終わらない糸が出る製糸場

月夜の里を照らす灯籠

孫に、おばあちゃんの若い頃の仕事の話をしてくれと頼まれました。

学校で、この土地の昔の産業を調べる宿題が出たのだそうです。

私は昭和二十六年の秋から、上州の山あいにあった製糸場で働いておりました。

繭から糸を挽く仕事です。

そのことを七十年、誰にも話さずにきました。

話してはいけないと言われたからではありません。

どこから話せば筋が通るのか、いまだに分からないからです。

ですから、宿題の役には立たないと思います。

それでも、聞かれましたので申し上げます。

糸には糸口があり、終わりがあります。

繭というものは、蚕が口から出した一本の糸を、体のまわりにぐるぐると巻きつけて作った玉です。

ほどけば必ず一本に戻る。

一粒からとれる長さは、よくて千五百メートルほどでしょうか。

それが尽きれば、その繭の糸は終わりです。

谷で最初に教わったのが、そのことでした。

最後に思い知ったのも、そのことでした。

父と母は、戦争のあとの数年のうちにいなくなりました。

私は十九から、前橋の叔母の家に置いてもらっておりました。

二十二になった夏、その家の外塀に一枚の紙が貼ってあったのです。

女工募集、寄宿あり、経験を問わず、簗瀬製糸。

その紙を誰が貼ったのか、いま思うと誰も知りませんでした。

叔母は「あんたが持ってきたんだろう」と言い、私は叔母が貼ったのだと思っておりました。

紙は少し湿っていて、糊がまだ乾いておりませんでした。

指で押すと、へこんだところがそのまま残りました。

私はその足で、荷を作りました。

なぜそんなに急いだのか、うまく言えません。

働き口が要ることは確かでしたが、その紙でなくてもよかったはずなのです。

汽車と乗合を乗り継いで、祖父沢という谷に入りました。

川が一本、山を削って落ちてくるだけの谷です。

両側の斜面が、上のほうまで桑でした。

桑は毎年刈り込まれて背が低く、遠くから見ると、土そのものが波打っているように見えます。

その波の底に、簗瀬という在がありました。

四十一戸あると聞きました。

製糸場は在のいちばん川下、水を引きやすい場所に建っておりました。

木造の平屋で、屋根は瓦ではなく鉄板でした。

雨が降ると、中の声が聞こえなくなるほど鳴りました。

着いた日の夕方、私は工場の裏手にある小さな塚へ連れて行かれました。

土を高く盛って、まわりを石で囲っただけのものです。

蛹塚と呼ばれておりました。

糸を取ったあとの蛹を、代々そこへ埋めてきたのだそうです。

一年で何十万という数になります。

それを百年近く続けたのですから、塚の下がどうなっているのか、私には見当がつきませんでした。

塚のまわりだけ、桑の葉が厚く、色が濃うございました。

「ここの桑は摘まないよ」と、賄いのトメさんが言いました。

理由は言いませんでした。

私も、その日は聞きませんでした。

谷に入ってすぐ、私は蚕室の手伝いにも回されました。

掃き立てのころの蚕は、胡麻粒ほどの黒い虫です。

それが桑を食んで、三度眠って三度起きるたびに、白く大きくなっていきます。

蚕室に籠っていると、桑を食む音がずっと聞こえます。

細かい雨が屋根を打つ音に、よく似ておりました。

夜、その音を聞きながら眠るのが、私は好きでした。

上蔟のころになると、谷じゅうが桑と繭のにおいになります。

甘いような、埃っぽいような、青いにおいです。

七十年経って、いまだにそのにおいだけは思い出せます。

検番というのは、女工さんの手元を見て回る係です。

私は数と目盛りを読むのが早いというだけで、その役をあてがわれました。

繰糸というのは、煮た繭を湯に浮かべ、藁の箒でかき回して糸口を起こし、何粒かの糸を合わせて一本にし、枠に巻き取る仕事です。

一本に見えますが、中身は何粒もの繭の糸が寄り合わさっています。

挽いているうちに繭が尽きて糸が細くなれば、新しい繭の糸口を継いで足す。

太くなりすぎれば、一粒抜く。

検番の仕事は、その太さを一日じゅう同じに保つことです。

ですから、一本に見える糸の中身は、朝から晩まで入れ替わり続けているのです。

糸そのものは、朝からずっと切れずに続いている。

それが、繰糸というものでした。

簗瀬には、他所では聞かない決まりが一つございました。

その日の糸を、工場の中で切ってはいけない。

夕方、枠から外した糸の端を持って塚まで行き、そこで鋏を入れる。

切り落とした短い端は、塚の土に指で穴を開けて埋める。

それだけです。

「切り口は塚で返す。それだけ守れば、あとは何をしてもいい」

トメさんはそう言って、あとは漬物の話をしました。

