柳の向こうの旅館
仕事帰りに立ち寄った山陰の温泉街。地図アプリが固まったまま迷い込んだ柳の路地の奥に、橘屋という古い旅館の提灯が揺れていた。翌朝目覚めると、私は車の中にいた。…
仕事帰りに立ち寄った山陰の温泉街。地図アプリが固まったまま迷い込んだ柳の路地の奥に、橘屋という古い旅館の提灯が揺れていた。翌朝目覚めると、私は車の中にいた。…
三十年前の出張中、東北の山間集落で車が故障した私は夕暮れの農道を歩いていた。段々畑の中に、片足で腰をくねらせながら近づいてくる、顔の見えない人影がいた。…
父から引き継いだ棚田の水路管理。「向こう岸に何かいても見るな」と言われていたが、ある夜の見回りで向こう岸に人の形をしたものを見た。翌朝、管理していた分水板が一枚…
数年前の春、北陸の小さな漁港で、霧の夜に音もなく港へ戻ってきた一隻の漁船を見た。船体に書かれていたのは、半世紀前に沈んだ船の名前だった――冷静に語られる、海辺の…
出張帰りに無人駅で押した駅スタンプには、なぜか四年半先、十二年先、二十年先の日付が刻まれていた。古びた台帳と紺色の作業着の老人が示した、数十年前から続く決まりと…
解体予定の古い吊り橋を取材した日のこと。同行のカメラマンが車に戻ってから様子がおかしくなり、彼は私に足元を見てくれと言った。…
建て替え前の旧病棟。空室のナースコールが瞬き、担当一覧に知らない名前が混ざる。三時十四分、私のIDで誰かが彼女のカルテを開いていた。…
中古車に残されていたドライブレコーダーを再生してみた。録音されているのは、運転手のいない映像と、助手席だけから聞こえる女の声だった。…
県北の閉じた商店街で、唯一灯りが点いていた古い時計店。すべての振り子が同じ時刻で止まっていた。仕事を終えて知らされた事実は、その店は十年前にもう存在しないという…
新幹線運休の振替で乗った夜行バスの最後列。消灯後、隣席に「酔ってしまって」と座ってきた女性。サービスエリアで降りた彼女は戻らず、運転手は最後列はあなた一人ですと…
中小IT企業の受付として働く私の元に、昼休み明けだけ鳴る謎の内線があった。昭和五十三年入社の田中さんを呼ぶ、穏やかな男の声。三年経ったある日、その声が私の名字を…
深夜のタクシー無線に、営業所が出したはずのない配車指示が入るようになった。訪ねた住所はいつも更地だった。『三時台の住所』と呼ばれる怪異を、個人タクシー運転手が淡…
郵便配達員として3年。担当区域に、毎朝老婆が立っている表札のない古い家があった。ある日その老婆は消え、その家は十五年以上空き家だったことを知る。…
長距離トラック運転手が深夜の峠でエンジントラブルに見舞われた夜、山の斜面に灯りを見つけた。暦は昭和三十八年を示し、老婆は「夜明け前に出ないと外には戻れない」と言…
廃駅での撮影ロケ中、カメラのファインダー越しに奇妙な影を見た。フィルムを現像すると、肉眼では何もなかったはずの場所に、人の形をした影が三つ四つ並んでいた。…
山間の古い旅館で仲居をしていた私は、ある老婦人から「百年前にあなたと同じ顔の仲居がいた」と告げられた。不思議な体験談。…
祖父の七回忌で帰省し、遺品整理をしていると古い連絡帳が見つかった。亡くなった人の名前に命日が書き込まれていた。そして最後のページには、自分の名前があった。…
母の入院見舞いで帰省した北陸の町。シャッター街になった商店街の奥に、子供の頃に通った手芸店の灯りがまだ残っていた。そこにいたのは、五年前に亡くなったはずのおばあ…
深夜の山道で出会う謎の女性。毎週同じ時間に現れ、30分後に消える。複数の運転手が体験した説明のつかない現象。…
秋田の山奥にある築百年の古民家を解体していた大工が、太い大黒柱の中に封じ込められた異様なものを見つける。地元の老人が語った禁忌の意味とは。…