薪をひと山崩さない決まり

薪をひと山崩さない決まり

吉野川の南の集落

両親が経験した話を、私の覚えている範囲で書いておきます。

もう二十年以上前のことになります。

実家は奈良の五條で、吉野川から少し南へ上がった斜面にあります。

まわりは柿畑ばかりです。

秋になると、家の裏の斜面が一面、朱色になります。

家は古く、風呂は薪で沸かしていました。

裏に物置があって、その脇に薪と、柿の枝を切ったものを積んでいました。

父が春に一度、積み直します。

子どもの背より高い山になります。

私はその山に登って、よく父に叱られました。

ミケという名前ではなかった猫

うちには猫がいました。

名前は、ただ「ねこ」でした。

母が名前をつけなかったのです。

祖母が「名前つけたら、よそへ行かんようになる」と言ったからだそうです。

意味はよくわかりませんでした。

茶色と白の、耳の先が少し欠けた猫でした。

私が生まれる前から家にいて、たぶん十四、五になっていたはずです。

柿の収穫の時期になると、家じゅうが忙しくなります。

父も母も、朝から斜面に出ています。

猫は、決まった木の下で待っていました。

いちばん下の段の、実のつきの悪い古い木です。

そこに座って、母が下りてくるのを見ています。

母が通ると、少し前を歩いて、また止まる。

そういう歩き方をする猫でした。

抱かれるのは嫌がりました。

膝にも乗りません。

ただ、必ず同じ距離を空けて、そばにいました。

母はそれを「ええ距離やわ」と言っていました。

昼はほとんど縁側にいます。

夕方になると、柿畑のほうへ出ていきます。

そして夜のうちに戻ってきます。

それが何年も変わりませんでした。

祖父母の家に泊まった夜

その年の夏休み、私と弟は祖父母の家に泊まりに行きました。

祖父母の家は御所のほうで、車で四十分ほどかかります。

三泊の予定でした。

出かける朝、猫は縁側にいました。

私は頭を撫でて、車に乗りました。

それが最後になります。

その日の夕方、猫は柿畑のほうへ出ていったきり、戻ってこなかったそうです。

母は最初、気にしていませんでした。

二晩戻らないこともある猫でした。

父も同じです。

そのうち帰ってくるだろうと言って、二人とも寝てしまいました。

薪の山が一度だけ鳴る

これはあとで母から聞いたことです。

あの夏、裏の薪の山は、毎晩一度だけ鳴っていたそうです。

からん、と乾いた木の音がする。

一晩に一度だけです。

父は気づいていませんでした。

母だけが、寝床で数えていたそうです。

音がしたら、猫が乗ったのだと思う。

それで安心して眠る。

そういう夏でした。

私たちが祖父母の家にいた三日のあいだも、音はしていたと母は言います。

枕元に座っていた

二日目の深夜、母は目を覚ましました。

気配がした、と言っています。

暗い部屋の中を見ると、枕元に猫が座っていました。

ちょこんと、前足を揃えて座っていたそうです。

母は驚きませんでした。

帰ってきたのだと思ったからです。

そして声をかけました。

「一緒に寝るかい?」

猫は一声だけ返しました。

「ニャ~」

それだけです。

そのあと、猫は立ち上がって、部屋を出ていきました。

母はもう一度声をかけようとして、やめたそうです。

母が声をかけたのは、一度きりでした。

なぜやめたのかは、そのときは説明できなかったと言います。

座っていたのは、誰の枕元か

あとになって、母は妙なことに気づきました。

猫が座っていたのは、母の枕元ではなかったのです。

その部屋には布団が四つ敷いてあります。

私と弟がいないので、二つは畳んだままでした。

猫は、畳んである布団のほうに座っていた。

いつも私が寝ている場所です。

母から見れば、確かに枕元に見える位置でした。

ただ、猫が向いていたのは、母ではありませんでした。

誰もいない布団のほうを向いて、座っていたそうです。

祖父母の家で目が覚めた

同じ夜、私も一度だけ目を覚ましています。

これははっきり覚えています。

祖父母の家の廊下は、板張りで、歩くと必ず鳴ります。

その廊下を、何かが歩く音がしました。

人の足音ではありませんでした。

四本の足で、ゆっくり歩く音でした。

私は布団の中で、それを聞いていました。

音は、私の寝ている部屋の前で止まりました。

それきり、何も起きませんでした。

朝、祖父に廊下の音の話をしました。

祖父は何も言いませんでした。

ただ、その朝だけ、玄関の三和土に湯呑みが一つ置いてありました。

水が入っていました。

祖父はそれについても、何も言いませんでした。

弟は何も聞いていない

祖父母の家の廊下の音について、弟に訊いたことがあります。

弟は同じ部屋で寝ていました。

