白いラベルのカルテが落ちていた
夜勤で内科外来へ紙の記録を取りに行くと、入ったときには無かったはずの白いラベルのカルテが床に落ちていました。うちの病院で白はどの区分にも使われていない色です。棚…
夜勤で内科外来へ紙の記録を取りに行くと、入ったときには無かったはずの白いラベルのカルテが床に落ちていました。うちの病院で白はどの区分にも使われていない色です。棚…
古い民宿の共同便所で、真夜中に閉じ込められました。戸の向こうで誰かがぼそぼそと呟き、これは聞いてはいけないと直感しました。廊下の三枚の板だけが張り替えられていて…
近所のスーパーにいつもいる、いひゃっいひゃっと笑う女。酔った先輩が野菜売り場でからかったその日から、笑い女の声が先輩だけに聞こえるようになりました。無音になると…
林道で五人が転んだ。起こそうとして数えると、倒れているバイクは六台あった。六台目のバイクは錆びて空気も抜けているのに、引きずった跡が斜面から一本だけ続いていた。…
中学三年の秋、友人の家の離れには、ドアを挟んで内と外に二枚の札が貼られていました。風の強い晩が明けると、セロハンテープの形だけをきれいに残して、外側のお札が消え…
二〇〇二年の冬、金沢の下宿から繋いだ深夜の掲示板に、二〇四五年から来たと名乗る人がいました。その人が書くのは、駅前の時計が三分遅れるといった小さなことばかりです…
一人暮らしを始めた部屋で、夜になると下からざわつき声が聞こえるようになりました。苦情に行った階下の住人は、同じ声が上から聞こえると言います。天井裏を調べる日の朝…
十代の頃、十万円の前金と引き換えに、山奥の廃墟でひと晩を明かしました。壁も天井も真っ黒に焦げているのに、地下の浴槽の内側だけが白いタイルのままです。縁には、指の…
実家の仏間の戸棚に、髪を納めた箱が一つあります。坊主だった曾祖父が、山を越えた先の村から持ち帰ったものです。村ぐるみで隠されていた業と、藪の中の盛り土から出てき…
深夜の峠を運転していると、同じ道端の地蔵が三度もライトに浮かびました。助手席の山根は俯いたまま、自分の家の庭に埋まっているというものの話を続けます。彼が低い声で…
盆地の独身寮に転勤してきた同僚は、窓から煙突が見えると言って四週間ごとに部屋を替えていました。彼の郷里に残る煉瓦の煙突と、その根元に縦に彫られていた名前の列。二…
下関の坂の駄菓子屋の二階から、古い笑い袋が出てきました。中の機械には電池が一本も入っていないのに、階段の下から低い笑い声が聞こえてきたのです。必ず笑い返さねばな…
会津の谷を走る夜の列車で目を覚ますと、駅名標のない板だけのホームに停まっていました。翌朝、定期券には、この線のどこにも存在しない形の鋏の痕がもう一つだけ増えてい…
大隅の谷の社に、いつ行っても待っている坊主頭の子がいました。別れぎわは必ず「またね」で、たった一度だけ「さいなら」と言われた。十三年後に見た神社庁の名簿には、常…
秦野の丘の分譲地で、私はあの家の二階の電気を一度も点けませんでした。八月の蒸し暑い夜、階下で玄関の鍵が回る音がします。忍び足で階段をのぼってくる気配から、私は屋…
紀伊の山奥の集落へ向かう昼のバス。子どもがぐずったので途中の停留所で降り、定食屋に入った十分後、テレビはそのバスの事故を報じました。妻がこぼした一言の本当の意味…
取り壊し寸前の屋敷を実測した日、鋼の巻尺は必ず突き当たりの二尺手前で止まりました。翌朝に写された間取り図の廊下は、それから十四日ごとに二尺ずつ伸びていきます。平…
昭和五十四年の秋、人形の町の川沿いで、乳母車を数珠つなぎに引く男とすれ違いました。布の下にあったのは、雛壇には決して飾られない顔。拾ったものに名をつけてはいけな…
四万八千円の白いクーペは、売れるたびに十日ほどで店へ戻ってきました。走行距離は戻るたび減り、助手席のベルトだけが人ひとりぶん伸びている。前の持ち主は全員、土砂に…
五年後の冬、入院中の淳也から電話がありました。面会時間が終わると、毎晩ひとりの清掃員が病室を覗きに来るというのです。五寸釘の女は俺たちに何度も頭を下げました。あ…