一脚だけ開いている椅子
石川・七尾の一本杉通りの福引所には、パイプ椅子が一脚だけ開いたまま置いてあります。木の箱に手を入れた孫の耳元で「それだっ」と怒鳴った祖父の声と、六等の日本酒の裏…
石川・七尾の一本杉通りの福引所には、パイプ椅子が一脚だけ開いたまま置いてあります。木の箱に手を入れた孫の耳元で「それだっ」と怒鳴った祖父の声と、六等の日本酒の裏…
柵も看板もない森に、白い紙の帯だけが渡してあります。不良も肝試しの連中も近づかないのに、その紙はいつも新しい。行き場をなくした中学生がそこをくぐった翌週、町の全…
山あいの村で祟りの噂が立ち、寄り合いで生贄という言葉が出ました。その数日後、庄屋の娘が布団に温もりを残したまま消えます。雨戸は閉まり、山にしかない木の葉が一枚だ…
宮上荘では、清掃のカートを廊下の曲がり角の内側に停める決まりでした。理由は誰も言いません。深夜の三階で角が一つ足りなくなり、異世界に迷い込んだのかと思った私に、…
魚沼の柄沢という谷にあった無人駅の便所は、戸の下が五寸だけ空けてありました。除雪の帰りに立ち寄った晩、その隙間から横に並んだ二つの目にじっと見られた男が、三十年…
島根の山あいの奥垣内では、神社の鳥居の前だけは遊んではいけないと決まっていました。だるまさんがころんだの三回目、振り返ると列のいちばん後ろにいた子が消えている。…
十条の斜面に建つ柊荘には、どの部屋にも床から三尺の高さに小さな穴がありました。覗くといつも真っ赤です。壁紙だと思っていたその赤の正体に気づく怖い話です。建物はも…
秋田・阿仁川の上流にある笛内という集落では、雪が降る前に、一軒につき一本だけ竹を立てるのだそうです。三十年前のテレビで、その場面だけ音が消えていた理由と、抜いた…
夜道で細く開いた戸から手招きされ、お婆さんに差し出されたのは薄黄色の細い蝋燭でした。愛媛・内子の木蝋の町に残る、蝋燭を置いて次へ回すという作法。断ったはずの掌に…
夕方の有線放送で「どう、わかったかな」と問われ、五歳の私はつい返事をしてしまいました。鹿児島・大隅の茶の集落に伝わる、放送に返事をしてはいけないという決まり。そ…
平成六年、千葉・佐原の川沿いの借家。宛名のないビデオテープに映っていたのは、暗い部屋で誰かと話す女と、押入れへ入っていく後ろ姿でした。明かりが点いた瞬間、そこは…
敦賀の中学の二年一組には、四月から机が一つ多く並んでいました。苗字のない同級生キミアキは、班にも体育祭のアンカーにもいたのに、記録用紙の欄だけが空いています。卒…
奈良の五條では、猫がいなくなった家は薪をひと山だけ崩さずに置いておくのだそうです。二十年前の夏に母の枕元へ座った猫と、集落の人たちが一月のあいだ黙って守っていた…
アイルランド西部のコネマラ。祖母の家には、寝る前に暖炉脇の泥炭を一度すべて崩してから積み直すという古い決まりがありました。雨が三日続いた晩に階段へ立った人影の忠…
奄美大島で測量の仕事をする私は、山で一晩明かすことになり、祖父から伝わる作法どおり地面に円を描きました。翌朝、円の外側だけが乾いていた理由と、祖父の野帳に残る丸…
盆地の独身寮に転勤してきた同僚は、窓から煙突が見えると言って四週間ごとに部屋を替えていました。彼の郷里に残る煉瓦の煙突と、その根元に縦に彫られていた名前の列。二…
下関の坂の駄菓子屋の二階から、古い笑い袋が出てきました。中の機械には電池が一本も入っていないのに、階段の下から低い笑い声が聞こえてきたのです。必ず笑い返さねばな…
大阪の小さな製本所で夜業をしていた十九の秋、誰もいない裁ち場から紙を揉む音が聞こえるようになりました。丸めた紙を放っておいてはいけないという親方の決まりごと。そ…
那須野が原の写真館を継いだ年、疏水の改修を撮ったフィルムのコマ番号がひとつだけ飛んでいました。景色がつながるように並べ直した晩、庭の外にあったのは石積みの水路と…
霧の晩、島へ帰る最終の連絡船が、灯の入らない桟橋に着きました。乗客は全員そこで降り、私の腕時計だけが止まっていました。舫い綱をめぐる島の古い作法と、それから三十…