まったく覚えていないと言われました。

そのかわり、弟は別のことを覚えていました。

翌朝、祖母が卵を三つ焼いたのだそうです。

その家には、祖父、祖母、私、弟の四人がいました。

四人なのに、三つ。

弟はそれが不満で、よく覚えていると言いました。

祖母は「今日は三つでええんや」と言ったそうです。

私はその朝のことを覚えていません。

聞いた者と、食べた者で、覚えていることが違います。

柱の低いところに新しい跡

三日目の夕方に、私たちは家へ帰りました。

猫はいませんでした。

母は、その晩に来たのだと私たちに話しました。

父は笑って、夢だろうと言いました。

ところが翌朝、母が茶の間の柱を指さしました。

柱の低いところに、爪を研いだ新しい跡がありました。

木の粉が、下に落ちています。

母は、私たちが出かける前の日にそこを拭いています。

拭いたときには、粉はなかったそうです。

父はそれ以上、夢だとは言いませんでした。

薪をひと山崩さない

それから母は、隣のヨシ江さんに相談しました。

集落でいちばん年配の方です。

話を聞いたヨシ江さんは、こう言ったそうです。

「ほな、薪は崩したらあかんで」

五條では、猫がおらんようになった家は、薪をひと山、崩さずに置いておくのやそうです。

母は理由を訊きました。

ヨシ江さんは、湯呑みを置いて答えました。

「崩さんのは、探さんという約束やからです」

探しに出れば、その猫は家の外のものになる。

崩さずに置いておけば、まだ家の内にいることになる。

それだけの決まりだそうです。

ほかにも言われました。

知らせに来た猫には、名前を呼んだらあかん。

返事は一つだけ返す。

二つ返すと、こちらが数に入る。

母は、名前をつけていませんでした。

そして、声をかけたのは一度だけでした。

「あんた、よう知ってはるわ」

ヨシ江さんはそう言って笑ったそうです。

母は知りませんでした。

やめておこう、と思っただけです。

ヨシ江さんに残りを訊いた

ヨシ江さんは、いま御所の施設におられます。

九十を越えて、耳は遠くなりましたが、話は通じます。

去年、私は会いに行きました。

薪の決まりのことを、もう少し訊きたかったのです。

ヨシ江さんは、しばらく考えてから言いました。

「あれはな、猫の決まりやない」

私は聞き返しました。

「家の決まりや。おらんようになったもんを、家がどう扱うかの決まり」

猫にかぎった話ではないのだそうです。

人がいなくなった家でも、同じことをした時期があると言われました。

薪をひと山、崩さずに置く。

探しに出ない。

名前を呼ばない。

「探したら、外のもんになってしまうさかい」

ヨシ江さんは、それ以上のことは言いませんでした。

訊いてもよかったのだと思います。

ただ、私は訊きませんでした。

訊けば、こちらが数に入る気がしたからです。

父が毎年ひとつ空けていた

その夏、うちは薪を崩しませんでした。

風呂は父が新しく買ったガスの釜で沸かしました。

そのために、父はわざわざ知り合いの水道屋を呼んでいます。

私は当時、ずいぶん無駄なことをすると思っていました。

夏の終わりに、母が薪の山を見に行きました。

山のいちばん下、物置の壁に近いところに、ぽっかりと空いた場所があります。

そこに、猫が静かに丸くなっていました。

眠っているように見えたと、母は言いました。

私はそのとき、その空洞は猫が自分で掘ったのだと思っていました。

違いました。

父に訊いたのは、私が大人になってからです。

父は、薪を積むとき、毎年ひとつだけ穴を空けているのだそうです。

下から二段目の、壁に近いところに。

祖父もそうしていたと言いました。

その空洞のことを、もう少し書いておきます。

父が空ける穴には、決まった大きさがあります。

薪を二本、抜いた分だけです。

それ以上は空けません。

崩れるからだと父は言いますが、たぶん違います。

二本ぶんは、猫が一匹入る大きさです。

三本ぶん空けたら、何が入るのかはわかりません。

父は毎年、二本と決めています。

私の物置の支柱も、数えたら二本ぶんでした。

「なんで」と訊いても、父は答えませんでした。

「そういうもんや」とだけ言いました。

父はガスの釜を先に買っていた

あとで気づいたことがあります。

父がガスの釜を入れたのは、猫がいなくなった翌日でした。

ヨシ江さんに相談したのは、そのさらに二日あとです。

つまり父は、誰にも言われる前に薪を使わないと決めていたことになります。

私は大人になってから、そのことを父に訊きました。

父は少し黙って、こう言いました。

「あの音が、あの晩から鳴らんかったからな」

父は気づいていないと母は思っていました。

気づいていたのです。

