氷室で一人と数えられた夜

霧の町、地下への石段

今でも、人と同じ格好をするのが苦手だ。

制服のある職場は選ばなかったし、友人と同じ上着を買いそうになると、理由もなく棚に戻してしまう。

十二年前の夏、深夜の品出しのアルバイトで、一緒に地下へ降りた人が、上がってこなかった。

それだけの話だ。

ただ、その人が上がってこなかったのは、たぶん、俺たちが同じ格好をしていたからだと、あとになって思うようになった。

順を追って書く。

当時、俺は大学の二年で、二十一だった。

実家から自転車で二十分ほどの郊外に、四階建ての古い総合スーパーがあった。

一階が食品、二階が衣料、三階が家電、四階が催事場という、地方によくある造りだ。

建物はもともと別の用途で建っていたものを、途中から店に直したらしい。

だから通路の幅も天井の高さも、階ごとにばらばらだった。

俺がやっていたのは、閉店後から明け方までの品出しだった。

二十二時に店が閉まって、二十三時から六時まで、翌日の売り場を作る。

時給がよくて、人とほとんど喋らなくていいのが気に入っていた。

夜のスーパーは、昼と別の建物のように静かだ。

照明が半分落ちて、冷蔵ケースの音だけが低く鳴っている。

その音に慣れるまで、二週間くらいかかった。

制服は、紺のエプロンと、同じ紺のキャップだった。

初日にロッカーで渡されたエプロンの内側には、油性ペンで小さく七と書いてあった。

前に使っていた人の書いたものだろうと思った。

洗濯に出すときに取り違えないよう、めいめいが番号を書くのだと、あとで教わった。

俺は上から書き足さず、そのまま使った。

自分のものだという印が最初からついているのは、なんとなく楽だった。

夜のシフトは六人だった。

社員が一人、パートが三人、学生が二人。

学生のもう一人は一か月で辞めたので、実際に売り場を動き回るのは、俺と、塙さんという人だけになった。

塙さんは三十二で、昼は別の仕事をしていると言っていたが、何をしているのかは聞かなかった。

背が高くも低くもなく、痩せてもいなかった。

俺と同じくらいの体格で、同じエプロンをして、同じキャップを目深にかぶっていた。

後ろから見ると、どちらがどちらか、他の人にはわからないとよく言われた。

実際、社員が塙さんに用があって俺の肩を叩くことが、月に何度かあった。

塙さんはそのたびに、悪いな、と自分が謝った。

もう一人、須賀さんという六十いくつのパートがいた。

この人は店ができたときからいて、夜の作業の段取りを全部握っていた。

やることは決まっている、と須賀さんは最初に言った。

入荷の台車を数えて、売り場に出して、余りを下ろす。

下ろす、というのは、地下の在庫置き場に運ぶという意味だった。

地下には、冷蔵の在庫室があった。

そこだけ、建物のほかの部分とあきらかに造りが違っていた。

壁が分厚くて、天井が低くて、扉が船の扉みたいに重かった。

取っ手を両手で握って、体重を後ろにかけないと動かない。

店が建つ前、この土地は魚市場で、そのころの氷室をそのまま使っているのだと、須賀さんに教わった。

だから、みんなそこを氷室と呼んでいた。

八月でも、扉を開けた瞬間に息が白くなった。

匂いは、冷たい石と、うっすらとした潮の匂いだった。

魚を置かなくなって何十年も経っているのに、その匂いだけは抜けていなかった。

初めて降りたのは、働き始めて三日目の夜だった。

塙さんが扉を開けて、先に石段を下りていった。

石段は十五段あって、五段目から下は手すりが途中で切れていた。

下りるにつれて、店の音が急に遠くなるのがわかった。

冷蔵ケースの唸りも、空調の音も、ある段を境にぱたりと聞こえなくなる。

代わりに、自分の足音だけが二重になって返ってくる。

下は思っていたより広くて、奥のほうは灯りが届いていなかった。

床には、細い鉄のレールが二本、奥へ向かって埋め込まれていた。

氷を載せた台を引くためのものだと、あとで塙さんに教わった。

天井には錆びた鉤が等間隔に並んでいて、いまは何も掛かっていない。

壁の下のほうには、石を積んだときの目地がそのまま残っていた。

店の在庫棚は、その古い石室の中に、あとから鉄パイプで組んだものだった。

新しいものと古いものが、まったく馴染まないまま同じ部屋に入っている感じがした。

塙さんは荷物を置くと、上を指してこう言った。

「ここ、しゃべると変な返り方するから、あんまり喋らないほうがいい」

俺は試しに小さく声を出してみた。