毎日、日の落ちる前に、女工さんが列を作って塚へ歩いていきます。

手に糸の端を持って、誰も喋らずに。

私はその列を、最初はきれいだと思って見ておりました。

寄宿は工場の二階で、十六人が二部屋に分かれて寝ました。

冬が近づくと湯たんぽの取り合いになります。

年嵩のキヨさんという人が強く、いつも二つ抱えて寝ておりました。

取られたほうが文句を言うと、キヨさんは寝たふりをするのです。

ラジオが一台あって、日曜の晩だけ皆で聞きました。

初めての給料で、私は麓の町へ下りて櫛を買いました。

柘植の、安いものです。

その櫛は今も持っております。

そういう、どこにでもある秋でした。

おかしいと思ったのは、十月に入ってすぐの晩です。

厠へ起きて、階下の繰糸場の前を通ったのです。

枠の回る音がしておりました。

ころころ、ころころと、水を含んだ糸が巻かれていく音です。

ただ、湯を打つ音がしませんでした。

繰糸には、必ず釜の音がついてまわります。

湯が沸き、繭を落とし、箒でかき回す音です。

その音が一つもないまま、枠だけが回っている。

戸の隙間から覗きましたが、灯は消えておりました。

暗い中で、音だけが続いておりました。

私は部屋へ戻って、布団を頭からかぶりました。

怖いとは思いませんでした。

ただ、朝まで足の指に力が入ったままでした。

翌朝、いちばんに繰糸場へ下りました。

釜の湯は、使ったあとの濁り方をしておりました。

繭の毛羽が浮いて、縁に湯垢の輪が新しくついている。

指を入れると、氷のように冷たいのです。

火は前の晩のうちに落としてありました。

湯垢の輪は、湯が減ったときにできるものです。

冷めた湯は減りません。

私はその日、誰にも言いませんでした。

言えば、自分がおかしいことになると思ったのです。

帳場に、三田村さんという年寄りがおりました。

帳面と算盤だけを預かって、あとは一日じゅう座っている人です。

その人が、雪の降った晩に、火鉢の前で谷の昔のことを話してくれました。

簗瀬は、江戸の終わりまで糸で身を立てる在ではなかったのだそうです。

桑はよく育つのに、蚕が必ず途中で当たらなくなる。

掃き立てて三度眠るまではよくても、上蔟の前に、そろって糸を吐かなくなるのだと。

それで谷の者は、桑を作っては他所の在へ売っていた。

ある年、上方から流れてきた蚕師の女が、谷に留まって一つだけ作法を教えたそうです。

糸を、谷の外で切るな。

それだけだったと三田村さんは言いました。

翌年から、簗瀬の蚕は当たるようになりました。

明治のなかごろには、郡でいちばんの繭を出す在になったのだそうです。

蚕師の女は谷を出ず、そのまま塚の下におります、と三田村さんは言いました。

蛹と一緒にですかと私が聞くと、三田村さんは火箸で灰をならして、しばらく黙っておりました。

それから「あれは蚕のための作法じゃないんだ」と言って、帳面を閉じました。

十一月、工場に機械が二台入りました。

多条繰糸機というものです。

一人で二十本ばかりを一度に挽けます。

据付に来た技師は町の人で、谷の作法を聞いて笑いました。

「糸の切れっ端を毎日土に埋めていたら、一年でどれだけの手間になりますか」

もっともな話です。

機械の糸は、機械の中で切れます。

切り落としたくずは箱にまとめて、月の終わりにまとめて焼く決まりになりました。

塚へ歩く列は、その月からなくなりました。

誰も文句を言いませんでした。

トメさんだけが、夕方になると裏口の戸を開けて、しばらく外を見ておりました。

何を見ているのですかと聞くと、「風だよ」と言いました。

その日は風のない日でした。

七番の釜がおかしくなったのは、十二月の初めです。

検尺器という道具があります。

決まった周りの長さの車に糸を巻きつけて、回した数で長さを出すものです。

毎日、釜ごとに巻き取った糸の長さを測って帳面に書きます。

七番の枠だけ、いつまでたっても糸が細くならないのです。

細くならないということは、繭がまだ尽きていないということです。

けれど鍋の中の繭は、朝から一粒も減っていない。

私は自分の目を疑って、繭を数えました。

十七粒。

昼にもう一度数えました。

十七粒。

夕方も十七粒でした。

そしてその日、七番から巻き取った糸は、検尺で二万六千メートルを超えておりました。

十七粒からとれる長さは、多く見積もっても二万五千ほどです。

私は帳面に、二万五千と書きました。

数を書き換えたのは、生まれて初めてでした。

次の日曜、私は塚へ行きました。

誰も行かなくなって、ひと月が経っておりました。

