タグ: 昭和

笑い袋

下関の坂の駄菓子屋の二階から、古い笑い袋が出てきました。中の機械には電池が一本も入っていないのに、階段の下から低い笑い声が聞こえてきたのです。必ず笑い返さねばな…

クシャクシャ

大阪の小さな製本所で夜業をしていた十九の秋、誰もいない裁ち場から紙を揉む音が聞こえるようになりました。丸めた紙を放っておいてはいけないという親方の決まりごと。そ…

未来から来た男

煙が上がっとる三日のあいだは、はざまで人と口をきくな——父の言い付けを、小学生だった俺は何も知らずに破りました。昭和五十七年の常滑で五回だけ会った男と、母のカレ…

置いていった音

丹波の谷の朝は、鳴るはずのない六時の鐘で始まった。鐘楼の鐘は昭和19年に供出されたのに、先代住職が空を撞くと谷いっぱいに音が響く。霜の丸い融け跡、受領印のない台…

カスパー・ハウザー

昭和四十年、山あいの製材の町の終点のバス停に、素性の知れない色白の若者が現れました。暗がりで目が利き、どの階段でも必ず十三段目で止まる人でした。カスパー・ハウザ…

フィラデルフィア消磁実験

昭和五十三年、内陸の町の磁気テープ工場。名札を外して消磁室に入れという古い規則の意味を、私は隣の寮に住む先輩が皆の記憶から消えた秋に知りました。フィラデルフィア…