日付の合わない駅

静かな夜の駅の風景

仕事柄、出張で地方に行く機会が多い。

私の趣味は、その出張先の小さな駅で押す「駅スタンプ」を集めることだ。

何の役にも立たない。

けれど、出張先で見つけた古びたスタンプ台に出会うと、どこかで救われたような気持ちになる。

四角い枠の中に駅の名前と日付が刻まれた印は、自分がたしかにその場所を一度通り過ぎたという、控えめな証明書のようなものだった。

その日、私は山陰のとある支店で会議を終え、夜の九時過ぎに普通列車に乗り込んだ。

会議は予定より長引き、最終に近い列車にようやく滑り込んだという感じだった。

車内には乗客が二人しかいなかった。

窓の外は、もう何も見えない真っ暗な田圃と、ぽつぽつと光る民家の窓だけだった。

帰路の途中、ふと予定にない駅で下車したくなった。

その駅は、地図にぎりぎり載っているかどうかという、二両編成の列車だけが時々停まる無人駅だった。

降りたのは私だけで、列車が走り去ると、ホームには急にしんとした沈黙が落ちた。

ホームの蛍光灯は一本だけしか点いていなかった。

その下の小さなベンチに、古びた駅スタンプ台が、誰の許可も得ずに置かれているのが見えた。

「廃線記念・地元保存会」と書かれた手書きの紙が、台の脇に貼ってある。

紙はすっかり日に焼けて茶色く変わっていたが、文字だけはまだ読めた。

近づいてみて、少し妙だと思った。

台に染み込ませてあるインクが、思いがけず新しい黒だったからだ。

押した直後の紙が、まだ乾ききっていないように見える艶があった。

最終列車が出てから、もう三十分以上は経っているはずなのに、誰かが直前にここに立ち寄ったような気配だけが、ベンチのまわりに残されていた。

私はいつものように、鞄から薄いスタンプ帳を取り出した。

左上の余白に、力を入れず、ゆっくりと一度だけ印を押した。

木の柄が、思っていたより冷たかった。

帰りの列車を待つ間、押したばかりのスタンプを、何気なく蛍光灯にかざしてみた。

そこには、駅名と日付が確かに刻まれていた。

ただ、日付の数字が、私の知っている日付ではなかった。

「二〇三二年五月三日」。

四年と半年ほど先の、何でもないはずの一日。

押し間違えかと思って、私は何度かそれを見直した。

紙に押された日付は、どう見ても四年半後のものだった。

スタンプ台の活字が壊れているのかもしれない。

そう自分に言い聞かせて、もう一度、別の余白に押してみた。

二度目に押された日付は、「二〇三八年五月三日」になっていた。

最初より、さらに六年先。

私はおそるおそる、三度目を押した。

「二〇四六年五月三日」。

時計を確かめると、ホームに着いてから、まだ四分しか経っていなかった。

三つの数字が、それぞれ違う筆圧で押されたかのように、紙の上で微妙に色を変えていた。

「あんた、最初か」

ベンチの端から、しわがれた声がした。

いつの間にそこに座ったのか、紺色の作業着を着た老人が、私のスタンプ帳を覗き込んでいた。

顔は蛍光灯の下に半分しか入っていない。

眼鏡のレンズだけが鈍く光って、目の表情はよく見えなかった。

左の胸に、白い糸で「保存会」とだけ縫い取りがされていた。

「最初というのは、何のことですか」

私が尋ねると、老人は答えずに、ベンチの下にあった古びた木箱を、ゆっくりと自分の膝の上に引き寄せた。

箱の蓋を開ける音が、ホームに思いがけず大きく響いた。

中から取り出されたのは、ぼろぼろの台帳らしいノートだった。

茶色いビニールテープで補強された表紙には、何も書かれていない。

老人は、慣れた手つきで真ん中あたりのページを開いて見せた。

そこには、無数の駅スタンプが押されていた。

ノートの一番古いページには、昭和の終わりごろの日付が並んでいた。

そこから、ページを繰るたびに日付は飛び飛びに進んでいく。

そしてどのページの右上にも、私が今夜押したのと同じ駅名のスタンプが押されていた。

ただし、日付だけは、ばらばらだった。

