下に押してあった番号です。
事務の人は、名簿をめくってくれました。
「それ、職員番号ですね」
「誰のですか」
答えを聞いて、私は少し黙りました。
その番号は、山中さんのものではありませんでした。
いまも現役で働いている人の番号でした。
誰なのかは、書かないでおきます。
私は、内科外来に戻りました。
棚の上を見ました。
白いラベルのカルテは、無くなっていました。
日勤の人に聞いても、誰も片づけていないと言います。
その日以来、私はあの部屋で一つだけ癖がつきました。
入ったら、まず床を見る。
そして、棚の上を見る。
どちらにも何も無ければ、その晩は普通の夜です。
あれから二年が経ちました。
あの声が何を見てほしかったのか、私にはいまも分かりません。
ただ、一つだけ思い当たることがあります。
白いラベルのカルテは、職員が自分の記録を見るための一冊でした。
そして、あの人は最後までそれを見せてもらえなかったのです。
病院での心霊体験のように、夜の病棟の話はいくつも聞きます。
アパート一〇一号室を読んだとき、番号や記号に残るものの話だと思いました。
先月、うちの病院は記録を全部電子化しました。
紙のカルテは、すべて処分されました。
それでも私は、夜勤で内科外来に入るとき、必ず床を見ます。