無人駅の戸の下の隙間

三十年ほど前、私は魚沼の建設会社で除雪の仕事をしていました。

二十代の半ばで、いちばん体の動く時期です。

夜のうちに降った雪を、朝までに払う。

その繰り返しの冬でした。

信濃川に沿って、いくつも集落があります。

そのひとつに、柄沢という谷がありました。

いまはもう、住んでいる家は数えるほどです。

谷の入口に、無人の小さな駅がありました。

柄沢の駅

駅といっても、木造の待合が一棟だけです。

ホームは一面。

切符を売る窓口は、板でふさがれていました。

待合の脇に、便所が別棟で建っています。

コンクリートブロックを積んだだけの、簡単なものです。

私はその冬、そこを何度も使いました。

除雪の車を置いて、休憩をとる場所が、他になかったのです。

ある晩、その便所で妙なものを見ました。

三十年、誰にもきちんと話していません。

あの冬の除雪

除雪の仕事は、夜と朝のあいだにあります。

降りはじめを見て会社に集まり、明け方までに国道と集落の道を空けます。

ライトの中で、雪はまっすぐには落ちません。

横に流れたり、下から巻き上がったりします。

長く見ていると、目のほうがおかしくなってきます。

だから、二時間おきに休憩を取る決まりでした。

柄沢の駅は、その休憩によく使いました。

待合に入れば、風が切れます。

裸電球が一つだけ、一晩じゅう点いていました。

あの光は、谷の中でいちばん頼りになる光でした。

いま思うと、その光を頼りにしていたのは、私だけではなかったのかもしれません。

待合の掲示

待合の壁に、色の抜けた紙が何枚か貼ってありました。

時刻表と、運賃表と、注意書きです。

その中に、手書きのものが一枚ありました。

ボールペンで、太く書いてあります。

「便所ノ戸ヲ閉メタママニシナイコト」

ふつうの注意書きだと思っていました。

掃除のときに開けておけ、という意味だろうと。

いまは、別の読み方をしています。

閉めたままにすると、中にいるかどうかが分からなくなるからです。

戸の下

柄沢の便所の戸は、下が五寸ばかり空いていました。

五寸というと、十五センチほどです。

ふつうの家の便所の戸なら、こんなに空けません。

雪国では、戸の下を少し空ける建て方があります。

吹き込んだ雪が凍りついて、戸が開かなくなるのを防ぐためです。

私も最初は、そういうものだと思っていました。

建設の仕事をしていたので、理屈は分かります。

ただ、五寸は少し空けすぎです。

その隙間から、待合の裸電球の光が、細く長く床に入ってきます。

用を足していると、その細い光の帯だけが見えている。

そういう便所でした。

光が途切れた

その晩は、二月の終わりでした。

湿った重い雪で、夜になっても気温が下がりきりません。

私は八時ごろ、車を停めて便所に入りました。

戸を閉めると、いつもの細い光の帯が床にできます。

しばらくして、その帯が一度、消えました。

すぐに戻りました。

誰かが待合の側を通ったのだと思いました。

この時刻に人がいるのは珍しいことです。

けれど、まったくないことでもありません。

気にしませんでした。

足音がない

おかしいと思ったのは、その次です。

光が、また消えました。

今度は、少し長く消えていました。

そのあいだ、外の音がまったく変わらないのです。

湿った雪の上は、歩けば必ず音がします。

ぐしゃ、ぐしゃ、と重い音です。

その音が、一度も聞こえませんでした。

光だけが消えて、光だけが戻る。

私は、そこではじめて背中の産毛が動きました。

横に並んだ目

三度目に光が欠けたとき、私は戸のほうを見ました。

隙間の、床に近いところです。

目が、ありました。

二つ、横に並んでいました。

じっと、こちらを見ています。

まばたきはしませんでした。

白目の部分が、光を受けて薄く光っていました。

私は動けませんでした。

声も出ませんでした。

どれくらいそうしていたか、覚えていません。

気がつくと、光の帯が戻っていました。

名前を呼ばれる

それから、外で声がしました。

男の声でした。

低くて、少しかすれています。

名前を呼ばれました。

ただし、私の名前ではありませんでした。

その冬、私と組んで除雪に出ていた先輩の名前です。

宮下さん、といいました。

「宮下さん」

「宮下さん」

二回、同じ調子で呼ばれました。

私は返事をしませんでした。

怖かったからではありません。

そのとき、なぜか祖母の言っていたことを思い出したのです。

祖母が言っていたこと

祖母は、この谷の生まれではありません。

隣の谷から嫁いできた人です。

子どものころ、便所に長くいると、祖母は必ず戸の外から声をかけました。

そのときの言い方が、いつも決まっていました。

