
これは、私が長いあいだ誰にも話せずにいた、ひとつの怖い話である。
私は四十年あまり、団地の設備を保守する仕事で食べてきた。
受水槽の水を診て、ポンプの低い唸りを聴き、エレベーターの動きを確かめる。
建物の血の巡りと臓腑を診る仕事だと、若い時分に親方から教わった。
人の住む建物は、人と同じで、どこかに必ず古い疵を抱えている。
その疵と長く付き合うのが、私たちの務めだった。
これから話すのは、平成のごく初めの頃の出来事である。
当時の私は四十を過ぎたばかりで、山あいにある古い公団の団地を、一人で受け持っていた。
人はそこを、鏡ヶ池団地と呼んでいた。
七つの棟が斜面に沿って段々に並び、どの窓からも、谷を埋めた広い窪地が見下ろせた。
バスは麓の駅から一日に数本しかなく、棟の半分はもう灯りの消えた部屋が目立った。
それでも残った住人たちは、長くそこに暮らしてきた年寄りが多く、互いをよく知っていた。
私は月に一度、工具袋を提げて、その団地のすべての棟をひとつずつ回った。
その窪地が、かつて鏡ヶ池という大きなため池であったことを、私は倉庫に眠っていた古い図面で知った。
青焼きの紙はすっかり茶ばみ、池の輪郭だけが、薄い水色で円く残っていた。
戦後しばらくして池は埋め立てられ、畔にあった小さな集落は、谷ひとつ越えた土地へ移されたという。
池の底だったところへ土を盛り、長い杭を何本も打ち込み、その上に団地が建った。
図面の隅に、朱色で小さく「渡り堂」と記された四角があった。
池のほとりに建っていた、小さな御堂の跡らしかった。
古くからの住人にそれを尋ねたとき、七号棟の老婆が、茶をいれながら教えてくれた。
「あんた、渡り堂のこと聞いたんかね」
老婆は、皺の寄った手で湯呑みを私の前に置いた。
「あれはね、向こうへ渡る人を、見送るためのお堂やったのよ」
私は、向こう、というのがどこを指すのか分からず、黙っていた。
「池はね、鏡みたいに静かな晩ほど、人を映すの」
老婆はそう言って、湯気の向こうで薄く笑った。
「映ったらね、もう、こっちの人やない」
私が返す言葉を探しているうちに、老婆は窓の外の窪地へ目をやった。
池を埋めるとき、渡り堂だけは、とうとう移されなかったのだと、その人は付け加えた。
檀家がみな土地を離れ、堂を引き受ける寺もなかったらしい。
つまり堂は、いまも土の下に、まるごと沈んでいることになる。
老婆はそのあと、移転のいきさつを、ぽつりぽつりと話してくれた。
昔この谷には、池を水源にして米を作る、小さな集落があったのだという。
だが、ある年に長い日照りが続き、池の水が涸れ、田は割れ、人々はひどい飢えに苦しんだ。
そのとき村の者たちは、池の水を絶やさぬよう、毎年、選ばれた一人を渡り堂から池へ送る習わしを始めたのだと、老婆は声を落として言った。
「送る、というのは、向こうへ渡ってもらう、ということよ」
私が言葉に詰まっていると、老婆は湯呑みを両手で包んで、窓の外を見た。
「だから池はね、いつもひとり、待っとるの。順番が来た人を」
開発で池が埋められたとき、村の年寄りたちは、ずいぶんと反対したらしい。
水を塞いだら、待っているものの行き場がなくなる、と言って。
だが、その声を聞く者はもう、どこにもいなかった。
私はその日、なんとなく落ち着かない気分で、団地をあとにした。
帰りのバスの窓から見下ろした谷底に、夕日が溜まり、それはちょうど、水を張った池のように赤く光っていた。
私の仕事には、月に一度の機械室点検があった。
エレベーターの運転記録を、機械が打ち出した細い紙から、手書きの帳面に写し取る作業である。
その帳面に初めて目を通した日のことを、私はよく覚えている。
奇妙な行が、毎月のように並んでいた。
午前二時ちょうど。
どの棟のエレベーターも、誰も乗せていないのに、いちばん上の階まで昇った記録が残っていた。
前任の技師の角張った字で、「無負荷運転」と、何度も書き込まれていた。
故障ではない、とわざわざ但し書きまであった。
