火を借りてはいけない砂糖小屋
昭和二十八年の秋、種屋のわたしは四国の在で砂糖しめ小屋を一晩借り、立冬の夜に一人で釜を焚いた。この在では火を借りるとき必ず名を言う。その教えを忘れた晩から、甘い…
夜中に一人で読んではいけない、と分かっていても止まらない。背筋がぞっとする怖い話・ホラー短編をまとめました。実話風の体験談から本格的な怪談まで、幅広い怖い話を揃えています。
昭和二十八年の秋、種屋のわたしは四国の在で砂糖しめ小屋を一晩借り、立冬の夜に一人で釜を焚いた。この在では火を借りるとき必ず名を言う。その教えを忘れた晩から、甘い…
平成四年の雪深い城下町。郵便配達の私は軒の途切れた「あき」で雪の中に立つ女に懐炉をひとつ手渡した。雁木の下で知らぬ人に物を渡してはならない。町の古い決まりを破っ…
山の送電線を巡視していた頃の、忘れられない怖い話。無風なのに低く鳴る索道のワイヤー、下草に残る一列の跡、そして梢に腕だけで懸かるもの。姿を消した先輩が谷に残した…
平成五年、大学図書館の地下二階の資料保存室で、私は県北の旧家から寄贈された古い蔵書を繕っていた。虫が食って欠けた文字は、規定どおり推定で墨で補う。やがて誰にも貸…
昭和四十四年の秋、信州の山村に保健婦として赴任した私は、柿の木に実が一つも残らぬことに気づいた。木守りを絶やした村に伝わる怖い話。水を落としたはずの棚田に人が立…
これは録音の仕事で出会った怖い話。昭和六十三年の夏、廃鉱の飯場跡で、深夜番組のために一晩ぶんの無音を録ることになった。地下へ降りる階段は十三段。だが朝、上がって…
昭和四十四年の冬、越後の山あいにある分校へ赴任した私は、宿直の明け方に雪を掃く音を聞いた。校庭へまっすぐ伸びる一本の跡、数えるたびに増える教室の扉、名簿に増えた…
昭和の終わり、測量助手の私は山を案内する老人に従い、忘れられた墓を拾い歩いていた。だが帰りの風の無い窪地で、宙にぶら下がる人型のものと、土の下から湧く得体の知れ…
古道具の出張買取で訪れた、旧街道沿いの在郷町。蔵の奥から出てきたのは、赤い糸で厳重に巻かれた古い人形だった。糸がひとりでに解けた夜から、首の伸びる異形が、夜ごと…
岬の御堂に置き残された朱の封じ甕をめぐる長編の怖い話。黒い着物の老人が唱えた裏返しの言葉、甕を開けようとした二人の目の異変、そして書き換えられた事故の記憶。移し…
山あいの古い団地は、埋め立てられたため池の底に建っていた。深夜二時、誰も乗せず最上階へ昇る無人のエレベーター。雨上がりの晩、住人が一人また一人と姿を消す——設備…
たたら製鉄で栄えた山奥の谷に残る、近づいてはならない石塚。治山の測量で禁を破った私が触れた黒い口と、左手に残った冷たさ。土地の禁忌を描く長編の怖い話。今も谷の石…
平成六年の夏の終わり、半島の役場で働く私は、先に逝った母の故郷の漁村で、古い土地台帳に「凪番」という家の役を見つける。凪いだ晩に海の向こうから上がるナギサマ、呼…
昭和五十七年の秋、川霧の立つ山あいの町で市史を編んでいた私は、丘の祠に納められた木札を写真に撮ってしまった。その晩から、灰色のコートを着た名取りの女が借家の戸や…
昭和の山奥、ダム工事の飯場で働いていた二十歳の夏のことだ。決まりを破って入った夜の裏山で、御神木に古釘を打ちつける女を見てしまった。危険な好奇心が招いた取り返し…
昭和三十三年、谷あいの旧庄屋に泊まった配置薬の行商人は、毎晩だけ運ばれる一人分の膳の謎を追って、灯のともらない中二階へ上がってしまう。封じられた戸の向こうの引っ…
昭和のダム計画で、水に沈む村を一軒ずつ調べていた私たちは、外れの溜池にある、触れてはならない古い石蓋を起こしてしまう。やがて主任は知らぬ名を点呼のように呼び始め…
怖い話。深夜に取材音源を文字起こしする四十代のライターが、二人だけのはずの対談に低く混じる三人目の声に気づく。相づちはやがて録音の中の会話ではなく、いま聞いてい…
怖い話。北国の表具師が亡き師匠の蔵で見つけた黒漆の函には、決して数えてはならない結び目があった。山の向こうへ渡り戻らぬ集落の人々の面影を結いこんだ数え函。数える…
物流倉庫の夜勤で、棚の最上段に立つ作業員の影を見るようになった。誰もいないはずの位置に静かに立つその影は、夜が更けるたびに少しずつこちらへ近づいてくる。防犯カメ…