「おるか」とは訊かないのです。

戸を軽く二度叩いて、それだけで行ってしまう。

私が「おるよ」と返すと、あとで叱られました。

「便所の外から呼ばれたら、返さんでええ」

理由は教えてくれませんでした。

子どもには言わない決まりだったのだと思います。

あの晩、その言いつけだけが、体に残っていました。

雪の上

声は、三度目は来ませんでした。

しばらく待って、私は戸を開けました。

外には誰もいませんでした。

待合の電球が、いつも通りに点いています。

問題は、雪でした。

便所の前は、私が入るときに踏んだ跡だけです。

それ以外に、何もありません。

あれだけ光が欠けたのに、誰も通っていない。

私はその晩、除雪の残りをやらずに帰りました。

会社には、機械の調子が悪いと言いました。

宮下さんに訊く

翌朝、宮下さんに訊きました。

昨夜、柄沢へ来ませんでしたか、と。

宮下さんは、来ていないと言いました。

その晩は、小出のほうの現場に出ていたそうです。

時間も場所も、まったく合いません。

私は、目のことも声のことも話しませんでした。

話したら、自分のほうがおかしくなる気がしたのです。

ただ、宮下さんはこう言いました。

「柄沢の便所は、夜は使わんほうがええ」

理由は言いませんでした。

この谷の人は、そういう言い方をします。

翌朝の跡

その日の昼、私はもう一度、柄沢へ行きました。

明るいうちなら平気だろうと思ったのです。

便所の前の雪に、跡がついていました。

履物の跡です。

ただ、並び方が妙でした。

右足と左足が交互になっていません。

三つ、横に並んでいるのです。

間隔は、どれも同じでした。

戸のほうを向いて、三つ。

そこから先も、そこへ来るまでの跡も、ありません。

私は写真を撮りませんでした。

撮ろうという気に、まったくなりませんでした。

五寸の決まり

この話には、続きがあります。

十年ほど前、私は町の公民館の役をやりました。

古い書類を整理する係です。

その中に、駅の清掃の委託記録が残っていました。

昭和三十年代からのものです。

便所の項目に、但し書きが一行ありました。

「戸下、五寸を厳守のこと」

寸法を守れ、という指示です。

清掃の記録に、建具の寸法が書いてあるのは妙な話でした。

私は、その一行が気になりました。

四寸に詰めた年

もう少し古い綴りに、駅務日誌がありました。

昭和二十年代のものです。

その中に、こういう記述がありました。

「便所戸下、四寸に詰む。吹込多きため」

寸法を一寸だけ狭くした年があるのです。

理由は、雪の吹き込みでした。

もっともな理由です。

ところがその日誌は、その年の十二月の途中で終わっています。

翌年から、また新しい綴りが始まります。

そして、新しいほうの最初の頁に、こう書いてありました。

「戸下、五寸に戻す」

戻した理由は、どこにも書かれていません。

隣の谷

気になって、隣の羽根尾という谷にも行ってみました。

古い公民館の便所が、まだ残っていました。

戸の下を測ると、やはり五寸ありました。

ずいぶん新しい建具です。

平成に入ってから直したものだと、管理の方が言いました。

直したのに、寸法だけは変えていない。

理由を訊くと、その方は少し笑いました。

「そういう寸法やと聞いとるだけですわ」

もう、誰も理由を知りません。

知らないまま、寸法だけが残っています。

そのほうが、私にはこわく感じられました。

四寸の年の駅長

日誌に「四寸に詰む」と書いた駅長のことも、調べました。

名前は残っていました。

その方は、翌々年にこの谷を出て、長岡のほうへ移っています。

ご本人はもう長く前に引退されていましたが、息子さんに話を聞くことができました。

息子さんは、こう言いました。

「親父は柄沢の話を、一遍もせんかったです」

ただ、実家の便所の戸の下は、いつも板が一枚外してあったそうです。

「隙間、空けとかんと落ち着かんって言うとりました」

詰めた本人が、詰めなくなった。

それだけで、十分だと私は思いました。

大工の話

谷の下のほうに、田村さんという大工がいました。

もう九十近い方でした。

その方に、便所の戸の寸法を訊いてみました。

田村さんは、湯呑みを持ったまま、しばらく黙っていました。

それから、こう言いました。

「五寸あれば、履物が見えるろ」

雪のためではないのか、と私は訊きました。

田村さんは、首を横に振りました。

五寸空けてあるのは、雪のためではありませんでした。

中に人がいるかどうかを、外から履物で見るためだったのです。

履物を数える

田村さんの話は、こうでした。

この谷では、便所の外から声をかけないのが決まりでした。

代わりに、しゃがんで、隙間から中の履物を見る。