確かに、自分の声が壁の遠いところから返ってきた。

返ってくるまでの間が、部屋の広さに対して少し長い気がした。

氷室に降りるときの決まりが、二つあった。

一つは、必ず二人以上で降りること。

扉が内側から開かないので、一人だと閉じ込められるからだと説明された。

もう一つは、バックヤードでは名前で呼ばず、番号で呼ぶこと。

売り場の放送に名前が乗るとお客さんに聞こえるから、と社員は言った。

俺は七で、塙さんは十二だった。

エプロンの番号がそのまま呼び名になる。

最初は他人行儀に感じたが、慣れると楽だった。

夜の作業では、名前より番号のほうが、はるかによく通る。

須賀さんは氷室の入口の壁に、番号を書いた木の札を並べて掛けていた。

手のひらくらいの、角の丸くなった古い札だ。

誰かが下に降りるとき、その札を裏返す。

上がってきたら、また表に返す。

そうすれば、下に何人残っているかが一目でわかる。

札はずいぶん使い込まれていて、数字が消えかけているものもあった。

番号は一から二十まであった。

店の夜勤が六人しかいないのに、二十枚もあるのが不思議で、一度聞いたことがある。

須賀さんは、前からあるものだから、と言った。

異変というほどのものではないところから始まった。

七月の終わりごろだったと思う。

作業の途中で、飲料の通路の端から売り場を見渡したことがあった。

そのときの光景が、いまでもはっきり残っている。

照明が半分落ちた売り場に、紺のエプロンが動いていた。

数えると、七つあった。

その晩の出勤は六人だった。

目をこすってもう一度数えたら、六つだった。

数え間違えたのだと思った。

実際、夜の売り場は棚の影が人みたいに見えることがよくある。

俺はその日、そのことをすぐ忘れた。

次は、機械だった。

検品に使う端末に、誰がいつ何を通したかの記録が残る。

朝、社員がその紙を出して事務所の壁に貼るのが決まりだった。

ある朝の紙に、見慣れない行が一つあった。

七番、二時四十四分、飲料、四十八本。

二時四十四分に、俺は休憩室にいた。

社員に言うと、端末の時刻がずれているんだろうと言われて、その紙は丸めて捨てられた。

俺は一応、その行だけ携帯電話で写真に撮った。

いまも残っている。

何度見ても、七番は俺しかいない。

三つ目は、人の話だった。

三時の休憩のとき、須賀さんが昔のことを喋った。

この土地が魚市場だったころ、氷室に入る人はみんな同じ格好をしていたそうだ。

藁の蓑と、同じ形の笠。

寒さよけと、氷を担ぐときに肩を痛めないためだと言っていた。

それから、下では名前を呼ばなかった。

石の壁に声が反射して、誰が呼ばれたのかわからなくなるから、番で呼んだ。

「顔は笠で見えんし、名前も呼ばん。だから下では、みんな番でしかないの」

須賀さんはそう言って、湯呑みの茶をすすった。

俺はそのとき、少し面白い話だと思っただけだった。

塙さんは湯呑みを両手で持ったまま、何も言わなかった。

四つ目は、写真だった。

バックヤードの、事務所へ行く途中の廊下に、額に入った古い白黒写真が掛かっていた。

店ができる前の魚市場の写真で、この土地の歴史として飾ってあるらしかった。

通るたびに目に入っていたが、まじまじと見たのは一度きりだ。

氷室の入口らしい石段の前に、蓑と笠の人が並んでいる。

顔はどれも笠の影で見えない。

下に、万年筆らしい細い字で説明書きが付いていた。

氷室方、十一名。

数えると、十二人いた。

俺は三回数えた。

何度数えても、十二だった。

列の右端の一人だけが、ほかより半歩だけ後ろに下がって写っていた。

その一人の笠のかたちが、ほかの十一人とわずかに違う気もしたが、粒子が粗くてはっきりしなかった。

翌日、俺はもう一度その額を見に行った。

額は壁から外されていて、そこだけ壁紙の色が四角く濃く残っていた。

社員に聞いたら、その廊下に写真なんて元からないと言われた。

須賀さんにも聞いた。

須賀さんは、あれは数え間違いだよ、とだけ答えた。

どちらが数え間違いなのかは、言わなかった。

パートにもう一人、山際さんという五十代の女性がいた。

この人は品出しだけをやって、絶対に下へ降りなかった。

社員が頼んでも、腰が悪いからと言って断っていた。

あるとき、俺が台車を押していたら、山際さんが通りすがりに声をかけてきた。

「下に行くときは、須賀さんに札を返してもらったか、自分の目で見なさい」

どういう意味かと聞いたら、山際さんはもう歩き出していた。

