
もう四十年以上も前の、私がまだ二十八の頃の話である。
これは、私がこれまでに一度きりしか人に語ったことのない、怖い話だ。
当時の私は、北陸の薬種問屋に雇われた配置薬の行商人だった。
柳行李を背負い、山あいの集落を一軒一軒まわって歩く。
先に薬を置いていき、次に訪れたとき使った分の代金だけをいただく。
先用後利という、古いやり方の商いである。
今では懐かしい言葉になってしまったが、あの頃は山の奥にもまだ、薬箱を待ってくれる家がいくらでもあった。
風邪薬、腹薬、傷薬、それに気つけの丸薬。
そういったものを、私は半年に一度の割で、決まった順路の家々へ届けて歩いた。
道は険しく、雨に降られれば一日歩いても次の村に着かないことも珍しくなかった。
それでも私は、その仕事が嫌いではなかった。
半年ぶりに訪ねた家の人が、私の顔を覚えていてくれる。
それが、若い行商人にとっては、何よりの励みだった。
昭和三十三年の、晩秋のことだったと思う。
私はいつものように、谷をひとつ越えた先の樒谷という集落へ向かっていた。
樒谷は、地図にも小さくしか載っていないような、深い谷の底にある村だった。
樒というのは、墓に供える、あの常緑の木のことである。
谷の斜面にその木がやたらと自生していたので、いつしかそう呼ばれるようになったのだと聞いた。
両側から山が迫り、川の音だけがいつも谷を満たしている。
昼でも日の差す時間は短く、午後の三時を過ぎると、もう山の影が村を覆いはじめる。
杉と檜の匂いが、湿った空気にいつも溶けていた。
その匂いの底に、いつもかすかに、線香に似た樒の青臭さが混じっていた。
その村に入るたび、私は自分の足音がやけに大きく響くのを感じたものだ。
人の数より、木の数のほうがずっと多い土地だった。
村の家は、谷川に沿って、ぽつり、ぽつりと、間をあけて建っていた。
互いの家がよく見えないほど離れて建っているのも、この谷の古い習いだと言われた。
その樒谷でいつも世話になっていたのが、黒沼という旧い家である。
村でいちばんの古株で、昔は庄屋を務めていたという。
茅葺きの大きな屋根を持ち、太い梁の通った、見上げるほどの家だった。
柱はどれも黒光りしていて、家じゅうに、古い木と煤の匂いが染みついていた。
私はこの家の土間にあがらせてもらい、商いのあいだの二晩か三晩を、いつもそこで過ごしていた。
宿賃のかわりに、置いていく薬をいくらか余分に見ておく。
そういう、ゆるやかな付き合いが、もう何年も続いていた。
その家には、四人が暮らしていた。
当主の黒沼さんは六十がらみの無口な人で、一日の大半を山の手入れに費やしていた。
その妻の静江さんは、まだ四十前の物静かな女で、家のことをひとりで切りまわしていた。
幼い男の子がひとり。
利かん気の、けれど人なつこい子で、私が行李を開けると、いつも横から覗き込んできた。
そして、家のいちばん奥の間に、とせさんという老女がいた。
とせさんは当主の母にあたる人で、もう八十は越えていたはずだ。
腰は曲がっていたが、目だけは妙に澄んでいて、私が挨拶をすると、いつも黙って深くうなずいた。
声を聞いた覚えは、ほとんどない。
その家には、ひとつだけ、私が長いあいだ気に留めていたことがあった。
中二階のことである。
黒沼の家は、母屋の上にもう一段、低い二階が乗っていた。
昔は蚕を飼うために使った、養蚕の二階だと聞いていた。
谷あいのこのあたりでは、どの旧家もそうした中二階を持っていたものだ。
ただ、黒沼の家の中二階には、いつ来ても灯がともらなかった。
日が落ちて村じゅうの家に明かりが入っても、あの低い障子だけは、ずっと暗いままだった。
はじめて泊まった年に、一度だけ、子供にあの部屋のことを尋ねたことがある。
