本当にあった不思議な体験の実話 16選
山で道を失った話、いないはずの相手と交わした会話、時間や場所そのものがずれた話、そして一度離れたものが戻ってきた話。説明がつかないまま終わった不思議な体験の実話…
山で道を失った話、いないはずの相手と交わした会話、時間や場所そのものがずれた話、そして一度離れたものが戻ってきた話。説明がつかないまま終わった不思議な体験の実話…
深夜のコインランドリーを回る仕事で、あの店の奥の乾燥機にだけ、月に一度、手書きの札が貼られた。札のある台は開けない、日付が変わる前に出ない、忘れ物カゴには手を入…
売りに出る前の空き家で寸法を測っていると、廊下の長さと各部屋の内寸が、どうしても畳一枚半ぶん合わなかった。畳の上を白く細いものが這い、私の問いかけに頷くように曲…
昭和四十八年の夏、巡回映画の助手だった私は水没が決まった紀伊の山村へ入った。上映の夜、村人は全員が白い布に背を向けて座っていた。窓は新聞紙で塞がれ、子どもは名を…
宿を出るとき三和土で履物を一度脱ぎ揃え直してから履く——若狭の入り江に残るその作法を忘れた朝から始まった不思議な話です。平成十年の夏、隣家の絹さんを六十年ぶりの…
昭和五十七年、国鉄の保線区で私が受け持った十四キロには用地境界の柵があり、その外側だけ草が伸びなかった怖い話。刈る者はいない。境界杭の外に残る内向きの素足の跡と…
平成六年の秋、山陰の港町で私は拓本を採っていた。堂の壁には墨を二百年重ねた黒い板があり、堂守は拓本だけはいかんと言う。その禁を破った夜の怖い話。紙に白く抜けて出…
昭和三十四年、九州の炭鉱町で札場の番をしていた私が六十年黙っていた怖い話。坑内へ降りた者の数を木札で数える板壁に、番号のない釘が一本だけあった。数が合わない夜、…
二百年続いた変化朝顔の選抜を代行した夏の怖い話。平成八年、遠州の旧家では毎年数百株を蒔き、一株だけを残して残りを畑の隅の捨て地に返していた。抜くときは一声かける…
平成八年の秋、越後の谷にある十一戸の在で、私はどの家の薬箱の底にも同じ白い包みを見つけた。開けた者は八十年ひとりもいないという。分析のため一つ持ち帰ると、包みは…
平成十二年の冬、奥会津の在に預けられた十四歳の私は、雪が積もらない湯屋の跡へ連れて行かれた。傷を引き取る湯にまつわる怖い話。叔父が足を負い従兄弟と二人で残った晩…
昭和四十六年の秋、出羽の山あいの在に電話線を引いた外線工手が体験した怖い話。谷の者は受話器を取ってから必ず三つ数えて答え、たがいを名で呼ばなかった。全戸開通の日…
昭和二十六年の上州の山あいにあった製糸場で検番をしていた女性が語る怖い話。その日の糸は工場で切ってはならず、夕方に蛹塚まで運んで切り口を土に返す作法があった。機…
能登半島の先端近くにある無人の入江で海底調査を行った潜水士が、深度計も時計も狂う海域で人の手による石段を発見する。石段を十段上った先に広がっていたのは、潮の止ま…
埼玉北部の分譲地に建つ空き家の錠を、私は錠前技師として二日がかりで十一箇所すべて交換した。前の持ち主は施設へ移るとき、鍵を一本だけ持って行ったという。作業を終え…
平成五年の台風のあと、損害調査員の女性が丹後の在で体験した不思議な話です。十九戸のはずの集落で、三人が三つの違う屋号で同じ一軒を指し、段丘の下の草には二十枚の軒…
昭和四十二年、越中の常願寺川で堤を下げる工事があり、私は曳き家の職人として蓑輪という在の十一戸を建ったまま動かした。更地には畳の目が乾いたまま残り、曳いた先の家…
昭和四十四年の日向の山あいで飯場の賄いをしていた私は、夜神楽の晩に番付のない三十四枚目の面が舞われるのを見た。田舎の怖い話として残る椎ノ迫の留の正体と、握り飯が…
昭和三十九年の夏、東京の場末で映画看板を描いていた私に起きた怖い話。下絵に見覚えのない顔が混じり、白く塗り潰すたび、その顔の人が町から姿を消していく。旅一座の書…
昭和五十八年の秋、美濃の山あいで板場三年目だった私が兄弟子と山の在へ膳を運んだ怖い話です。谷を挟んだ二つの在は互いを鏡と呼び、片方が水の下に沈んだあとも向かい膳…