淵に二度映ってはいけない

月夜の社と水鏡

昭和四十八年の夏の話をする。

私は十九だった。

県の視聴覚ライブラリーという役所の出先に雇われて、巡回映画の助手をしていた。

十六ミリの映写機と、フィルムの缶と、巻いた白い布。

それを軽三輪に積んで、山の分校や公民館を回る。

夏のあいだだけの、臨時の仕事だった。

フィルムを回すと、白い布に光が乗る。

それだけの仕事だった。

技師は五十を過ぎた人で、沢渡さんといった。

沢渡さんは寡黙で、運転中はほとんど喋らない。

私は助手席で、地図と上映の予定表を膝に載せていた。

その年の八月、予定表の最後に、聞いたことのない地名があった。

梅淵。

紀伊の山の、川をふたつ遡ったところにある集落だという。

「来年の春には沈む」

沢渡さんが、前を見たままそう言った。

ダムができるのだと。

私は、沈む村で映画をやるんですか、と訊いた。

「役所がやれと言うんだ」

沢渡さんはそれきり黙った。

林道は舗装が切れて、そこから先は川の音のほうが車の音より大きかった。

右手はずっと崖で、左手は谷だった。

その谷の底を、川が白く光りながら流れている。

水は、山の川にしては妙に澄んでいた。

石の一つひとつが、上から数えられるほどに見えた。

沢渡さんが一度だけ車を停めて、煙草を吸った。

私も外に出て、崖の縁から下を覗いた。

ちょうど真下が、川幅の広がった淵になっていた。

深そうだった。

水面が、私の顔のあたりの空を映していた。

「あんまり覗くな」

沢渡さんが、煙草を靴で消しながら言った。

落ちるぞ、という意味だと私は思った。

梅淵に着いたのは、午後の三時を回った頃だった。

家は、思っていたよりずっと少なかった。

数えると十一軒。

どの家も、川に背を向けるように建っている。

玄関が、山側についているのだ。

川のほうに面した壁には、窓が一つもなかった。

板を打ちつけて塞いだのではない。

はじめから、そちら側に窓を作っていないのだ。

軒下に干してある洗濯物まで、全部が山を向いていた。

沢渡さんは、それを見ても何も言わなかった。

公民館は集落のいちばん奥にあって、板張りの、思ったより大きな建物だった。

その公民館の窓に、内側から新聞紙が貼ってあった。

一枚や二枚ではない。

窓という窓に、隙間なく貼ってある。

まだ日は高かった。

真っ昼間の建物が、外から見ると夜のように暗かった。

「映画のために貼ったんですかね」

私が言うと、沢渡さんは首を振った。

「あれは去年の新聞だ」

区長という人が出てきて、私たちを中に入れてくれた。

七十くらいの、背の低い男の人だった。

名前は聞いたが、その場ですぐに忘れてしまった。

この村では、人の名を聞いてもなぜか頭に残らなかった。

中は、外から見たとおり暗かった。

電灯はついていたが、裸電球が三つだけだった。

区長は、板の間の奥の壁を指して「あそこに張ってくれ」と言った。

奥の壁というのは、川と反対側の壁だった。

私はスクリーンを吊るす金具を探しながら、当たり前のように反対側を見ていた。

そちらの壁のほうが広くて、張りやすかったからだ。

「そっちはいかん」

区長は、それだけ言った。

声は静かだったが、そのあとしばらく私の顔を見ていた。

私は謝って、言われたほうの壁に布を張った。

準備をしていると、子どもが二人、戸口から覗いていた。

小学校の三年か四年くらいの、男の子と女の子だった。

女の子のほうが、思い切ったように入ってきて、フィルムの缶を運びたいと言った。

私は一つだけ渡した。

子どもの両腕にはずいぶん重かったらしく、抱えたままよろよろ歩いていた。

それでも嬉しそうだった。

運び終えると、女の子は缶を置いて、私の顔を見上げた。

「おじさん、名ぁは言わんときな」

そう言った。

方言なのか、冗談なのか、私にはわからなかった。

私は笑って、どうしてと訊いた。

女の子は答えず、男の子の手を引いて外へ出て行った。

外はまだ明るかった。

上映は日が落ちてからだった。

八時に始めることになっていた。

それまで、区長の家で夕飯をもらった。

そうめんと、川魚の甘露煮と、胡瓜の漬物が出た。

区長の奥さんが、氷は下の町まで行かんとないんです、と何度も済まなそうに言った。

