郵便受けに入っていたテープ

郵便受けに、宛名のないビデオテープが入っていました。

平成六年の、七月のはじめです。

ラベルは貼ってありましたが、何も書かれていませんでした。

糊の跡だけが、四角く残っていました。

私は当時、千葉の佐原で、電器店の修理を担当していました。

テレビとビデオデッキばかり、一日じゅう分解している仕事です。

だから、素性の分からないテープを再生することに、何のためらいもありませんでした。

木内電機の作業台

勤めていたのは、駅前の木内電機という店です。

店主と、私と、パートのおばさんの三人でした。

奥に作業台があって、修理待ちのテレビが常に五、六台積んでありました。

あの頃は、ビデオデッキがよく壊れました。

テープを噛む、巻き戻らない、映像が横に流れる。

原因はたいてい、ヘッドの汚れかベルトの伸びです。

私は毎日、そのどちらかを直していました。

店主には、口を酸っぱくして言われていました。

「客のテープは、頭の三十秒しか見るな」

映るかどうかの確認だけしろ、という意味です。

家庭用のテープには、他人が見るべきでないものが入っていることがあるからです。

私はその決まりを守っていました。

店では、守っていました。

小野川沿いの借家

私が借りていたのは、小野川という細い川の沿いの、古い二階建てでした。

一階が六畳と台所、二階が四畳半。

裏手に「だし」と呼ばれる石段があって、川面まで下りられるようになっていました。

昔は、そこで洗い物をしたり、舟から荷を上げたりしたのだそうです。

私が住んでいた頃には、もう苔だらけで、誰も使っていませんでした。

大家は、二軒隣の岩瀬さんという年配の女性でした。

鍵を渡されたとき、岩瀬さんはこう言いました。

「前の人の物が、押入れに一つだけ残っとります」

「捨てんでください」

押入れの上段に、桐の衣紋掛けが一本だけ掛かっていました。

ずいぶん古いもので、肩の部分が黒ずんでいました。

私は、片づけ忘れだろうと思いました。

佐原は、川沿いに古い商家が並ぶ町です。

夏には観光の小舟が出て、船頭さんの説明する声が窓から入ってきました。

七月の祭りの時期には、朝から囃子の練習の音がします。

笛と、大太鼓と、鉦。

あの音が始まると、町の空気が少し湿った感じになります。

私はその町が好きでした。

少なくとも、あの夏までは好きでした。

一つだけ残す決まり

あとで近所の人に聞いて、それが決まりごとだと知りました。

この川沿いの借家では、出ていく人が、自分の物を一つだけ残していくのだそうです。

茶碗でも、下駄でも、何でもかまいません。

「全部持って出た家には、取りに戻ってくる」

そう言われているのだと、向かいの畳屋のご主人が教えてくれました。

笑い話のような口ぶりでした。

けれど、その人は最後にこう付け足しました。

「だから、残っとる物は動かさんことです」

テープを回した夜

テープを見つけたのは、仕事から帰った夜八時頃です。

店から借りてきたデッキが部屋にあったので、そのまま入れました。

映ったのは、暗い部屋でした。

電気を点けずに撮ったのだと思います。

輪郭だけが、かろうじて分かります。

その部屋の真ん中に、女の人が座っていました。

女の人は、何かを喋っていました。

独り言のようでもあり、誰かと話しているようでもありました。

音は割れていて、言葉としては聞き取れません。

ただ、間の取り方が会話のそれでした。

喋って、少し待って、また喋る。

相手の返事を待つ間が、確かにありました。

私は、くだらないと思いました。

近所の子どもの悪ふざけだろうと決めつけて、テープを流したまま、雑誌を読みはじめました。

畳に寝転がって、扇風機を首振りにして。

川からの風で、蚊取り線香の煙がずっと横に流れていました。

音が消えた

しばらくして、テレビから音が消えました。

終わったのだと思って、顔を上げました。

まだ映っていました。

女の人が立ち上がって、押入れのほうへ歩いていくところでした。

そして、襖を開けて、中へ入りました。

襖は、内側から閉まりました。

数秒後、部屋の明かりが点きました。

誰が点けたのかは、映っていません。

明るくなった部屋を見て、私は雑誌を置きました。

見覚えのある部屋でした。

柱の傷も、鴨居の高さも、窓の桟の割れ方も同じです。

私が寝転がっている、その部屋でした。

昨日の私

そのあと、テープが終わるまで映っていたのは、昨日の私でした。

帰ってきて、鞄を置いて、シャツを脱ぐところから。

台所で麦茶を飲み、洗面所で顔を洗い、扇風機の向きを変える。

順番も、時間の間隔も、私の記憶とぴったり合っていました。

カメラの位置は、押入れのあたりです。

襖の隙間から撮ったような、少し低い角度でした。

