雨の晩だけ濡れる離れの鍵
谷あいの古い温泉宿に伝わる不思議な話。雨の晩にだけ濡れて戻る離れの鍵と、夜の渡り廊下を渡っていく塗り下駄の音。仲居として四十二年勤めた私が最後の秋に見たのは、閉…
説明のつかない体験をしたことはありますか。偶然とは思えない出来事、夢と現実の境界線、時間が止まったような瞬間——実話をもとにした不思議な体験談を集めました。読み終わった後も、じわじわと余韻が続きます。
谷あいの古い温泉宿に伝わる不思議な話。雨の晩にだけ濡れて戻る離れの鍵と、夜の渡り廊下を渡っていく塗り下駄の音。仲居として四十二年勤めた私が最後の秋に見たのは、閉…
霧に閉ざされた夜の磯で帰り道を失った私を導いてくれた、白い犬の不思議な話。濡れていない毛、聞こえない足音、砂に残らない足跡。そして十年前の時化の晩、主人を救って…
山あいの町の役場の窓口で、雨の日になると、誰も押していないのに番号札がひとつ進む。机の隅に現れるのは、もう人のいない集落への古い転入届だった。毎年ちがう筆跡で、…
取り壊しの決まった大学の旧標本室で、番号のない瓶の整理を任された五十代の私。札もなく台帳にも載らないその瓶の底には、膝を抱えた白い影が静かに沈んでいた。夜ごと観…
虫送りの火が夏の田を照らす夜、藁の実盛さまには目がなかった。背負って川へ送る私の後ろで、もうひと組の足音が鳴った。振り返ってはならぬ決まりの先で、人形の顔にいつ…
余白の傍注がびっしり詰まった書名なき古書を、亡き学者の蔵書から手元に置いた古書店主。夜ごと読むうち、見覚えのない一行が内心に返事をし始め、その筆跡はやがて自分自…
夜の古井戸から、誰かが釣瓶で水を汲む音が響く。ダムに沈んだ村跡に建つ道の駅で深夜清掃をする七十代の私が、固く蓋をされた井戸の底に見たのは、嫁いだ頃の若い自分の姿…
三十二年前の初冬、京都の古書店を訪れた白髪の老人が一冊の和綴じ本を置いていった。不思議な話だと思いながら棚の奥に仕舞い続けたが、三十年後のある日、その本に縁のあ…
信州・木曽の山あいの分校で代用教員を務めていた三十代の春、体育倉庫の脇に置かれた藤の編み籠を覗き込んだ私は、眠る白目のない赤子と目が合った。校門にあらわれた老婦…
神保町の裏通りで古書店を営む七十代の女性店主のもとに、亡き旧友の遺品が届いた。革表紙のアルバムを開くと、立っているはずの自分の位置に、見知らぬ少女が立っていた。…
夏祭りの帰り道、田んぼの畦道で見知らぬ若い女性に「脇道に入ってはいけません」と声をかけられた小学五年生の私。翌朝、その脇道で別の少年が事故に。あの女性は誰だった…
地方の老舗書店で働いて三十年。閉店間際にかかってきた予約電話の主は、亡くなったはずの少女と同じ名字だった。本屋の取り置きをめぐる、ほんのり怖い不思議な話の体験談…
夜勤明けに毎朝寄っていたコンビニで、私と全く同じ服装の人が、いつも十分前に同じ缶を二本買って消えていた。異世界に住むもう一人の私と、同じ街で生きていた当時の不思…
岐阜・飛騨の山あいに残る旧高山本線の廃トンネル跡で起きた不思議な話。元保線員から聞いた、走らない最終便と紙の上にだけ残った時刻表。鉄道ライターが体験した一夜の実…
県立図書館の閉架書庫で本の差し替えをしていた午後、空気の匂いが急に消えました。天窓の光は灰色から夜の青に変わり、館内から人の気配が消えました。異世界に迷い込んだ…
山梨県の廃集落跡を一人でハイキング中に発見した古い鳥居と低い石扉。開口部の奥から人声のような音に引き寄せられそうになった怖い話。帰宅後に撮影した写真に子供のよう…
夜勤終わりに自転車で走っていたはずの国道が、雪の中で消えた。異世界に迷い込んだようなあの不思議な体験は、今も説明することができない。…
神保町の路地裏にある古い時計修理店で修行を始めた三十二歳の私は、ある日持ち込まれた大正十四年の懐中時計の蓋の裏に、自分の名前と生年月日が刻まれていることに気づい…
輪島で漆器職人として修行を始めた私は、師匠から「乾燥室には勝手に入るな」と言われた。師匠の入院中に工房を守るうちに、乾燥室の扉前に毎朝落ちる白い粉と、止めていた…
仕事帰りに立ち寄った山陰の温泉街。地図アプリが固まったまま迷い込んだ柳の路地の奥に、橘屋という古い旅館の提灯が揺れていた。翌朝目覚めると、私は車の中にいた。…