
三十年以上前のことになる。
あの頃わたしは四十代の半ばで、京都の細い路地に小さな古書店を構えて十数年が経ったところであった。
店は三条通りから西へ少し折れた先にあり、間口の狭い棟割り長屋を改装した建物だった。
新刊書店のような賑わいはなかったが、本を本当に必要としている者が、口コミを頼りに探し当ててくれる店だと、ひそかに誇りにしていた。
そういった店に来る客は、おおむね顔なじみの研究者か、齢を重ねた書物愛好家であった。
見知らぬ顔が入ってくることは、滅多になかった。
その日は、初冬の夕暮れ時だった。
暮れの早い季節で、午後四時を回ると路地はもう薄暗くなる。
閉店の準備を始めようと、棚の灯りをひとつ落とした矢先に、引き戸が静かに開いた。
老人だった。
白髪で、身体は痩せていたが、背筋がよく伸びていた。
年のほどは七十代の後半というところであろうか。
着ているものは地味な和装で、特に目を引くものはなかった。
ただ、棚の本に向けた指先の動かし方が、わたしの目に留まった。
書物を扱う人間は、無意識のうちに本の背を触れる時の手つきが変わってくる。
圧迫しすぎず、しかし確かめるように触れる、あの繊細な所作だ。
司書であれ、書店員であれ、長く本の世界にいた者にしかできない指の動きがある。
老人の指先には、その種の習熟が明らかに認められた。
本を扱い慣れた者の、静かな手だった。
老人はひととおり棚を見回したあと、わたしに声をかけた。
「ここに、『往来帖』という本はありますか」
書名を聞いた瞬間、わたしはすぐに頭の中の棚を探した。
往来物の類であれば、いくつか在庫があった。
しかし『往来帖』という書名は、聞いたことがなかった。
「申し訳ないのですが、その書名は存じません。どのような書物でしょうか」
老人は少し首を傾けた。
「貸し借りの記録のようなものです。何かを、誰かへ渡すときの覚書だと思ってください」
答えはどこか曖昧であった。
往来物の一種かとも思ったが、「渡すときの覚書」という言い方が気になった。
在庫を改めて調べようとしたとき、老人は「探していただかなくて結構です」と言った。
「ないのであれば、それでいい」
失望しているふうではなかった。
むしろ、ここにないという事実を、静かに確認できたことを受け入れているかのようであった。
老人は次に、懐から薄い本を取り出した。
「これをここに置かせてください」
和綴じの小さな冊子だった。
縦が二十センチほどで、厚みは一センチに満たない。
表紙は白地で、茶色い染みがいくつかあったが、紙そのものの傷みは見た目より少なかった。
「お売りになるのですか」とわたしは尋ねた。
「いいえ」と老人は静かに首を振った。
「置いておいていただくのです。いつか、誰かが必要とする日が来ます。その日まで、ここで待たせておいてください」
わたしは戸惑いながらも、その冊子を受け取った。
代金を申し出ると、老人は手を振った。
「結構です」と言い、薄く笑った。
「あなたは、すでに払っています」
意味のわからない言葉だった。
わたしはあの老人と会ったことが、その時点では一度もなかった。
何かの比喩を使っているのかとも思ったが、老人の言い方は喩えを使うような和らいだ調子ではなく、淡々とした事実の確認のように響いた。
老人が出ていったあと、わたしはすぐに路地へ出た。
店の前の道は一本道で、角までの距離はおよそ百メートルある。
老人の姿は、どこにも見えなかった。
角を曲がるには、老人の歩調からして一分以上かかるはずの距離だった。
わたしが外に出たのは、老人が出ていってからおそらく三十秒とたっていなかった。
その三十秒で消えるには、走るしかない。
しかし老人は、走れるような体つきには見えなかった。
※
その夜、閉店後に冊子を調べた。
奥付はなかった。
題名が記されたページも、序文もなかった。
紙の質感や綴じ方からすると、江戸後期から明治にかけての年代のものではないかと思われたが、断言はできなかった。
ページを繰ると、見知らぬ人々の名前が並んでいた。
「○○より ○○へ」
そういう形式の一文が、ページごとに一行書かれていた。
名前の下には、短い文章が添えられていた。
三行から五行ほどで、贈り物に添える書き付けのようでもあり、何か大切なものを手渡すときの覚書のようでもあった。
筆跡はばらばらで、明らかに一人の手によるものではなかった。
文中の語彙を見るかぎりでは、幕末から昭和初期にわたる時代の、複数の人間が書き継いでいったものらしかった。
名前を数えると、二十二人分あった。
最後の一行だけが、異なっていた。
「 より へ」
両側の名前の欄が空白のまま、ページが終わっていた。
ここから先は、まだ誰も書いていない。
翌朝、わたしはその冊子を棚の奥の、目立たない場所に置いた。
いつか誰かが手に取るかもしれないと思いながら、日々のなかで忘れていった。
※
三十二年が経った。
老人が店を訪れてから三十年以上が経過した、ある秋の昼下がりのことである。
一人の客が入ってきた。
四十代とおぼしき女性で、文学の棚から始めて、丁寧に店の中を見て回っていた。
しばらくして、彼女は棚の奥で足を止めた。
「これは」
手に取ったのは、あの和綴じの冊子だった。
「父から聞いていたものに、似ています」
話を聞くと、彼女の祖父は生前、古書の収集家であったという。
戦後の混乱の中で生活のために手放さざるを得なかった書物が何冊かあり、その中に「名前の並んだ手控えのような本」があったと、晩年になって孫の彼女に話したという。
「本人は相当悔やんでいたようで、亡くなる前まで気にかけていました」
わたしは少し考えてから言った。
「どうぞ持っていってください。事情があって手元に置いていたものですが、それほど遠いところへ行っていたわけではなかった、ということなのかもしれません」
本を手に取り、彼女に渡そうとした。
その瞬間、手の動きが止まった。
表紙の裏を、三十年以上の間、わたしは一度もきちんと確認したことがなかった。
何気なく広げたその面に、細い毛筆の字で二行が書かれていた。
一行目は、わたしの名前だった。
二行目は、その日の日付だった。
その日の日付が、すでにその本に書かれていた。
わたしはしばらく、その二行を見つめていた。
客の女性が何か声をかけてきたが、すぐには返事ができなかった。
老人が店を訪れたのは三十二年前のことだ。
あの老人は三十二年前に、今日この日付を知っていた、ということになる。
「あなたはすでに払っています」
その言葉の意味が、三十二年後に初めて腑に落ちた気がした。
わたしはすでに、三十二年間、この冊子を「待たせておく」という役割を果たしていた。
それが「払う」ということだったのではないか。
その日、わたしは結局、冊子を客の女性に手渡すことができなかった。
言葉に詰まったまま、老人から受け取った経緯だけを説明して、その日は帰っていただいた。
本は今も、棚の奥にある。
最後のページの空欄——「 より へ」——には、まだ誰の名前も書かれていない。
次に誰かがここに来て、この本に縁のある人間だと言ったとき、わたしはどうすればよいのだろうか。
あるいは、空欄を埋める名前を書くべき者は、わたし自身なのだろうか。
わからない。
ただ、老人があの夜言った言葉だけが、今も頭の中に残っている。
「いつか、誰かが必要とする日が来ます」
あの客が必要としていたのか、あるいは本当の意味で必要とする誰かは、まだ現れていないのか。
今もわたしには、判断がつかない。