土の上に、指で開けた新しい穴の跡がありました。

一つではありません。

数えると、十一ありました。

穴の一つをほじると、糸の端が出てきました。

機械の糸ではありません。

手で挽いた糸は、指の癖でわずかに撚りが甘くなります。

持てば分かります。

その切れ端は湿っていて、握ると生ぬるうございました。

十二月の、霜の降りた朝です。

顔を上げると、塚のまわりの桑だけが、白い霜の中で新しい芽を吹いておりました。

他の桑は、どれも枯れ枝でした。

十二月の第二日曜は、皆で麓の町へ下りました。

年に何度もない外出の日で、朝から寄宿がやかましくなります。

映画館で洋画を一本観て、食堂で汁粉を食べました。

帰りの乗合で、スエさんが眠って私の肩にもたれてきました。

キヨさんが「重いだろう」と笑って、代わりに自分の肩を貸しました。

窓の外は、もう暗くなっておりました。

谷の口に入ると、桑畑が黒い波のように見えました。

あの日のことは、いまも楽しかったこととして憶えております。

それが最後の、何も起きなかった一日でした。

その晩、トメさんに聞きました。

塚に、誰か行っていますかと。

トメさんは味噌を溶く手を止めて、こう言いました。

「あんた、切り口は返したかい」

返しておりませんと答えました。

トメさんは「そうかい」と言って、また味噌を溶きました。

それだけです。

隣の在から通っていた、スエさんという女工さんがおりました。

歳は私と同じくらいで、いちばん親しくしていた人です。

昼のあいだ、二人で干し芋を分けて食べておりました。

そのスエさんが、あるとき何気なく言ったのです。

「うちの在ではね、簗瀬へ嫁いだ娘の、生家の名を呼ばないことになってるの」

なぜですかと聞きました。

「呼ぶと、足りなくなるから」

何が足りなくなるのですかと聞くと、スエさんも知りませんでした。

「お婆がそう言うから、そうしてるだけ」

そう言って、干し芋の端を私にくれました。

月に一度、薬を売りに来る行商の男がおりました。

帳場の前で風呂敷を広げて、胃の薬や膏薬を並べる人です。

その男が、湯呑みを持ったままこう言いました。

「この谷は、いつ来ても人が同じくらい居るね」

「よその在は、若いのがどんどん出ていって、来るたびに減っていくのに」

私は、いい谷ですねと答えました。

男は「そうだねえ」と言って、風呂敷を結びました。

結びながら、もう一度だけ、外の桑畑のほうを見ました。

事務所の棚に、供養帳という古い帳面がありました。

塚に切り口を返した日を、一日一行ずつ、代々書き継いだものです。

初めのほうは筆で、途中から鉛筆になっておりました。

私は十一月の頁を開きました。

機械の入った日で、記録は止まっておりました。

その次の行から先は白紙です。

ただ、帳面のいちばん最後の頁に、一行だけ日付が書いてありました。

三月十四日。

年は書いてありません。

その日は、まだ来ていない日でした。

機械の据付は十一月の半ばで終わりました。

技師は町へ帰ったはずです。

けれど十二月の半ば、私は工場の脇でその人を見かけました。

同じ鞄を提げて、同じ紺の作業着でした。

まだいらしたんですかと声をかけると、その人はこう答えました。

「昨日の続きをやってるんですよ」

翌日も見かけました。

「昨日の続きをやってるんですよ」

その次の日も、同じ場所で、同じ言い方でした。

三度目に、私は続きとは何ですかと聞きました。

技師は少し考えてから、「何でしたかね」と言って、鞄を提げ直しました。

帳場に聞くと、据付の代金はとうに支払い済みで、書類も判も揃っているとのことでした。

十二月の二十日過ぎ、夜業がありました。

年末に納める分が足りず、二人ずつ交代で残ることになったのです。

私は十時から、七番の釜を見ておりました。

機械は止めてあり、動いているのは手挽きの釜が三つだけでした。

鉄板の屋根に霰が当たって、細かい音を立てておりました。

川の音が、いつもより近く聞こえました。

湯気が上がって、天井の梁が白く曇っておりました。

十一時を過ぎたころ、隣の釜のキヨさんが手を止めました。

「あんた、七番に何粒入れた」

十七粒ですと答えました。

「今日、一粒も足してないね」

足しておりませんと答えました。

キヨさんは立ってきて、検尺器を回しました。

回して、止めて、また回しました。

それから、目盛りを二度読みました。

検尺器の目盛りが十万を回っても、その糸はまだ細くなりませんでした。

キヨさんは何も言わずに自分の下駄を履いて、外へ出ていきました。

戸は開けたままでした。