ただ、原因は分からない、とも添えてあった。
私はその晩、帳面を閉じて、しばらく窓の外の窪地を眺めた。
街灯のない谷底は、墨を流したように暗く、底のあたりだけが、わずかに白んで見えた。
霧だろう、と思おうとした。
だが、その夜は風がなく、空気はどこまでも乾いていた。
※
異変は、ひとつずつ、間を置いて私の前に現れた。
はじめは、匂いだった。
梅雨でもないのに、棟の廊下に、藻の匂いが漂う晩があった。
水を張った古い水槽の底のほうから立ちのぼるような、青くさい匂いである。
配管を疑って点検口を開けても、管はどこも乾いていた。
それなのに、廊下にだけ、池の水のにおいが残っていた。
次に気づいたのは、足跡だった。
雨の降らない夜、四号棟の三階の廊下に、濡れた足跡が点々と続いていた。
裸足の、小さな子供の足の形である。
足跡は非常階段の前で、ふつりと途切れていた。
昇るでもなく、降りるでもなく、ただそこで消えていた。
私はモップで拭こうとして、手を止めた。
床はひんやりと湿っていたが、雑巾を当てても、布はちっとも濡れなかった。
指で触れると、皮膚にだけ、冷たい水の感触が残った。
その晩、私は同じ廊下で、低い唸りのような音を聞いた。
子供が、節をつけずに何かを口ずさんでいるような声だった。
声のするほうへ近づくと、それは非常階段の、暗い踊り場のあたりから聞こえていた。
懐中電灯を向けても、そこには誰もいなかった。
声だけが、しばらく、私の足元のあたりで続いていた。
その口ずさみには、聞き覚えがあった。
以前、五号棟の若い母親が、自分の子に歌ってやっていた、子守唄の節によく似ていた。
翌週、その母親に廊下で会ったので、私はそれとなく、夜の物音のことを尋ねてみた。
母親は、少しためらってから、声をひそめて言った。
「うちの子、最近、夜中に誰かと話してるんです」
「誰か、というのは」
「分かりません。窓の外に、お友達がいるって。下の、水のところに、って」
私たちのいたのは、三階の廊下だった。
窓の外には、当然、水などなく、ただ暗い谷底が広がっているだけだった。
母親は、それからひと月もしないうちに、子を連れて、団地を出ていった。
挨拶があっただけ、ほかの者よりは、ましな去り方だったのかもしれない。
管理人の老人に、私はそのことを話した。
老人は湯呑みを置いて、低い声で言った。
「池が呼ぶ晩が、たまにあるんですわ」
「呼ぶ、というのは」と、私は尋ねた。
「さあ。わしにもようは分からん。ただ、昔からそう言うんです」
老人は分厚い退去簿を出してきて、私に見せた。
この団地は、引っ越していく者が、よその団地よりずっと多いのだという。
それも、挨拶ひとつなく、ある朝ふいに部屋が空になっている、という去り方が多い。
家財はそのまま、茶碗に半分の冷えた茶を残して、住人だけが姿を見せなくなる。
「夜逃げですか」と私が問うと、老人は首を横に振った。
「払うもんは、みんなきちんと払うてある。ただ、人だけがおらんようになる」
「向こうへ渡りなさったんやろう、と、古い人らは言いますわ」
私は退去簿の日付を、指でたどってみた。
姿が見えなくなった者の多くが、月の最初の、雨上がりの晩を境にしていた。
そして、その晩はいつも、二時のエレベーターが、いつもより長く最上階に留まっていた。
帳面の記録と、退去簿の日付が、ぴたりと重なっていた。
私はそれを、ただの偶然だと思い込もうとした。
古い団地に、退去者が多いのは当たり前だ。
老朽化した建物から、人が離れていくのは、何も不思議なことではない。
そう、自分に言い聞かせた。
だが、七号棟の老婆の話が、頭から離れなかった。
ある晩、私が受水槽の点検をしていると、その老婆が、廊下の手すりから窪地を見下ろしていた。
「今夜は静かやね」と、老婆は私に背を向けたまま言った。
「鏡みたいに静かや。こういう晩は、池が起きとる」
「池は、もう埋まっているでしょう」と、私は言った。
「埋めても、水は土の下を流れとるよ。あんたの診とる、その管の中もね」
