存在しない駅
会津の谷を走る夜の列車で目を覚ますと、駅名標のない板だけのホームに停まっていました。翌朝、定期券には、この線のどこにも存在しない形の鋏の痕がもう一つだけ増えてい…
説明のつかない体験をしたことはありますか。偶然とは思えない出来事、夢と現実の境界線、時間が止まったような瞬間——実話をもとにした不思議な体験談を集めました。読み終わった後も、じわじわと余韻が続きます。
会津の谷を走る夜の列車で目を覚ますと、駅名標のない板だけのホームに停まっていました。翌朝、定期券には、この線のどこにも存在しない形の鋏の痕がもう一つだけ増えてい…
煙が上がっとる三日のあいだは、はざまで人と口をきくな——父の言い付けを、小学生だった俺は何も知らずに破りました。昭和五十七年の常滑で五回だけ会った男と、母のカレ…
大隅の谷の社に、いつ行っても待っている坊主頭の子がいました。別れぎわは必ず「またね」で、たった一度だけ「さいなら」と言われた。十三年後に見た神社庁の名簿には、常…
霧の晩、島へ帰る最終の連絡船が、灯の入らない桟橋に着きました。乗客は全員そこで降り、私の腕時計だけが止まっていました。舫い綱をめぐる島の古い作法と、それから三十…
紀伊の山あいの集落では家の戸をみな同じ形に作り、閉めるたびに数える習わしがありました。中学二年の朝、私は開けたはずの引き戸から玄関へ出てしまい、怖くなって一度閉…
鍵をかけない田舎の家で、機械のように規則正しく鳴り続けるインターホン。祖母とそっと覗いた玄関の先に立っていたものとは何だったのか。招かれぬかぎり入れない来客の正…
去年の4月に大学を卒業して、マンションに引っ越した。 そのマンションの真ん中が中庭になっていて、俺は左端に住んでいる。 6階建てのマンションで、右側にマンション…
一歳半の息子が携帯を触った昼、見知らぬ差出人から一行だけ届きました。あなたはだあれ。送信の記録はどこにもなく、受信の時刻は息子が触る二十五分前でした。佐渡の海辺…
人見知りをしない双子の弟は、人の顔ではなく頭ひとつ上を見て笑う子でした。二十年ぶりに訪ねてきた同級生を見て、姉が初めて泣き叫んだ雨の日。三和土に残された素足の跡…
自分の体験した少し現実味のない話です。 自分自身、この事は今まで誰にもしたことがないし、これからも話すつもりはありません。 それにこの書き込み以降、僕が他人と話…
県境の低い山にあるという工事中の寺を、後輩と二人で探しに行きました。霧の参道で墨染めの行列に出会い、袖から腕が覗いた瞬間、そのうちの一体が参道の先へ声を張り上げ…
ゲーム好きだった祖母を亡くした春、孫だけで集まってテトリスを遊びました。選んだ覚えのないレベルから始まり、一度もクリアできたことのない私の指が止まらなくなります…
大学写真部の夏合宿で泊まった、外房の網元屋敷の古い民宿。深夜、寝落ちした部員の枕元に、濡れた髪の女が正座していた。誰も動けないまま夜が明け、東京に戻って集合写真…
北関東の盆地の町のはずれに、赤煉瓦の製糸工場の廃墟があった。小学三年の夏、私たちは三人でそこへ入り、闇の奥から聞こえたため息に追われて逃げ出した。三十年後、母は…
四つの秋と十七の秋、私は妹を別々の場所で同時に見ました。丹波の谷にある祖父の家の、母屋と土蔵。数の増える踏み石、電気の来ていない蔵に点いた灯り、日付だけが五十年…
六月の夕暮れ、蛙の声が消えた道で、頭に包帯を巻いた子供が一輪車で坂を下ってきた。両手には、生きた白いニワトリ。影はあるのに、音がしない。坂の上は行き止まりで、そ…
休職して帰郷する夜、乗り換えるはずのない山中の無人駅に降ろされた。唸り声しか出さない古い制服の駅員。祭囃子の鳴る誰もいない集落。義足の老人が手帳に書いてくれた地…
九月の初め、東北の遠い親戚を訪ねました。熱帯魚好きのお父さんと畑へ向かう途中、小屋で生まれたばかりの子犬たちを見つけます。ところが最後に生まれた一匹だけ、顔が人…
物心がつく前から、僕には「前にもここにいた」という口ぐせがあったそうです。母の実家の細い道でだけ、足がすくむ。入ったことのない部屋を、なぜか知っている。やがて祖…
祖母が遺した古い家で暮らしていた頃、二つになる娘は二人きりのとき、私を祖母だけの愛称でそっと呼びました。誰も教えていないはずの古い子守唄、祖母しか知らない昔の出…
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