人面犬
九月の初め、東北の遠い親戚を訪ねました。熱帯魚好きのお父さんと畑へ向かう途中、小屋で生まれたばかりの子犬たちを見つけます。ところが最後に生まれた一匹だけ、顔が人…
九月の初め、東北の遠い親戚を訪ねました。熱帯魚好きのお父さんと畑へ向かう途中、小屋で生まれたばかりの子犬たちを見つけます。ところが最後に生まれた一匹だけ、顔が人…
物心がつく前から、僕には「前にもここにいた」という口ぐせがあったそうです。母の実家の細い道でだけ、足がすくむ。入ったことのない部屋を、なぜか知っている。やがて祖…
祖母が遺した古い家で暮らしていた頃、二つになる娘は二人きりのとき、私を祖母だけの愛称でそっと呼びました。誰も教えていないはずの古い子守唄、祖母しか知らない昔の出…
雪深い山あいの古い家で、七歳の私を夜ごと訪れた二つの影。布団の中の顔、窓辺の少女、闇の廊下を歩く裸足の足音、そして夢に伸びてくる冷たい手。守ってくれたのは、一匹…
小学生の夏、緑地公園で体長十三・五センチのトノサマバッタを捕まえた。学校はすぐに標本を撤去し「気にしないように」と告げた。十数年後、両親から捕獲場所の真実を聞い…
鏡に映った自分の目を見つめ、「お前は誰だ」と問いかける。ただそれだけのまじないに、悪友の修二はのめり込んでいった。やがて電話越しに聞こえたのは、聞き覚えのない平…
苦手だった実家の犬ゴン。その犬が世を去って数年後、深い眠りの中で夢に現れ、私にある宣告を残した。目覚めると天井はやけに高く、隣には見知らぬ男が眠り、鏡には一匹の…
二十年前の秋、城下町の寂しい県道で、俺は見えない壁にぶつかった。透明で、磨いた石のように固い壁。引き返した直後、一台の軽トラックが、何もない道で潰れた。土地が静…
子どもの頃、炭焼きだった祖父と山へきのこを採りに入った夏。帰り道は正しいのに同じ景色を繰り返し、谷川の音も消え、いつまでも家に着かない。慌てぬ祖父が一本の煙草に…
仕事帰り、行きつけの深夜の古書店へ向かいエレベーターを六階で降りると、視界一面が真っ白だった。匂いも音も消えた空間、灰色の服の男、トオリヌケという言葉、そして消…
祖父の通夜の晩、築百五十年の庄屋屋敷で一人、ガラス張りの奥座敷に通された私。長い廊下を引きずる足音、波打つ襖、共振するガラス。家族はイタチの仕業だと言うが――山…
築四十年のアパートで、深夜に隣室から響く「リン!リリン!」という不気味な声。まじないか、それとも何かを呼ぶ儀式か。震えながらドアの隙間を覗いた先にあったのは、思…
好条件で強引に誘われた転職先の最終面接。控え室に現れたくたびれた中年の男が、大声で会社をけなし、なぜか私まで一緒に外へ追い出されてしまいました。三年後に知る、そ…
旅先の県道で食あたりに倒れたとき、野次馬の中に四頭身の異様な女がいました。退院の日も病院の門に。以来、人ごみのたびに、無表情のその女が、決まって五十メートル先か…
北国の古い下宿で、管理人の老人から聞いた話です。Kという青年は、胸騒ぎを覚えると、遠く離れた親しい誰かが必ず死ぬ体質でした。雪の夜、電話に出なかったたったひとり…
深夜の雑居ビルでエレベーターの扉が開くと、そこは一階のロビーではなく、夜の野原だった。匂いも、音も、確かにあった。降りなかった私に警備員が漏らした一言が、今も忘…
いなくなった犬や猫が、なぜか必ず見つかる古い空き家があった。塀に抜け道はなく、戸締まりも完全なまま。それでも動物たちは、閉ざされた庭で雨戸を見上げて座っている。…
友人の部屋の宙に、手を振るとそこだけ動きが遅くなる場所があった。バスケットボールほどの、時間が淀む丸い空間。触れてはいけないその領域をめぐる不思議な体験を、淡々…
小樽の運河沿い、石造り倉庫の貸間に住み着いた黒い人影の話です。本を倒し扉を開けるイタズラ好きだと思っていたのに、四十度の熱で動けなくなった雪の夜、あいつは机から…