子供は、急に口をつぐんで、私の袖を引いて囲炉裏のほうへ戻ってしまった。
私はそれを、もう使っていない部屋なのだろうと、ずっとそう思い込んでいた。
思い込もうとしていた、と言うほうが正しいのかもしれない。
※
その年の秋、私が黒沼の家に着いたのは、もう日の暮れかかる頃だった。
静江さんが土間に迎えに出てくれて、いつものように囲炉裏端へ通された。
半年ぶりだというのに、家の中は、何ひとつ変わっていないように見えた。
夕餉は、山菜と川魚と、湯気の立つ白い飯だった。
当主と、静江さんと、男の子と、私。
四人で囲炉裏を囲んだが、とせさんの姿はそこになかった。
年寄りだから、奥で先に休んでいるのだろう。
私は最初、そう思っていた。
だが、飯がすんで静江さんが膳を片づけはじめると、妙なことに気づいた。
彼女が、もうひとつ別の膳を、丁寧に整えはじめたのだ。
白い飯を山に盛り、汁を添え、菜を並べ、それを古い塗りの盆に乗せる。
四人で食べおえたあとに、なぜ、もうひとり分の膳を用意するのか。
私が尋ねるより先に、奥からとせさんが、音もなく出てきた。
老女はその盆を、しわだらけの両手で、捧げるようにして受け取った。
そして、土間のほうへ、ゆっくりと歩いていった。
私は何気なく、その後ろ姿を目で追った。
とせさんは土間で草履をつっかけ、いったん家の外へ出ていった。
おかしなことだ、と私は思った。
膳を持って、わざわざ家の外へ出ていく。
行き先に、心あたりはひとつしかなかった。
中二階に上がる階段は、母屋の中ではなく、家の外の壁づたいにあったのである。
内側から二階へ上がる階段は、私の見るかぎり、どこにも見当たらなかった。
私はその晩、布団に入ってからも、しばらく眠れなかった。
夜半に、頭の上のほうで、かすかに軋む音がした気がした。
古い家にはよくあることだ、と、私は自分に言い聞かせた。
翌朝、私はさりげなく静江さんに尋ねてみた。
「奥のおばあさまは、お加減でも悪いんですか」
静江さんは、一瞬だけ、洗い物の手を止めた。
「いえ、達者ですよ」
「夕べ、膳を一つ余分に運んでおられたようでしたが」
私がそう続けると、静江さんの背中が、ほんのわずかに、こわばった。
「あれは……お義母さんの、決まりごとですから」
それだけ言って、彼女はまた竈の前に戻ってしまった。
私はそれ以上、訊くことができなかった。
その日の昼間、私は井戸端で、あの男の子と二人きりになった。
子供は、私の柳行李をのぞきこみながら、ふいに、こんなことを言った。
「おじちゃん、夜は、上を見ちゃだめだよ」
「上、って」
「天井。かりかりって鳴っても、見ちゃだめ。ばあちゃんが、そう言うんだ」
「鳴ったら、どうするんだい」
「お布団かぶって、おはじき数えるの。ぜんぶ数え終わるまで、ずっと」
子供は、なんでもないことのように、そう言って笑った。
その笑顔が、かえって、私の胸を冷たくした。
この家の子は、生まれたときから、あの音とともに眠っているのだ。
商いのあいだ、私は村の家々をまわって歩いた。
その途中、黒沼の隣に住む、与市という老人と立ち話になった。
隣といっても、谷川を一つ隔てた、向こう岸の家である。
与市さんは耳が遠いぶん、口数の多い人だった。
「あんた、黒沼さんとこに泊まっとるんか」
「ええ、毎度お世話になっています」
「あの家はな、昔から、ようできた家じゃ」
そう言ってから、与市さんは少し声を落とした。
「ようできた家ほどな、守らにゃならんもんも、多いんじゃ」
私は意味がわからず、曖昧に笑った。
「守る、というのは」
「籠りの間よ」
与市さんは、皺だらけの手で、黒沼の家の中二階のほうを指した。
