住所のない開業挨拶状
廃業を控えた活版印刷の老舗をひと月取材した、ライターの私が体験した不思議な話。誰も触れていないのに、夜ごと組まれていく挨拶状の活字。湯呑みはいつも一つ余分。そし…
廃業を控えた活版印刷の老舗をひと月取材した、ライターの私が体験した不思議な話。誰も触れていないのに、夜ごと組まれていく挨拶状の活字。湯呑みはいつも一つ余分。そし…
七十を過ぎて郷土史を学びはじめた私が、市民講座の見学で訪ねた山あいの冬季分校。止まったはずの柱時計が時を刻み、撮った写真の中でだけ机がひとつ増えていた。校舎の中…
長距離トラックの運転手だった私が、先輩から授かった助手席のベルトを締める習慣。三十年欠かさず守ってきたその儀式が、還暦を過ぎたある夜から少しずつ崩れていく。締め…
夏の休暇に、亡き叔母の海辺の家を訪ねた。干潟の人影が、毎夕ひとりずつ沖へ増えていく。土地の者は誰も潟に降りないと言う。淡々と綴る、説明のつかない実話怪談。最後の…
母の入院先で毎週見かけた、白いパジャマの老人。優しい言葉に支えられた二ヶ月半のあと、看護師から告げられたのは、誰も入らなかった病室だったという事実でした。…
肺がんで旅立った父と、葬儀でも笑顔を絶やさなかった妹。父の着信音だった童謡お馬の親子と、妹が見た不思議な夢、その夢が確かめられた小さな出来事を綴る、やさしい心霊…
深夜、部屋の隅に体育座りの男の子が現れた。頼まれたのは、病室に隠した絵日記帳を両親へ届けることと、自分の家の場所を教えること。小さな足音の主が最後に駆けていくま…
昼下がりの静かな山道、親戚の家へ向かう途中のトンネルで、猫を追った俺の後ろに足音がひとつ多かった。出口で待っていたトンネルの少女の顔と、叔父がぽつりと言った猫の…
山を越える届け物の途中で姿を消した大伯父は、百年たった今も山に棲んでいる。迷子の私を助けた男の子と、去年の夏に息子を叱った男の子は、同じ人だった。杉の根元の苔む…
深夜に友人の中古車で出かけた箱根の夜道。動かないラジカセ、背後からの衝撃、突然の腹痛。引き返した家で母が運んできたコーヒーは三つ。近所の女の子と、手放された車を…
埼玉の町にある、庭にあるお墓の家。信号待ちのたびに覗いたお地蔵さんの風車は、風もないのに回った。視える母が語った「数えている」の意味と、庭には埋めないでと残した…
実家の二階で一人本を読んでいた夜、階段を上る足音が三分以上も続き、ドアを開けると兄を訪ねる見知らぬ女が立っていた。兄は出張中のはずだった。最後の一段だけ鳴らなか…
語り部の従姉妹から聞いた、記憶を追って来る女の話。夢の中で幼い頃から少しずつ現在へ近づいてくる、にたにた笑う赤い口紅の女。距離が縮まり、ついに現実に追い付いたと…
亡くなった親を恨んでいるのは、いったい誰なのか。教会に通う女性が口にした「親に呪われている」という言葉と、空いた席に会釈を続ける司祭の父。親は恨んだりしないと言…
終電を逃して泊まった鶯谷のホテル。後輩と私は、扉が細く開いた同じ夢を見た。目のない黒髪の女は、眠る後輩の顔に鼻を近づけ、匂いを嗅いでいたという。フロントの男の「…
入院中の病室に立つ老人を見たという友人に、冗談で勧めた病室の盛り塩。その夜、友人が見た藁葺き屋根の夢と、朝になって溶けていた塩の写真。右と左の障子の向こうに何が…
運送会社の空き家倉庫で、二階には上がるなと言われた忠告を破ってしまった夜。階段を後ろ向きに昇った友人は、奥の部屋で、さしあげますから、と繰り返し呟いていた。入院…
雨の夜、東京湾岸の埋立地にある土木調査会社で仮眠を取った私は、無人の事務室を歩く五体の青白い影を見た。陽気な社長が倉庫に預かっていた仏壇と、社員が陰で呼んでいた…
十歳上の姉の不良仲間にもらったドルフィンリングが、真夜中に焼けるほど熱くなった。事故の知らせが届いた夜、玄関の向こうから「迎えに来たよ」と呼ぶ声がして、両親は外…
スキー帰りの国道19号で、社長の思いつきで入った裏道。街灯の下に白い日傘の女が立ち、何度も現れ、やがて道の両脇に連なっていた。事故の後、荷物の上に残されていた一…
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