怖いというより、腹が立ちました。

誰かが部屋に入って、仕掛けていったのだと思ったのです。

私はテープを止めて、押入れを開けました。

中には何もありませんでした。

カメラも、三脚も、電源のコードもありません。

あるのは、あの桐の衣紋掛けだけでした。

店で調べた

翌日、私はそのテープを店の作業台に持って行きました。

業務用のデッキなら、録画された日時の情報が読めることがあります。

民生機では表示されない、テープの端に記録された信号です。

私はそれを読み出しました。

録画開始の日付は、三月十四日でした。

前の住人が、その家を出た月です。

おかしいのは、そのあとでした。

明かりが点いてからの部分だけ、日付が変わっていたのです。

そこには、七月の日付が入っていました。

つまり、前半と後半で、四か月ずれていました。

継ぎ足して録ったのなら、そういうこともあります。

けれど、後半を録った七月には、あの家に住んでいたのは私です。

テープの製造年も見ました。

ケースの底に、小さく刻印があります。

そのテープは、当時から十五年ほど前の型でした。

もう店では扱っていない、古い規格の記録面です。

店主に見せると、しばらく手のなかで回してから、こう言いました。

「これ、どこで拾った」

拾ったのではない、と私が言うと、店主は返事をしませんでした。

衣紋掛けが二本

その晩、私はもう一度テープを回しました。

明かりが点いた場面で、一時停止しました。

押入れの襖は開いたままです。

その中に、衣紋掛けが写っていました。

二本、掛かっていました。

私は立ち上がって、押入れを開けました。

一本しかありません。

何度数えても、一本です。

テープの画面と、目の前の押入れを、私は交互に見比べました。

同じ部屋で、同じ位置で、本数だけが違いました。

その晩は、電気を点けたまま眠りました。

翌朝、押入れを開けました。

衣紋掛けは、二本ありました。

その週から、私は押入れに背を向けて眠るのをやめました。

足のほうを押入れに向けて、頭を玄関側にしました。

そうすると、川からの風が顔に当たって、余計に眠れませんでした。

夜中に目が覚めると、必ず襖のほうを見ました。

閉まっているのを確かめて、また目を閉じます。

それを、朝まで何度も繰り返しました。

祭りの晩

七月十五日の晩、町は祭りでした。

山車が出て、囃子が朝まで鳴っています。

私は人混みを避けて、家にいました。

窓を開けると、笛の音が川面を伝って、部屋の中まで入ってきます。

その音の切れ目に、押入れのほうで、木がきしむような音がしました。

桐が乾いて鳴るのだと、自分に言い聞かせました。

翌朝、押入れを開けました。

衣紋掛けは、二本のままでした。

片方の肩に、細い糸くずが引っかかっていました。

白っぽい、木綿の糸です。

私の服には、その色の糸を使ったものはありませんでした。

縫製工場の名前を思い出したのは、そのあとです。

大家の話

私は岩瀬さんのところへ行きました。

前の住人のことを訊きました。

岩瀬さんは、湯呑みを出しながら、少し困った顔をしました。

「三月に出ていかれました」

「女の方で、二年ほどおられて」

私は、決まりのことを訊きました。

一つだけ残す決まりを、その人は守ったのか、と。

岩瀬さんは、湯呑みを置いて、こう言いました。

「全部持って行きました、と言われました」

「きれいに、何も残さずに」

前の人のこと

前の住人のことは、近所で少しずつ聞きました。

三十代の、髪の長い女の人だったそうです。

川向こうの縫製工場に勤めていて、朝は自転車で出ていきました。

あいさつはきちんとする人で、悪く言う人は一人もいませんでした。

ただ、みんなが同じことを言いました。

「よう、独り言を言うとった」

畳屋のご主人は、もう少し具体的に覚えていました。

夏の晩、窓を開けていると、隣から話し声がしたそうです。

会話に聞こえたので、誰か来ているのだと思っていた。

けれど、その家に人が入っていくのを見たことは一度もなかった。

「返事の間が、あるんですよ」

ご主人はそう言いました。

私は、テープの中の間の取り方を思い出しました。

誰が置いたのか

あの一本を残したのは、前の住人ではありませんでした。

岩瀬さんが、自分の家から持ってきて、掛けたのだそうです。

「空っぽのまま人に貸すわけにはいきませんから」

岩瀬さんは、そう言いました。

決まりを破った家を、そのままにはできなかったのです。

だから、身代わりを一本、置いた。

私はテープのことを話しました。

岩瀬さんは、途中から湯呑みに手をつけなくなりました。

聞き終えて、しばらく黙って、それからこう言いました。