「あすこにはな、昔から、ひとつ、置いてあるんじゃ」
「置いてある、とは。何がです」
「向こうへ渡りかけて、渡りきらんかったもんよ」
私は、背中をなでられたような心地がした。
「昔な、この谷で、流行り病が出た年があった」
「その年に、向こう岸へ渡りかけたまま、戻ってこられんようになったもんが、何人か出たそうじゃ」
「黒沼の家は、庄屋として、そのうちのひとりを引き取ったんじゃと」
「引き取って、どうしたんです」
「鎮まってもらうために、上に、お籠もりいただいとるのよ」
老人の言葉は、それきりだった。
あとはいくら尋ねても、与市さんは皺の中の目を細めて笑うだけで、何も言わなくなった。
その日の夕方、村を出ようとしていた行商仲間の富田さんと、村はずれで行きあった。
富田さんは私より十も年上の、この道の長い男だった。
「お前さん、黒沼に泊まっとるんか」
富田さんも、開口一番それを言った。
「悪いことは言わん。あの家の上のことは、詮索せんほうがええ」
「上、というと、中二階のことですか」
「夜中にな、音がするじゃろう」
私は、ぞくりとした。
昨夜の、頭の上の軋みを思い出したのだ。
「わしも昔、一度だけ泊めてもろうたことがある」
「それで」
「飯の匂いがな、上から、おりてくるんじゃ」
「運び上げたばかりの、炊きたての飯の匂いがな」
「それが、夜中になると、饐えた匂いに変わって、天井からおりてくる」
富田さんは、それだけ言って、足早に谷を出ていった。
その晩も、私は黒沼の家に泊まった。
夕餉のあと、やはりとせさんが、膳を持って外へ出ていった。
私は今度こそ、その時間を計ってみた。
懐から、亡き父の形見の懐中時計を出し、針を見つめた。
老女が外へ出てから、戻ってくるまで、わずか五分ほどだった。
あの急な外階段を、八十を越えた人が上り下りして、なお膳の中身を空にしてくる。
五分は、あまりに短かった。
戻ってきた盆を、私はそっと見た。
飯も、汁も、菜も、きれいに、ひとつ残らず消えていた。
箸の先までが、舐めたように、きれいだった。
その夜半、私はまた、頭上の音で目を覚ました。
今度は、はっきりと聞こえた。
何かが、ゆっくりと、天井板を引っ掻く音だった。
かり……かり、と、爪の先で板をこするような音が、間をおいて続いた。
枕もとの懐中時計を見ようとして、私は手を止めた。
その時計の針が、止まっていた。
宵のうちに、たしかにねじを巻いたはずだった。
耳もとにあてると、いつもの音がしない。
あれほど確かに時を刻んでいたものが、この家の夜には、まるで動かなくなっていた。
耳をすますと、引っ掻く音にまじって、ひゅう、ひゅう、と、不規則な息のような音がした。
私は布団の中で、朝までまんじりともしなかった。
※
三日目の夕方のことである。
商いはあらかた終わり、私は翌朝には谷を出るつもりでいた。
その最後の晩、当主は寄合で出かけ、静江さんは男の子を連れて川向こうの実家へ用足しに行っていた。
家には、奥の間のとせさんと、私だけが残された。
私は、自分でも愚かだったと思う。
だが、あの三晩の軋みと、与市さんの言葉と、富田さんの忠告が、私の中でひとつに固まっていた。
見ておかなければ、生涯、寝るたびにあの音を思い出すことになる。
そういう、行商人らしくもない好奇心が、私の足を土間へ向かわせた。
奥の間からは、とせさんの寝息ひとつ聞こえなかった。
私は草履をつっかけ、家の外へ出た。
日はとうに落ち、谷は墨を流したように暗かった。
川の音だけが、いやに大きく、闇の底から響いていた。
壁づたいに進むと、中二階へ上がる、急な木の階段があった。
見上げると、低い障子の窓は、相変わらず、ひとつの灯もなく黒々としていた。
上り口に、小さな木戸がある。