その晩、キヨさんは寄宿に戻りませんでした。

翌朝、寝床はきちんと畳んであり、湯たんぽが二つ、隅に並べて置いてありました。

誰も、キヨさんの話をしませんでした。

私はひとりで七番の前に残りました。

糸は、まだ出ておりました。

枠を止めて、糸を指に掛け、どこから来ているのかを辿ってみました。

釜の中の十七粒は、どれも糸口が起きたままで、そこから糸が出ています。

けれど繭は、朝に数えたときと同じ大きさでした。

私は一粒をつまみ上げました。

軽くも重くもありませんでした。

その繭から出ている糸は、私の指の中で、まだ動いておりました。

引かれていたのです。

私が巻いていたのではありませんでした。

目で追うと、糸は釜から出て、窓の桟の隙間を抜けて、外へ続いておりました。

私は角灯を持って外に出ました。

霰は止んで、月が出ておりました。

糸は桑畑の上を、地面から一尺ほどのところで、真っ直ぐに張られておりました。

張られている、という言い方しかできません。

たるみが一つもないのです。

私はその下を歩きました。

糸は塚まで続いておりました。

そして塚の土に、吸い込まれるように入っておりました。

入っているのは、一本ではありませんでした。

角灯を上げると、数えきれないほどの糸が、塚の斜面から生えて、谷のあちこちへ伸びておりました。

在の家々のほうへ。

山の上の桑畑へ。

川下の、工場の窓へ。

どれも、たるんでおりませんでした。

そこで私は、自分がいつも女工さんに説明していたことを思い出しました。

一本に見えても、中身は何粒もの繭の糸が寄り合わさっている。

細くなれば足し、太くなれば抜く。

そうして、太さを同じに保つ。

簗瀬は四十一戸だと聞いておりました。

着いた日も四十一戸で、その冬も四十一戸でした。

けれどキヨさんの寝床は空いて、次の月には知らない娘が入りました。

私が来る前の秋にも、一人抜けたのだと後で聞きました。

糸の太さは、変わらないのです。

私は、細くなった糸に足された一粒でした。

前橋の外塀に貼ってあった、糊の乾いていない紙のことを思いました。

指で押したへこみが、そのまま残っていたことを思いました。

あれは、貼られたばかりだったのです。

塚の前に、トメさんが立っておりました。

いつからいたのかは分かりません。

下駄も履かず、足袋のままでした。

「切り口は返したかい」

三度目でした。

私は首を横に振りました。

トメさんは、少し困ったような顔をしました。

「返さないと、終わらないよ」

それから、こう言い足しました。

「終わらないほうが、いいこともあるけどね」

私はその晩のうちに荷物をまとめました。

櫛と、給料袋と、着替えだけです。

糸の切り口は、返しませんでした。

返し方を知らなかったのではありません。

返せば、その日が閉じてしまう気がしたのです。

夜明け前に谷を出て、乗合の始発に乗りました。

窓から見た桑畑は、霜で白く、波打っておりました。

糸は、もう見えませんでした。

乗合が谷の口を出たとき、運転手が独り言のように「今年は早いね」と言いました。

何がですかと聞くと、返事はありませんでした。

簗瀬製糸は、昭和四十年代のはじめに畳んだと聞いております。

建物はもう無く、蛹塚だけが桑の跡地の隅に残っているそうです。

行ったことはありません。

スエさんとは何度か文のやりとりをしましたが、そのうち返事が来なくなりました。

最後の便りには、簗瀬の在は今も四十一戸だと書いてありました。

キヨさんの消息は、誰からも聞いておりません。

あの技師の名も、とうとう分かりませんでした。

私には、いまだに一つ癖があります。

袖口や裾のほつれた糸を見つけると、途中で切ることができないのです。

鋏を持ってきても、手のほうが先に動いて、端まで引いてしまう。

引ききって、糸が縫い目から全部抜けてしまってから、ようやく手が止まります。

七十年、そうです。

着物を何枚も駄目にしました。

娘には、年寄りの癖だと言ってあります。

糸には糸口があり、終わりがあります。

私はそう教わって、そう教えてまいりました。

けれど、あの釜の糸には終わりがありませんでした。

いまでも指がそれを探しているのだと思います。

宿題には、蚕は人が飼わなければ生きられない虫だ、と書けばよいと思います。

それは、本当のことですから。

ただ、飼われているほうが、いつも蚕だとは限りません。

あの晩の糸を、私はまだ切っておりません。

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