私はぬるいそうめんを三杯食べた。

沢渡さんは一杯だけ食べて、あとは麦茶を飲んでいた。

食べながら、私は何気なく、いい水の村ですね、と言った。

台所にいた奥さんの手が、止まった。

区長は箸を置いて、少し笑った。

「昔は濁っとった」

上の山に鉱山があってな、と区長は言った。

年の半分は、川が白く濁っていたのだそうだ。

「濁っとる水は、なんも映さん」

それがどういう意味なのか、そのときの私にはわからなかった。

鉱山は昭和のはじめに閉まって、それから水はだんだん澄んだのだという。

「澄んだんは、ええことじゃなかった」

区長はそう言って、麦茶を飲み干した。

八時前に、村の人が公民館に集まってきた。

十一軒ぶんの人が全部来ても、三十人には届かなかった。

年寄りが多く、子どもは昼間の二人だけだった。

私は映写機の後ろで、フィルムの巻きを確かめていた。

そして、顔を上げて、手が止まった。

客席の全員が、白い布に背を向けて座っていた。

折り畳みの椅子を、わざわざ全部、後ろ向きに並べ替えてあった。

つまり、村の人たちは、私と映写機のほうを向いて座っていた。

スクリーンは、彼らの背中の側にあった。

私は区長を探した。

区長は最前列の、いちばん端に座っていて、やはり背を向けていた。

私と目が合うと、軽く頷いた。

始めてくれ、という意味だった。

沢渡さんを見た。

沢渡さんは、何も言わずに部屋の明かりを落とした。

その晩の演目は、時代劇と、短い記録映画だった。

私はフィルムを回した。

白い布に光が乗って、人の形が動きはじめた。

音が鳴った。

村の人たちは、身じろぎもせずに座っていた。

誰も振り向かない。

笑うところで、誰も笑わなかった。

それは、笑いを我慢しているという感じではなかった。

そもそも、見ていないのだから笑いようがない。

彼らは、音だけを聞いていた。

目を閉じている人もいた。

三十分ほど回したところで、私は妙なことに気づいた。

音楽が途切れる場面が何度かある。

その静かになった一瞬に、外の川の音が入ってくる。

それはいい。

おかしいのは、その川の音が、いつも半拍だけ遅れて聞こえることだった。

音楽が止まってから、少し間があって、それから川が鳴る。

まるで、川のほうが映画に合わせているようだった。

上映が終わって、明かりをつけた。

村の人たちは静かに立ち上がり、椅子を元の向きに直して、順に出て行った。

礼を言われた。

何度も言われた。

最後に残った老婆が、私の手を握って、こう言った。

「都会の役者は、よう喋るのう」

私は思わず笑った。

「喋りすぎじゃ」

老婆も笑った。

その笑い方は、ごく普通のおばあさんのものだった。

私はこの村のことを、少しだけ好きになった。

それから片づけを始めて、映写機のレンズを拭こうとして、手が止まった。

レンズに、指の跡がついていた。

渦の形まで、はっきり見えるほどの跡だった。

私は自分の指を見た。

その日、私はずっと軍手をしていた。

そして、その跡はレンズの外側ではなかった。

ガラスの、内側についていた。

その夜は、公民館の板の間に布団を敷いて寝ることになっていた。

沢渡さんはすぐに寝息を立てた。

私は寝つけなかった。

窓に新聞紙が貼ってあるので、外の明るさがわからない。

時計を見ると、一時を過ぎていた。

喉が渇いて、水を飲みに外へ出た。

外は、思っていたより明るかった。

月が出ていた。

川の音が近い。

公民館の裏手は、すぐに川原になっていた。

私は水を飲むつもりで、川のほうへ下りた。

そこが、昼間に上から覗いた淵の下流だった。

川原に、人が立っていた。

駐在さんだった。

夕方に一度、挨拶をしていた。

四十くらいの、痩せた人だった。

制服ではなく、シャツ一枚で立っていた。

私を見て、少し驚いた顔をした。

「眠れんかね」

私は、はい、と答えた。

駐在さんは川のほうを向いたまま、煙草に火をつけた。

「十一軒しかない村ですね」

私がそう言うと、駐在さんは頷いた。

「昭和三十六年から、ずっと十一軒だ」

一軒も増えず、一軒も減っていないという。

「移った家は」

「移った家は、はじめから十二軒あった」

二十三軒あったのが、半分だけ先に移ったのだ、と駐在さんは言った。