毎晩一度だけ鳴っていた音を、父も数えていました。

母は音がしたら安心して眠り、父は音がしないことに気づいて釜を買った。

同じ音を、二人が別々に数えていたわけです。

そのことを、二人は二十年、互いに話していませんでした。

一月のあいだの裏の音

猫がいなくなってから見つかるまでの一月、母は毎晩、耳を澄ませていたそうです。

音は、あの晩を最後に鳴りませんでした。

それでも母は数えるのをやめませんでした。

鳴らない夜を数えていたことになります。

二十七まで数えて、そこでやめたと言っています。

二十八日目の朝に、母は薪の山を見に行きました。

見に行った理由を、母は説明できません。

「もうええ気がした」とだけ言います。

ヨシ江さんに、あとでその話をしたそうです。

ヨシ江さんは「ええ日に行ったな」と言ったきりでした。

何がよい日なのかは、教えてもらえませんでした。

母はそれ以来、その数を口にしません。

私が二十七という数を知ったのも、去年のことです。

母が急に、台所で話しはじめたのです。

理由を訊くと、私が物置に支柱を積んだ話をしたからだと言われました。

集落の人は、みんな知っていた

もう一つ、あとからわかったことがあります。

猫が見つかったのは夏の終わりです。

いなくなってから、一月近く経っていました。

その一月のあいだ、うちの誰も薪の山を見ていません。

見てはいけないと言われたからです。

ところが、隣のヨシ江さんは知っていました。

ずっとそこにいたことを、知っていたのです。

「毎日、声かけとったよ」

そう言われて、母は言葉が出なかったそうです。

ヨシ江さんだけではありません。

向かいの家も、下の家も、みんな知っていました。

誰一人、うちには言いませんでした。

それが決まりだからです。

探さないという約束は、家の外の人が守る約束でもあったのです。

集落じゅうが、うちのかわりに、一月のあいだ番をしていた。

名前をつけなかった理由

祖母の言葉のことも、書いておきます。

名前をつけたら、よそへ行かんようになる。

子どもの頃、私はこれを、家に居着くという意味だと思っていました。

ヨシ江さんの話を聞いてから、逆だと気づきました。

名前があると、呼ばれたときに返してしまうのです。

返す相手は、家の者とはかぎりません。

名前がなければ、返す必要がない。

だからうちの猫は、十四年、名前がありませんでした。

祖母は、そこまで説明しませんでした。

五條では、たいていのことが説明されません。

説明すると、聞いた側が数に入るからだと、私は思っています。

湯呑みの水

祖父の家の三和土にあった湯呑みのことも、のちに祖母から聞きました。

あれは、祖父が置いたそうです。

知らせに回っているものが通ったときは、水を一杯だけ出す。

飲むためではありません。

「うちは知っとる」という合図なのだそうです。

知っていると伝われば、その家には二度、来ない。

祖父は、私が廊下の音の話をする前から置いていました。

つまり、祖父も同じ夜に聞いていたことになります。

祖父は、それを最後まで私に言いませんでした。

言えば、私が数に入るからだと思います。

今も語り草になっています

猫のことは、今でも家の語り草です。

最後に別れを言いに来たのだと、母は言います。

私もそう思っています。

ただ、あの晩、猫が向いていたのが誰もいない布団だったことだけは、少し引っかかっています。

母に知らせに来たのなら、母のほうを向くはずです。

向いていたのは、私と弟の場所でした。

そこにいない者に、先に知らせていたことになります。

似たような話は、ほかにもあるようです。

飼い猫の話を読んだときも、同じ引っかかり方をしました。

三つ数えてから答える集落のように、返す数が決まっている土地は、ほかにもあるのだと思います。

私の物置にも

私は今、大阪の郊外に住んでいます。

庭のない家ですが、小さな物置があります。

去年、園芸用の支柱を束ねて、その物置に積みました。

積み終わってから、気がつきました。

下から二段目の、壁に近いところを、一つ空けていました。

教わってはいません。

父は「そういうもんや」としか言いませんでした。

それでも、手が勝手にそう積んでいました。

私は今でも、耳の先が少し欠けた猫を見ると足を止めます。

大阪の路地にも、そういう猫がいます。

近づきはしません。

声もかけません。

一度かけたら、返ってくるかもしれないからです。

返ってきたら、二つ目を言わずにいられる自信がありません。

うちに猫はいません。

それでも、空けたままにしてあります。

崩す気には、どうしてもなれないのです。

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