「あの人が押入れに入ったのは、隠れるためではありません」

私は、意味が分かりませんでした。

岩瀬さんは続けました。

「何も残せんかった人は、自分を置いていくんです」

岩瀬さんの家の押入れには、物がぎっしり詰まっていました。

お茶を出してもらったとき、襖が半分開いていて、それが見えました。

古い座布団、行李、缶に入った何か。

その一番手前に、桐の衣紋掛けが束ねてありました。

十本以上あったと思います。

私が見ているのに気づいて、岩瀬さんは襖を閉めました。

「うちは貸家を三軒持っとりますから」

そうとだけ言いました。

岩瀬さんは、最後にこう言いました。

「あの人、何も残しませんでした」

「けど、何も持って行けんかったんかもしれません」

私は、その違いについて、しばらく考えました。

残さなかったのと、持って行けなかったのとでは、まるで違います。

岩瀬さんは、湯呑みを片づけながら、独り言のように付け足しました。

「持って行けん人は、置いていくしかないんです」

だしを洗う水

この町には、もうひとつ決まりがあります。

盆の前に、だしの石段を洗うのです。

洗った水は、必ず川下へ流します。

川上へ流すと、流したものが戻ってくると言われています。

向かいの畳屋のご主人が、あとで教えてくれました。

前の住人は、だしを洗うとき、いつも川上へ水を流していたそうです。

何度か注意されて、そのたびに「すみません」と謝ったのだそうです。

けれど、直りませんでした。

「あの人、知らんかったんじゃない」

「知っとって、そうしとった」

ご主人はそう言いました。

三度目にテープを回したのは、八月に入ってからです。

怖いもの見たさではありません。

確かめたいことがあったのです。

明かりが点いたあとの場面が、記憶と合っているかどうか。

回してみると、映っていたのは、昨日ではありませんでした。

その日の朝の、私でした。

起きて、麦茶を飲んで、シャツを着る。

数時間前の自分が、押入れの高さから撮られていました。

私はデッキの停止ボタンを押しました。

押してから、しばらく手が離せませんでした。

テープは、更新されていました。

誰かが録り足しているのではありません。

録り足すには、あの部屋に入らなければならないからです。

ラベルの糊跡

私は店の作業台で、テープのラベルを剥がしました。

糊の跡に、鉛筆の字がうっすら残っていました。

紙を貼り替える前に、直接書いてあったのだと思います。

読めた字は、二文字だけでした。

「だし」

私はそのテープを、盆の前の日に、だしの石段から川下へ流しました。

ケースごと沈めて、しばらく見ていました。

黒い箱が、水の色に紛れて見えなくなりました。

それで終わりだと思いました。

翌朝、郵便受けに入っていました。

濡れてもいませんでした。

私が残したもの

私はその年の秋に、佐原を出ました。

仕事の都合ということにしましたが、本当の理由は別です。

出ていくとき、押入れに衣紋掛けを一本だけ残しました。

岩瀬さんの家から来た、あの桐の一本です。

もう一本のほうは、どうしても触れませんでした。

テープは、鍵と一緒に岩瀬さんに渡しました。

受け取るとき、岩瀬さんは中身を確かめませんでした。

「次の方が来られたら、どうしましょう」

私がそう訊くと、岩瀬さんは玄関の三和土を見たまま答えました。

「そのときは、そのときです」

あの家を出るとき、私は畳を上げて掃除をしました。

押入れの床板の下に、新聞紙が敷いてありました。

日付は、私が引っ越してくる前の年のものでした。

その新聞紙の隅に、鉛筆で線が引いてありました。

正の字が、いくつも並んでいました。

数えると、二十を少し超えていました。

何を数えたものかは、分かりません。

私は、それを元に戻して、板を伏せました。

いまも

三十年経ちました。

私はいま、埼玉に住んでいます。

押入れのない、マンションの部屋です。

それでも、クローゼットの中には、必ず何かを一つだけ残してあります。

引っ越すたびに、何かを置いていきます。

意味がないことは分かっています。

去年、佐原へ行きました。

あの家はもうありません。

更地になって、車が三台停まっていました。

だしの石段だけが、川べりに残っていました。

私は、そこに立って川を見ました。

水は、上流から下流へ流れていました。

当たり前のことなのに、そのことに、ひどく安心しました。

家に残された物をめぐる話としては、空き家の内側から閉まる鍵や、抜いても戻る古書の紙片も、後味の悪さが残ります。

川と町の決まりごとという点では、沈んだ村の渡し場もあわせてどうぞ。

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