履物が一つなら、人がいる。

何もなければ、空いている。

それだけの、素朴な作法です。

ただし、田村さんはもうひとつ付け足しました。

「三つあったら、待たんで帰るがや」

私は意味が分からず、訊き返しました。

田村さんは答えませんでした。

代わりに、湯呑みを置いて、こう言いました。

「呼ばれても、返したらいかん」

祖母と、同じことを言いました。

数に入る

返事をすると、どうなるのか。

それだけは、田村さんが少し話してくれました。

返事をすると、数に入るのだそうです。

何の数なのかは、教えてくれませんでした。

「昔は、便所で人が座っとる時間だけ、村の勘定から外れとったがや」

そういう言い方をしました。

戸を閉めているあいだ、その人は村のどこにもいない。

いないことになっている人を、外から数えるのが五寸の隙間だった。

だから、履物の数と、人の数が合わない晩がある。

私は、あの三つの跡を思い出しました。

祖母の谷でも

祖母の生まれた谷にも、行ってみました。

柄沢から山をひとつ越えた、佐良という集落です。

祖母の実家は、いとこの代になっていました。

便所の戸の下は、やはり空いていました。

いとこに寸法の話をすると、面倒くさそうに手を振りました。

「知らんて、そんなもん」

ただ、その家では、便所へ行くときに必ず声を出すのだそうです。

「行ってくる」と言ってから立つ。

戻ってきたら「戻った」と言う。

誰に言うわけでもありません。

言わないと落ち着かないのだと、いとこは言いました。

数を合わせる作法が、形だけ残っているのだと思います。

記録に残らないこと

公民館の書類を、私は三日かけて全部見ました。

五寸という寸法は、何度も出てきます。

清掃の委託記録、建具の修繕伺い、備品の台帳。

どこにも、理由は書いてありません。

寸法だけが、律儀に引き継がれています。

書かれていないことのほうが、書かれていることより長く残る。

そういうことが、この谷にはあります。

田村さんも、詳しいところは最後まで言いませんでした。

言えば、聞いた側が数に入るのかもしれません。

気づいたこと

いちばん引っかかっていたのは、目のことです。

床から五寸の隙間から、人が中を見ようとしたら、どうするか。

顔を地面につけて、横に倒すしかありません。

そうすると、目は縦に並びます。

上下に、です。

横には、絶対に並びません。

あれが一つの顔の目なら、横には並びません。

私が見たのは、二つの目が横に並んだものでした。

それが何を意味するのか、しばらく考えました。

そして、考えるのをやめました。

並んでいたもの

ひとつだけ、思いつくことはあります。

二人が床に伏せて、それぞれ片方の目だけを隙間に寄せた場合です。

そうすれば、目は横に並びます。

けれど、そうだとすると、外にいたのは二人になります。

雪の上には、三つの跡がありました。

一人ぶん、足りません。

あるいは、多いのかもしれません。

そのことを考えると、いまでも指先が冷たくなります。

妻に一度だけ話した

この話を、私は妻に一度だけしました。

家を建てた年です。

戸の下を五寸空けると言ったら、理由を訊かれました。

ごまかしきれずに、柄沢のことを喋りました。

妻は、最後まで黙って聞いていました。

それから、ひとつだけ質問をしました。

「その、宮下さんって人は、どうなったの」

私は答えられませんでした。

宮下さんは、その年の春に会社を辞めています。

ご実家の都合だと聞きました。

連絡先も残っていません。

あの晩、外で呼ばれていたのは、私ではなく宮下さんの名前でした。

返事をしなかったのが私だったことに、意味があるのかどうか。

それも、分かりません。

駅がなくなってから

柄沢の駅は、十五年ほど前に廃止されました。

待合も便所も、いまはありません。

基礎のコンクリートだけが、藪の中に残っています。

去年の秋、久しぶりに寄ってみました。

便所のあったあたりに、ブロックが二段だけ残っていました。

その足元に、猫くらいの高さで、地面が横に細長くならされていました。

雪も草もない、乾いた土です。

幅は、ちょうど五寸ほどでした。

いまも五寸

私は、自分の家を建てるとき、便所の戸の下を五寸空けました。

妻には、雪国の建て方だと説明しました。

嘘ではありません。

ただ、本当のところは、外から見えるようにしておきたかったのです。

見えないほうが、こわい。

去年の冬、その隙間の光が、一度だけ欠けました。

廊下には誰もいませんでした。

私は返事をしませんでした。

これから先も、返すつもりはありません。

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