手をかけると、軋みながら、戸はあっけなく開いた。
鍵のひとつもかかっていないことが、かえって私を不安にさせた。
中は、人ひとりがやっと通れるほどの、狭い闇だった。
足をかけた最初の一段で、ぱき、と乾いた音が鳴った。
何かを踏んだ感触があった。
枯れ枝でも落ちているのか、と思った。
暗くて、足もとは見えない。
私は手さぐりで、壁に手をつきながら、一段ずつ、上っていった。
壁は、ぞっとするほど冷たく、しめっていた。
上るにつれ、饐えた匂いが、濃くなっていく。
古い飯が腐ったような、それでいて、どこか甘いような匂いだった。
富田さんの言葉が、耳の奥でよみがえった。
段を踏むたび、ぱき、ぱき、と、無数の小さなものが砕ける音がした。
踏みしめるたびに、背すじを冷たいものが這いのぼった。
何度も、引き返そうと思った。
それでも、足は、勝手に上へ上へと進んでいった。
階段の上り口を、一枚の障子が仕切っていた。
その障子を引くと、冷えた空気の塊が、どっと顔に当たった。
真夏でもないのに、息が白く濁るほどの冷気だった。
狭い板の間の突きあたりに、一枚の戸があった。
その戸に、私は息を呑んだ。
古い板戸に、何枚ものお札が貼り重ねられていた。
墨で書かれた文字は、どれもとうに色褪せ、判じることもできなかった。
何十年も、何百年も、貼り足されてきたのだろう。
そのお札の上から、太い注連縄が幾重にも巻かれていた。
縄は錆びた釘で打ちつけられ、まるで蜘蛛の巣のように、戸の全面を覆っていた。
封じというものを、私はそのとき、生まれて初めて、この目で見た。
見たとたん、私は、ここへ来てはいけなかったのだと、骨の髄から悟った。
明らかに、何かを、内へ閉じこめておくための戸だった。
そして、それは、外へ出すまいとするのと同じだけ、なお内に何かが在ることを意味していた。
そして、その戸の前に、膳が積まれていた。
いくつも、いくつも。
とせさんが毎晩運んでいたはずの膳が、手つかずのまま、腐って山になっていた。
飯はとうに饐え、黒く湿り、無数の蝿がたかっていた。
運び上げたものが、ひと口も食べられずに、ここに積み重なっている。
では、毎晩、空になって戻っていたあの盆の中身は、どこへ消えていたのか。
私は、そのことの意味を考えようとして、考えるのをやめた。
考えてはいけない、と、頭の奥で誰かが言った気がした。
足もとに、白いものが散らばっていた。
目を凝らして、私は、それが何であるかを悟った。
小さな、爪だった。
人の、爪だった。
赤みを帯びたものと、黒ずんだ白いものが、板の間いちめんに散っていた。
私が階段で踏み砕いていたのは、これだったのだ。
枯れ枝などでは、なかった。
そのとき、戸の向こうで、音が鳴った。
かり、かり、かりかりかり、と。
何かが、内側から、戸を引っ掻く音だった。
つづいて、ひゅう、ひゅう、と、あの不規則な息が聞こえた。
あれほど幾重にも縄を巻かれ、札を貼られた戸の、すぐ向こうに、何かがいる。
私は動けなかった。
足の裏が、板に張りついたように動かなかった。
逃げる勇気もなく、振り返る勇気もなく、ただ、そこに立ちつくしていた。
引っ掻く音は、しだいに激しくなった。
札の貼られた戸が、内側から、みしり、と押されてたわむのが、闇の中でもわかった。
そして、ふいに、止まった。
一瞬の、静寂。
次の刹那、ばん、と何かを叩きつける音が、私の頭の真上で鳴った。
さっきまで戸の向こうにいたものが、一息のうちに、私の頭上の天井裏に移っていた。
あの戸は、まだ、固く封じられたままだったのに。
かりかりかりかり、と、今度は天井板の裏から、引っ掻く音が降ってきた。
私の頭の、すぐ上で。
※
