親は恨んだりしない(神父の子1)
公開日: 神父の子シリーズ
親父が死んでから今日でちょうど一年が経った。キリシタンだから一周忌などはない。
親父はキリスト教の神父だったが、幽霊の存在も認めていた。
同じ体質の俺も、キリスト教に入るかどうか未だ迷っている。
他の神父や教会の人達からは、異端というか悪魔憑き扱いされていた親父だったが、不可解な存在に悩む人達を無償で助け続けた人生だった。
我が家と親父を襲った様々な悲劇をここに書いても良いだろうか?
誰にも言うなと言われたが、親父の生き様を自慢させていただいても良いだろうか?
※
はじめに
キリスト教にも沢山の種類があるので余所のことはよく知らないが、キリスト教の考え方は基本的に死んだ人間がこの世に化けて出ることは無いとされている。
つまり幽霊というものは存在しないという考え方だ。もし幽霊が見えたなら、それは悪魔が幻覚を見せていると考える。
親父は小さな頃から幽霊というものがよく見えたらしい。気が狂いそうになる中で救いを求めたのがキリスト教だったと聞いている。
だがそれでも幽霊は見え続け、いつしかそれ(霊)を救えるようになったのだという。
それは神様のお力添えがあったからで、自分は幸せなのだと常に言っていた。
教会には二週間に一度はこの手の悩みを持った人が現れていた。
親父は一人一人の話を親身に聞き、悩みが解決するよう頑張っていた。
でもやっぱり狂ってしまい、一年前に首を吊って死んだ。
神でも救えないほど色々な出来事があった。自慢話に聞こえるかも知れないが、自慢の父の話を書かせて欲しい。
※
ある日のこと
学校から帰って来ると、うちの小さな貧乏教会にパトカーが停まっていて、中に警官が二人居た。
何事かと母に聞くと、
「秋山さん(仮名)が暴れて倒れた」
とのこと。
近所の人が大声に驚き、勝手に気を回して警察を呼んだらしい(そのくらい色々あることで有名だった)。
そのまま秋山さんは警察に抑えられるようにパトカーに乗せられた。
親父も後で警察に来るよう言われていた。
※
秋山さんは45才くらいの独身のおばさんで、最近教会に通うようになった人だ。
こんなことを書くと語弊があるのだが、日本で宗教に入る方は心に病気を持っていたり社交性が低いことが多い。
無宗教の人から見ると、みんなでわいわいやっているように見えるが、決してそんなことはない。
人知を超えた神という存在があるからこそまとまっていられる人たちであって、通常のルールやマナーでは浮いてしまうような人が集まってしまうこともある。
決してその人達が変人な訳ではなく、うちの教会で言えば見えてしまう人や憑かれてしまっている人だと言っても過言ではない。
もちろん基本的には良い人達なのは言うまでもないが…。
※
秋山さんは、
「自分の親に呪われている」
と言って教会に来た。
親父は、
「子を呪うような親はいない」
と言って慰めたが、秋山さんは呪われていると自己暗示にかかっていた。
「なぜ呪われていると思うのか」
という親父の問いに、
「長い間、顔を見に行っていないから」
と答えた。
驚いたことに秋山さんの親は生きているのだ!呪われているなどと言うから、てっきり亡くなっているのだと思っていた。
そうとなれば話は早い。秋山さんと親父と母で親御さんに会いに行くことにした。
無論、学生で信者ではない俺はお留守番だ。
※
数時間後に母から車で迎えに来るように言われ、電話で聞いた住所をカーナビに入力して向かった。
着いた先はゴミ屋敷と呼ぶに相応しいオンボロの家で、何とも言えない匂いを放っていた。
既にパトカーと救急車が数台来ていて、夜のゴミ屋敷を赤く照らしていた家の外でオロオロした母を見つけ、
「一体どうしたんだ?」
と聞いている最中、家の中からこの世のものと思えない異臭と共に、頭蓋骨を抱いた秋山さんが警察に両肩を支えられて出て来た。
その臭いと異様さに、俺と母は胃の中のものを道端に戻した。野次馬たちも数人戻していた。
その後を追うように親父が出て来た。
真っ青になりながら、
「残念ながら亡くなっていたよ」
と言った。
服は泥だらけになっており、チーズのような何とも言えない匂いが染み付いていた。
俺は服を捨てるように頼んで、パンツ一枚の親父を警察まで送って行った。
※
後日
母親を孤独死させてしまった秋山さんを教会のみんなで慰めた。
ただ、あのゴミ屋敷を見た俺としては例え親とは言え見捨ててしまうだけの事情があったのだろうと察した。
それでも秋山さんの中で罪悪感があったのだろう。だから呪われたなどと思ってしまったのだと思っていた。
落胆する秋山さんは毎日のようにお祈りに参加した。
俺の目から見ても少しずつ元気を取り戻しているように見えた。
元気になった秋山さんは、逆に亡くなった母親の悪口を言うようになった。
初めは教会のみんなも黙って聞いていたのだが、段々耳に耐えられなくなり秋山さんを避けた。
それでも親父は黙って頷いて秋山さんの暴言を聞いていた。
※
ここからは母に聞いた話。
冒頭の秋山さんが暴れて倒れて教会に警察が来た日の話だ。
いつものように暴言を吐き続ける秋山さんに、ついに親父が言った。
「あなたのお母さんは首を絞められてもあなたを恨んだりはしていませんよ」
その言葉を聞いた秋山さんは泣き暴れながら、
「殺してヤルー」
と何度も叫んで気を失ったという。
母は、
「お父さん初めから知っていたんだよ」
と言っていた。
秋山さんが自首をしたという話は聞いていない。
親父に
「これで良かったのか?」
と尋ねると、
「誰にも言うなよ…」
とだけ言った。