移った先は、下の町に造成された団地で、車で四十分ほどの距離だという。

「近いんですね」

「近い」

駐在さんは、それだけ言った。

そして、移った十二軒の誰一人、この村へ戻って来たことがない、と付け加えた。

盆にも、正月にも、墓参りにも来ない。

「祭りはどうしてるんですか」

「祭りは、もう三十年やっとらん」

私は、残りの人も春には移るんでしょう、と言った。

駐在さんは、しばらく黙っていた。

「あの人らは、移らんよ」

どうしてですか、と私は訊いた。

「移れんのだ」

駐在さんは、それ以上は説明しなかった。

代わりに、こんな話をした。

この村には、三つの決まりがあるのだという。

一つ、水面を覗かない。

二つ、光るものを川に向けない。

三つ、夜に人の名を大きな声で呼ばない。

私は、その三つ目でようやく、昼間の女の子の言葉を思い出した。

おじさん、名ぁは言わんときな。

「子どもに言われました」

駐在さんは、そうか、とだけ言った。

それから、煙草を川に投げずに、地面で踏んで消した。

「わしは、この村の生まれじゃない」

「だから、あんたと同じで、まだ何も知らんのだ」

そう言って、駐在さんは自分の家のほうへ歩いて行った。

私は、水を飲むのを忘れて公民館に戻った。

二日目の夕方、村の人が十人ほどで、公民館の掃除に来た。

昨日と同じように、椅子を後ろ向きに並べていく。

私はそれを手伝いながら、区長に訊いてみた。

どうして、みんな後ろを向いて観るんですか、と。

区長は、椅子を持ったまま、私の顔を見た。

「観とらんよ」

私は、はい、と答えるしかなかった。

「聞いとるだけじゃ」

区長は椅子を置いて、それから付け加えた。

「聞くだけなら、こっちが減らんでな」

その言い方は、何かの計算のようだった。

私は、意味がわからないまま頷いた。

二日目の上映は、九時から始まった。

一本目の途中で、フィルムが切れた。

音が消えて、光が消えて、部屋がまっ暗になった。

私は焦って懐中電灯を探した。

そのとき、暗闇の中で音がした。

三十人近い人間が、一斉に立ち上がる音だった。

椅子が擦れる音も、声も、ひとつもなかった。

ただ、布と板の擦れる音だけが、そろって鳴った。

私は懐中電灯をつけた。

村の人たちは全員、立ったまま、私のほうを向いていた。

誰も目を開けていなかった。

全員が、目を閉じていた。

「灯りを消しなさい」

区長の声だった。

私は消した。

暗闇で、沢渡さんの手が私の肩を掴んだ。

「繋いだら、点けろ」

沢渡さんの声は、いつもと同じだった。

私は手探りでフィルムを繋いだ。

光が戻ると、村の人たちはもう座っていた。

やはり、白い布に背を向けて。

上映が終わったのは、十一時前だった。

昨日と同じように、みんな静かに帰っていった。

老婆は、今日は何も言わなかった。

私は片づけをしながら、手が震えているのに気づいた。

沢渡さんが、外の空気を吸ってこいと言った。

私は外へ出た。

月は、昨日より少し細かった。

川の音がした。

私はまた、川原へ下りた。

なぜ下りたのか、自分でもわからない。

足が、そちらへ行った。

淵の水は、昼間よりも静かだった。

月の光で、水面が鏡のようになっていた。

私は縁に立って、下を見た。

自分が映っていた。

髪も、シャツの襟も、はっきりと見えた。

私はそれを、少しのあいだ見ていた。

そして、気づいた。

水に映った私は、こちらを見ていなかった。

水面の中の私は、顔を上げて、向こう岸のほうを向いていた。

私は自分の首を触った。

私の顔は、確かに下を向いていた。

水の中の私は、まだ向こうを見ていた。

そして、ゆっくりと、こちらを向いた。

どうやって公民館まで戻ったのか、覚えていない。

気がつくと、板の間に座っていた。

沢渡さんは起きていて、私の顔を見て、何も訊かなかった。

ただ、こう言った。

「明日、朝いちで出る」

外が白みはじめた頃、戸を叩く音がした。

駐在さんだった。

昨日と同じシャツで、髪が濡れていた。

私を見て、少しほっとした顔をした。

それから、私の名を呼んだ。

駐在は三度、私の名を呼んだ。

私は、返事をしようとした。

私の喉から、返事が出てこなかった。