気がつくと、私は、膳の前に膝をついていた。
両手で、腐った飯をつかんでいた。
その饐えた飯を、自分の口に、夢中で詰めこんでいた。
何が起きているのか、わからなかった。
私には、戸の前に立ちつくしていた記憶しかない。
膝をついた覚えも、ましてや、あれを口に運んだ覚えも、まるでなかった。
それなのに、私の口の中には、すでにその味が広がっていた。
私を正気に戻したのは、背後からの、強い力だった。
とせさんが、いつのまにか階段を上ってきて、痩せた腕で、私を戸の前から引き剝がしていた。
老女は、ひとことも発しなかった。
ただ、私を階段の下へ突き落とすようにして、家の中へ連れ戻した。
土間の明かりの下で、私は自分の胸もとを見た。
腐った飯が、べったりとこびりついていた。
膝と、手のひらに、無数の細かい切り傷ができていた。
あの、散らばった爪を踏み、つかんでしまったのだろう。
私は土間の隅で、胃の中のものを、すべて吐いた。
吐きながら、私はひとつのことだけを、なぜか冷静に考えていた。
あの引っ掻く音は、爪で板を掻く音だったのだ、と。
では、戸の向こうのものは、いつから、あそこにいるのか。
とせさんは、いつのまにか囲炉裏のそばに座り、私を見ていた。
その澄んだ目で、長いあいだ、黙って私を見ていた。
責めるでも、慰めるでもない、ただ静かな目だった。
やがて、老女は、ひとことだけ言った。
「あれは、もう、あんたを覚えてしもうたで」
私は、意味がわからなかった。
「覚えた、とは。何がです」
「上の、あれよ」
とせさんは、天井のほうへ、そっと目をやった。
「いっぺん膳を分けてやったもんのことは、決して忘れんのよ」
「わたしは、もう四十年、ああして毎晩、上がってもらわんようにしとる」
「あんたも、これからは、気をつけなされ」
その意味を、私は問い返すことができなかった。
いや、問い返すのが、恐ろしかった。
私はその夜のうちに荷をまとめ、夜明けを待たずに、黒沼の家を出た。
とせさんも、当主も、誰も、引きとめはしなかった。
ただ静江さんが、土間の暗がりで、深く頭を下げていた。
その肩が、かすかに震えていたように見えた。
私はそれきり、二度と樒谷へは足を向けなかった。
商いの順路を変え、あの谷をまわることを、やめてしまった。
問屋には、足を痛めたとだけ伝えた。
あれから四十年あまりが過ぎた。
黒沼の家がいまどうなっているのか、私は知らないし、知りたくもない。
今でも、私は、炊きたての白い飯を前にすると、ふいに、あの饐えた匂いを思い出すことがある。
そういう晩は、どうしても、箸をつけることができない。
そして、もうひとつ。
年に幾度か、夜中にふと目を覚ますと、私は自分の寝間ではない場所に立っている。
たいていは、家の階段の、途中である。
手すりに片手をかけ、上を見上げる格好で、私はそこに立っている。
何を上りにいこうとしていたのか、自分でも、わからない。
ただ、気づくと、口の中に、あの饐えた飯の味が、うっすらと広がっているのだ。
そういうとき、私はいつも、あの子の言葉を思い出す。
布団をかぶって、おはじきを数えるのだ、と。
私はもう、年寄りになってしまったから、おはじきは持っていない。
かわりに、数だけを、ひたすら胸の中で数える。
ひとつ、ふたつ、みっつと、夜が明けるまで数えつづける。
ただ、見上げたその先の暗がりから、かり、と、乾いた音が、ひとつ聞こえる気がするのだ。
とせさんの言葉が、今になって、骨身にしみる。
あれは、もう、私を覚えてしまった。
あの晩、私の頭の上に移ってきたものが、今もまだ、どこかの天井裏で、私を待っているのではないか。
そう思うと、私はいまだに、二階のある家に、ひとりで眠ることができない。