「一九八九年三月十一日」。

「二〇〇三年八月二十一日」。

「二〇一七年十二月七日」。

そして、ページの後ろの方に、私がたった今押した三つの日付が、しっかりと並んでいた。

「二〇三二年五月三日」「二〇三八年五月三日」「二〇四六年五月三日」。

筆跡や紙の色から見て、それぞれ別の人間が、別の夜に書き込んだものらしかった。

「みんな、ここで押すんだ」

老人は事もなげに言った。

「最後に押した日付が、その人の最後の日付になる」

私は少し笑おうとした。

笑えなかった。

三つの日付のすぐ下に、誰かの細い字で、住所が書き添えてあった。

地名だけで、番地のない、私が今も住んでいる町の名前だった。

名前のかわりに、町の名前だけがそこに記されているのが、なんだか余計に居心地が悪かった。

「あんたのは、まだ書き入れてないだろう」

老人は穏やかに言った。

「最初に押した人間が、自分でそこに住んでいる町の名前を書き入れる決まりになっている」

私は一歩、後ずさった。

ノートを返そうとした手が、なぜかかすかに震えていた。

老人は、責めるでもなく、急かすでもなく、ただベンチに静かに座って、私を見上げているだけだった。

そのとき、踏切のあたりで、警報のような短い音が一度だけ鳴った。

ホームの端から、二両編成の列車のヘッドライトが、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。

私はノートを老人の膝の上に押し戻し、鞄をつかんで、扉が開くのを待った。

列車が止まり、扉が開く一瞬、私は振り返った。

ベンチには、誰もいなかった。

蛍光灯の下に、木箱と、スタンプ台と、私のスタンプ帳の影だけが、置き忘れられたかのようにそのまま残されていた。

家に帰り着いたのは、日付が変わるすぐ前だった。

机の上にスタンプ帳を置き、念のため、スマートフォンで写真を撮っておこうと思った。

ところが、画面を確認すると、その写真だけが真っ黒に潰れていた。

何度撮り直しても、同じだった。

シャッターを切る音はちゃんと鳴る。

けれどスタンプ帳を写したはずの画像だけが、何度やっても、夜のように黒く埋まっていた。

仕方なく、私はスタンプ帳の最初のページに、その駅の名前と、自分の住む町の名前を、ボールペンで書き添えた。

書き終わってから、自分が何のためにそれを書いたのか、よく分からなくなった。

ただ、書かなければいけない、と、確かに思った。

その夜は、何度寝返りを打っても、自分の体の輪郭が普段より細く感じられる気がした。

それから数年が経って、私はその路線が正式に廃止されたことを、新聞の小さな記事で知った。

廃止のお知らせと並んで載っていたのは、「廃線記念・地元保存会」を懐かしむ短いコラムだった。

コラムによれば、保存会の代表だった老人は十年以上前に亡くなっていて、駅にスタンプ台を置いたまま、保存会自体は解散になっていたらしい。

「保存会」と糸で縫い取られた、あの紺色の作業着の輪郭を、私はもう一度思い出した。

つまり、いま、あのスタンプ台を世話している人は、どこにもいないということになる。

誰の手で、新しい黒のインクが補充されているのかも、分からない。

私はそれでも、ときどきスタンプ帳を開いて、あの三つの日付を眺めることがある。

「二〇三二年五月三日」。

「二〇三八年五月三日」。

「二〇四六年五月三日」。

最初のふたつの日付には、まだしばらく時間がある。

けれど三つ目の日付がいつかやって来ることだけは、私には妙にはっきりと分かっている。

その日が来たら、私はあの無人駅のベンチに座って、誰かに台帳を渡す側にまわるのだろう。

そのとき、自分が何という言葉を相手にかけるのかは、まだ分からない。

ただ、あのとき老人が口にした台詞だけは、もう私の中で、ずいぶんと馴染んでしまっている。

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