声が出ないのではなかった。

「はい」という二文字が、どこにも見つからなかった。

自分の名前が、自分のものだという感じが、しなかったのだ。

駐在さんは、それを見て、四度目は呼ばなかった。

代わりに、私の腕を掴んで、外へ引っ張り出した。

「早う行きなさい」

それだけ言って、駐在さんは自分の家へ戻って行った。

軽三輪が村を出るとき、区長が道に立っていた。

見送りではなかった。

区長は、私のほうを見ずに、川のほうを見ていた。

その隣に、あの女の子が立っていた。

女の子だけが、こちらに手を振った。

私は、手を振り返せなかった。

林道を下りながら、沢渡さんが一度だけ口を開いた。

「あの村は、はじめから断るべきだった」

私は、あの人たちは何を怖がってるんですか、と訊いた。

沢渡さんは答えなかった。

ただ、ハンドルを握ったまま、こう言った。

「濁っとる水は、なんも映さん」

区長と同じ言葉だった。

それから五十年以上が経った。

私は映写の仕事を二年でやめて、電気工事の職人になった。

結婚して、子どもができて、その子にも子どもができた。

梅淵は、翌年の春に沈んだ。

新聞に小さく載っただけだった。

私は、その記事を切り抜いて、ずっと持っていた。

村の人たちは、最後まで移らなかったのだと、後から人づてに聞いた。

どうなったのかは、誰も教えてくれなかった。

私はそれを、悪いことだとは思わなかった。

水の底には、水面がない。

沈んでしまえば、もう何も映らない。

あの人たちは、それを待っていたのだと、私はいつからか思うようになった。

そして私も、同じものに救われていたのだ。

あの淵は沈んだ。

だから、二度目はない。

そう思って、五十年を暮らしてきた。

あの晩のことを、私は長いこと考え続けた。

なぜ村の人たちが、後ろを向いて座っていたのか。

なぜ窓に新聞紙を貼っていたのか。

なぜ昼間の女の子が、名を言うなと言ったのか。

答えらしいものに行き着いたのは、六十を過ぎてからだ。

映画というのは、光と、映るものの塊だ。

それをあの村に持ち込んだのは、役所と、私たちだった。

あの人たちは、映画を観ていなかったのではない。

あの人たちは、映されないように座っていたのだ。

白い布に背を向ければ、布に自分は映らない。

窓を塞げば、ガラスに自分は映らない。

名を呼ばれなければ、誰も自分のほうを向かない。

澄んだ水は、人を映す。

一度目は、ただ映るだけだ。

二度目に映ったとき、映ったほうが名前を覚えて、こちらは覚えていられなくなる。

だからあの村は、鉱山が閉まって水が澄んだ日から、ずっと息を潜めていた。

先に移った十二軒は、まだ一度も映っていない家だった。

残った十一軒は、もう映ってしまった家だった。

移りたくても、移れなかったのだ。

名前を持って行けない人間は、よその土地の帳面に載れない。

この夏、テレビでダムの映像を見た。

渇水で、貯水率が二割を切ったという。

西日本のいくつかのダムが底を見せている、というニュースだった。

その中に、あの谷の名前があった。

画面には、上から撮った映像が映っていた。

水が引いて、五十年ぶりに、旧い河床が出ていた。

谷の底に、白い布のようなものが見えた。

乾いた砂が、日を受けて光っていたのだと思う。

思うのだが、私はテレビを消した。

先週の夜のことだ。

孫が私の部屋に来て、こう言った。

「じいちゃん、いま呼んだ?」

私は呼んでいない。

私はテレビも点けていなかったし、誰とも話していなかった。

孫は不思議そうな顔をして、確かに聞こえたと言った。

私の名前を、下のほうから呼ぶ声がしたのだと。

私は孫に、もう寝なさいと言った。

そして、一人になってから、自分の名前を口の中で言ってみた。

言えた。

ちゃんと言えた。

それが、なぜだか、少しも安心にならなかった。

私はこの五十年、水面を覗いていない。

洗面器も、風呂も、雨上がりの水たまりも、避けて生きてきた。

それでも、乾いた河床に、また雨は降る。

水が戻れば、そこにまた、映るものができる。

今度は、私が向こう岸を向いている番かもしれない。

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