それから少し離れたところで、こちらを見ずに言い足した。

「あの人、たまに数を間違えるから」

俺はそのとき、須賀さんの年齢のことを言っているのだと思った。

ここまでは、まだ笑い話でいられた。

塙さんは休憩のたびに自販機で缶コーヒーを二本買ってきて、片方を俺に押しつけた。

そして椅子を二つ並べて、必ず横になった。

ある夜は発泡スチロールの箱を枕にしていて、起きたときに頬に格子の跡がついていた。

俺が笑うと、塙さんは鏡も見ずに顔をこすった。

「跡がつくのは、ちゃんと寝た証拠だから」

そういう、どうでもいい話をする人だった。

深夜の休憩室で、この人と缶コーヒーを飲んでいる時間が、俺は好きだった。

いま思い返せるのは、たいていその時間のことだ。

五つ目は、時間だった。

深夜の店内では、閉店後もBGMが流れっぱなしになっていた。

三十分で一周する、季節ごとのテープだったと思う。

その夏は、最後に必ず古い歌謡曲が入っていて、それが終わると頭に戻る。

ある晩、休憩に入る直前に、その歌謡曲の頭を聞いた。

休憩は十五分で、俺は時計を見て入り、時計を見て出た。

売り場に戻る途中で、同じ歌謡曲が終わるところだった。

三十分で一周するテープを、十五分の間に一周ぶん聞いたことになる。

誰かが早送りしたのかもしれない。

そう思うことにした。

ただ、その晩は、朝六時に上がったあとも、耳の奥でその曲が鳴っていた。

六つ目は、自分の身体で起きた。

台車を押して通路を歩いていると、後ろから足音がついてくる。

塙さんだろうと思って歩調を緩めると、足音も緩む。

止まると、半歩遅れて止まる。

振り返ると誰もいない。

これは何度もあった。

一度だけ、氷室から上がってきた直後に振り返ったことがある。

石段が濡れていた。

長靴の跡が、俺が歩いてきた分と、もう一人分あった。

つま先の向きは、どちらも上を向いていた。

塙さんはそのとき、四階の催事場にいた。

俺はこのことを塙さんに話した。

塙さんは笑わなかった。

「須賀さんには言うなよ」とだけ言った。

なぜ、と聞いたら、あの人は本気にするからと言われた。

本気にするというのは、信じるという意味なのか、怒るという意味なのか、わからなかった。

それきり、塙さんはその話をしなかった。

ただ、その日から、塙さんは氷室に降りるとき必ず自分が先に入るようになった。

俺が押すよ、と言っても、いいから、と言って先に立った。

八月の頭に、須賀さんが妙なことを言った。

入口の札を掛け直しながら、誰にともなく喋っていた。

「塙くんは、去年も二人で降りたねえ」

去年、と俺は聞き返した。

須賀さんは俺のほうを見ないで、札の順番を直していた。

「去年の夏。あのときも、大きい台風が来る前だった」

そのとき一緒に降りたのが誰なのかは、聞かなかった。

聞くようなことだと思わなかった。

須賀さんは札を全部表に返して、それから一枚だけ、指で位置を直した。

台風が来る前の入荷は、一年でいちばん多い。

水と、カップ麺と、電池と、パンが、普段の何倍も入る。

その晩は台車が四十台を超えた。

売り場の棚に出しきれない分を、片端から下に下ろすことになった。

俺と塙さんが、下ろす係だった。

外はまだ降っていなかったが、搬入口の扉が風で鳴っていた。

氷室の前で、須賀さんが札の壁の前に立っていた。

俺たちは同じ紺のエプロンをして、同じキャップをかぶって、同じ長靴を履いていた。

扉が重いので、台車は二人がかりで押した。

塙さんが先に入って、俺が後ろから押した。

降りるとき、俺は札のほうを一度だけ見た。

須賀さんは、札を一枚だけ裏返していた。

俺は声をかけようとした。

けれど、扉が閉まるほうが早かった。

下は、いつもより白かった。

息が塊になって出て、低い天井のあたりで止まって見えた。

入荷が多い日は扉を開け閉てするので、そのぶん湿気が入って霧が出るのだと聞いていた。

床の古いレールの溝に、水が溜まって細く光っていた。

台車を三往復ぶん運んで、棚に積んだ。

塙さんは奥の棚を担当していて、俺は入口側だった。

最初のうちは、奥から段ボールを置く音が規則正しく聞こえていた。

途中から、その音がしなくなった。

足音もしない。

冷却機の低い唸りだけが残った。

俺は奥に行った。

奥の棚の前に、運びかけの段ボールが二つ、床に置いてあった。

その上に、塙さんのキャップが載っていた。

きれいに折りたたむようにして、つばを内側にして置いてあった。