私は思わず、手にしていた点検口の蓋を見た。
老婆は、ゆっくりと振り返って、私の顔を覗き込んだ。
「あんたも、覗いたらあかんよ。静かな水を」
私は、窪地のほうを見た。
風のない谷底に、霧が、ゆっくりと渦を巻いていた。
その渦は、円い池の形に、ちょうど沿っていた。
埋め立てられて、もう何十年も経つはずの池の、輪郭そのままに。
翌朝、その老婆の部屋もまた、空になっていた。
卓袱台に、湯気の消えた茶が、一杯だけ残されていた。
湯呑みのふちには、紅の色が、薄くひとつ、ついていた。
私は、たまらなくなって、あの図面を倉庫から引っぱり出した。
朱書きの「渡り堂」の位置を、いまの団地の配置に重ねてみたかったのである。
線を引いて確かめると、堂のあった場所は、ちょうど一号棟の真下に当たっていた。
一号棟は、二時のエレベーターが、いちばん長く最上階に留まる棟だった。
私は、一号棟の地下の機械室へ降りてみた。
いちばん奥に、古い排水の点検口が、コンクリートの床に口を開けていた。
蓋を持ち上げると、闇の底から、はっきりと藻の匂いが立ちのぼった。
懐中電灯を向けると、ずっと下のほうに、黒い水面が、わずかに揺れて光っていた。
乾いているはずの、団地の地下にである。
私は、老婆の言葉を思い出して、それ以上、覗き込むのをやめた。
静かな水を覗いてはいけない、と、あの人は言っていた。
機械室の棚を片づけていると、前任の技師が残した、古い手帳が一冊出てきた。
事務的な点検の記録に混じって、終わりのほうのページに、走り書きがあった。
「二時の運転は止められない。配線をすべて切っても、箱は昇る」
次のページには、こう続いていた。
「昇るときは、構わない。降りてきたときに、扉を開けてはならない。覗いてはならない」
最後の一行は、インクが滲んで、ひどく乱れた字だった。
「水が増える晩は、近づくな。あれは、順番を、数えている」
その技師は、私が引き継ぐ少し前に、勤めを辞めていた。
行き先は、会社の誰も知らなかった。
※
その月の最初の雨が上がった晩、私は意を決して、二時の機械室に居残った。
誰も乗せずに昇るという、その運転を、自分の目で確かめるためである。
同僚のKが、付き合ってくれた。
Kは私より十ほど若く、こういう話を心底ばかにする男だった。
「先輩、本気で信じてるんですか」と、彼は缶コーヒーを片手に笑っていた。
「信じてはいない。ただ、記録に残っていることは、確かめたいんだ」
「どうせ感知器の誤作動ですよ。古い建物にはよくある」
「だといいんだがな」
一号棟の一階のホールで、私たちは二時を待った。
廊下の蛍光灯が、ひとつ、また弱々しく明滅していた。
Kは缶を傾けながら、退屈そうに壁に寄りかかっていた。
私の腕時計の針が、二時に重なった。
その瞬間、何の前触れもなく、エレベーターの扉が、すうっと開いた。
箱の中は、誰もいなかった。
行き先の表示は、いちばん上の、七階を指していた。
「ほら、誰か上で押したんでしょ」と、Kが言った。
「七階は、もう誰も住んでいない」と、私は答えた。
Kの笑みが、少しだけ、こわばった。
私たちは、その箱に乗らなかった。
扉は、ためらうように、ゆっくりと閉じた。
表示の数字が、一つずつ、上がっていく。
四、五、六、そして七で、止まった。
Kが、缶を握ったまま黙り込んだ。
箱が留まっているあいだ、私はずっと、足元の違和感に気づいていた。
ホールの床に、いつのまにか、薄く水が広がっていた。
乾いているはずの、コンクリートの上にである。
水は、エレベーターの扉の、わずかな隙間から、にじみ出ていた。
藻の匂いが、むっと立ちのぼった。
「先輩、これ」と、Kが、自分の足元を指さした。
彼の靴の先が、もう、水に浸かっていた。
やがて表示の数字が、ゆっくりと降りはじめた。
七、六、五。
私は機械室の記録計に目をやった。
無負荷のはずの針が、まるで重い荷を量るように、大きく振れていた。
扉が、一階で、また開いた。
箱の中の床に、浅く水が張っていた。
