未来から来た男
煙が上がっとる三日のあいだは、はざまで人と口をきくな——父の言い付けを、小学生だった俺は何も知らずに破りました。昭和五十七年の常滑で五回だけ会った男と、母のカレ…
煙が上がっとる三日のあいだは、はざまで人と口をきくな——父の言い付けを、小学生だった俺は何も知らずに破りました。昭和五十七年の常滑で五回だけ会った男と、母のカレ…
大隅の谷の社に、いつ行っても待っている坊主頭の子がいました。別れぎわは必ず「またね」で、たった一度だけ「さいなら」と言われた。十三年後に見た神社庁の名簿には、常…
那須野が原の写真館を継いだ年、疏水の改修を撮ったフィルムのコマ番号がひとつだけ飛んでいました。景色がつながるように並べ直した晩、庭の外にあったのは石積みの水路と…
谷で拾った字は声に出して読むな——祖母の言い付けを、俺は面倒くさがって妹に押し付けました。その晩から妹は声を失い、三十七日目に姿を消します。徳島の山あいの集落で…
霧の晩、島へ帰る最終の連絡船が、灯の入らない桟橋に着きました。乗客は全員そこで降り、私の腕時計だけが止まっていました。舫い綱をめぐる島の古い作法と、それから三十…
紀伊の山奥の集落へ向かう昼のバス。子どもがぐずったので途中の停留所で降り、定食屋に入った十分後、テレビはそのバスの事故を報じました。妻がこぼした一言の本当の意味…
昭和六十年の夏、川原に建つ見世物小屋で木戸番をしました。祖父に言われたのは、釣りを先に渡せという一言だけです。幕の内から響く拍手、濡れる地面、減っていく矢印、十…
取り壊し寸前の屋敷を実測した日、鋼の巻尺は必ず突き当たりの二尺手前で止まりました。翌朝に写された間取り図の廊下は、それから十四日ごとに二尺ずつ伸びていきます。平…
一歳半の息子が携帯を触った昼、見知らぬ差出人から一行だけ届きました。あなたはだあれ。送信の記録はどこにもなく、受信の時刻は息子が触る二十五分前でした。佐渡の海辺…
人見知りをしない双子の弟は、人の顔ではなく頭ひとつ上を見て笑う子でした。二十年ぶりに訪ねてきた同級生を見て、姉が初めて泣き叫んだ雨の日。三和土に残された素足の跡…
丹波の谷の朝は、鳴るはずのない六時の鐘で始まった。鐘楼の鐘は昭和19年に供出されたのに、先代住職が空を撞くと谷いっぱいに音が響く。霜の丸い融け跡、受領印のない台…
昭和五十三年、鳥取の倉吉の醤油蔵に入った私は、蔵頭がただ一本だけ口を西へ向けて置く樽に気づきました。若い諸味の匂い、内側に二本ある輪、逆巻きの輪竹、遅れていく柱…
県境の低い山にあるという工事中の寺を、後輩と二人で探しに行きました。霧の参道で墨染めの行列に出会い、袖から腕が覗いた瞬間、そのうちの一体が参道の先へ声を張り上げ…
ゲーム好きだった祖母を亡くした春、孫だけで集まってテトリスを遊びました。選んだ覚えのないレベルから始まり、一度もクリアできたことのない私の指が止まらなくなります…
高校時代、五人組だった私たちは、いつも「もう一人いる」気がしていました。修学旅行の夜、各自が持ち寄ったお菓子を広げると、なぜかビスコが六つ。五人しかいない部屋で…
子どもの頃、友人二人と探検した町はずれの製糸工場の廃墟。その闇の奥から響いた若い女のため息に、私たちは一斉に逃げ出しました。三十年後、家族は口を揃えて言うのです…
四つの秋と十七の秋、私は妹を別々の場所で同時に見ました。丹波の谷にある祖父の家の、母屋と土蔵。数の増える踏み石、電気の来ていない蔵に点いた灯り、日付だけが五十年…
六月の夕暮れ、蛙の声が消えた道で、頭に包帯を巻いた子供が一輪車で坂を下ってきた。両手には、生きた白いニワトリ。影はあるのに、音がしない。坂の上は行き止まりで、そ…
休職して帰郷する夜、乗り換えるはずのない山中の無人駅に降ろされた。唸り声しか出さない古い制服の駅員。祭囃子の鳴る誰もいない集落。義足の老人が手帳に書いてくれた地…
製本所の主任、五十嵐さんは誰も写っていない写真を見せてくる。弁当は毎日二段で、出張の土産は必ず三つ。創業五十年の慰労会の帰り、真っ暗な家の奥から軽い足音が走って…