灯りは点いていた。

扉は閉まったままだった。

氷室には出口が一つしかない。

俺は塙さんの名前を呼んだ。

下では名前を呼ばない決まりだったが、そのときは頭から抜けていた。

声が石の壁に当たって、思ったより遠くから返ってきた。

返ってきた声は、俺の名前を呼んでいた。

俺の声ではなかった。

それから、何も聞こえなくなった。

俺は扉を叩いた。

須賀さんが開けてくれるまで、どれくらい叩いていたかわからない。

開いた扉の向こうで、須賀さんは俺の顔を見て、それから札を表に返した。

一枚だけだった。

塙さんが下にいる、と俺は言った。

須賀さんは、下には誰も残っていない、と言った。

言い方に、驚いたところがまるでなかった。

社員が来て、氷室を隅まで見た。

段ボールも、キャップも、そこにあった。

塙さんはいなかった。

その晩の出勤簿に、塙さんの名前はなかった。

タイムカードも押されていなかった。

俺のほかに、塙さんがその晩に来たと言う人は、一人もいなかった。

缶コーヒーの空き缶が休憩室に二本並んでいたが、それは何の証明にもならなかった。

警察には届けた。

塙さんの部屋は借りたままで、荷物もそのままだったそうだ。

身寄りが遠くて、連絡がつくまでに時間がかかったと聞いた。

いまもわかっていない。

俺は何度か話を聞かれて、そのたびに同じことを話した。

同じことしか話せなかった。

警察が事務所の記録を持っていったが、その晩の勤務表に載っていたのは五人だった。

防犯カメラはバックヤードには付いておらず、氷室の入口も映っていなかった。

氷室の中に俺が一人でいたことだけが、扉の開閉記録から確かめられた。

疑われている気配は、最初の何日かだけあった。

それから先は、誰も俺に何も聞かなくなった。

店の中でその話をする人は、すぐにいなくなった。

山際さんだけが、一度、休憩室で俺の前に座ったことがある。

あのとき自分の目で札を見たか、と聞かれた。

見た、と答えた。

何枚裏返っていたか、と聞かれて、一枚だと答えた。

山際さんは、そう、とだけ言って、それきり何も聞かなかった。

その人も、秋には辞めていた。

店は翌年に建て替えになって、氷室は埋められた。

いまはドラッグストアと平面駐車場になっている。

俺は建て替えの前にバイトを辞めた。

辞める日に、須賀さんとロッカーの前で二人になった。

俺は、あの晩、札を一枚しか裏返さなかったのはなぜかと聞いた。

須賀さんは少し困った顔をして、しばらく黙っていた。

「二度目の人は、数に入らないから」

それだけ言って、自分のロッカーを閉めた。

俺は意味がわからないまま、その日は帰った。

意味がわかったのは、その夜、家でエプロンを畳んだときだった。

返しそびれた、俺のエプロンだ。

内側の七の隣に、もう一つ七が書いてあった。

俺は自分の字を知っている。

片方は、俺の字ではなかった。

塙さんの番号は、十二だったはずだ。

ここから先は、俺の考えでしかない。

下では顔を見ない。

笠で隠れているからだ。

名前も呼ばない。

石の壁が声を返してしまうからだ。

同じ蓑を着て、同じ笠をかぶった者は、番でしか数えられない。

同じ番の人間が二人で降りれば、下から見れば、それは一人が二度降りたのと同じことになる。

そして、二度目は数に入らない。

あの写真の十二人と、十一名という説明書きは、たぶんそういうことだ。

塙さんは、去年も七だったのだと思う。

俺が初日に渡されたエプロンは、塙さんが前に使っていたものだったのだろう。

十二という番号は、あとから移った番号だ。

だからあの晩、下で二度目だったのは、俺ではなかった。

塙さんは、それを知っていたのだと思う。

知っていて、いつも先に入っていた。

確かめようがない。

確かめる相手がいない。

ただ、エプロンの七は、いま二つある。

次に同じ格好をした誰かと下へ降りることがあれば、二度目になるのは、たぶん俺のほうだ。

だから今でも、人と同じ格好をするのが苦手だ。

制服のある仕事は選ばなかった。

同じ上着を買いそうになると、棚に戻す。

それでも、駅や店で、後ろから足音が半歩遅れてついてくることがある。

振り返ると誰もいない。

この十二年で一度だけ、後ろから番号で呼ばれたことがある。

七、と呼ばれた。

俺は、振り返らなかった。

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