その水面に、天井の蛍光灯ではない、別の光が、ゆらりと映っていた。
円い、鏡のような、静かな水面の光だった。
そして水面の向こうに、いくつもの濡れた影が、こちらを見上げて並んでいた。
子供の影も、年寄りの影も、混じっていた。
みな、こちらへ向かって、ゆっくりと手をのばしていた。
私は、Kの腕をつかんで、その場から後ずさった。
扉が閉じると、水は、見る間に床へ吸い込まれ、跡形もなく消えた。
床は、もとのとおり、白く乾いていた。
まるで、たったいま見たものが、すべて私の頭の中の出来事だったかのように。
だが、Kの靴の先だけは、まだ、はっきりと濡れていた。
私たちは、ひとことも交わさずに、その棟を出た。
外の空気は冷たく、谷底のほうから、かすかに藻の匂いが流れてきた。
私は、前任の技師の手帳の、最後の一行を思い出していた。
あれは、順番を、数えている。
その晩、別れぎわにKが言ったのは、たった一言だった。
「先輩。さっきの影の中に、俺、知ってる顔がいた気がする」
私は、なんと答えたものか分からず、ただ黙って、彼の背中を見送った。
それが、私がKを見た、最後になった。
私は、点検表のその晩の欄に、震える字で記録を書いた。
あとで見返すと、私の字で、こう書いてあった。
「水位、二階まで」と。
乾いたコンクリートの廊下の、二階までだ。
※
その晩を境に、Kの姿が見えなくなった。
彼のアパートの部屋は、鍵もかかったまま、家財もそのままだった。
飲みかけの缶コーヒーが、卓の上で、すっかり冷たくなっていた。
警察は、ただの失踪として処理した。
私は、二時のエレベーターのことを話したが、誰も取り合わなかった。
当然だろう、と今でも思う。
私自身、あの晩に見たものを、いまだにうまく言葉にできないのだから。
鏡ヶ池団地は、それから数年で、取り壊しが決まった。
住む者が、年々減っていった、というのが表向きの理由である。
更地になった斜面を、私は一度だけ、見に行った。
棟のあったあたりは、ただの荒れた土であった。
だが、谷底の窪地にだけ、雨水が溜まり、円い水たまりができていた。
それは図面で見た、あの池の輪郭と、寸分たがわぬ形をしていた。
水面は、風のない午後に、鏡のように静かだった。
私は、その縁に立つのが、なぜか怖かった。
覗き込めば、自分ではない誰かが、こちらを見上げている気がしたからである。
水たまりのほとりには、円い土の盛り上がりが、ひとつだけあった。
図面で見た、渡り堂のあった場所と、ちょうど同じ位置だった。
草も生えていないその盛り土を、私はしばらく、遠くから眺めていた。
風が出て、水面がさざめくと、盛り土のあたりだけが、なぜか静かなままだった。
私は、それ以上そこにいるのが耐えられず、来た道を引き返した。
私はそのあと、しばらく団地の点検を続けたが、二時の機械室に居残ることは、二度となかった。
前任の技師が書き残したとおり、扉を開けず、覗かず、ただ記録だけを写して、足早に帰った。
退去簿には、その後も、雨上がりの晩を境に、ひとり、またひとりと、名前が消えていった。
私はもう、それを偶然だとは思わなかった。
ただ、誰に話しても始まらないことも、よく分かっていた。
七号棟の老婆が言った、池はいつもひとり待っている、という言葉だけが、耳の底に残っていた。
待っているものは、池を埋められて行き場を失い、いまも土の下から、順番の来た者を呼んでいる。
そう考えれば、退去簿の規則正しさにも、二時のエレベーターにも、説明がついてしまう気がした。
つけたくない説明だった。
あれから、ずいぶんと年月が過ぎた。
私はもう、この仕事を退いて久しい。
今でも、雨上がりの静かな晩には、午前二時に、ふと目が覚める。
そういう晩は、決まって、どこからか藻の匂いがする。
乾いた寝室の、枕元までだ。
あれが何だったのか、私にはいまも分からない。
ただ、ひとつだけ、確かなことがある。
取り壊しの日まで、Kの部屋の点検口の中だけは、いつまでも、湿ったままだった。