集落の灯り

静かな山村の夜景

私は長距離トラックの運転手をしている。

もう三十年近く、東北と関東の間を走り続けてきた。

これは十五年ほど前、秋も深まってきた夜に経験したことだ。

深夜、東北のある山岳道路を走っていた。

重い荷を積んだまま峠越えをしていたのだが、急な登り坂に差し掛かったあたりで、エンジンが奇妙な音を立て始めた。

ノッキングとも違う、くぐもった異音だった。

止まらないわけにもいかず、路肩に車を寄せてハザードランプをつけた。

時刻は午前二時を少し過ぎたあたり。

周囲には闇と、山の木々が立てる風の音しかなかった。

冷えてきた体を伸ばそうと窓を開けると、山の空気に混じって、何かが燃えるような臭いがした。

木が燃えているような、囲炉裏の煙のような臭いだった。

何気なく山の斜面を見下ろすと、暗い谷間に小さな灯りが点いていた。

一つ、二つ、三つ。四つ。

そんなところに集落があるとは思っていなかった。

地図を確認しても、その付近には何も記されていなかった。

携帯の電波も届かなかった。エンジンはすぐに直りそうもなかった。

人のいるところへ行けばなんとかなるかもしれないと思い、斜面を伝う細い道を慎重に下り始めた。

足元の草が夜露で濡れていた。落ち葉が積もって、踏むたびにぬるりとした感触があった。

それでも灯りはしっかりと見えていた。

思いのほか、しっかりとした集落だった。

石を積んだ低い塀が道の両側に続き、古い木造の家屋が数軒、肩を寄せ合うように並んでいた。

どの家にも灯りがともっていた。

電球ではなかった。もっと柔らかい、橙色の揺れる光だった。

表に人影はなかったが、どこかから、低くくぐもった話し声のようなものが聞こえた気がした。

一番手前の家の戸を叩くと、すぐに開いた。

八十を過ぎているだろう老婆が、俺の顔を見てわずかに目を細めた。

驚いた様子はなかった。

「まあ、入りなさい」

それだけ言って、奥へ通してくれた。

囲炉裏の前に座らされ、お茶を出された。鉄瓶がぼうっと湯気を立てていた。

「車が故障して。人を探していたんです」

「そうかね」と老婆は言った。「こんな夜更けに、外からよく来られたね」

外から、という言い方が少し引っかかったが、その時はそれほど気にしなかった。

お茶を一口飲んだ。味はした。ちゃんと温かかった。

部屋の中をなんとなく見回した。

壁に暦がかかっていた。

昭和三十八年と書かれていた。

最初は見間違いかと思い、もう一度見た。

やはり昭和三十八年だった。紙がひどく古びていて、印刷のインクが黄ばんでいた。

他にも気になることがあった。電灯がない。テレビがない。電化製品というものが、部屋の中に一切見当たらなかった。老婆の着ているものも、時代がかった布地だった。

「ずいぶん古い暦を使っているんですね」

思い切って言ってみると、老婆は黙って囲炉裏の火を突いた。

しばらくして、ぽつりと言った。

「時間は気にしないんだよ、ここでは」

その言葉の意味を考えていると、老婆は続けた。

「あんた、早く行きなさい。夜が明けないうちに出ないと、外には戻れなくなる」

笑ってごまかそうとしたが、老婆は笑わなかった。

ただこちらをじっと見ていた。

囲炉裏の火が揺れて、老婆の顔に影が落ちた。

皺の深い、静かな顔だった。感情が読めなかった。

胸の奥がざわりとした。

立ち上がり、礼を言って早足で外へ出た。

振り返ると、戸口に老婆が立っていた。背後の橙色の灯りを受けながら、こちらをじっと見ていた。

何も言わなかった。

手を振ってみたが、反応がなかった。

細い坂道を急いで上り、トラックに戻った。

エンジンは何事もなかったように一発でかかった。

翌朝、気になって引き返した。

昨夜降りた斜面のあたりを確認すると、建物は何もなかった。

かつて家が建っていたと分かる石の礎石が、雑草の間にいくつか残っていた。

土台の跡、崩れた石塀の痕跡。それだけだった。

雑草は膝の高さまで伸びていた。人が最近立ち入った形跡はなかった。

立ち入れないほど密生した草むらの中に、古い鉄瓶のような形の金属の塊が転がっていた。

気のせいかもしれなかった。確認する気にはなれなかった。

近くのガソリンスタンドで給油したとき、年配の店員に聞いてみた。

「あの斜面に、昔、集落がありませんでしたか」

男は少し遠い目をして答えた。

「ああ、あったよ。でもとっくに廃村だ。昭和三十八年の秋に大きな土砂崩れがあってね。集落ごと埋まってしまったんだ。逃げられた人はほとんどいなかった」

俺は何も言えなかった。

帰りの道中、ずっと老婆の言葉が頭から離れなかった。

夜が明けないうちに出ないと、外には戻れなくなる。

あの夜、俺が下りていったのはいったい何だったのだろう。

今でも分からない。

ただ、あれ以来、峠道で灯りを見かけても、車を降りることだけはしないようにしている。

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